【完結済み】東方贖罪譚〜3人目の覚妖怪〜   作:黒犬51

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第1章 感情のない少年
1話 洞くつ


 少年は暗い洞窟の中で目を覚ました。明かりはなく。ただ、時折聞こえる水滴の落下音以外は何もない。闇を溶かしたのかと思う程に暗い中、少年は立ち上がり。手を前に突き出しながら壁を探す。右に少し歩いた所で何かに手が触れた。冷たい感触、少し湿っているようで手が濡れた。壁ということで間違いはないだろう。濡れた手を自らのズボンで軽く拭い、壁に手を当て歩き出す。

 果てのない闇、出口はあるのだろうか?しかし、なぜこんな場所に自分がいるのかが理解できない。

 

 

「ああそうか」

 

 

 少年は一人納得し、視線を上げ出口を探し、歩き続ける。暗闇の中では時間感覚も方向感覚も失われるため、ここからの脱出はもしかすると出来ないかも知れない。まずまず、歩いている方向が逆であれば二度と出ることはかなわないかもしれない。だが、どうやって入ったかは覚えていないが、入ったということは出口もあるはずだ。そして、気の所為という可能性も捨てきれないが、背後から何かが追ってきている様な気配を感じた。早く出ることに越したことはないだろう。

 

 

  「誰だ?」

 

 

 結果は見えているが、声を掛けてみる。まずまず、この暗闇で俺のことを追ってこれている時点で、人間という可能性は限りなく低いだろう。まだ外が遠いのか、全くなにも見えない。だが、洞窟にいる生物ならば、超音波を使用し、大体の物の位置を把握できる。

 

 

  「無視か......」

 

 

  別に今は後をつけられているだけで危害は受けていない。こちらも無視しておいても良いだろう。蝙蝠程度なら別に恐れることもない。今はそれよりも早く出口を見つけなければ、ここで飢え死にしかねない。食料は一週間食べなくても問題ないが、水は三日で限界に達する。それに三日目にはもう碌に動くことはできないだろう。それに加えて先ほどよりも後をつけて来ている何かの気配が接近して来ている。

 これはそろそろ策を練らなければいけない。情報の整理をしよう。相手の気配はある、しかし姿は今の所見えない。ここは洞窟、終わりはあるだろうが出られる保証はどこにもない。流石に、蝙蝠がここまで激しく追ってくることはあり得るだろうか?それ以前に、蝙蝠は飛行する。飛行となれば音がするはずだ、だがそんな音は全くしない。あるのは少年の呼吸音と地面を踏みしめる音のみ。蝙蝠が音もたてずに歩いて追ってくることはあり得ないだろう。

 そうなると人間が最も良い線をいくだろうが、わざわざ俺を追う意味がない。俺は自殺したのだから、死人の俺を追う意味もない。となると肉食獣に狙われているという線もあり得るが、洞窟に人を襲うほど大きな生物が洞窟にいるという事は聞いたことがない。

 取り敢えず、少々、逃げた方が良さそうだ。 外を目指し、湿った地面を勢いよく蹴りだす。

 気配もあとを追って来ているようだ。足音ではなく、少し地面が揺れている事からまさかとは思うが。いや、さすがにそれはないだろうと直感的に否定する。足元は岩だ、モグラであっても掘り進むのは厳しいだろうし、壁に手をついて歩いているとはいえ同速度で終えるだろうか。嫌な予感が体に走り。少年は護身の為にいつも身につけていた短剣を革製の鞘から取り出し右手に握り、夜の闇に包まれた洞窟内を正体不明から逃げるために走り続けた。

 どれだけ走ったろうか、あまり体力も残っていない。暫くして正面に希望が光る。輝かしい太陽のものだろう。地上に出ればなんとかなるかもしれない。少年はそんな理想を描きながら足を回す。幸運なことに正面から差し込む光が辛うじて足元を照らしてくれるため転ぶ事は少なくなったはずだ。明かりに頼って壁についていた左手を離し全速力で駆け出す。すぐに光は迫り、日光のもとに出る。

 

 

「地上では無い...?」

 

