長月:LP8000
響:LP6800
「それじゃあ、私のターン。ドローッ!」
本日二度目のドロー。これで手札は三枚だ。
(長月の二枚の伏せカードが怖いけど……ああして啖呵も切った以上、今更引き下がれないね)
そう考えつつ、手札のカードを掴む。
「私はチューナーモンスター《ミラー・リゾネーター》を召喚。そして、レベル6《EM カレイドスコーピオン》にレベル1チューナーのミラーリゾネーターをチューニング」
「来るか……お前のシンクロ!」
ミラーリゾネーターの輪にカレイドスコーピオンが包まれていく。
「機械の亡骸達よ、今一度集いて新たなる悪魔を生み出せ。シンクロ召喚! 現れよ、レベル7《スクラップ・デスデーモン》!」
光の中から、和風のフィールド魔法に似合わない無骨な鉄塊が現れる。だがこれだけで終わるつもりもない。
「さらに、今セッティングされているスケールでペンデュラム召喚! エクストラデッキからレベル6、カレイドスコーピオン、レベル3《EM リザードロー》、そして手札からレベル3《EM ジンライノ》。……続けていくよ」
「続けてって……シンクロ召喚はチューナーがいないとできないぞ? まさかそれを忘れたとは言うまい」
その言葉を聞いて、私はニヤリと笑った。
「誰が、シンクロ召喚すると?」
「なーーまさか!」
「行くよ。私はレベル3のリザードローとジンライノでオーバーレイ。二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築!」
私の前に光の渦が現れ、その中にリザードローとジンライノが吸い込まれていく。
「機械仕掛けの天使よ、荒れ果てた世界に光をもたらせ。エクシーズ召喚! 現れよ、ランク3《機装天使 エンジネル》!」
二体の吸い込まれた光の渦から、機械の天使が現れる。デスデーモンとエンジネル、どちらも機械族のような見た目だが、それぞれ悪魔族と天使族である。
「さらにカレイドスコーピオンの効果発動。自分フィールドのモンスター一体はこのターン相手の特殊召喚されたモンスター全てに攻撃できる。この効果をデスデーモンに与える」
「くっ、厄介な……!」
デスデーモンの攻撃力は2700、対する無零は2600だ。万一破壊されそうになっても、エンジネルは対象を守備表示にすることで破壊から守る効果を持つ。
「さあ、行くよ。私はバトルフェイズに移行し、デスデーモンで相手モンスター全てに攻撃!」
ギギィェェェェ!! と大きく吠えた後、敵陣に突撃していくデスデーモン。その鋭い爪は、まず無零の首をかき切ろうと迫り、
「させん。罠カード《進入禁止! No Entry!!》を発動させてもらう」
ガギッ、と音を立てて寸前で止まった。
「何……?」
「進入禁止の効果でフィールドの攻撃表示モンスターは全て守備表示になったのさ」
「なるほど……いやまて、全てだって?」
全てということは、当然ーー
「そうさ。エンジネルの効果は発動できない!」
「っ、くっ……! ならカードを一枚伏せてターンエンドだ」
しぶしぶターンを終了する。これは非常に良くない状況だ。なんといっても、手札を使い切ったにもかかわらず、相手の消費は伏せカード一枚だけだ。
「よし、なら私のターンだな。ドロー! 私は手札から永続魔法《カラクリ解体新書》を発動する!」
長月のカードの発動とともに、古びた巻物が現れる。
「このカードには、自分の《カラクリ》の表示形式が変更されるたびにカラクリカウンターが乗る。そして最大二つまでカラクリカウンターが乗ったこのカードを墓地に送ることで、その数だけ私はドローできる。《カラクリ忍者 九壱九》と《カラクリ兵 弐参六》を攻撃表示にし、解体新書を墓地に送ってドローッ!」
