【完結済み】東方贖罪譚〜3人目の覚妖怪〜   作:黒犬51

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33話 それは依存か溺愛か

地上にある非常に大きな館。その外観は血を連想させる様な赤で染め上げられている。その正面には常に霧のかかっている事から霧の湖と呼ばれる湖。更にはその先に魔法の森という広大な森が広がっている。何時もならば門番が寝ていたりと外観とはかけ離れたゆっくりとした時間が流れているのだがその日は違った。

 

門の前に体がすっかり隠れる様な夜に紛れる黒いフードを被った何者かが訪れていた。

 

「こんな時間に何の用です?」

 

門番は大きな門にもたれ掛かりながら歓迎とは言えない様な態度で来訪者を迎えている。

 

「ここの主人に会いにきました。通していただけますか?」

 

一方、来訪者の方は全く気にしていない様で非常に大まかな用件だけ伝えた。

 

「要件はなんです?」

 

「ここで言うのは宜しくないかと」

 

「種族は?」

 

「ここで言うのは宜しくないかと」

 

全く答えになっていない。何を言ってもここで言うのは宜しくないと言い放たれる。明らかに入れてはいけない客。だが、門番は

 

「承知しました」

 

そうとだけ言い残し門を開け客を館に迎え入れた。

開けられた門の中は庭園があり、色とりどりの花が咲き乱れている。その中心には赤い石で作られた噴水があり。誰もいない庭園でただ水を吹き出し続けていた。

客はその花や噴水には目もくれず、館の扉を開けて中に入った。

 

「いらっしゃいませ。主人がお待ちです」

 

突然、客の横に現れた銀髪のメイドが先を歩いて行く。

フードの客は無言で頷きそのメイドの後をついて行く。廊下の壁や天井窓の淵までもが紅く塗られていた。ただ、所々にある花瓶に生けられた花々は紅くは無い。白や黄色、様々な色を花々は主張し来るはずのない虫を待ち受けている。

 

「この先で主人がお待ちです」

 

そう言い残し、メイドは姿を消した。それを見たフードの客は正面の紅い巨大な扉を押し開け中に入る。そこには1つの光源も無く、純粋な闇が広がっていた。

 

「また来たのか。天狗の犬。要件はなんだ?」

 

そんな空間の奥から非常に威圧感のある声が響く。

フードの客はフードを下ろし何も見えぬ闇の中声の主がいるであろう方向に跪坐くと口早に伝える。

 

「レミリア・スカーレット様。要件は何時もの通りですが。今回は少々特殊でして」

 

「特殊?何時ものようにフランを貴様らに派遣すれば良いのではないか?」

 

威圧感のある声がどれほどの空間があるのかもわからない場所で反響しそれに更なる威圧感を得させている。

 

「今回の対象は覚妖怪なので」

 

この発言を言い切った刹那、客の首元に鈍く光る緋色の槍が突き付けられる。

その槍を突きつける幼い少女の目は紅く光り、その幼い体からは通常ではあり得ない威圧感が放たれる。

 

「覚妖怪?!貴様ら何をしてしまったのか分かっているのか?」

 

覚妖怪、心を読む者。それだけでも能力的には非常にタチが悪いが今では地底で大きな権力を握っている。それ故今では、どんな実力者であっても出来れば喧嘩を売りたく無い相手であるし、売ってはいけない相手でもある。それは条約でも決められていた筈だ。

 

「ええ、上もそんなに馬鹿ではないです。今回はあちら側がこちらに攻撃している首謀者と判断したので拘束しました」

 

「攻撃?私はまだ妖怪の山が襲われたなどと言う話は聞いていないが?」

 

「無理もないです。情報統制が行われていますし、その攻撃者と会って生きているのは私を含めた2人の白狼と首謀者のみですから」

 

少しの静寂、レミリアは少しは落ち着いた様で槍を客の首元から離し自分の横に突き刺す。その鈍い光で威圧感からはかけ離れた幼い彼女の姿が闇に照らし出される。まるでドアノブカバーのような帽子を被闇に紛れる黒をメインとし、赤いリボンが胸元に付いていると言う所謂、子供用ドレスだ。

 

「貴様らは覚を敵に回したいのか?それに首謀者だと?どうせ証拠もないんだろう」

 

「ないですね。だからこそ言わせる必要があるんです。このような状況ですが妹さまを派遣していただけますでしょうか」

 

再度訪れた静寂、鈍い光の中でレミリアは自らの愛しい妹について考えていた。ここでフランを派遣すれば確かに能力の暴走の可能性は下がる。だが、それでは本当のフランの精神が不安定になってしまう。

 

「3日、3日なら待つと上が申していました。如何いたしますか?」

 

