駆逐艦響と決闘者鎮守府   作:うさぎもどき提督

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南方戦線異常アリ

少しだけ、時間は遡る。これは、睦月とレ級のデュエル、その数時間後のことである。

 

 

 

 

「「「「「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」」」」」

 

ショートランド泊地の一室は、まるで無人かというほどに静まり返っていた。

 

実際には数隻の艦娘がーー横須賀鎮守府第三艦隊の面々がいたが、全員がその口を固く閉ざし、ピクリとも動かなかった。何か、少しでも物音がすればそれが爆発の引き金になってしまうんじゃないかというような不穏さがあった。

 

室内には、シングルサイズのベッドが一つと椅子が数脚。ベッドには一隻の駆逐艦が寝かされており、その傍の椅子にはうな垂れるように座る軽巡、あとは皆ベッドを囲むように配置された椅子に座っていた。

 

コンコン、と二回扉がノックされた。外からだ。

 

『入ってもいいですか?』

 

うな垂れる軽巡ーー天龍は、何も言わなかった。言う気も起きなかった。

 

『……入りますよ』

 

その沈黙を許可ととった扉の先の人物は、ゆっくり扉を開けた。

 

「失礼します」

 

入ってきたのは軍服姿の若い男だった。石動(いするぎ)(じゅん)。ショートランド泊地の司令官だ。手には数枚の書類がある。

 

上官の前でも、天龍たちは敬礼せず、それどころか椅子から立ち上がることも、目線を上げることすらしなかった。する気も起きなかった。

 

本来なら厳重注意レベルだが、石動はそれをしようとは思わなかった。彼女たちの心がどれだけ傷ついているのかは察するに余りあるからだ。

 

「失礼する」

 

石動の後ろから、一人の艦娘が室内に入ってくる。ショートランド泊地第一艦隊旗艦、長門だ。

 

そこでようやく、天龍は視線だけを動かして石動たちを視認した。

 

「…………何の用だ」

 

低く、暗く、そして()()()()言葉だった。純粋に「何の用だ?」と思ったから聞いたのではなく、突然石動が来たからプログラミング通りに声帯がその言葉を吐き出しただけ。天龍には石動がこの部屋を訪れた理由なんてどうでもよかった。

 

ただ天龍の中にあるのは、後悔だけ。

 

「……実は、先程横須賀鎮守府の華城司令官から連絡がありまして」

 

そしてそれを半ば察しながらも、石動は要件を言う。彼だって暇ではない。レ級が泊地の近海に現れたのだ。ショートランド泊地司令官として、対応しないわけにはいかない。

 

「彼女はレ級に自身の鎮守府の艦娘が傷つけられたことをひどく憤慨していました。そして四日後、横須賀鎮守府の精鋭で結成された『レ級討伐隊』なる艦隊を、ここ、ショートランド泊地に送って来るそうです」

 

「……!」

 

第三艦隊の顔に、少しだけ色が戻る。『レ級討伐隊』、横須賀鎮守府の精鋭という言葉は彼女たちにとってそれだけ頼もしかった。

 

「…………………………………………………………」

 

ただ一人、天龍だけは変わらなかったが。

 

別に話を聞いていないわけではなかった。だがその情報は、今の天龍にとって無価値に等しい。

 

討伐隊が、精鋭がなんだ。

 

目の前に、実際に傷つき、昏睡状態にまで陥った仲間がいるのに。

 

既に『救われなかった者』を救うことなんて、できないのに……。

 

「………………………………………………」

 

天龍は静かに『救われなかった者(むつき)』を見た。

 

……実際のところ、睦月の肉体にそれほど深い損傷はなかった。高速修復材で完治する程度のもので、後遺症の心配もない。

 

では睦月はなぜ目覚めないのか。天龍たちには『原因不明』と説明されている。だが実際は、精神面に多大なダメージを負っているからだ。

 

睦月は、レ級とのデュエルで《No.》を『使った』。『《No.》の呪い』の影響を受けながらも操られることはなく、文字通り『使った』のだ。それだけでも睦月の精神には大きな負担がかかっている。

 

そしてアビスの存在。()()は今、睦月を依り代としている。例えるならコップなみなみに注がれた水。睦月の持つ身体(コップ)にはもともと睦月の(みず)が入っていたのに、そこにアビス(べつのみず)が注がれたことで、表面張力ギリギリ、いつ溢れてもおかしくない状態まで追い詰められてしまった。