シュァッ! と勢いよくカードが引かれる。これで彼女の手札は三枚。先ほどの私と同じ枚数だ。
そして、そのカードを見た長月の顔に獰猛な笑みが浮かんだ。
「……どうやら、いいカードを引けたようだね」
「ああ、その通り。行くぞ響、これから私の切り札をお前に見せてやる……!」
……やはりというか、無零は切り札ではなかったらしい。
(となると、あれ以上に厄介なモンスターか……まずいな、二枚の伏せカードのうち片方は相手を妨害するカードじゃないし、もう片方は……まだ可能性はあるか)
そんな私の考えなど露知らず、長月はデュエルを進めていく。
「私はチューナーモンスター《カラクリ守衛 参壱参》を召喚! そして、レベル4の弐参六にレベル4チューナーの参壱参をチューニングッ!!」
「レベル……8!」
四つの輪と四つの星が重なり、やがて一筋の光となる。そしてその中からーー
「混迷の世を憂う強者どもの長よ! 今ここに降り立ち、希望への道を切り開けェ!! シンクロ召喚! 現れろ、レベル8《カラクリ大将軍 無零怒》ッ!!」
ズオォォォンン!! と大きな音を立てて、巨大な武者が現れた。
(っ、ものすごい、プレッシャーだな……)
思わず、半歩後ずさってしまう。それほどだった。
「行くぞ、無零怒の効果発動! このカードのシンクロ召喚に成功した時、デッキから《カラクリ》を特殊召喚する! 現れろ、《カラクリ忍者 七七四九》!」
「上級モンスターか……」
無零にもあった《カラクリ》モンスターのリクルート効果。そのせいで長月の場のモンスターは一向に減る気配がない。
「さらに私は無零を攻撃表示にし、無零怒の効果を発動! 自分フィールドの《カラクリ》の表示形式が変更された時、一枚ドローできる!」
「さっき無零を一緒に攻撃表示にしてしまわなかった理由はこれか……」
もう半歩、後ずさる。やはり私のデッキのように中途半端なものではなく、ちゃんと一つのテーマに沿っている方が安定感が大きい。
(私のデッキも、もっとちゃんとした『軸』を作るべきかもね)
「さあ、バトルだ! 七七四九と九壱九でデスデーモンとエンジネルに攻撃ィ!!」
「ぐ、うぅ……」
なすすべもなく破壊されてしまう二体。守備表示だからダメージはないが、消費に対する利益があまりに少ない。
「九壱九の攻撃でエンジネルが墓地に送られた。よって九壱九の効果で墓地の《カラクリ小町 弐弐四》を守備表示で特殊召喚する! さらに無零でカレイドスコーピオンに攻撃、この時《風雲カラクリ城》の効果でカレイドスコーピオンは攻撃表示となる!」
再びカラクリ城の効果で低攻撃力のモンスターが狙われる。これはさすがにまずい。
「私はペンデュラムスケールの《EM ドラミング・コング》の効果を発動。カレイドスコーピオンの攻撃力を600上昇させる」
「だからどうした! その程度では、私の無零は越えられないぞ!」
「っ、ペンデュラムスケールの《EM モモンカーペット》の効果で戦闘ダメージは半分だ……」
響:LP6800→5850
「まだだ、無零怒でダイレクトアタック!」
「ぅぐ、ああ!」
響:LP5850→4450
こちらの攻撃に対しては抵抗する手段がない。モモンカーペットのおかげで戦闘ダメージを抑えられているのが幸いか。
「ふっ、メインフェイズ2、私は無零の効果を発動する。このカードは一ターンに一度モンスターの表示形式を変更できるんでな。弐弐四を攻撃表示にさせてもらう。私はこれでターンエンドだ」
(……? 弐弐四の攻撃力はゼロ、なのになぜ攻撃表示に……?)
