扉を開けるとそこは1つの部屋になっており、奥の机には先程の少女が腰かけていた。
その背後には大きな書籍がある。正直、少女の身長的に上の本には届かないと思う。身長の事は俺も小さいので言えた事では無いが。
「こんにちわ」
「こんにちわ」
再度同じ言葉のやりとりが行われる。
「そこに座ってください」
言われるがままに手前にある向かい合ったソファーに座る。そのソファーには特に刺繍などはなく、ただ紅いというだけだ。
座り心地は悪く無い。どうやら何か言いたい様だが、俺が何か言ったところで意味はないので少し待っていたがただ静寂が生まれ、さらに空気が気不味くなった。しかたなく自分から本題をつく。
「早く俺を裁いてくれ。」
「え?」
相手の表情に動揺が見えた。が、すぐに落ち着いた様で口を開く。
「ここは地獄ではありませんよ。ましてやあなたは今死んでいない」
地獄にいるのに死んでいない?意味がわからない、じゃあどういう事だ?俺は実は死んでおらず何者かに輸送された?いや流石にそんなファンタジーはあり得ない。
疑問が頭の中を駆け巡るがその疑問に対する明確な答えは出ない。
「貴方は自分をなんだと思ってますか?」
自分が何か?それは哲学だ。だが種族なら人間だろう。それは間違いない。
「人間だ」
相手の少女はふぅ、と一度息を吐いてから話し出した。
「やはりですか。落ち着いてみて下さいね」
彼女はどこから出したのか手鏡を俺に向ける。そこに映っていたのは紅い髪の少年、体には少女と同じコードの様なものが付いていていた。俺の髪は黒だったはず、見間違える訳もない。ましてや、こんなコードは絶対に付けていないし、自殺にもコードは使っていない。
使ったとしてもこんな目がついてるなんてことはありえない。
「悪い冗談だろ?」
「いいえ、貴方は私と同じ覚妖怪になっています」
そんな事は到底信じられないが現実は自分が覚妖怪というものになってしまっているらしい。しかし体つきだけは変わっていない、石仮面の様なものをかぶった覚えも無いので他の何かしらが起きたのだろう。
「何故だ?」
「わかりません。ただ、ここ幻想郷の賢者の八雲 紫ならわかるかもしれません」
これは悪夢なのだろうか?いや、自殺をしたのは事実、あの死に方なら助かるわけも無い。助ける人がいたならまだしもあんな樹海に助けは間違いなく来ない。それに俺を知る人間はそういない。
ならば、俗に言う転生というやつだろうか?いや、幾ら何でもそんなまるでアニメの様なことが現実で起きるわけがない。
「そいつとはどこで会えるんだ?」
何にせよ、その八雲というやつがこの原因を知っているのなら聞き出さなくてはいけない。
「そろそろくると思います」
少女は淡白に言い放つ。
ここに俺が来る間に呼んでいてくれたんだろうか?何にせよ作業が速い。
「そうか、ところで、覚妖怪っていうのはどういった種族なんだ?」
それは気になっていた。百足から逃げた後、あそこの村民が「覚妖怪が百足を倒すとは」、と言っていた。という事は、覚妖怪は戦闘力があまり高く無いという事だろう。なら、何故こんな大きな屋敷に堂々と住めるのか、本当に弱ければそれは出来ないはずだ。
「相手の心を読めます」
読心と言うことか、能力としては本当に最強クラスでは無いだろうか。しかし、俺は現時点で他人の心を読めていない。
さらにはこの少女にこれまで考えている事全てが筒抜けだったという事か。
「俺は読めない、後1つ、例外があるなら教えてくれ」
「読心は少し慣れが必要なので。あと例外ですが恐らくは相手も覚妖怪だった場合です」
という事はこの少女は俺の心が読めない、という事だろう。ならそれはこちらにとって非常に都合が良い。俺が何故贖罪をしたいと言っているのかが俺がヘマをしない限りばれないという事だ。
「さとり様、料理の準備が出来ました」
突然扉がノックされ、お燐と思われる声が聞こえて来た。
「良いタイミングですね、お燐。じゃあ行きましょう、そう言えば名前を言ってませんでしたね。私は古明地さとり、ここ地霊殿の主です」
