【完結済み】東方贖罪譚〜3人目の覚妖怪〜   作:黒犬51

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30話 罪人は救済を始める

空と幽香は黒煙を立ち昇らせる妖怪の山へと順調に近付いていた。

 

「1つ提案がある」

 

この距離から見るだけでも黒煙は数10カ所から立ち昇っており、幽香と共に行動し確認するのでは時間がかかりすぎる。それに効率が悪いのは間違い無い。

 

「何かしら?」

 

「少し手分けをしないか?」

 

紫の話の他の妖怪からの恐れられ方からして幽香がかなり強力な妖怪であることは分かる。別に個別に行動しても問題はないだろう。

 

「私は貴方の戦いを観たいのだけど?」

 

「俺は見せたくないんでな」

 

観られたところでどうでもいいが、ここで認めると恐らく一緒に行動することになる。それでは効率が悪い。

 

「あら、残念。じゃあ、死ななければ花畑でまた会いましょうね」

 

そう言って幽香は黒煙の一つへと向かって行った。

 

「そうだな」

 

落ち合う場所は自分の家にすると言うのはまぁ、妥当だろう。生きて帰ったらそこに向かうことにするか。

そして、彼もまた黒煙の1つへと向かって行き、黒煙の出ている手前の森に降りゆっくりと黒煙の発生源へと歩いて行く。

流石に、これ以上は煙を吸うのは良く無いな。第1何が燃えているのか分からない、それに有毒ガスが発生するものだった場合は後々困る事になる。戦う前にガスで死ぬなんて事は正直何の進展にも繋がらないため、出来るだけ避けた方が良いだろう。

「これで良いか」

 

足元に落ちていたい大きめの葉を拾い、能力を行使してガスマスクとゴーグルに変更。黒煙の発生源へと歩みを進める。彼の場所は黒煙の発生源の下にある為、颪が吹いており視界も非常に悪い。

彼が歩いて行くと黒煙の中で倒れている者を見つけた。

 

「おい、大丈夫か?」

 

返事が無い。彼は生存の確認の為に脈を取るが既に息を引き取ったようだ。遺体は重度の火傷を負っていて所々の皮膚は爛れ、体は音を出して焼けていた。これはとうにIIIも超えてしまっているだろう。

恐らく、種族は白狼天狗。白い耳や尾が辛うじて確認できた上に、手に幽香に対して投擲された独特な形の剣が握られていた。

 

「死んでるか」

 

にしても、この外傷からすれば敵は炎を扱えると考えるのが妥当だろう。という事は能力的に炎が使用できる奴なのか、それとも純粋に火をつけられたのか。

恐らく、この先にこれをした奴がいるというのは間違いないだろう。

彼はまた、黒煙に向かい歩み出す。

周囲の木々がところどころ燃え、炭になっている。どうやら近付いてきたようだ。そんなとき、前方から剣撃の音が響き渡る。

彼は無言でその剣撃の元へと走り、上空からは黒煙の為に見えていなかった少し開けた場所に出る。

そこで戦っていたのは先程幽香に対して武器を投擲した白狼天狗とそれと息のあった攻撃をするもう一匹の白狼天狗。そしてその相手は、紅い鱗を纏った恐らく2,3メートルの高さはあるドラゴン。

 

「全く、なんでもありすぎやしないか?」

 

彼は一度停止し、その竜の動きを観察する。

竜、そう一言で言っても竜には多くの種類がある。二足歩行で翼と手が一体化したもの、四足歩行で翼が別にあるもので飛ぶことにのみその翼を使うもの、四足歩行で翼が別にあるがその翼を腕としても使える実質6本足のもの、そこから更に火、空気、水、土のどれかを操るというのが一般的な解釈だが、世界中に竜の逸話がある影響で様々な姿形が生まれている。

今回の竜は行動を見る限り実質6本足のものだと思われる。恐らく先ほどの遺体を作ったのもこの竜だろう。

遺体の状況と周囲の焼け具合からしてどうやら火を吐く型のようだ。現在戦闘している白狼天狗2人はその火を警戒してかあまり距離を取らないように立ち回っている。この時点で周囲に突然火柱を立たせるマジシャン的な行動はせず、火炎を口からのみ吐くという事も予想できる。

彼女たちの動きは素晴らしく、隙もない。が、攻撃をしていない辺り、恐らく鱗が強固な影響であの刃が通らないのだろう。

さっき投擲された剣を見ても、手入れはされていたし、刃こぼれもしていなかった筈。恐らく鱗を切るのには切れ味が足りないのだろう。

ただ、観察している限り、喉元から胴体にかけては鱗がなく、柔らかそうではある。事実そこには切り傷と戦っていたのであろう白狼天狗の刃が確認出来た。

ただ、そこを狙うという事は竜の正面に入るという事を表す。それには火炎を放たれる危険性もあれば噛み砕かれる可能性、前足による攻撃を受けやすくなるというデメリットがある。そのせいかあの2人はあまり腹部への攻撃が出来ていないようだ。ただでさえ既に2人しかいないのにそれ以上数を削るのは良くないと言う判断だろう。

 

「行くか」

 

誰に言うでも無く呟き地面の土を掴み左にデザートイーグル、右に短剣を生成する。

相手が相手という事もあり装備は本気だ。地面を掴んだままクラウチングスタートの姿勢になりそのまま全力で地を蹴る。

距離はそこまでなかった為数秒もかからず竜の視界内に入る、突然現れた新しい敵に竜は咆哮しその小さな少年を怯ませようとすると共に足元にいる2人の小賢しい敵を怯ませ距離を取らせる。しかし、小さな少年が止まらない。竜は続いて正面から来るその少年に火炎球を吐き出し、その少年の走って来ている方向を焼き尽くし、元の2人の敵へと向き直った。そのとき、一瞬にして轟音と共に射出された何かによって眼球を1つ貫かれた。理解が出来ない。ただ、突然何かに眼球が貫かれた。それしか分からない。