普通なら考えられないが……まあおそらく考えがあってのことだろう。今は考えていてもしょうがない。
「……やってくれたじゃないか。だが、ここからは私のターンだ。ドロー」
手札ゼロの状態でのドロー。そのカードは、
「……私は手札から魔法カード《成金ゴブリン》を発動。相手のライフを1000回復する代わりにカードを一枚ドローする」
長月:LP8000→9000
「ほう……そのカード、なかなかに高価だった気もするが」
「そうなのかい? 最初から入っていたから気にしたこともなかったな。……まあいい、ドロー!」
引いたカードは、しかし逆転の手には足りない。
「まだだ、私は罠カード《活路への希望》を発動する。ライフを1000払い、相手と自分のライフ差2000につきカードを一枚ドローする」
響:LP4450→3450
「ライフ差は5550……よって二枚ドローする。さらに私は手札から魔法カード《貪欲な壺》を発動する!」
「三枚目のドローソースカード……一体お前のデッキはどうなっているんだ……?」
長月が不思議そうな目をこちらに向けてくる。仕方ないだろう、こっちだって必死なんだ。
「私は壺の効果で墓地のモンスターを五体デッキに戻して二枚ドローする。戻すカードはこの五枚だ」
そう言ってジンライノ、デスデーモン、エンジネル、リザードロー、そして《EM プラスタートル》の五枚を見せる。それらをデッキに戻してシャッフル、その後二枚ドロー。
「さて、随分とたくさんドローしたが……逆転のカードは引けたか?」
「ああ、おかげさまでね」
言いながら手札のカードを発動する。
「私は手札から速攻魔法《ペンデュラムターン》を発動。この効果でこのターン中、フィールドのペンデュラムスケール一つが、1から10までの任意の数になる。私はモモンカーペットのスケールを7から10にする」
これでレベル7から9までのモンスターも同時に召喚可能となった。
「再び描け、ペンデュラム召喚! エクストラデッキからレベル6カレイドスコーピオン、そして手札よりレベル7《オッドアイズ・ドラゴン》!」
私のフィールドに上級モンスターが二体並ぶ。だが相手のフィールドには上級含めモンスターが五体。やはり迫力の面では劣る。
「なるほど、そのドラゴンのレベルが7だったからペンデュラムターンを使ったのか……すなわちそれがお前の逆転の手か、響」
「そうだよ。そしてまだ終わらない。私は手札から魔法カード《フォース》を発動。フィールドの二体のモンスターを対象に、片方の攻撃力を半分にしてその数値をもう片方に加える。対象は当然、無零怒とオッドアイズだ」
「くっ、厄介な……」
無零怒の攻撃力が九壱九を下回る。こうなってしまえば、もう恐れることはない。
「さらにカレイドスコーピオンの効果でオッドアイズに全体攻撃効果を与え……バトルだ。まずは九壱九から攻撃だ。この瞬間、ドラミングコングの効果でオッドアイズの攻撃力は600上昇する」
「攻撃力、4500だと……!?」
ほとんどのモンスターを余裕で戦闘破壊できるほどの攻撃力を持ったオッドアイズが、九壱九へと突進していく。
「っ、だが、九壱九の効果発動! フィールドの表側表示のこのカードが攻撃対象になった時、その表示形式を変更する!」
「何っ……!?」
守備表示になった九壱九は、しかしオッドアイズの攻撃を免れたわけではない。あっけなく戦闘破壊されてしまう。だが戦闘ダメージは発生しない。
「……だけど、この瞬間オッドアイズの効果が発動する。このカードが相手モンスターを戦闘破壊した時、そのモンスターの元々の攻撃力の半分のダメージを相手に与える」
「くっ……だがこちらも無零怒の効果発動! 《カラクリ》の表示形式が変わったことで一枚ドローだ!」
長月:LP9000→8150
「まだだ、続けて弐弐四と七七四九に攻撃!」
「こいつらも守備表示にさせてもらう!」
長月:LP8150→7050
「さらに無零に攻撃!」
攻め手を一切緩めず切り込んでいく。今は攻めあるのみだ。