 

さらにはレ級の《インフェルニティ・デス・ドラゴン》。あのカードも、《No.》や《スターダスト・ドラゴン》と同じ『力を持つカード』だ。あれと正面からやりあった以上、損傷は免れない。

 

もちろん、それらを知らない天龍たちからしたら、睦月は原因不明の昏睡状態でいつ目がさめるか全くわからない、というのが現状だ。

 

「貴女方横須賀鎮守府第三艦隊についてですが、一週間の休養を言い渡されました。当鎮守府にある宿舎の一部の部屋を貴女方に貸しますので、好きにしていただいて構いません。ですが、それに際しまして書類へのサインが必要です。旗艦の天龍さんにお願いしたいのですが」

 

「………………………………」

 

しかし全くの無反応。石動は小さくため息をついた。

 

「……睦月さんもこの様子です。気持ちはわかりますが、とりあえずこの書類にサインしてもらわないとーー」

 

言葉はそこまでしか続かなかった。それよりも早く天龍が動いたからだ。

 

「ーー」

 

立ち上がりながら腰の刀を抜き、その勢いのまま刃を石動の首めがけ振るう。無感情一色が、殺意一色に塗り変わった。

 

そして。

 

 

ギィィィイインンンン……と激しい音を立てて、()()()()()()()()

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「…………………………」

 

「…………………………」

 

しばし無言で刃を押し付け合う二人。長門の刀は石動が腰につけていた軍刀だった。どうやら儀礼用の模擬刀ではなかったらしい。石動の腰から抜かれた軍刀が、天龍の刀をギリギリのところで食い止めていた。

 

「……邪魔だ、クソ野郎の首を落とせねぇだろ。刀ァ引け」

 

「君が刀を引いたら私も引こう」

 

「ハッ、テメェが引いたら考えてやる……!」

 

グイッ、と天龍が刀を押す手に力を込め、石動の首に軍刀の峰が当たる。

 

「……ふん。世界のビッグセブンの力を、甘く見ないほうがいい」

 

一瞬。ほんの一瞬だけ、長門は刀に全力を込めた。

 

決着にはそれで十分だった。

 

「っ!?」

 

天龍は弾かれてバランスを崩し、尻から地面に激突した。その首筋に、軍刀が添えられる。

 

「刀を収めるんだ」

 

「っ……………………」

 

「もう一度言うか?」

 

「……………………チッ」

 

舌打ちして、天龍は刀を鞘に収めた。それを見て長門も軍刀を引く。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()石動は、

 

「……申し訳ない、今のは失言でした。謝罪します」

 

軍帽を取り、頭を下げた。泊地の総司令官ともあろう人が、一艦娘に対して頭を下げる。それはあまりに異例なことだ。ありえない、といってもいいぐらいに。

 

その謝罪を受けて、天龍の目つきはより険しいものになった。

 

「……謝罪なんざいらねえ。いいか、軽々しく『気持ちはわかる』なんて言うんじゃねえよ。テメェの妄想なんざより何倍も、何十倍も、俺たちのダメージはでかいんだよ。それに何より……睦月が受けた痛みは、きっと、もっと……」

 

ギリッと天龍が歯をくいしばる。自分の奥歯すら噛み割ってしまいかねないほどの強さだった。

 

「………………………………」

 

再び訪れた音を殺す静寂。しかし今度はそう長く続かなかった。自分の失言が元でより現場の空気を悪くしてしまったことを自覚している石動が、一度部屋を出て時間を置くことで、空気の緩和を狙ったからだ。ヘイトが自分に集まっている今なら、その自分が消えることである程度場が治まるのではないかという狙いもあった。

 

まあ、今度も彼の行動は阻害されてしまうわけだが。

 

「っ……」

 

それは本当に小さく、これほどの静寂でなければ聞き逃してしまいそうな小さな声だった。

 

音源はベッド。意識不明の睦月が、小さく呻いたのだ。

 

原因不明の昏睡状態に陥った睦月に見えた、はじめての回復の兆し。それに対して、反応は二つだった。

 

「! 睦月っ!?」

 

声に気づいた駆逐艦の一人が、椅子から勢いよく立ち上がってベッドに駆け寄る。それに対し、睦月からのリアクションはない。それでも駆逐艦たちの口元には確かに笑みがあった。少なくとも、まだ睦月の艦生(じんせい)が終わったわけではない。それがわかっただけでも、彼女たちは嬉しかったのだ。

