「俺は名前がない。秦 空というのは戸籍上の名前だ。
俺自身の名前は俺も知らない。
まぁ、名前をつけられていたのかも分からないが。
俺は産まれてすぐ捨てられてらしいしな。
それで俺は1人の男に拾われた。
そいつが暗殺者を育成する施設の人間だった訳だ。
名前は、なんだったか。
覚えてもいないな。
俺は周囲からの関係を一切絶たれその状態で育てられた。
と言っても語学の為に少しは話しかけられていたが。
幼いときは1人薄暗い部屋に置かれた。
感情は幼い時に親や、周囲から学ぶものだ。
それが無い、ということは勿論感情が無い。
暗殺は他人を殺す仕事だ、感情ほど邪魔なものは無い。
一瞬でも相手を哀れめば行動は遅れる。
その一瞬が大きな差になるわけだ。
俺は少し大きくなった時、まぁ、寺子屋の生徒ぐらいか。
その時から暗殺の基本を学び出した。
刀、短剣、長剣、ククリ、クナイ、まぁ武器は大抵使えるように育てられたな。
この世界には無いが拳銃の類も一式使える。
ある程度全ての武器が扱えるようになった頃から勉学も始めた。
数学、化学、生物、文学、まぁ基本的には全て。
一見関係なさそうだが、かなり関係する。
化学は毒や、爆薬を作るのに必要だ。
生物は言わずもがな急所をつくため。
数学や文学は潜入暗殺に際にターゲットと距離を縮めるためだ。
その関係で、日本語、英語、スペイン語、ドイツ語、中国語、韓国語、それも喋れる程度は学んだ。
結局の所そこまで使うことはなかったが。恐らく今はもう忘れている。
それで俺が10歳ぐらいの時だったか、初めて暗殺の仕事に1人で行った。
まぁ、簡単なものだった。
後ろから近づいて首元を短剣で切り裂いた。
見た目が幼かったからから相手も油断していたしな。
それが初めての仕事としての殺しだった。
その後1年くらいだったか、俺はずっとそこで働いていた。
が、ある日仕事から帰ると育成施設が燃えていた。
発砲の音が響いて、次々施設の奴らが殺されていた。
小さい奴らも燃えていた、皮膚は爛れて、そんな状態で死んでたな。
俺は自分の身を守る為にその襲撃者を全員その場で殺して焼いた。
ただ、それで俺の居場所は無くなったわけだ、俺は木の実とかを適当に食ってそこで暮らしていた。
飢えへの対応や、サバイバルも学んでいたから特にこまりもせず暮らせた。
燃えたと言っても建物の形は残っていたから雨風に苦しめられることもなかった。
そんなある日ある男が現れた、国の人間だった。
俺を見るや否や、俺を雇いたいと言ってきた。
別に条件も良かったから俺は国家に雇われた暗殺者になった。
その条件だが、一般人の生活という物だ。
学校に行き、自分の家に住む。
まぁ、家族はいなかったから1人だったがな。
その時、学校で不審に思われない様に多少の感情を覚えたが。
だから感情は無いって程では無い、最低限はある。
これが俺の過去だな」
敢えて俺が自殺した事や、この後の事も話さなかった。
俺自身も言いたく無い、更に聞いた方も不快になるだろう。
「......そうですか」
そういったさとりを見ると涙が頬を伝っていた。
何故、他人の過去にここまで感情的になれるのか?
何故、俺にここまで優しく接してくれるのか?
俺には理解できない。
この世界では普通なのだろうか?
それとも、あちらの世界でも同じだったのか?
泉から溢れ出る水のように疑問が溢れ出る、ただいつもこの疑問は幸か不幸か1つの答えでまとまってしまう。
そうか、俺が【異常】なのか。
あるはずの感情がなく、育てられ方も異常だと言っていいだろう。
何せ、他人とは圧倒的に育った環境が違う。
家族愛さえ受けず育った。
そんな人間が、一般人を理解する事は出来ない。
いや、理解しようとするその行為自体、烏滸がましいものだ。
海外に行った時、外国と自国の物事の考え方の違い、価値観の違いに驚いた事は無いだろうか?
行った事が無くとも島、森などの先住民を見ればわかる。
自分達と同じ暮らしをしているだろうか?