「そうさせて貰おう。咲夜、客人のお帰りだ」

 

そう言うと、レミリアは槍をどこかに消し闇の中に姿を消した。

一方の客人も一瞬にして姿を消し、気付けば外に放り出されていた。

 

「やってくれるな、あのメイド」

 

そう言うと客人はフードについた泥を払い、地上を駆け出した。正面から吹き付ける風でフードがはだけ、白い耳が露わになる。

 

「これで時間は稼げた」

 

そう呟き、地を駆ける少女は、迷う事なく妖怪の山に帰って行った。

 

 

 

 

 

 

一方その頃、地底の巨大な館、地霊殿には花の妖怪が訪れていた。

 

「幽香さん、今回は一体何のようですか?」

 

風見 幽香の通った道には色鮮やかな花々が地底の天井まで生い茂っている。ただ、その花を誰も綺麗や美しいと思うことは無い。何故なら、地底を守護する妖怪たちがその花々によって縛り上げられているからだ。その者達の血がその花をより一層美しく見せていた。その状況だけでもそれなりの先頭が起こった事は明白だが、地底を護ろうとした妖怪以外や、民家には一切被害が出ていない。

それは風見 幽香にその配慮が出来るほどに余裕があったと言うことだ。

 

「あら、さとり。探したわよ」

 

背後で起こっている惨状とは裏腹に風見幽香は爽やかな笑みをさとりに向ける。

 

「訪れる度に守護達を吊し上げるの辞めていただけませんかね......」

 

対するさとりは呆れ顔で風見 幽香の後ろの街に絡みついた花々を見渡す。

 

「いきなり襲ってきたのは彼らよ。そろそろ私は襲うなと覚えさせたらどうなの?」

 

日常的にはありえない光景ではあるが風見 幽香が地底を訪問した時のみその光景は必ずと言っても良いほど起こる。

 

「それができればしてますよ。どうやら彼らにも守護者としてのプライドがあるようで、負けると分かっていても戦うんですよ」

 

「そう、プライドね。そんなくだらない物捨てれば良いのよ」

 

風見幽香は嘲笑を浮かべ空中で縛り上げられている守護者を降ろす。降ろされた守護者は駆け寄って来た周りの妖怪達によって怪我の処理をされている。

 

「まぁ、わざわざここに来たと言う事は何かしら理由があるのでしょう?館でお茶でも飲みながらゆっくりと話しましょう」

 

さとりはそんな状況には目もくれず、地霊殿に足を進める後ろをついて来た風見幽香が突然声をかける。

 

「さっきから気になって吐いたのだけど。貴方、何故短剣なんて持っているのかしら」

 

さとりは答えようか迷ったようで少し口籠ったが、後ろを振る向かず直ぐに口を開いた。

 

「少しは、自分の身を自分で守れるようにならなくてはいけないと思ったんですよ」

 

ただ、普通のことでしょう?とでも言っているような口調ではあるが。それとは真逆に心は悲鳴を上げていた。本当はそんな理由ではない、ただあの人の残した物をもっているだけ。そうでもしないと、彼を忘れてしまいそうだった。

 

「そう......まぁ、能力に頼りすぎるのも良くないものね」

 

私も不覚だった。秦 空、顔は見たことがあると思っていたけど。まさかさとりと恋愛していると噂になり新聞に載っていた奴だとは......何故、俺は覚妖怪だしなと言った時点で気付けなかったのかしら。

 

「さとり?」

 

「何ですか?」

 

「何でもないわ」

 

たとえ静寂を破ってもこの様に会話が切れてしまう。

新聞で、あれだけ仲の良い存在と言うように書かれていたのは見ていた。そして、あれは恐らく嘘ではない。何せ、あれには写真が付いていた、恐らくは盗撮。と言う事は、何時もの様な捏造記事でもなく、盛られた記事でも無くあれは本当に行われていたのだろう。その存在が死んだとしたら。彼女はそれなりのショックを受ける。

もしもだが、それであの時のように覚妖怪に暴走などされれば、1人しか居なくなった読心可能な覚妖怪、古明地さとりは殺されてしまう。

彼女は私にとっても大切な友人。ここで幻想郷中から敵に回されて、正義の名の下に殺されるのは見たくない。

 

「幽香さん?幽香さーん?聞いてますか?」

 

我に帰ると目の前でさとりが手を振り小さな体で自己主張をしていた。

 

「あら、ごめんなさい。少しぼーっとしてたわ」

 

私は笑顔を向けいつの間にか入っていた地霊殿の一室に案内される。部屋は綺麗に清掃され、白く塗られた壁には本棚が並べられている。そこには歴史書から物語、伝記と言った様々な本が収納されていた。その書斎の中央に木製の机が置かれていた。大きさからして恐らく本を読むためにあるのだろう。

