【完結済み】東方贖罪譚〜3人目の覚妖怪〜   作:黒犬51

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28話 ある晴れた日の妖怪の山で

ここは妖怪の山。天狗という種族が統治し管理をしている場所である。そんな場所で1人、木漏れ日の中で眠る少女がいた。

 

「全く、また寝てる......起きなさいよ!」

 

「は?も、椛?!何故ここが?」

 

今日も妖怪の山にはいつも通りの日常が流れている。最近は他の妖怪からの攻撃もなく非常に平和。

ただ、不謹慎ではあるがここを守る私たちからすれば非常に暇。

 

「今日は休日だけど、少しは気を張ったらどうなの?」

 

「まぁ、そんな固い事言わないでよ」

 

少女はそう言ってにっこりと笑う。

 

「だからと言って昼寝は駄目でしょ?」

 

「えー、何で?気持ちいいよ。今日は日差しも良いし。そうだ!椛も一緒に寝る?」

 

「寝ません!」

 

少女はその答えに不満そう頰を膨らませる。ただ、それは本心ではなく。平和を楽しんでいるものという事もお互いが理解していた。

 

「立場一緒なんだから、真面目にやってよ」

「椛がお固すぎるんだよ。もっと楽に行こうよ。可愛い顔が台無しだよ?」

 

この会話もいつも通りの日常。お互い、白狼天狗の中では高い職についている女同士という事で仲も良いと私は思っている。

意味は少し違うかもしれないけれど、類は友を呼ぶと言うものだと思っている。

「楓......?」

 

彼女は名前を呼びながら白狼刀と呼ばれる、ククリを片手剣程度の大きさにした武器を黒い笑みを浮かべながら鞘から引き抜く。

 

「お、落ち着いて?ね?まず話し合おうよ?」

 

「次言ったらわかってるわね?」

 

「は......はいぃ」

 

椛は白狼天狗の中でもかなり美人として有名だ。そして幻想郷では全体的に女性の比率が高いがこの天狗という種族は男が多い事もあり、一部でファンクラブの様なものが作られているという噂も聞いている。

 

「まぁ、良いわ。所で最近の文さんの新聞は見た?」

 

「勿論。あの外来人の事だよね?」

 

たった1人であの大百足を倒し、鬼をも超える力を持ち。覚妖怪となった外来人。

流石に大百足を倒したと聞いた時には文さんの相変わらずの盛った報告だと思っていたけれど、今朝出された鬼を倒したという記事を見て妖怪の山中が震撼した。

 

「あれは、嘘じゃないのよね?」

 

「多分ね、嘘でも鬼が倒されたなんて書いたらそれこそここが滅ぼされちゃう」

 

鬼は嘘が嫌いだ。そして負けることも嫌いだ。鬼に嘘でもそんな記事を書いたとバレれば文さんはまず生きてはいないだろうし、まずまずそんなリスクを冒してまでそんな嘘を書くような人ではない。

 

「でも、覚妖怪よ?」

 

「そうなんだよね。そこが問題、私の知ってる限り、覚妖怪は読心が出来る代わりに腕力が弱かったはず」

 

「となると、どうして勝てたのかしら?」

 

それが分かればその覚妖怪への対策ができるのだけど。まるでそれを見越したかの様に戦闘の内容を明かさない。勇儀さんに頼んでいた様で、新聞にはいっさいどの様に戦ったのかが書かれていなかった。

 

「正直、謎だね。外来人という事は元人間だからそんなに元が強いという事もないだろうし」

 

「そうよね」

 

謎が多すぎる。戦闘方法不明、性格不明。わかるのは覚妖怪であり読心持ち性別は男そして元人間ということ。

情報が多く入っている様で重要なところが欠落している。もし、これがその男の計算の内ならかなりの危険人物だろう。

 

「まぁ、攻めてきても全員で掛かればなんとかなるわよね?」

 

「多分......」

 

「椛さん!楓さん!緊急事態です!」

 

突然の部下の出現に戸惑いつつも、姿勢を起こす。

 

「何があったの?」

 

私が言うよりも先に椛が反応する。取り敢えず、この焦りようからしてこちら側にとって嬉しいことではない。

 

「謎の生命体が妖怪の山を襲撃しています!」

 

「謎の生命体?」

 

また、私より先に椛が反応した。謎の生命体とは一体どう言うことなのか?そして、何故私達が気付けなかったのか。

 

「わかったわ。行くよ、椛!」

 

「ええ、行きましょう!」

 

「案内します、ついて来てください!」

 

「よろしく」

 

私は短くそう言って部下の後を椛と共に追う。

にしても謎の生命体とは一体なんなのか?