私達から見て驚くことと同様に彼らも驚くのだ。
しかし、それも1つの答えで纏まる。
育った環境が違うから。
幼少期に育った環境で教えられた事はとても影響しやすい。
恐らくは未だに持っていないそこで生きるための常識、それを初めて手にするのだ。
人は皆、初めて手にするものはすぐ覚えるものだ。
「空は、強いですね。わたしの過去なんて」
そういったさとりは笑ってはいるが、泣いている。恐らくは同情と言うのをしているのだろう。
まぁ、俺には同情する情も無いわけだが。
「さとりには感情があるだろ?」
「確かにそうですが」
「感情がなければ辛いとも思えない」
この一言で通じるだろう。
そう、辛いという事もまた感情。
肉体的には疲れらしきものを感じたりはするが精神的には何が起きても辛いと思えない。
「そうですか...」
「この話は終わりだ。もう寝て明日の夜に備えよう」
ここできっておくのがベストだろう。
質問をされると面倒だ。
と言っても基本的に真実を言っていたし、言っていないのは過去雇われた後だけだが。
それにある程度の質問は予想し回答を考えていた。
しかし、俺は完璧ではない。
想定外の質問をされれば多少は答えを考えてしまう。
その思考の時間が答えの信憑性を奪うのだ。
しかし、彼女はすぐには部屋から出ず。ドアの前で立ち止まり顔を見せずに1つのしつもんをしてきた。
「私が行っても大丈夫でしょうか?」
俺の過去ではなかった。ただ、これも想定しておくべき質問の1つではあった、
自分から過去に酷い目にあわされた所に行きたいと思うものはいないだろう。
ただ、多少の特例はあるが。
「今日あの格好でばれなかったんだ。大丈夫だろう」
今日あんな派手な格好をさせたのにも意味がある。
俺の能力は服を変えることは出来ても顔は変えれない。
いや、変えれるのかもしれないが変えなかった。
要は顔を知っている奴がいればその場でばれていたということだ。
しかし、今回ばれなかった。
という事は里の人間はさとりの顔を覚えていないということになる。
写真などもあの射命丸という天狗を除けばあの生活水準では持っていないだろう。
そのせいも有り、一世代でも後になれば残るのは覚妖怪は恐ろしいという事ぐらいだろう。
細かいところまでは伝えきれない。
体格程度は言えたかもしれないが、妖怪も成長はするだろうから時が過ぎれば無価値な情報となる。
ただ、妖怪は成長するということを確かめるには情報が少ない。
それをさとりに聞くか?
いや、身長と体格だけ見ればそこまで成長していないはずだ。
「空?大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ。少し考え事をしてた。もう今日は寝よう」
「はい、また明日」
そう言ってさとりはドアを開け外に出た。
まぁ、深く考えてもあまり意味はないだろう。
気づかれていなかったのならそれで良かったという事にしよう。
もし、気づかれていて罠だったとしても、相手は所詮ただの人間だ。
元の状態であったとしてもあの程度の範囲の抹殺なら短剣のみでも直ぐに終わるだろう。
若干数妖怪もいるのでそいつらの実力によっては少しかかるかもしれないが。
そういう奴らはわかっている限り最初に標的にし、不意をついて一瞬で終わらせれば良いのだ。
それをいかに暴露ずにに密かにやれるかの勝負だ。
いや、こんな事を考えるのは止そうか。
今は来る明日に向けて体を休めよう。
もし、最悪の事態が起きた場合に最善の状態で対応できるように。
風呂は明日入れば良いだろうか、いや、今入るか?
「どちらでも良いか」
今日は血も浴びていない、特に運動をしたわけでは無い。
汗もかいていない。
だが、身体は綺麗に保っておくべきだろう。
鼻の良い奴であれば俺に残った僅かな血の匂いも嗅ぎつける可能性がある。
それが原因となり人里で面倒ごとに巻き込まれても厄介だ。
「やはり入るべきか」
そう言って部屋に置いてあったタオルを持ち風呂場へと向かう。
道は忘れていなかった。
今回はさとりがいたなどということは無く、ゆっくりと浸かれた。
血の匂いも自分の嗅覚ではもう分からない。
これだけしておけば大丈夫だろう。
犬などの妖怪などがいた場合気付かれるだろうか?
いや、それに対策を講じても無駄だろう。
その嗅覚を避けるために自らに匂いをつけ、逆にそれで村人に怪しまれれば意味が無い。
この状況では存在未確定の者よりも存在が確定している者に注意するべきだろう。
全く、また悪い癖が出ている。
さっき寝ると決めてたにもかかわらず、思考を巡らせ、自室の椅子に座っている。
少しは自分の決めたことを守ったほうがいいだろう。
やはり今日はもう寝ようか、そう言えば夕飯を食べていない気がするが全く空腹を感じない。
何故だろうか?
いや、今考えてはいけない。
またさっきと同じ事を繰り返してしまう。
彼は寝台の上に転がり、目を閉じる。
そしてゆっくりと自らの意識を手放した。