【完結済み】東方贖罪譚〜3人目の覚妖怪〜   作:黒犬51

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27話 上がる黒煙、咲き誇る血の花

目の前にいる犬の耳と尾を持つ少女に俺は無理だと答えた。

 

「な......何故です?!」

 

サードアイを通して目の前の少女の荒ぶる感情が伝わってくる。ただ、それを見ても俺の感情は動かない。

 

「何故か?簡単な事だ、用途が違う。お前は体を温めるのに氷を使うか?体を冷ますのに熱湯を使うのか?」

 

そう......俺のこの技術は人を守るためにあるのでは無い。

 

「しかし、力とは弱者を守る為の物だと!」

 

目の前の少女は必死に俺に訴えかける。そこまでして、何故力を欲するのか。

「それが、お前の常識か?」

 

「ええ、強者は弱者を守らなくてはいけない。それが私の常識であって、生きる意味です!」

 

「いい事を教えてやろう。常識なんて言うものは若い時に身につけた偏見のコレクションだ」

 

エジソンの言葉にも常識とは18までに身に付けた偏見のコレクションという言葉があった筈だ。正直、これは素晴らしい言葉だと思っている。事実、常識なんてものは非常に脆い。

 

「何が言いたいんですか?」

 

わからないのか。それともわかりたく無いのか。

 

「お前は守る為に力を使うのが常識だと言ったな。なら、お前は力を何に行使する気だ?」

 

「それは我々を攻撃する者達に......」

 

「そうか、じゃあその対象は何故お前らを攻撃する?お前の常識だと力を相手を傷つける為に使うのはダメなんだろう?」

 

さぁ、どう答えるか。この少女の常識はどこまで強いか?

 

「そ......それは。」

 

「常識が違うんだよ。相手からすればお前らは憎むべき相手、滅ぼすべき対象。相手はそれを実行に移す。それこそが相手にとっての常識。もう一度言おう、やはり用途が違う。だから教えられない」

 

ただ、俺の言っている事は嘘だ。俺はこんなにも綺麗な理由を立てているが、本音は教えたく無いだけだ。

こんな、技術を教えられたところで、誰も幸せにはならない。先に見えるのは怨みと復讐、そしていつも犠牲になる弱者。

 

「それなら貴方のその力の用途は何なんですか?!一体、大百足を1人で殺す程の力の使い道は何ですか?!」

 

目の前の少女は声を荒げ俺に迫る。これが激昂か、恐らく俺が教えない事への感情だろう。

 

「俺のこれは、守る為にあるんじゃ無い。その逆だ、もう分かってるんだろ?俺はこれでも覚妖怪だ。お前の中ではもう気付きかけてるだろ?」

 

「なら、見せて下さい」

 

「は?」

 

想定外だ、一体どうしてそうなる?やはりここは戦闘狂が多いな。

「ほら、早く剣を抜きなさい!」

 

そう言って俺に向かって来た刹那、その白狼天狗の背後に突然現れた幽香に首元を叩かれ昏睡、地上へと落下していく。

非常に鈍い音がした。

 

「ここをどこだと思ってるのかしら、ここは私の畑よ」

 

「素晴らしいな、完璧に決まっていた」

 

あんな物を不意に喰らえば昏倒どころか永眠までありそうな勢いだ。

 

「褒めても何も出ないわ」

 

その瞬間だった、倒れた筈の白狼天狗が凶刃を幽香に対し落下しながら投擲、凶刃は円を描きながら確実に幽香に当たるルートを飛んでいく。

 

「おかしいな、確実に決まっていたように見えたが?」

 

俺は幽香へと向かい飛んで来た凶刃の柄を掴み刃を眺める。

珍しい形だ、ククリに似た形状だが大きさが違う。そしてそれなりに重い。これを落下しながら投擲する辺り腕力では敵わなそうだ。

 

「あら、助かったわ」

 

「まぁ、気付いていたろ?」

 

「まぁ......ね」

 

そう言って俺にニヤリと笑みを浮かべて来る。どうやら俺が動いた時点で弾いてくれると思っていたようだ。全く、うまく利用されたものだ。

そんな会話の最中、今が機と判断したのか白狼天狗は落下を止め、飛行していく。

 

「角度はこんなものか」

 

やはり物は返さなければ行けない、キャッチボールでも投げられたら相手が取りやすい位置に返す。これがルールだ。今回は投げるものが違うだけの話だ。十分にこのルールは適応される。

ただし、今回は相手がわざと死球を投げて来た。ならばこちらも其れ相応の返球をする。

 

「ほら、返すぞ」

 

俺の投擲した刃が先程投擲されたのと同じように円を描きながら逃げる白狼天狗に向かっていく。

進路は完璧。まぁ、恐らく何かしらの手段で弾かれるだろう。刃にちょっとした細工を施しておいたが。果たして意味を果たすだろうか?

