俺とさとりはゆっくりと地底へと続く穴を降りていた。
さっきからというもの言葉は一度も交わしていない。
読心をしようにも警戒されているようで、すぐに対応されてしまう。
そんな時間が少し続き、半分くらいだろうか、穴を降りた時に上空から何かが降ってくる音がした。
風を切る音的にはどう考えても石ではない。
石であったとしても当たって無事でいれるような大きさではないだろう。
まぁ、さとりとはそれなりに距離も離れているのでさとりには当たらないと思う。
俺はその上空から降ってくるものは見ずに飛行を止め、落下する。
恐怖は感じない、いや、感じれないというのが正しいだろうか。
体は重力に引かれ加速していく。
このまま地上に落ちれば死ねるだろう。
ただ、それでは俺は贖罪ができずに死ぬことになる。
今はまだ、死ぬべきではない。
そういうことだ。
俺はなおも重力に身を任せ落ち続ける。
上から落ちてくる何かは来ているのだろうが、俺の体が風を切る音で聞こえない。
俺は地上が見えた瞬間に一瞬体を飛行させる事で地面に難なく着地し、そのまま大きく後ろに飛びのいた。
瞬間上から何かが落下し、地面に衝突する。
「桶?」
降ってきたのは桶だった。
それもどこかで見覚えのあるもの、あれだけの衝撃が入ったにも関わらず、傷1つついていない。
おそらく、妖怪の持つ能力か何かで強化しているのだろう。
「また.......躱された.....」
「キスメか。あんなの当たったら死ぬからやめてくれ」
「次は....,..当てる......」
どうやら聞く耳は持っていないようだ。
「空、大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ」
まぁ、あのスピードをいきなり止めたので身体にそれなりの負荷は掛かったが気にするほどではない。
「さぁ、さとり。行くぞ」
俺は心配しているのかわからないが、どちらにしてもいち早く俺何を知ったのかを知りたいので、手を軽く引っ張った。
「えっ」
軽く引っ張ったつもりだったのだが、さとりが全く警戒していなかったこともあり俺の胸に飛び込んでくるというような形になった。
にしても軽い、軽すぎる。
「おお.......熱いね.......」
それを見ていたキスメは表情を変えずにこちらを見ていた。
「取り敢えず、今日は急いでるんだ。悪いな」
正直、軽かったので俺はぶつかられても痛くもなんともないが、さとりはどうだっただろうか。
まぁ、どっちでもいいだろう。
死んでもいないし、重大な怪我を負ったわけでもないのだから。
「さとり、行くぞ」
しかし、さとりは俺の胸から離れようとしない。
怪我でもしたのだろうか。
「おい、大丈夫か?」
「えっ、は、はい!大丈夫です」
さとりは俺から離れた。
本当に大丈夫だろうか?
まぁ、別に異常もないようだ。
「ああ、なら良かったが」
「ではキスメさん、また会いましょう」
さとりがそういったのを確認し、俺は地霊殿へと向かう。
眼下の街はまるで百足に襲われたのが嘘のように活気にあふれている。
飛んでいたが、少し街を見ながら行くのも良いだろうと思い、街へと降りる。
「賑やかだな」
「きっといつもこんな感じですよ」
いつもの間にやら俺に追いついていたのだろう。
背後からさとりに声をかけられた。
「そうか、平和だな」
「急ぎますか?」
正直、そこまで焦る必要はなかった。
さっきは急いでいるからなどと言ってキスメと別れたが話していても良かったかもしれない。
まぁ、馬鹿らしいので戻ることはないが。
「ここからは歩いていくか」
「そうですね」
さとりはそれを快諾し、歩く俺の横にならんだ。
いつものペースで歩いても良いが、さとりが横に並びたいのなら少し歩行ペースを落とした方が良いだろう。
「おお、空か」
全く、これは不運なのだろうか?
目の前の店からちょうど勇儀が出てきた。
相変わらず巨大な杯を持ちその中の酒を啜っている。
「勇儀か。歩きながらで良いか?」
わざわざ止まって話をするのは効率が悪い。
歩きながらの方が効率が良いだろう。
「構わないよ。これまたお熱いねぇ。2人きりでデートかい?」
デート?なんだったか、確か互いに思い合っている男女が屋外で共に行動することだったか。
「違いますよ」
俺が何かを言う前にさとりが否定した。
だが、その顔は赤い、なぜだろうか?