「仕方ない……リバースカードオープン! 速攻魔法《カラクリ粉》!」
と、長月が苦渋の決断といった感じで伏せカードを発動させた。
「フィールドの《カラクリ》一体を守備表示にし、その攻撃力分他の《カラクリ》の攻撃力を上げる! 無零怒を守備表示にし、その攻撃力分1400を無零に加える!」
「だがそれでも4000、まだこちらの方が上だよ」
「分かっているさ……ぐっ!」
長月:LP7050→6550→5250
そしてこの瞬間、手札のあるカードが発動条件を満たした。すかさず発動する。
「私は手札から速攻魔法《グリード・グラード》を発動する。自分が相手のシンクロモンスターを破壊したターン、カードを二枚ドローできる」
「シンクロメタ……だがよくそんな発動条件の厳しいカードを入れたな」
「まあ、このデッキはさっき組み直したばかりでまだ使い勝手がわからないからね。試験的に入れてみたのさ」
さて、問題のドローカードは……
「……よし、いいカードだ。私は手札から速攻魔法《エネミーコントローラー》を発動、モンスター一体の表示形式を変更する。対象は当然、無零怒だ。そしてオッドアイズで攻撃!」
「ちぃ、いい引きだな……ぐっ、ああ!!」
長月:LP5250→2150→750
あまりの衝撃に、長月が尻餅をつく。
「ありゃりゃ、大丈夫?」
ジャッジ役の夕張さんが思わずといった感じで声をかける。確かに痛そうだ。
だが。
「……いや、大丈夫だ。響、続けるんだ」
「あ、ああ。私はカードを一枚伏せてターンエンドだ」
「……よし、私のターンだな」
ザリッ、と音を立てて長月が立ち上がる。その目の闘志は、まだ消えていない。
「私のターン……ドローッ!!」
勢いよく引かれるカード。そのカードを確認した長月は先ほどより一層獰猛な笑みを浮かべ、
「ふっ……決めるぞ、響!」
「……いいだろう、来るんだ、長月」
と、長月が手札のカードを掴む。
「私は手札から速攻魔法《ダブル・サイクロン》を発動! 互いの場の魔法、罠を一枚ずつ破壊する! 私はカラクリ城とドラミングコングを破壊!」
「む……モモンカーペットは反対側のスケールにカードが存在しない時、自壊する」
「ほう、そんなデメリットがあったのか……だがいい、これで厄介なカードは取り除けた! 私は今破壊したカラクリ城の効果を発動! このカードが破壊された時、墓地のレベル4以上の《カラクリ》を特殊召喚する! 蘇れ、無零怒ッ!!」
風景が元のコンクリート製の港に戻ったと思ったら、地面を割るようなエフェクトとともに無零怒が復活する。あのフィールド魔法の効果は戦闘補助だけではなかったらしい。
「さらに魔法カード《アイアンコール》を発動! 自分フィールドに機械族が存在するとき、墓地の機械族を特殊召喚する。蘇れ、九壱九! そして魔法カード《借カラクリ蔵》を発動! 自分フィールドの《カラクリ》の表示形式を変更し、デッキからカラクリを手札に加える! 九壱九の表示形式を変更し《カラクリ参謀 弐四八》を手札に、さらに無零怒の効果でドローッ!」
(っ、今サーチした弐四八のレベルは3、そして九壱九のレベルは4……まさかっ)
そのレベルの合計は、7。そして多分、弐四八はーー
「さらに私はチューナーモンスターの弐四八を召喚し効果発動! このモンスターの召喚成功時、フィールドのモンスター一体の表示形式を変更する。カレイドスコーピオンにはもう一度攻撃表示になってもらおう!」
「やっぱりチューナーか……!」
そしてレベル7のシンクロモンスターということは……
「行くぞっ! 私はレベル4の九壱九にレベル3チューナーの弐四八をチューニングッ!!」
本日何度目かのシンクロ。見慣れた緑の輪の中を、九壱九が通っていく。
「絶対的なる強者よ! 今一度剣を取り、この戦場に降り立てェ!! シンクロ召喚ッ!! レベル7《カラクリ将軍 無零》ッ!!」
長月の雄叫びと共に、光の中から再び巨大な鎧武者が現れる。やはり、とんでもない迫力だ。
「無零の効果発動! デッキより現れろ、九壱九!」