「俺は、秦 空だ。今日現世から来た」
少年ははお燐の後を歩くさとりについていく。館が広い事もあってかその食事の置いてある場所に行くまでに時間が掛かった。今頃だが、腕時計を持って来れば良かった。
ここは地底なので時間感覚が狂う。
少し歩くと食堂と思われる場所に到着した。天井にはシャンデリアが置かれ、其処から光が差し込む。部屋にはには長机に並べられた食事と、整然と並ぶ5つの椅子、地面に置かれたボウルの前で座るペットと思われるもの、既に椅子に座る大きな黒い翼の生えた黒髪ロングの胸に何か宝石の様なものを埋め込んだ女性。しかし、机と部屋のバランスがおかしい。巨大な部屋の中、6人用の長机に並べられた5つの椅子はなかなか滑稽だ。まぁ、周囲をペットが取り囲んでいるので其処までの違和感ではない。
ただ、それよりも妙なことがある。俺は覚りの右に座ったのだが、それでも5人用の椅子と言うことは1つ余る。さとりの左、其処に誰も座っていない。食事があるので何処かに行っているわけではないだろう。
そう言えばお燐は姉妹、と言っていた。周囲を見渡すがさとりに似た姿の者は居ない。姉妹というぐらいならきっと同じように覚妖怪のはずだ。妹か姉かは分からないが取り敢えずその姿が見えない。
どうやらいないのはさとりの姉妹ということで確定だろう。しかし、お燐とその横に座る女性はその事について触れない。何故なのか、主の家族がいないのに心配では無いのか?取り敢えずペットの心でも読んで見ようか。恐らく自分の顔にある目ではなく、このコードのような物にある眼を使うのだろう。
どうやらさとりはその空席に座るべきだった人を待っているようだったので十分に時間はあった。3つ目の眼に神経を集中する。
まだ無理かと思ったが意外にも、しばらくするとお燐の考えが流れ込んできた。
(こいし様はまだ来ないのかな、さとり様が可愛そう)
どうやら空席に座るべきだった者は先程お燐が言っていたこいしという奴の様だ。これで黒髪の女がこいしである可能性は消えた。必要な情報は聞けたので第3の眼に手を当てて視界を遮る。
せっかくなのでさとりの心も読んでみようか、読めないといっていたが不意をつければいけるかもしれない。そうだった場合、これからの行動に関わってくる。
さとりに気付かれ無いようにゆっくりと第3の眼を動かす。そして、かけてあった手をゆっくりと退ける。
(こいし......何故こないの?私の事が......嫌いなの?サードアイでも貴方は読めないから。貴方が何を考えているのか......私にはわからない)
見れた、だが、不用意に見続けるとバレる可能性があるのでそれぐらいで止めておく。というよりかは見てはいけない気がした。他人に心を読まれるというのはあまり嬉しいことではないだろう。
得られた情報としてはこれは第3の眼ではなくサードアイと言うようということぐらいだ。そのあともしばらく待ったので、ペットの心を読んだり、料理を見たりして時間を潰した。
どうやら人型になれるペットは知能が高いようでこいしを心配していたが、人型になれないペットは動物的な欲を抱いていた。
腹が減っただとか、遊びたいだとか。まぁ、そんな欲は読んでも楽しくない。正直、見ればわかる。
「じゃあ、食べましょうか」
どうやら諦めた様で、さとりが大きめの声で皆に宣告する。その言葉に従いペット達が無言で料理を食べ始める。俺も流れでフォークを持ちサラダを食べようとした時だった。
さとりの横の席の椅子が引かれた。俺がちらりとその音のした方を見ると、そこにはさとりに似た服を着た少女が座っていた。髪は白に薄い緑色を混ぜたような色。服はさとりの服のピンクだった部分を緑と黄色にした様なものだ。
いったいどこから入ってきたのか。なぜ、気付けなかったのか。姿からしてもこいしと呼ばれる者である事は確定した。
真左に現れたこいしにさとりも気付いたようでその方を見て笑っていた。感動の再会とかいうやつだろうか。介入するのは流石に止めておこう。
少年はサードアイから意識を離し、ここに来て初めての食事をとった。