「こんにちわ。どんな病人かしら?」
病人、と言うわけではないんだが。
まぁ、ここは病院なのでその質問をするのが医者として当然だろう。
俺は抱いているさとりに目を向ける。
「貧血だ。割と重度だと思う」
あれだけ出血していれば重度ということになるだろう、そもそも人間とは体の作りが違ってあの程度ならすぐに治るというなら別だが。
「あら、地霊殿の主じゃない。そこのベッドに寝かせてくれる?」
俺は永林が示した部屋の隅にあるベッドにさとりを寝かす。
「そういえば、自己紹介がまだだったわね。私は八意 永琳よ」
「俺は秦 空だ」
「そう、では自己紹介も済んだことだし状況を聞くわ」
状況を聞く?
その事になんの意味があるのか。
まぁ、医者の考えなんてよくわからないものだ。
今はサードアイのお陰もあり簡単に理解できるが。
「羅刹に襲撃を受けてさとりが大量出血した」
事実だ。
なんの嘘もない事実。
「そう、じゃあ輸血が必要ね。ただ、覚の血は流石に持ってないのよ」
どうやら、覚という種類の妖怪は少ないため輸血パックがないらしい。
というか外でいう血液型の様な物はないのか。
「俺の血を抜くか?」
「あら、流石は覚ね。じゃあ別室でやってもらうわ。優曇華!」
俺の入ってきたドアが開きこれまたウサギの耳のつけた女が入ってくる。
てゐよりはかなり身長が高い。
格好は外の女子高生の制服のようなもの。
ただ、1つ言うとすればスカートの丈が非常に短いことだろう。
「何でしょうか。師匠」
ああ、この兎はこの永琳の弟子の様な立ち位置か。
まずまず、師匠と呼んでいる時点で弟子だとわかると思う。
「彼の血を300㏄ほど抜いて頂戴」
「わかりました。こっちです」
俺はこの優曇華という人物に無言でついていく。
にしても、優曇華とは中々に珍しい名前だ。
確か優曇華というのは仏教の伝説の花の名前だった気がする。
そんな事を考えてい間にに俺は1つ横の部屋に案内された。
「ではここに腕を置いて下さい」
「ああ」
正直の所自分で自分の血は抜けるので抜いてもらう必要は無いのだが折角やって貰えるというならやってもらったほうがいいだろう。
流石に医学のプロには技術では到底かなわない。
「じゃあ、力を抜いてください」
俺は言われた通りに力を入れる。
「じゃあ抜きますね」
どうやらこの優曇華という人物...人ではないだろうが取り敢えず採血が上手いのかあっと言う間に終わってしまった。
とくに痛みも感じなかったのでやはりかなり上手いと言えるだろう。
「上手いな」
「いえいえ、私はまだまだですよ」
医者にとって謙虚さ程大切な物は無いと聞いているので、それ以上に何かを言おうとは思わなかった。
「ここで待っていてください」
そう言って優曇華は俺の血の入ったビーカーを持って部屋を出て行った。
何故俺は連れて行かなかったのか気になるが。まぁ、そこまで気にすることでも無いのでこの部屋でも見ておこう。
天井ではプロペラの羽の様なものが回っており、俺の正面には小さめの窓。
外には数匹のウサギが見える。
右にある棚の上にはホルマリン漬けではなく誰かは分からないが2人の人間のようなものと優曇華が写された写真があり。
その周りを包囲するかの様に女らしい小物が置いてあった。
ヘアピンやら人形やら、幾つか用途の分からない物があったが気にしたら負けだと思う。
もともと女という生物は男とは色々ちがう。
しかし、女から見れば男が色々おかしく見えるのだろう。
それは性別の違いが産んだ他人からこう見られたいという願望の違いであり、それが考え方まで変化させたんだろう。
「お名前聞いても良いですか?」
後ろのドアが開き優曇華がこちらに話しかけてきた。
「秦 空だ」
「空さんですね。私は鈴仙・優曇華院・イナバです」
名前が長い。
それが感想だ、何かヨーロッパの人のフルネームの様だ。
「そうか、で、何の用だ?」
「さとりさんの診察が終わったので」
「ああ、そうか」
何故だろうか、外見はこんなにもお淑やかというのか、落ち着いているのに内心はかなり焦っている。
なにこの人?!何で特に何でも無い様な反応してるの?!