「……二体目か」
だがこれで、合計攻撃力は7100、対する私のフィールドの合計は2600だ。その差、4500。
「さあバトルだ! まずは九壱九でカレイドスコーピオンに攻撃ィ!」
「う、くぅ……」
響:LP3450→1850
「次だ、無零でオッドアイズに攻撃!」
「……ぅぬ」
響:LP1850→1750
「ラストだ! 無零怒で、ダイレクトアターックッ!!」
無零怒の、その大きな剣がこちらに向かってくる。残りライフでは、受け切れない。
だから。
「させない。私は罠カードーー」
ーー勝った! そう長月は思った。なぜなら、無零怒の攻撃まで響は何もカードを発動してこなかったからだ。だから、少なくとも《聖なるバリア ーミラーフォースー》のような全体に影響を及ぼすカードではない。
「させない。私は罠カードーー」
そして、このタイミングになって響が罠を発動しても焦りはなかった。その理由は、手札のこのカード。
(速攻魔法《禁じられた聖槍》。これを使えば無零怒に魔法も罠も届かなくなる。攻撃力の下がるデメリットがあるが、そんなもの問題でもない)
だから、自分の勝利は確実だ。
そう、思ったのに。
「ーー《運命の分かれ道》を発動する!」
「ーーなんだと……?」
聞き覚えのないカード。少なくとも、自分の周りで使っている人に心当たりはない。
「……まあ、知らないのも無理ないさ。普通は使う人なんていないだろうからね」
自虐的に呟いて頬を掻く響。なら何故そんなカードを入れているのかーーは、今は置いておくとして。
「ま、まあいい。どういう効果なんだ?」
「おっと、そうだね。このカードの効果は、コイントスをすることで表が出たらライフを2000回復、裏が出たら2000のダメージというものさ」
その説明に、長月は一瞬キョトンとしーー
「ふっ……はは、あはははは!!」
ーー思わず、噴き出していた。
「そうか、そうだな! 確かにライフを回復すれば問題はないな! ……だが、それは所詮運次第だ。表が出て生き延びるか、裏を出して負けるか。所詮二つに一つのなぁ!」
「残念だが……二つに一つではない」
しかし、響の方は涼しい表情だ。
「このカードの影響を受けるのは、私だけではない」
「な……!?」
急いで自分のディスクの液晶画面を見る長月。そこに表示されている自分の残りライフは750。
すなわち、
「……私も、裏を出したら負けだということか……!」
そう、つまりこのコイントス次第で響の負けとなるのは響が裏を出し、長月が表を出した場合だけだ。それ以外だと、引き分けか最悪長月の負けとなる。
だのに。
「いいだろう……」
この賭けに、ワクワクしている自分がいるのを長月は感じていた。
「その賭けに乗ってやろうじゃないか。このコイントスに、このデュエルの勝敗を乗せてやる……!」
カシャリ、とディスクからコインが出てくる。それを両者ともに親指に乗せ、
「「コイントスッ!」」
キキィィィィンン……と高い音を鳴らしてコインが宙を舞う。
しかし。
「ふっ、行くぞ響!」
「ああ、来るんだ、長月」
二人とも、すでにコインから視線を外している。
なぜなら、
「さあ、改めて無零怒で響にダイレクトアタックだ!!」
「っ、ぅくうぅ……!」
長月:LP750→2750
響:LP1750→3750→950
二人とも、裏が出る可能性なんて微塵も考慮していない。
……いや、もしかしたらどちらかのコインは裏だったのかもしれない。だが、ただ単純にデュエルを楽しみたい二人にとっては、裏が出て勝敗が決まる、などという結果は最初から排除しているのだ。
「ふっ、やはり耐えたか……私はカードを一枚伏せてターンエンドだ。さあ、こい響っ!!」
「ああ……遠慮なく行かせてもらう……!」
しかし。デッキの一番上のカードに指をかけながら、響は軽く固まっていた。遠慮なく、といったものの、じゃあ具体的にどうすれば勝てるかなんて、全くわからないからだ。
というか、この状況から逆転できるカードなんてデッキに入っていただろうか?