 

そして、それ以外の反応があった。

 

「っ!!」

 

一瞬目を見開いた天龍が、急に駆け出し、部屋を飛び出そうとした。

 

「っ、待て!!」

 

腕を長門に掴まれ、天龍の身体に急ブレーキがかかる。

 

「どこへ行く」

 

「……ちょっと外の空気を吸いたくなっただけだ。好きにさせろ」

 

「このタイミングで、急に血相を変えてか? 一体なぜ……」

 

その時、長門の中で点と点が繋がった。そうしてできた一本の線が示したのは、天龍が血相を変えた理由。

 

「……まさか。まさか貴様、睦月に対して負い目を感じているからじゃないだろうな……? 彼女に殿を任せ、自分は逃げ延びたという事実から逃げようとしている、のか?」

 

「っ!!」

 

天龍はもう一度強く床を踏んで加速をかけようとしたが、ビッグセブンの腕力がそれを許さない。

 

その挙動を、長門は自分の問いへの肯定ととった。

 

「この……大馬鹿者がっ!! 貴様それでも横須賀鎮守府第三艦隊の旗艦を任された艦娘か! ……後悔するなとは言わない、反省を笑う気もない! だがな、そこで逃げるのは間違っているだろう! 仮にここで逃げても何も解決しないぞ、その先に待つのは今以上の後悔だけだ!!」

 

「っ……!」

 

キッと長門を睨みつける天龍。しかしビッグセブンは怯まない。逆に睨み返す。

 

数秒間の視線の鍔迫り合いの末、折れたのは天龍だった。

 

「………………だって、よ。許されるわけがねえ、いや、許されちゃいけねえんだよ。俺が、睦月を見捨てて逃げた俺が! 許されていい道理なんてあるわけねえだろうが!!」

 

それは咆哮だった。天龍を一番許していないのは、他ならぬ天龍自身だ。他の誰もが、それこそ睦月本人が許しても、きっと天龍は自分を許せない。拭えない過去の過ちが作った傷は、いつまでも天龍を蝕み、やがて食い尽くす。

 

……天龍の口から放たれる自虐の嵐は、皮肉なことに天龍に人間味を取り戻させていた。少なくともそこにいるのは後悔という尽きない燃料で動くロボットではなくなっていた。

 

「ああそうだよ、ここで逃げたってどうせ先は後悔の螺旋地獄だ、無間地獄だ! 何も解決しねえどころか、より袋小路に追いやられるだけだろうよ! ……だけどな、ダメなんだよ。睦月が目覚めたとき、俺なんかがそばにいちゃダメだ。それじゃあアイツは笑えない、心からの笑顔に、俺の存在は邪魔でしかない!!」

 

「っ……」

 

今度は長門が言葉に詰まる番だった。何か言ってやらねば、天龍はこのまま()()()()しまう。それは絶対に間違っている。そこまで結論づけられているのに、天龍を説得する言葉はなぜだか出てこなかった。

 

 

 

 

で、それらのやり取りを俯瞰で眺める存在がいた。

 

『………………………………………………』

 

『そいつ』は、天龍の本心からの叫びを聞いて、一言。

 

『…………くだらんな』

 

たったそれだけ。それ以外の感想は出てこなかった。

 

『そいつ』は常識とは少しずれた考え方を持ち、それでもって人より若干正直なのだった。

 

(うじうじうじうじ言いおって。それよりもやることがあるだろうに……そんなことより)

 

天龍の必死を『そんなこと』呼ばわりしたそいつの意識は、すでに別のところに向いていた。

 

この部屋に一つだけある窓。その先の海に。

 

『……これだけ強大な気配が迫っているのに、全員が全員無警戒すぎやしないか。それだけこいつらは強力なのか、それとも単に阿呆なのか?』

 

 

 

 

泊地の気配がおかしいことに最初に気づいたのは、天龍と長門のやり取りを黙って見ていた石動だった。

 

「……?」

 

「ど、どうされました?」

 

駆逐艦の一人が石動に尋ねる。

 

窓の外を眺めながら、石動は目を細めた。

 

「いえ……なにやら外の様子がおかしいような……」

 

騒がしい、とかではない。むしろ静かだ。静かなのだが、流れてくる気配がおかしい。この部屋に最初に入った時と同じように、人はいるのに誰もが息を潜めているような、何かに怯えているような……?