読心をしようと試みるが警戒しているようで出来なかった。
「あはは、そうかいそうかい」
完全に遊ばれているな。
まぁ、特に気にする気もないが。
「そういえば体は大丈夫かい?」
今一度考えれば、勇儀は俺がさとりを病院に連れて行った事を知っているので本当にさとりで遊んでいたのだろう。
まぁ、結局のところなんでも良いのだが。
「ええ、大丈夫です」
「それは良かった。そう言えば空、私といつ戦ってくれるんだい?」
ああ、すっかり忘れていた。
勇儀も忘れてくれていた方が良かったが、そう上手くはいかないらしい。
「今日明日は取り敢えず無理だ、明後日なら大丈夫だと思うが」
明日の午前中は空いているが、祭の前にわざわざ戦闘などするものではない。
「わかった。じゃあ明後日だな」
「ああ」
面倒だ、だが、鬼の力を身をもって感じられる初めての機会だ、有効に使おう。
気付けば既に地霊殿の門の前まで来ていた。
「じゃあ」
そういって俺は地霊殿の門をくぐる。
「先に自分の部屋にいてください。私が貴方の部屋に行きます」
「そうか」
そういったさとりは階段を登り自分の部屋へと向かっていった。
俺も自分の部屋に向かい出そうか。
そう言えば羅刹と戦った際に投擲した百足の甲殻で作った短剣はどこに行ったのだろうか。
まぁ、考えるまでもなくお燐に処理されたのだろうが。
おれは自分の部屋のドアを開け中へと入る。
「はぁ、疲れた」
正直、そこまで疲れてはいない。
しかし、少しであっても疲れているのは事実だ。
特にする事がない。
いや、短剣の手入れでもしようか。
俺は鞘から短剣を取り出し刀身を眺める。
「いや、必要ないな」
俺は短剣を部屋の中央に位置する机の上に置きベットに横になる。
ここにきてからまだ一週間も経っていないと思うが、いろいろな事があった。
もう慣れてきてはいるが自分が人間ではなくなり、周囲には人間でないものがいる。
少し眠くなってきた。
さとりが来るまで少し寝ようか。
俺はそうして夢の中にに意識を手放した。
「空?いますか?」
どうやらさとりが来たようだ。
どれ程寝ただろうか?
まぁ、起きなければならない。
俺は体を起こし、ドアを開ける。
「入りますね」
「ああ」
俺は机へと向かい椅子に腰掛ける。
「ベッドで話しませんか?」
ベッドで?
まぁ、いいか。
座り心地はベッドの方が良いだろう。
俺が座るとその横にさとりが腰をかけた。
「で、俺の何がわかったんだ?」
さとりの方は見ず一番聞きたいことを聞く。
「貴方に、感情がないことです」
そうか、そこまでわかっているのか。
いつかはバレると思っていたが、想像以上に早かった。
俺が暗殺者だったということもすぐバレるだろう、ならば自分から言った方が良いだろう。
「そうか。聞いてみたいか?俺の過去を」
「貴方が良いのなら聞きたいです」
他人に話してはいけない、そう教えられたが。
俺は今は暗殺者ではない。
その過去と決別し、贖罪をする事が大切なんだろう。
人は今を生きなければいけない。
過去を引きずっても意味はないのだ。
過去は変えられない事実。
それを認めていかなければいけない。
だからこ今がある。
過去の罪の精算をしていくために。
「俺は、暗殺者だった」
「そうですか.......」
「俺の罪を話そう。自分で話すのも良いが、見てもらったほうが速いな。見るか?それとも聞くか?」
恐らく見るというだろう。
俺がさとりに過去を見られれば嘘をつくことはない。
いや、つけないというのが正しいだろうか。
「......聞かせてください」
何故だ?
何故見るという選択肢を選ばなかったのか。
理解ができない。
「わかった...さぁ、語ろうか俺の過去を」
俺は覚悟を決めゆっくりと口を開く。