 

 間違いなく明るいが、上に太陽はなく青空も雲もない、かわりにところどころから突き出た石が。少年は視線光り輝いていた。明るければ、とりあえず良い。どうやら前方には村か街があるようだ。ただ、ここの距離では規模を把握する事は難しい。だが、小さくはない。ところでころから白煙が昇っているあたり、生活している人もいるはずだ。

 距離的にも後方から追ってくるものを無視していくには少し遠すぎる。それに少し先は砂漠地帯のような物が広がっている。砂漠では走りにくい上に砂に足が取られ体力の消耗が非常に激しい。少年は息を吸い、短剣を握り、洞窟に向き直る。

 少年を追っていた物が洞窟内から土煙を上げながら襲来。姿は見えない、まさか。最悪の事態が起こった。ここはもうきっと俺の知る世界ではない。きっとこれは罪人の夢見る地獄。

 数分のにらみ合いの後、轟音と共に出て来たのは光を浴び黒光りしながら蛇のように踊る胴体、彼の身長のの2倍はありそうな触角、一本一本がまるで意思を持っているかの様に不規則に動く脚。

 地面から現れたそれは全体が出ていないのにも関わらず、軽く少年の3倍はあった。

 

 

「百足...?」

 

 

 それは人間であるはずの彼にとっては最悪の相手だった。例えば、世界にいる生物を全て人間大にし、戦わせた場合、どの種族が最強か?その場合、最も強者に近付くものは昆虫であるとされる。硬い甲殻を持ち、空を飛ぶものもあれば、地上を走るものもいる。自らの体重の何十倍もの重量を持上げ、群れを作るものもいれば、毒を持つものもいる。そんなものが人間大になり、人間と戦争を始めれば人間が勝つ事はほぼ、不可能だろう。硬い甲殻に銃弾は弾かれ、焼かれたとしてもあの生命力があればすぐに死ぬ事は無い。

 人間と同サイズでそれなのだ。ここまで大きいと【ただの】人間では勝つことなど不可能に限りなく近い。

ここまで大きい昆虫に勝つにはどうすれば良いか。少年は素早く思考を回す。最悪、勝たなくても良い、取り敢えずこの場を凌げればいい。逃走が可能になる程度に弱らせるというのがベストではある。だが、あの堅殻は短剣など通さないだろう。反動で逆にこちらがダメージを負いかねない。だが、そんなことに思案を巡らせる暇はなく、少年に対して百足は溶解液を吹きかける。当然喰らう訳にもいかない少年は大きく右にステップ。横目にその液を掛けられた場所を見て間違いなく喰らってはいけないたぐいだと判断する。その液が掛けられた地面が黒く変色し異臭を立ち昇らせていた。これで、チャンスになったとしても、この攻撃を構えられた瞬間によれなくなった。現状は最悪ではある。だが、ここで素直に殺されようとは思えない。これがこんなものが贖罪であるわけがないからだ。こんなもので俺の罪は償えない。更に重い。更に辛い。更に過酷な物に処されなければならない。まずは、こいつを止めるにはどうすれば良いか、こいつの特徴を掴まなくてはいけない。

百足は気味の悪い雄叫びをあげながら胴体でそんな少年を潰しに掛かる。少年は、一瞬にして短剣を逆手に構え、右に飛び、倒れて来た百足に合わせて体を捻り片方の触角を切り落とす。地面にその触覚が落下、不気味にのたうち回った後に静止。だがこれといったダメージにはなっていない。もう一本おれば、とりあえずは楽になるが。そううまくもいかないだろう。事実、百足は先ほどよりも警戒している。生物の第六感で何かが危険だと判断したらしい。にらみ合いが続き、少年は右手に構えた短剣の角度を変える。それに気づいた百足が攻撃の予兆だと判断、全身が一瞬こわばった瞬間に後ろを向き駆け出す。こんなもの今の装備では勝てるわけがない。あの溶解液であの堅殻を溶かすことも考えたが、まずは放ってきている時点で自らに悪影響はないはずだ。口からこぼれることもあるはずだ、それで溶けてしまってはたまらない。それに生物はそんなにも愚かな進化は遂げない。