 

その時だった。石動のデュエルディスクに着信があった。

 

「………………」

 

部屋を出て、着信を受ける。相手は阿賀野型軽巡洋艦二番艦『能代』だった。

 

「はい、もしもし」

 

『て、提督、大変です……!』

 

能代の声は切羽詰まっていたが、同時になぜか小声だった。誰かに聞かれたくない内容なのだろうか。

 

「……どうしました?」

 

石動もそれに合わせて少し声のトーンを下げる。能代の意図はわからないが、こういう時は合わせておくのが吉だ。

 

『そ、それが、ですね……』

 

一拍の後。

 

 

『レ級、です。レ級が、泊地正面港に現れました……っ!!』

 

 

「…………な……なん、ですって……!?」

 

能代の声から伝わる必死さで、それが嘘でないことはわかる。しかし嘘でないとして、それが受け止められるかはまた別だ。

 

「れ、レーダーは!? 泊地までの一定距離圏内に深海棲艦が現れた時に私に知らせるための対深海レーダーッ!! あれに一切反応がないまま正面港まで入り込まれるとは、どういうことですか!?」

 

声のトーンを下げている余裕なんてなくなっていた。必死の形相で、石動は疑問をディスクにぶつける。

 

『わ、わかりません。わかりませんけど、事実レ級はいます! 突然すぎてみんな固まっちゃって、このままだといつパニックになるか……!』

 

「っ……!」

 

完全に想定外。レーダーに反応がなかった理由はわからないが、今はそれより目先のレ級をどうにかしなくてはならない。

 

(けどどうやって……下手に刺激したら何人に被害が出るか分かったものじゃない。しかし放置するなんて論外、多少の犠牲を覚悟して突っ込む……? いや、そんな不確定な方法も論外だ。そもそもそんなことをしている余裕なんてあるのか……!?)

 

数々の可能性を頭の中でシミュレーションしては切り捨てていく。頭痛がするほどの速度で脳細胞を働かせながらも、積み上がっていくのは不可能(ゴミ)の山。その山の重圧がより石動を追い込んでいく。

 

(どうする……どうすれば……!?)

 

 

 

 

『ハア……仕方がない』

 

 

 

 

ッバン!! と、勢いよく部屋の扉が開け放たれる。それはもう、扉の近くにいた石動を全く考慮しないぐらいの勢いで。

 

「…………!?」

 

突然のことに、思考を一時中断して目を白黒させる石動。扉を開けた人物は、石動を一瞥(いちべつ)もせずに廊下を歩いていく。

 

部屋から出ていったのは、石動もよく知る艦娘。

 

すなわち、

 

「な、長門!? 一体急にどうしたんです……?」

 

しかしビッグセブンは振り返るどころか、少しの反応も見せない。まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「お、おい、ちょっと待てよ!」

 

先ほどまで長門に止められていた天龍が、逆に長門を止めようと部屋を飛び出してその腕を掴む。

 

が。

 

「………………………………」

 

「おわっ!?」

 

長門は特に歩みも止めず、まるで虫でも払うかのような乱雑さで腕を振って天龍を引き剥がした。

 

「……なんだってんだ、おい……」

 

「………………………………」

 

「………………………………」

 

瞬間。天龍と石動の目が合う。ちょっと前まで、敵意を向けていたものと向けられていたものは、しばしの無言の後。

 

「…………どう、する?」

 

「……放置、するわけにも行きませんし……とりあえず、追いかけましょうか……?」

 

静かに、同じ方向へと歩きだした。

 

 

 

 

「歓迎ムードって感じじゃ、ねェよォだな」

 

海から上がって開口一番そう言ったレ級は、ギョロギョロと眼球だけを動かして周囲を観察する。

 

そして近場にいた艦娘に声をかけた。

 

「オイ」

 

「ひぅっ!?」

 

声をかけられた駆逐艦は、ひどく怯えているようだった。レ級への返答はなく、どころかピクリとも動かない。いや、動けないが正しいのか。

 

これは面倒くさくなりそうだ、と頭を掻くレ級。

 

「……なァ、別に脅してるわけでもねェだろ? 俺様はちと聞きてェことがあるだけなンだ。ここに担ぎ込まれたはずの駆逐艦がーー」

 

瞬間。

 

 

ッッッドォォォォォオオンンン……という爆音とともにレ級の姿が黒煙に包まれた。

 

 

その場にいた全員が、何が起きたのか数秒は理解できなかった。

 