(……いや、違うな。たとえもうデッキに逆転の手が残されてなくても、それでも持てる最善を尽くすのが礼儀というものだ)
ぐっ、と指に力を込める。そしてイメージする。ゼロの可能性を掴む自分を。そこにないものを目指して。
「行くよ。私のターン……ドーー!」
その瞬間だった。
『---、-----』
視界が真っ白に染まり、『何か』が聞こえた。
「ーー!?」
それは、本当に一瞬で。その白は瞬きした瞬間に消えてしまった。
軽くふらつきかけて、倒れないように踏ん張る。体の調子が悪いわけではない……のだが。
「え、大丈夫? 今度は響ちゃん?」
夕張がオロオロした感じで響に声をかける。
「い、いや……大丈夫だよ」
事実である。
「そうならいいが……なら早くしてくれないか?」
急かすような長月の声。確かに、彼女の言うとおりだ。
「ああ……じゃあ、改めて……ドロー!」
気合を入れてカードを引く。といっても、このドローカードは逆転には繋がらないーー
「……ん?」
ーーはずだった、のに。
(なん、だ? このカード……こんなの、見たことがない……)
響が自身のドローしたカードを見て首をかしげる。確かに、そのカードは自分のデッキはおろか、明石の店のショーケースですら見たことがなかった。
(……でもまあ、引いたからには使わせてもらおう)
そう思い、そのカードを召喚する。
「私は、《慧眼の魔術師》を召喚する」
それを見た長月も、軽く首を傾けた。
「慧眼の魔術師……? なんだ、さっきまでとは随分毛色の違うカードだな」
それに関しては、響も同意見だ。だがここでこのカードについて考察していても仕方がないのでデュエルを進める。
「さらに私は墓地の《ミラー・リゾネーター》の効果発動。相手フィールドにのみエクストラデッキから特殊召喚されたモンスターが存在するとき、墓地のこのカードを特殊召喚できる。さらに、このカードはシンクロ召喚に使用するとき相手フィールドのモンスターと同じレベルとして扱える。私は九壱九を選択し、レベルを4として扱う」
「ミラーリゾネーターは、確かチューナーだったな」
言葉は発さず、代わりに首を縦に降る響。
「行くよ、私はレベル4の慧眼の魔術師にレベル4チューナー、ミラーリゾネーターをチューニング!」
「来るか、シンクロ召喚……!」
四つの輪を、未知の魔術師がくぐっていく。
「清き心を持ちし剣士よ。吹きすさぶ吹雪を裂きて、閃光とともに現れよ! シンクロ召喚! レベル8《覚醒の魔導剣士》!」
やがて現れたのは、一人の白い剣士。
「エンライトメント……パラディン? なんだ、そのカード、見たことも聞いたこともないぞ……?」
目をパチクリさせる長月と、同じく開いた口がふさがらない響。というか彼女自身シンクロ召喚をしようとエクストラデッキを覗いて初めてその存在に気づいたのだ。
知らないカードを使って、知らないモンスターをシンクロ召喚した。何が起こっているのか、わかるものはここには誰一人としていなかった。
しかし、デュエルはキチンと進行させよう。
「と、とりあえずエンライトメントの効果発動。このカードが《魔術師》Pモンスターを素材としてシンクロ召喚されたとき、墓地の魔法カード一枚を手札に戻せる。この効果で私は《フォース》を手札に」
「《魔術師》Pモンスター……? 初めて聞くくくりだ。というか慧眼はペンデュラムモンスターだったのか……」
響だって、全て把握してやっているわけではない。
「フォースを発動する。……二回目だから説明はいいね。対象は無零怒とエンライトメントだ」
それを聞いて、ハッとしたように長月が伏せカードを発動する。
「お、おっと、私は速攻魔法《禁じられた聖槍》を発動する! 対象モンスターは、このターン攻撃力が800下がる代わりに魔法、罠の効果を受けない。対象は当然、エンライトメントだ!」
「っ、させない。私は罠カード《天使の手鏡》を発動する。自分のモンスターを対象とする魔法カードを他のモンスターに移し替える。それを受けるのは無零怒だ」