 

「分からないか。残念だ」

 

残った1つの眼球で土煙と白煙の上がっている先ほど火炎球を放った場所を見る。そこには無表情で長く黒い筒状のものに付属して引き手などが付いた見たことのない武器を抱えた少年が立っていた。

「結局はトカゲか」

 

彼はそう呟き手に持ったDSR-1というドイツ製の狙撃銃を短剣とデザートイーグルに戻す。

彼は竜の口から火が溢れた瞬間に地面に伏せ、両手の武器をすぐさまDSR-1に変更しつつ、周囲の窒素を全て水に変更、火炎球を打ち消せるようにし竜の眼球に当たるように弾道を合わせトリガーを引いていた。

 

「一体何が...?」

 

今の状況が理解できない2人の白狼天狗。しかし、それも無理もない話だ。まだ幻想郷には銃が入って来ていない。

 

「知らなくて良い事だ」

 

まぁ、片目は潰したがもう一方の目は残っている。未だに油断は出来ないだろう。それに竜なんてものはこれまで戦ったことがない。どんな攻撃をして来るのか、大体は姿から想像できるが、それでも分かっていないことが多い。

あの火炎球は一発ごとにクールタイムがあるのかそれとも連発可能なのか?まずまず無限に打てるのか否かも分からない。科学的に考えれば無理なんだろうがあの百足のようなパターンもありうる。

 

「秦 空ですね、来て頂きありがとうございます」

 

どうやら森を迂回したようで俺の後ろから投擲をした方の白狼天狗が現れた。白狼と言うだけあって速い。

 

「あれだけ焦っていれば何か起きてるということは安易に想像できる。まぁ、竜は想定外だったが」

 

未だに前方にいる竜は俺を見据えたまま動かない。さっきの一撃でかなり警戒された様だ。まぁ、片目を潰されれば流石にどの生物でも警戒するだろう。ただ、片目を潰されて尚逃げないという事はまだ勝機があると思っているという事か、俺の様なガキには負けたく無いというプライドなのか。

「私達としても想定外でした」

 

「そうか」

 

ただ、火炎球は水で防げた。狙撃銃ならばある程度のダメージは期待出来る、今の所そんなにもどうしようもない状況では無い。

 

「こいつはさっきの他に何かしてくるか?」

 

「火炎球の他には特に無いです」

 

それでもあれだけの被害を被ったという事はこいつらが弱いだけか、近接がアウトなレベルに近接が強いかのどちらかだろう。確かにあの強固であろう鱗に覆われた太い腕に殴られれば1発で死にかねないだろう。

 

「分かった」

 

突然彼を睨んでいるだけだった竜が走り出し突っ込んできた。自らの質量を生かした攻撃、非常に簡単でいくらでも想像できたものだ。ただ、思っていたよりも速い。どうやらこの竜は翼腕が異常に強化されている様だ。

前脚の前に翼腕をついて走っている。それに、走った後の地面が抉られていた。

 

「完全に近接ダメなやつだな」

 

背後の白狼天狗はそれなりの速さでその突進の進路から退避した。

それに対し彼は突進を上空に飛んで回避する。その後、眼下で上空に飛んだ彼を見上げる竜にデザートイーグルを発砲。しかし、銃弾は弾かれた。

デザートイーグルはそれなりに威力のある拳銃。それを弾かれるということは普通に撃ったところで意味がないということ。ただ、狙撃銃ほどの勢いがあれば弾かれても多少の衝撃は入りそうではあるが。流石に立ちながら撃てる代物ではないので地面に寝るか、台に置くかしなければいけない。だが、流石に2度もそんな隙を見せてはくれないだろう。

「どうすべきか」

 

一方、眼下の竜は上空の彼に向けて火炎球を撃ち出す。突然現れた子供、見たことのない武器を使い理由も分からず片目を潰された。そのことから、竜は本能的に脅威はこの子供であると判断した。

しかし、10数発撃ち全て余裕を持って回避された事で無駄だと判断し中断した。

 

「全く、無駄撃ちしてくれるな」

 

彼は地上からの火炎球をかわし、未だ上空にとどまり策を練る。弱点は下腹部ということは分かった。

ただ、彼奴の動きを見る限り下腹部を見せていない。これは自動的に奴の下に潜り込まなければいけないという事を意味している。それは危険すぎる。下腹部には滑り込むことができる程度の隙間しかない。ならば狙うは喉。

だが、さっきの火炎球の撃ち方からして恐らく火炎球連発の際のクールタイム、連発の限度が無いという事が薄々予測出来た。あのレベルのものを即座に連発できる程のエネルギー源があの竜の体の何処かにあるというわけだ。そしてあのクールタイムの無さからして恐らく火炎球を吐き出すためのエネルギー源があるとするならば喉だろう。そうでなければあのクールタイムの無さが説明出来ない。

という事は、俺が喉を裂いた場合。そのエネルギー源が空気に晒されるわけだ。これはあくまで最悪の場合だが大爆発する可能性がある。斬っているという超至近距離の状態では、いくら能力を使った所で恐らく爆発は躱しきることは難しいだろう。

 

「捨て身になるな」

 

ただ、ここで死んでしまえば。贖罪が出来なくなるのでここで逝くのは避けたい。ならば喉に攻撃しないように注意しつつ殺すしか無いだろう。

彼は下から自分を見続ける竜の前方に降り立つ。

降りた事で火炎球の射程に入った彼を竜はすかさず火炎球で地面ごと吹き飛ばす。舞い上がる黒煙、燃え上がる地面、それらが彼の生存の可能性を否定していた。


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