「……なンだ、テメェが答えてくれるってことでいいのかよ?」

 

黒煙の中から、先ほどと変わらぬトーンのレ級の声が聞こえてくる。無傷ではなかった。ひたいのあたりに軽い擦り傷ができており、一筋血が垂れていた。

 

逆に言えば、それだけ。黒煙が上がるほどの何かをその身に受けておきながら、レ級の目に見えてわかる変化はそれだけだった。

 

「ああ、すまんな」

 

そして、それをやった犯人はあっさりと、なんの悪気も感じさせない声で名乗り出た。

 

長門型戦艦一番艦『長門』。レ級から十数メートルのところに立つその姿を見て、周囲の艦娘たちがざわつき始める。彼女たちは理解したのだ。レ級を襲ったのが()()()()()()()4()1()()()()()()()()だったということを。

 

陸地で、同じく陸地の敵に対して、至近距離からの砲撃。それだけでもありえないずくめの光景なのに、あげくそれをやったのがショートランド泊地第一艦隊旗艦の長門となれば、もう皆惚けるしかなかった。中には思考回路がショートして石像のように動かないものもいる。

 

困惑の渦の中でも長門は変わらなかった。

 

「ちょっと()()()()()()()()()()()()()()()んだ。ふむ、やはりすごい反動だ。しかし()()()()()()()()()()()()、ビクともしない。もう少し試してみるかな」

 

「さっきっからなァにぐちゃぐちゃわけ分かンねェことほざいてやがる。それともいっぺン痛い目みねェとわかンねェ口かァ?」

 

レ級の尻尾がゆっくりと動き、その口を開く。中から出てきたのは砲身だった。それが長門に向けられる。

 

「五秒待ってやる。何時間か前にここに運び込まれたはずの駆逐艦。ソイツがどこにいるか教えろ。俺様はソイツをぶっ殺さなきゃならねえンだ」

 

「ほう、五秒も。思ったより優しいな」

 

「あ?」

 

長門(?)の言った通り、五秒あれば十分だった。

 

……長門がレ級との距離を詰め、思い切り蹴り飛ばすには。

 

「え」

 

非常識な光景に声を漏らしたのは誰だったのか。蹴られたレ級か、周囲の誰かか、はたまた蹴った長門自身か。

 

水切りの石みたいに海面を数度跳ねたレ級は、やがて海上で止まり、むくりと起き上がった。今度も大したダメージがあるようには見えない。まあ肉弾戦の威力なんて砲撃に比べたらたかが知れている。

 

「ふうむ、身体能力は申し分ないが、強いて言うなら俊敏性がイマイチか。睦月とは真逆だな。……そう言えばコイツは『センカン』、睦月は『クチクカン』、とやらだったな。その辺にも違いがあるわけだ」

 

「……す」

 

「? すまん、遠くて聞こえん」

 

「ぶっ殺すっつってンだよ、クソがァァァァ!!!」

 

大したダメージを受けていないはずのレ級は、突如海面を強く蹴って駆け出した。開いた距離を縮め、極至近距離からの砲撃で確実に長門の息の根を止めるために。

 

「まあ落ち着け。どうせだったらデュエルをしよう」

 

突撃してくる殺意を前にしても、長門の声に危機感はない。ゆっくりとした動作でデュエルディスクを構えていた。

 

誰もがそんなの受けるわけがないと思った、その中で。

 

「……あン? デュエルだァ?」

 

ピタリ、と。レ級の足が止まった。

 

「ああ、デュエルだ。好きだろう?」

 

「…………いィぜ。俺様ァ寛容だからな。処刑方法ぐらい獲物に選ばせてやる。せいぜい楽しませろよ、前菜野郎(オードブル)

 

「……好きに言え、私も少々興味があるんだ。《インフェルニティ》……どうせあの四枚だけが全てではないのだろうからな」

 

(……『コイツのデッキ』を使ってもいいが……いや、ここは()()()()()()()()()()()()()())

 

長門の指先から、()()()が現れ、長門のデッキを包み込んでいく。靄はすぐ引いたが、確実に()()()()()()。新たな数十枚がディスクにセットされていた。

 

「さあ、見せてもらおうか」

 

「ほざけ、その上から目線を引き摺り下ろしてやるよ」

 

「「デュエルッ!!」」

 

どこかがずれた気持ちの悪いデュエルが、幕を開けた。




次回、はてさておかしな長門(?)のデッキは?

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