彼は1人、風呂場の椅子に座りシャワーを浴びていた。
身体にぶつかる温かい流水が俺の身体に着いた血を流していき、紅く染まり流れていく。
「ん?」
足を洗い流した時に軽い痛みが走った。
その痛みの感じた場所を見ると若干の切り傷ができていた。
範囲も少ないし、何せ俺が血まみれだった為に気付くのが遅れたようだ。
正直、この程度なら気にするまでも無いので適当に止血をし、浴槽へと歩いて行く。
「ふぅ」
にしても、自分の心拍数を上げることまで出来るとは便利な能力だ。
しかし1.5倍の時点で割と身体に負担がかかっていると思われるので下手に使わないほうが良いというのは事実だろう。
まぁ、身体に慣れてもらえばどうとでもなると思うが。
「出るか」
そう言えば、さとりを地上にあるという病院に連れて行くのだった。
多少なりと急いだほうが良いだろう。
彼は風呂から上がり、俺が身体を軽く拭いて更衣室に向かった。
そこには一匹の猫、お燐だ。
俺は腰にタオルを巻いていたので問題は無い。
「これだよ」
差し出されたのは、恐らくさとりの服。
「おい、スカートだろこれ」
「冗談だよ。こっちを着てね」
そう言ってさとりの服を持って外に出た。
まさかとは思うが本当にさとりの服だったのか?
取り敢えずお燐が投げて来た服を確認する。
何だろうか、紳士服?
間違いなく動きにくいだろう。
しかし、あの真っ赤な服など着たら殺人鬼とでも思われそうなので黙ってその服を着ることにした。
「ああ、そうか」
何故そんな単純なことに気付けなかったのか。
俺はその服を持ってその服をジーパンと真っ黒なTシャツに変更する。
変更すればよかっただけの話だった。
彼方では勿論そんな便利な能力は持っていなかったので忘れるところだった。
俺は早速その服に着替え、外に出る。
因みに前の服は液体に変更して流してしまった。
あそこまで血に濡れてしまってはもう使えなさそうだったので仕方ない。
たとえ洗い流せたとしても血の匂いが残るのは嫌だ。
「あ、出てきた!って何その服?!」
にしてもなぜさとりを抱きかかえているのか?
「動きにくかったから変更した」
「なんでもありだね、それ」
自分でもこの能力の汎用性の高さには感心しているが、これにばかり頼っていると戦闘の腕が落ちそうだ。
「まあな」
「取り敢えずさとり様を連れて行くよ。」
そしてさとりを投げ渡してきた。
「おいおい、主人をボールみたいに投げるな」
一応は受け止めれたが身長差が無いので恐らく凄く不恰好だろう。
まぁ、文句を言ったところで何かしらの理由をつけて俺に抱かせるだろうから何も言わないが。
「取り敢えず、行くぞ。案内は頼んだ」
「了解したよ」
俺はさとりを抱いたままお燐の後をついていく。
「なぁ、結構こういうことあるのか?」
「まぁね」
「そうか」
日常的にあそこまで狙われていては迂闊に外は歩けない。
だからさとりは外にあまり出ないのか。
まぁ、ただ単に肌が白く、俺が来てから一度も外に出ていないので勝手に外に出ていないと決めつけているんだが。
妖怪は肌が焼けないのかもしれないと言う可能性もあるのでやはり、ただの憶測だ。
「ああ、そうだ。このフード被って」
俺はお燐から投げ渡されたフードをさとりの上に乗せる。
「この状態で取らせに来るとは中々に鬼畜だな」
「空の事だからできると思ってたよ」
俺はため息を吐きながらさとりを壁に掛けさせ、フードを被る。
正直、フードなどを被った方が目立つ気もするが。
まぁ、肝心なのはサードアイを隠すことなんだろう。
「さとり様にも被らせておいて」
「ああ、わかった」
俺はさとりにもフードを被せ、持ち上げる。
別に、妖怪になったこともあってかさとりの重さは全く感じないが。
この状況を赤の他人が見れば完全に出来上がったカップルだろう。
というか、割と動いているはずだがさとりは全く起きる気配が無い。
まさかとは思うが睡眠薬でも飲ませたのだろうか?
先程からさとりを投げ渡してきたりしているので、正直やりかねない。
お燐は俺の準備が終わったのを見た後、ドアを開けた。
「おい、空。どこへ行くっていうんだい?」
ドアを開けるとそこには丁度門を開け、入ってきた勇儀が居た。
「さとりを病院に連れて行く。宴会はまた今度にしてくれないか?」
「おお、そうか。わかった」
正直、多少なり怒られると思っていたが、まさか何も言ってこないとは思わなかった。
念のため心を読ませて貰ったが、本当にさとりを心配している気持ちのみ感じれた。
さとりは外を怖がっている様だが周りは彼女をそこまで恐れてはいない様だ。
「ありがとう」
そう言って俺はお燐の後を追う。
空を飛びつつ、下を眺める。
ヘリに乗って仕事をしに行った事もあったがその時とは状況が違う、ゆっくりと眼下の風景を眺めれる。
基本的にヘリに乗っている時は逃走中であったり、戦闘中であったりで、身体を乗り出して手榴弾を相手のエンジンに投げ入れるなどの割と簡単な事をするだけだったが。
やはり、外を見るほどの余裕は無かった。
「ここが地上への道だよ。この洞窟だけが上に繋がってる」
それは絶望できるほどに高い絶壁だった。
はるか上に、僅かに太陽の光であろう光が見える。
こんなものを今から登ると思うと軽く絶望できる。
しかし、今は飛ぶことができるので幾分かは楽だろう。
「ここを行くのか?」
「そうだよ」
そう言ってお燐はどんどんと上がっていく。
その後を俺はゆっくりと追っていった。
速度を出そうと思えば出るんだろうが、さとりを抱いているのでそう速くは飛べない。
お燐もそれをわかっている様でゆっくりと上昇してくれている。
ただ、真上に飛んでいくというものだったので俺は眠っているさとりの顔を見る。
やはり寝顔とこの体つきを見れば中学生程度だろうか?
まぁ、体つきで言えば俺もそのぐらいだろうが。
見たことは無いが両親も小さかったんだろうか。
いや、ここは大きかったと信じておきたい。
大人になっても身長が160というのは流石に笑えない。
俺が女ならいいが残念ながら男なのだ。
せめても170ぐらいは欲しい。
「やっぱりそれ気にしてたんですね」
彼はその声の主を見る。
その主は俺に抱かれ赤面しながらジッとサードアイで彼を見つめていた。
「いつから見てたんだ」
「私のことをちゅうがくせい?とか思ったところからです」
一番聞かれたく無いことを聞かれた。
油断していた。
「起きたんなら飛んでくれ」
「出来ないんですよ」
どうやら貧血で体に力が入らないらしい。
というかそれは貧血の影響なのか?
お燐に睡眠薬でも飲まされていたんでは無いかと再度思う。
「そうか、なら仕方ないな」
そう言って俺は上昇を続ける。
気付けば差し込む光は近くなり、出口が近付いていた。
「さぁ、地上だよ!」
彼よりも少し先を飛んでいたお燐はそう言ってその穴から外に出た。
彼もそれに続き外に出る。
最初のうちは太陽光の眩しさに眼があけられなかったが、少しすると風景がだんだんと見えてきた。
そこから見えるのはある程度のサイズはある山、葉を太陽に広げ青々しく茂る木々。
彼方ではもう少ないと思われるような広大な自然だった。