 

「あら、上手ね」

 

「褒めても何も出ないぞ?」

 

「それは残念。にしても、ここで喧嘩をしようとしたあの犬は問い詰めなくちゃないわね」

 

問い詰める......ねぇ。そんなに殺意持ってるところからしてもう完全に相手の命はなさそうなんだがな。

にしてもどうやら俺の投擲は受け止められた様だ。まぁ、一見した感じでは盾も持っていない様だったし、それなりに妥当ではある。

「まぁ、俺も同行しよう。動いた方が血液回って頭も回る」

 

「あら、そういう思考え方好きよ」

 

やはりこの幽香の恐れられる理由は過度な防衛だろう。ここではっきりして来た。狂気的なまでの花への愛から生まれる過剰防衛。

「他人に好かれるのはあまりな」

 

「それはさとり一筋ということかしら?」

 

「全く、何故そうなるんだ......」

 

それに加え恐らく本人は通常時なら意識的に隠しているのだろうが。今回の様に花畑が荒らされる危機に瀕するなどし興奮状態になると本来のサドスティックな一面が出るというところか。

 

「とりあえず追うわよ。目的地は妖怪の山、付いて来なさい」

 

「ああ、了解した」

 

そう言って空は前方を飛び出した幽香の後を追う。風が追い風という事もあり飛ぶペースは遅くはならない。

にしても、いまだにまだ1つ疑問が残っている。俺がどこにいたのかは紫からの情報流出と考えているので特に問題はないが。

何故、あれ程までに焦っていたかということだ。初対面の人間...いや、妖怪に対しあれ程の感情をぶつけるとなるとそれ程までに追い詰めた要因があったということだろう。

 

「なぁ、幽香」

 

空は少し前方を日傘をさしながら飛ぶ幽香の横に移動し声をかける。

にしてもどこから傘が出て来た?

 

「何かしら?」

 

「白狼天狗と言うのは全体的にああいうやつなのか?」

 

「あまり関わったことがないから何とも言えないけれど私の知っている子はそうではなかったわ。ただし、性格はそれぞれよ。ただ......」

 

どうやら、同じところまでは来れているらしい。

 

「あれ程の感情のぶつけ方からして何かが起きていると考えるのが妥当......か?」

 

「そうよ。覚の貴方が言った今確信を持てたわ」

 

そんな事を話しながらも空はサードアイで常に幽香を見続けている。

だが、私の畑を荒らした罪は重い......か。まぁ、あの犬の事などどうでも良いのだが。

取り敢えず、ほぼ何かが起きていると言う事で確定できるだろう。

 

「幽香、お前は何が起きていると思う?」

 

「そうね。安直に考えれば内部抗争か、敵の襲来というのが上がるわ。ただ、それだとあの犬がここまで来た意味が分からないのよね」

 

幽香は2つの例を挙げたがどちらも本人的にはそうとは考え難いという事も分かっていた。

まず、あの必死さからして上からの命令ではないだろう。命令という可能性も消せはしないが、それならば簡単に手を引けなかった筈だ。まぁ、これは幽香があの犬を忠犬と紹介した事からの勝手な憶測だが。

それに、あそこまで焦るほど状況が厳しいならば態々ここに兵を派遣する意味が分からない。

「貴方、いつも何か考えているでしょう?」

 

空は突然掛けられた声により少し考える事を止める。

「そうだな。自分でも気づいてはいるんだが」

 

「まぁ、良いわ。それより目的地が見えて来たわ。どうやら考えは当たっていた様ね.....」

 

それを聞き、正面を向いた空は前方に天に向け煙を登らせる山を確認する。

山の所々から上がる黒煙は木が燃えたものではない事を半強制的にその場の2人に理解させる。

 

「こんな事がここでは日常的に起きてるのか?」

 

「さっきの犬の焦り方からして理解出来ないかしら?」

 

それもそうだ。こんな事が日常的に起きているなら対策を練るだろうし、あれほど焦る事もなかっただろう。

 

「それもそうだな、急ぐか?」

 

「ええ、彼処には知り合いもいるしね」

 

「了解した」

 

1人の元人間と、花の好きな妖怪は飛行のスピードを一気に上げ黒煙を立ち昇らせる山に向かっていく。


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