 

「で、話というのは?」

 

「にしてもさとり、貴方相変わらずこんな部屋にずっといるの?」

 

「そうですが、何か?」

 

この部屋は部屋の壁中に本棚が配置されているため、一切の光が入ってこない作りになっていた。

 

「もっと、光を浴びなさいよ」

 

「ここは地底ですよ?一日中光が出てます」

 

ごもっともな意見だ、ただ私が言いたいのはそういうことではない。

 

「もっと外に出て光を浴びなさいってことよ」

 

「覚の私に外に出ろと?」

 

やはり隠しきれる気がしない。相手は覚妖怪、しかもさとりだ。話を変えようにも限度がある。それにかなり警戒しなければさとりの読心は止められない。ここは不確定情報を慣れない程度に混ぜるしか...

 

「無駄です。読心はしようと思えばいつでも出来ます。で、ここに来た本来の理由は何ですか?」

 

「そう...無駄だったわけね」

 

幽香は苦笑いを浮かべながら天井を見回し、さとりに向き直る。

 

「貴方の愛人の外来人。死んだかもしれないわ」

 

その言葉を聞いた瞬間。さとりの表情が変化しだす。何時もならば落ち着き払っている彼女のこんな表情を見るのは初めてだった。それは悲壮にも見え、怒りにも見えた。

 

「かも、何ですよね?」

 

「ええ、私も遺体は見てないの。でも、彼が帰ってこなかったのよ」

 

「帰ってこなかった?どこかに行ったんですか?」

 

幽香はその時の状況を口にしようとするがさとりの右手が前に出されたことによって制止される。

 

「思い出すだけでいいです。真実が欲しいので」

 

「わかったわ」

 

幽香は何の抵抗もせず素直にその意見を飲み、あの時の状況を思い出した。全身がやけ、見るに耐えない姿になった白狼がいたこと、一瞬にして正面に立っていた白狼が食い千切られたこと、此処にはまだ居るはずのない者がいた事。それは何れも非常に非現実的なものではあったが、さとりはそれを信じざるおえない。これが幽香の思い出である以上それを疑うということは風見 幽香が幻覚を見たと言うのと同意だからだ。風見 幽香は幻想郷でも屈指の実力者である。それほどの人物に幻覚を見せれるほどの実力を持つ者は私の知る限りではいない。

 

「......成る程。で、それはその竜と殺し合ったと」

 

「そうね」

 

「その後、待ち合わせ場所に来なかったと」

 

「だから一応報告しに来たの」

 

やはり竜に空は殺されてしまった?死体を探そうにも妖怪の山で起きたことに私が頭を突っ込むこともできない。それに、幽香の記憶だと死体は何れも身元なんて分かりそうなものではなかった。

ならお燐に死体を確認がてら回収させに行こうか?いや、恐らくこれも妖怪の山側に拒否される。彼らは確か死体を埋葬する習慣があった筈。

でも空が死んだなんて、私は信じない。また同じ心を読める覚妖怪が私だけになったなんて。

信じない

信じない信じない

信じない信じない信じない

信じない信じない信じない信じない

信じない信じない信じない信じない信じないシンジナイシンジナイシンジナイシンジナイシンジナイシンジナイシンジナイシンジナイ

「落ち着きなさいさとり。私はまだ、死んだとは言っていないわ」

 

幽香はさとりの肩に手を置き呼吸が荒くなっているさとりを落ち着かせようとする。

 

「ふふふ、ふふっ、何を言ってるんですか幽香さん。私は落ち着いていますよ?」

 

そう言ったさとりの目にはこれまで見たことないようなナニカが見えた。そのナニカに何とも言えない狂気を感じた幽香は一歩後ろに後退する。

 

「そ、そう。大丈夫なら、いいわ」

 

まさか、暴走?いや、ならもう既に私はトラウマか何かを見せられている筈。見ていないと言うことはまだ大丈夫と言うことだろう。ただ、今さとりが非常に危険な状態ということに間違いは無い。これは一度紫に報告を

 

「しなくていいですよ。言ったじゃ無いですか。私は至って正常ですよ幽香さん?」

 

顔は笑っているが、目が笑っていない。いや、笑っているが私の知っている笑みでは無い。それよりももっと狂気的で、何か重要なものが欠けているような。

 

「ええ、わかったわよ。じゃあ、此処で私は失礼するわ」

 

これ以上は危険と判断した幽香は軽い別れの言葉を告げる。

 

「ええ、また会えるのを楽しみにしていますよ」

 

そう言って地霊殿から去っていく幽香の背中を古明地さとりは笑みを浮かべながら見送る。ただ、その笑みはやはり何時ものさとりとは違う何かを感じるものだった。


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