正直煩かったのでサードアイに自然に手をかけ読心を出来なくする。サードアイ、やはりいい事だけではないな。
「で、いつ頃目を覚ますんだ?」
「わからないです。でも命に別条は無いので時期に目が覚めます」
「そうか」
彼はそう言って鈴仙の後ろのドアを開け外に出る。
そのまま一度さとりを見に行こうかと思ったがあの言い方からしてそんなにすぐ目を覚ますことは無いだろうし竹林でも眺めていようか。
縁側に座り、こう落ち着いて見てみると地面の所々から筍が顔を出していた。
外の様に車や電車の音はなく、ただあるのは風で揺れた笹が擦れ合う音のみ。
ああ、眠くなってくる。
ここで少し寝るのも良いかもしれない。
そうして彼は睡魔に身を任せた。
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「ああ。」
彼は体に吹き付ける風で目を覚ました。
いつの間にか体には毛布が掛けられている。
恐らく鈴仙が掛けてくれたんだろう。
外は暗くなり、月が昇っていた。
どうやら割と長い時間寝てしまった様だ。
そろそろさとりの様子でも見に行こうか。
電気もない様で、頼れるのは月明かりのみ。まぁ、俺はある程度夜目が利くので問題はないが。
彼はさとりが寝ているであろう部屋の扉を開けさとりを捜す。
探すと言っても部屋にベットは1つしかなかったのでそこに向かうだけだが。
静かな寝息が聞こえる。
どうやらまだ寝ているようだ。
彼は近くにあった木製の椅子に腰掛けさとりが起きるのを待つ。
さっき寝たのでまた寝てしまうことは無いだろう。
彼は恐らく鈴仙が掛けてくれたと思われる毛布を畳み、膝の上に置いた。
「流石にまだ起きないか」
彼は畳んだ毛布を鈴仙に返す為一度部屋を後にする。
恐らく鈴仙の部屋は俺が採血された所で間違い無いと思うので昼に案内された所に向かう。
まぁ、たった1つ横だが。
ドアを開けると鈴仙はまだ起きていて机に向かっていた。
どうやらこちらには気づいていない様だ。
「おい、何をしてるんだ?」
「えっ?!いつ入ってきたんですか?」
「今さっきだ」
どうやら鈴仙はノートに薬のことを書いていたようだ。
整った字で見たことのある物質名が記されている。
「薬学か」
「そうです。これでも医者を目指してるので」
もう十分医者の仕事はこなせてると思うが、と言い掛けたが折角の向上心を落とさせたくは無いのであえてそうは言わなかった。
「そうか、頑張れ。あと助言だ、そこのセラスタミンの所に人間に処方する際は二週間以内に留める、と書くべきだろうな」
「え?薬わかるんですか?」
どうやらかなり驚いているようだが昼間のように心中で騒いでいるということも無いのでサードアイは普通に向けておく。
「いいや、それぐらいしか分からない」
本当は自分で作らなければいけない事もあったし、割と分かるが医者を目指している奴には到底かなうようなモノでは無い、それにそこについて追及されると面倒なのであえてそこは避けておいた。
「そうですか。所でさとりさんは?」
「まだ起きていない」
「そうですか、早く起きると良いですね」
「そうだな。そういえば毛布ありがとうな、風邪をひかずに済んだ」
危なかった、一番の目的を忘れるところだった。
それを忘れてしまえば俺はただ、鈴仙のノートのミスを指摘しに来ただけになってしまう。
「いえいえ、患者が増えたら大変だと思ってやっただけですから」
要は俺の体を心配してくれていたらしい、まぁこの程度の寒さなら風邪など引かなかったが。
「そうか、妥当だな。俺はさとりの部屋にいる」
「布団でも用意しましょうか?」
「いや、場所だけ教えてくれれば後で自分で出す。さっき寝たおかげで眠くないしな」
鈴仙が一瞬いい出す前にルートを頭に浮かべたので鈴仙が言わずともわかっていたが取り敢えず聞いておこうか。
言葉で。
「部屋の隣の棚の中です。」
「随分近いな」
「遠くにもありますよ?」
「いや、遠慮しておく。じゃあ、ありがとうな」
彼はそう言って鈴仙の部屋を後にした。