 

「あれです!」

 

そこにいたのは、確かに謎の生命体と言われても仕方のないものだった。

2つの頭部に、長い尻尾。肉体は溶けかかり、顔の肉は既になくなり眼球のあったと思われる場所には何もなく暗い穴になっている。角の場所や、顔の骨格からして、獅子と山羊の顔と推測ができる。そして恐らく尻尾は蛇。

 

「キメラ?!」

 

全てを把握した時、楓は声をあげた。

ギリシア神話に登場する、テュポーンとエキドナの娘とされる、山羊と獅子の頭を持ち、胴体は山羊、毒蛇の尻尾を持つ魔獣。

 

「キメラ?何よそれ」

 

「知らなくても良いよ。取り敢えず倒しちゃおう」

 

取り敢えず、弱っているであろうことは間違いない。ここまで肉体が溶けていれば碌に身体が動かないはずだ。

 

「行くわよ。楓!」

 

「言われなくても!」

 

そう言って彼女達は白狼刀を鞘から抜き、走り出す。作戦は基本的には量で押す波状攻撃。変更の場合は攻撃前や途中で彼女達により指示が送られる。

白狼天狗という妖怪は名前の通り、狼の様な俊敏さと嗅覚、聴覚、縄張り意識、チームワークを誇る一族である。

見る間もなく、弱り果てたキメラは彼女達により絶命させられた。

 

「椛さん今日も可愛かったな」

 

「俺は楓さん派だ」

 

先頭が終われば集まった白狼天狗達の間でいつもの様な会話が交わされる。

私達は聴覚も良いのである程度の囁き声でも聞こえてしまう。最初は恥ずかしかったけれどもう慣れた。今ではそれを無視できる様になって来た。

恐らく男のああいった話も一種の平和ではあるんだろう。

 

「じゃあ、椛。帰ろっか!」

 

「そうね」

 

そう言って彼女らは樹々の間を歩いて行く。元は道が無かったけれど長年通って行くうちに獣道の様なものが出来上がった。

 

「にしてもあれ、どう思う?」

 

「キメラのこと?」

 

「そうよ」

 

椛が軽く返事をする。

キメラ、伝説上の生き物。それが突然現れた。ただ、こんな事はそこまで驚くことではない。この山の上にある守矢神社の巫女もここでは常識には囚われてはいけないと言っていた。

問題は、あのキメラが何故、あんな状態になっていたのかという所。元々あの風貌とは考えにくい。あれは熱による体の溶け方ではない。あれは溶解液による溶け方だった。

あれ程の巨体を溶かすだけの溶解液を出す事が可能な妖怪が居るという事だろうか?

それに、キメラは神話上の存在。弱いわけがない。伝説上では、火を吐き、尾の蛇は毒を持つと記載されていた。

もしも、キメラが万全の状態であればこちらもただではすまなかった筈。

 

「ちょっと?考え事?」

 

「えっ、うん。ごめんごめん」

 

私は考え事をすると自分の世界に入ってしまう。悪い癖だと思うけど、なかなか治らない。

 

「で、どう思うの?」

 

「何かが、キメラを溶かしたんだと思うけどそれが何かがね」

 

「そうよね。私もそこを考えてるのよ」

 

そんな時、上空から黒い影が2人の近くに舞い降りた。

 

「あややや、なかがよろしい様で」

 

「文さん、どうかなさいましたか?」

 

私は跪き、頭を下げる。

 

「何の用ですか?」

 

一方の椛は一切頭を下げない。まぁ、立場の差ということ。椛は文さんとも仲がいいし本人が固い事はやめてと言ったらしい。

 

「今回のあのキメラの件についてですよ。上の方々は、今回の件を重く受け止め。現在、太陽の花畑に居る秦 空に協力を求める事にしました。そこで楓さん貴方に彼の技術を学んで来てほしい」

 

「私ですか?」

 

「ええ、ある程度の戦力があり。上からの信頼もあるという事で貴方に決定しました」

 

拒否権は無い。行けということか、全く扱いが酷い。いつも上はそうだ、下を駒の様に使い何もしない。

 

「わかりました、行って来ます」

 

そう行って私は体を浮かせる。ああ、学ぶという事はそう早くに帰ってくる事は出来ない。椛とも少しお別れ。

 

「頑張ってね」

そう言って椛は私の事を心配そうに見る。別に戦いに行くわけでも無いのだからそこまで心配しなくても良いのに。

 

「すぐ帰って来るよ」

 

そう行って彼女は妖怪の山から外来人のいる太陽の花畑へ飛び立つ。

にしても、一体外来人の覚妖怪は一体どんな奴なんだろうか?もしかすると鬼のように筋骨隆々なのかもしれない。

どちらにしてもあって見なければわからない。危険性があれば皆に伝え、無ければそれも伝えなくてはいけない。

 

「あー、考えてても。仕方ないな」

 

風が向い風という事もあって余りスピードが出ない。時間的には十分程度で着くかな。それまでは、取り敢えず交渉の計画でも立てておこう。

 


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