【完結済み】東方贖罪譚〜3人目の覚妖怪〜   作:黒犬51

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23話 依存

  私は昨日の夜。彼に告白した。彼が感情を持っていなくて、答えられない事を知っていたのにのもかかわらず。

  私は何処かで、彼が好きだと言ってくれる事を期待していたのかもしれない。結果、彼の答えは、肯定のyesでもなければ否定のnoでも無い。

  ただ、彼はもっといい男がみつかると。

 そう言った。私は彼しか居ないと思っていたのに。本当の家族以外では、初めてだった。

 私を怖れず、嫌わず。

 特別扱いもしない、それだけでも充分だった。

  それだけでも、私が彼に恋する為の要素は揃っていた。でも、その彼は私の前から居なくなってしまった。

 ただ、自らの短剣を残して。

 

「空........」

 

  彼の短剣を抜き刀身を眺める。傷1つなく、刃こぼれもない。どれだけ彼がこの短剣に手をかけていたのかがわかる。

  私はもう一度短剣を鞘に入れそっと抱きしめる。

  彼の暖かさもなければ、匂いもしない。

 だが、彼の物ということだけでも私にとっては大きな意味がある。

 

「さとり様、やはり空はこの屋敷のどこにも居ません。恐らく地上に出たか、町にいるかと」

 

「そう......わかったわ。わざわざありがとう、ゆっくりと休んでね」

 

  私はお燐に退室を命じ、椅子に座る。

 彼は強い、尋常では無いほど強い。

 でも、それは結果論であって。

 私は彼が戦っているのを見たことが無い。

 百聞は1見にしかずという言葉もある事もあり、やはり心配になってしまう。

 彼が事実上どれだけ強いのか?

 それが分からない。

  本来なら今日やる筈だった勇儀さんとの戦闘で明らかになる予定だった。

 流石の彼でも鬼は倒せないと思うがそれでもどれだけ戦えるのかが分かる。負けた所で、どれだけ戦えたかを見ればおおよその戦闘力は分かる。

  しかし、彼はその戦闘をすることは無い。

 彼はどこかに行ってしまった。

 

「さとり」

 

「勇儀さん?」

 

  突然の来訪者である。

 部屋に勇儀さんが入ってくる。

 何故か異常な程に傷だらけだ。

 服は裂け、血は身体の至る所から流れ出している。

 

「どうしたんですか?!そんなにも傷だらけになって......」

 

「彼奴と戦った」

 

  彼奴?

 例の百足だろうか?

 いや、それに関しては空が狩った筈。

 という事は。

 

「空、ですか?」

 

「ああ、結果は見ての通りだ。ボロボロだろ?」

 

  でも、空でも鬼に勝てるわけがない。基礎値が違いすぎる。空が他の覚妖怪よりも圧倒的に力が強いとしても鬼ほどではない筈。

 

「勝ったんですか?」

 

「いいや。負けた、完敗だったよ」

 

 そんなわけがない。

 能力を駆使しても絶対に超えられない壁というのがある。

 それが種族の壁、生まれたその瞬間に神によって決められている不変の物。それを流石の空でも超えられる訳がない。

  それとも、それすらの彼は技術で超えられたという事なの?そうだとしたら、彼の技術は一体どれだけのものなの?

 

「嘘でしょう?」

 

「事実さ」

 

「何故、負けたんですか?」

 

「すまないな、それは言えない。約束なんだ」

 

  どちらにしても、彼は自分の戦闘方法を隠している事には間違いが無さそう。恐らくその理由は、彼の戦闘方法が暗殺者だった頃に習ったものだからだろうという事は容易に想像がつく。

  彼は、自分がその方法で戦っているのを見られたくない、そしてその教えたくもない。

 何よりもそうして戦う自分を覚えていて欲しくない。だからこそ、彼の戦闘方法を見たものは皆殺しにされている。恐らく、大百足に関しては知識がないということで見逃したに違いない。

  ただ、それ以外の羅刹、子供を攫った妖怪は一匹残らず息の根を止められていた。その為、未だに何故あの妖怪たちが子供を攫ったのかは解明されていない。

  まぁ、概ね想像はつくけれど。

 

「さとり、私がここにきた本当の理由を話そう。」

 

「本当の.......理由?」

 

「彼奴から伝言がある。」

 

  確かに、今考えればこんなにも傷だらけでわざわざ負けを報告しに来る様なことはしないだろう。

 

「内容は?」

 

「あの答えだが、少し時間が欲しい。3日後、紫につれられる先で待つ。だそうだ。」

 

「わかりました。」

 