エンライトメントではなく、無零怒の攻撃力が800下がり、エンライトメントを下回る。
「バトルだ、エンライトメントで無零怒に攻撃!」
「っ、はっ! だが、エンライトメントの攻撃力は2500! 800下がっても無零怒の攻撃力は2000ある! 火力不足だぞ!」
響の攻撃を、やけになっての特攻だととった長月。しかし、響の表情に切羽詰まったものはない。
「いいや、これでいい。エンライトメントが相手モンスターを破壊した時、その元々の攻撃力分のダメージを相手に与える」
「なっーー元々、ということは!」
ニッ、と響の口角が上がる。
「そう、戦闘ダメージ500に無零怒の元々の攻撃力2800が加わってーー!」
エンライトメントの斬撃が、容赦なく無零怒を切り裂いた。
「3300……か」
長月LP2750→2250→0
「ーーいやー、二人ともお疲れ様! いい勝負だったわねー」
小さめの拍手をしながら夕張さんがこちらに歩いてくる。立体映像はすでに消え、そこにいるのは私と長月だけだった。
私も長月に近づきながら、口を開く。
「楽しかったかい?」
「ああ、とっても」
長月はそう言いながらこちらに手を差し出してきた。私は迷わずその手を取り、強く握る。
「次は、私が勝つぞ」
「いいだろう。なら次も打ち破ってみせるさ」
言って、二人して笑った。
「それにしても、慧眼にエンライトメントねえ。そんな隠し球を持っていたとはな、やるじゃないか」
「……あ、ああ、そうだね」
内心ヒヤリとしながら明後日の方向を向く。その隠し球が自分にすら隠されていただなんて誰が思うだろう。
「まあ、なんにせよ勝利は勝利よ。はい、響ちゃん、これ賞品ね」
夕張さんから茶封筒が渡される。早速その中身を見ようとして、しかしそれはやめておく。お楽しみは部屋まで取っておこう。
「さて、じゃあいい感じに暇も潰れたことだし、部屋に戻るかな」
言いながらこちらに背を向ける長月。私も早く部屋に戻って、賞品を確認したい。そう思って私も背を向けた。
「じゃあね、長月。……またやろう」
「ああ、いつでも来い」
そして、二人同時に歩き出す。決して振り返ることなく。
「…………いや、カッコつけてるところ悪いんだけど、二人とも寮同じだよね?」
そういうのは言いっこなしだ。
「……はい。というわけで私の見立て通り、響さんは長月さんに勝利しました。そのデュエルの最中に、ちょっと不思議なことも起こりましたけど……え? 違いますよ、手は出してません。ただ響さんがですね、どう考えてもカードを書き換えたとしか……ええ、そうですよね。
「《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》……?」
カードは作った、ということで【カラクリ】vs【シンクロEM】でした。……やっぱり、ちょっと無理ありましたかね?まあ、それはそうとしてデッキ解説。興味ないぜ!って方はスルーしちゃってください。
長月さんのデッキはスタンダードな【カラクリ】です。万能サーチの壱七七がいなかったのは、あの人使うとカラクリをシンクロ召喚しづらいからです。だからと言って《ナチュル》シンクロ使っちゃうと無効無効で面倒臭すぎるので、今回はお休み。また機会があれば出てくるかもしれませんね。
続いて、我らが主人公響さん。彼女のデッキは前回のあとがき通り【シンクロEM】です。正確には【EM】のメインデッキの空き枠にチューナーを突っ込み、さらにスカスカのエクストラデッキに安価なシンクロモンスターを突っ込んだだけ。あと手札消費がものすごいので大量のドローソース。ただ、ハイランダーに近いので毎回違ったデュエルをすることも可能なので面白いです。
彼女のデッキは、これからも魔改造されていくことでしょう。
こんなところですかね。読んでくださり、ありがとうございました。
次回、やっぱりデュエルなし。