 百足は少し遅れてはいるものの少年に追いすがる、町までの距離は1キロはありそうだ。迫ってくる振動の速度を計算するが、500メートルももちそうにない。一度停止、背後にいるはずの百足の姿はない。やはり移動の際は潜るらしい、そしてそして振動を頼りに追ってきているらしい。

 少し先の砂漠を見て逃走不可と判断した少年は止まる。乾いた土煙を上げながら百足が再度姿を現す。即座に地面を蹴り、百足に急接近し左に流れる動作のままに左右に蠢く脚の関節を狙い、5本ほどまとめて切り落とす。脚を切れば多少の移動速度が落ちるかと期待したのだが、少年の前に垂れた二本の触覚を見て希望は見事に砕かれた。さき程切った触覚が再生していた。だが、少年は止まらずに足を切り落とし続ける。

 だが、何も無茶苦茶に攻撃しているわけでは無い。目的はあった。再生には当然体力を使う筈。それを切らすことができれば、殺さずとも逃げることはできる。百足がその力を使い切るのが先か自分が逃げる分を残したスタミナ切れするのが先か、という賭けだ。だが、脚は当然触覚よりも作りが簡単だ。再生にも時間をそれほど要さないようで、切って数秒のうちに生え変わってしまう。それでも、次々と生える脚を短剣で百足の周囲を舞う様に動きながら切断して行く。百足も、無論ただ切らせるわけもなく身体を使い自らを斬る男を潰そうと、脚でその男の体を貫こうとする。

 然し、彼には当たらない。痛みで発狂寸前で思考が回らないということなのかもしれないが、その全てを避け脚を切り落とされる。そして隙があれば胴体にも斬撃を入れる。勿論、硬い甲殻を貫通できるわけも無いので傷が入る程度だ。ただ、少年からすれば隙があれば殺すことも考慮しているという意思表示のフェイクだが。それも、いい働きをしていた。

 全く終わりが見えない。切っても切っても疲労している様子が無い。どうやら、何か俺の常識の範囲外のことが起きているようだ。再生という時点であまり現実性はないのだが。なんにせよ、体力を残しつつ、この百足の再生を中断させることはできないだろう。そういえば、この先には砂漠が広がっていた。この図体だ、砂漠まで行ければ体がしずんで追ってこれない可能性はある。ただ、砂漠は砂に足を取られる為に相当動きにくい、そのためスタミナの消費も上がる。だが、百足からすれば岩よりも軽くなったわけだから、今よりも早く動ける可能性がある。そうなれば、即座にまたこの岩場に戻るほかないが。それには裏を取らなければならない、そう簡単にいくだろうか。だが、やるしか無い。それしか生きるために残された選択は無いのだから。

 再度後ろにステップ、全方に重心をずらし、一気に後ろに不安定な体制のまま体の軸をひねり、半ば地面に肉薄するかのような姿勢で背を向け、地面をけり、再度駆け出す。だが、今回はそれほど隙もつけなかった。その為、先ほどよりも近い場所から百足はスタート、この距離では百足は少年に追いつく。だが、少年は百足に追い抜かれても一心に砂漠をを目指す。当然百足は正面に回り、土煙を上げながら姿を現すが、少年はそのタイミングで加速。飛び出し始めた百足の頭部に足をかけ、勢いそのまま跳躍。百足の浮上力が加えられ。一気にマンション数階分飛んだ少年は前方に短剣を投擲、短剣は砂漠に深く突き刺さり、そこに向かって衝撃を逃がすために前転しながら着地、突き刺さった短剣の柄をもち独楽の様に右足を軸にして百足に向き直り、短剣を構える。

 百足は砂漠の手前で止まりこちらへは向かってこない。百足は一つ悔しそうな雄叫びを上げ、暫くすると諦めたようで洞窟へと戻っていく。

 

「死なずに済んだか」

 

 少年は一つため息をつき。焼けるよう暑さの先の砂漠の先にある村に向かい砂塵の中へと消えて行った。

 






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