  告げられた事実は私の告白に対し考えているという事。

  確かに、あの時の彼の心境はやけにあせっていた。あれは焦っていたのかもわからないけれど。まずまず、彼は焦ることも出来るのかどうか分からない。

  彼は感情を持っていないと言った。

 ただ、その後周囲に慣れる為に学ぼうとしたらしい。

  けれど、結局感情とは幼い時に身につけるからこそ無意識に出るものであって。学んで覚えたところで、無意識に思う事は出来ない。

  それを彼は身に付けようとしていた。恐らく、彼の事だから身に付かないことは分かっていたのかも知れない。それでも彼は無理に覚え、一部の感情は理解することに成功した。非常に単純なものだけだが。

 嬉しい、楽しいくらいだろう。

 

「じゃあ、またな。さとり。」

 

「また会いましょう。」

 

  私は思想の海に浸っていた自分を引き上げ、愛想の挨拶だけをしておく。私も単純な過去を持っているとは思わない。

  けれど、今はある程度幸せだという事に間違いはない。妹だけでも家族がいる。

  ただ、彼は、本当の家族はいない。そして、自分が幸せなのか、不幸なのか、それが恐らく理解出来ない。

  それでも彼がああして普通に振舞っていたのも恐らく、その状況が辛いのかがわからないからだろう。

  そう考えれば私の過去も可愛く思えてくる。確かに辛いと思えなければ何をされてもどうも思えない。でも、何も思えないという事ほど残酷な事はないと思う。

 

  何を見ても何も思わない。

 

  何も感じない。

 

  よく、世界が詰まらない事を世界の色が消えたと比喩する事があるけれど。彼は、それが日常になっている。何かに群がる虫を見ても、雲が浮かぶ空を見ても、太陽の光を反射し、輝く海を見ても、人々の喜びを見ても、逆に悲しみ、絶望する顔を見ても、自らが傷つき、血が流れても。

  彼は何も思えない、何も感じない。つまらないとすらも思えず。本当に、ただ、ただ、生きてきた。私は恐らく、耐えられない。

  何も思えず、何も感じず。他人との差に気付いたとしてもその差は埋める事はできない。そして、ただ、暗殺という仕事をこなす。

  それでは、ほぼ機械と同じじゃない。彼はそんな状態でも、壊れることなく生きてきた。そして彼は贖罪をしようとしている。

 

「空、なんでそんなにも。自分を責めるの?」

 

  本当に贖罪をすべきは、彼をそうさせた世界であり、人々なのに。

 

  何故、自分を責めるの?

 

  同情しようにも出来ないけれど、1番の被害者は空だと思う。

 

「おねーちゃん、大丈夫?」

 

「あら、こいし。大丈夫よ。」

 

  いつからいたのか、そんな事は今はどうでも良いこと。私は隣に座ったこいしの頭を撫でる。

 

「おにーちゃんは居ないの?」

 

「空は考え事をする為に少し散歩してるわ。」

 

「嘘だね、おねーちゃん。なら、なんでそんなにも辛そうな顔をするの?」

 

  辛そう?.......そんな筈は無いのだけれど。やはり、顔に出してなくとも血の繋がった姉妹だからわかるものなの?

 

「そうかしら?」

 

「へへへ、おねーちゃんはわかりやすいもん。誰でも気づくと思うよ?」

 

「そんなにわかりやすい?」

 

  少しショックね。......やはり、他人との関係を極力切った所為で心にしまうという行為が出来なくなっているのかも知れない。少しは関係を持つことも考えたほうが良いのかも。

 

「うん、凄ーくわかりやすいよ。」

 

「駄目押しね。」

 

  私はため息をつき、こいしを撫でていた手を離す。こいしは能力の影響で強く存在を意識するか触っていないと何処にいるのかわからなくなってしまう。そんなにも儚い様な妹でも今はこうやって私を心配してくれている。

  やはり、家族というのは大切。その事実を知っているからこそ、空にも家族の大切さを教えたい。でも、それが理由で空に告白したということでは無い。

 

  私は恐らく空に恋をしている。

 

  幻想郷には男性が少なく、まず、わざわざここに来る男などそうそういない。

 来たとしても、覚である私には近づかない筈。

  それでも彼は私を助けてくれ、特別扱いもしなかった。

 それが、とても嬉しかった。

  彼を見るたび、顔が火照るし、彼と話しているととても楽しい。そんな事は数百年生きてきて初めてだった。だからこそ、私の愛している彼を助けてあげたい。

  例えその結果、彼が感情を手にいれ。

 

 

 

 

  私が恐れられたとしても。

 

 

 

 

  いつの間にかこいしは意識出来なくなっていた。

 


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