「先攻は私ですね。永続魔法《補充部隊》を発動します。これがある限り、私は1000以上のダメージを受けるたびにそのダメージ1000につき一枚ドローできます。モンスターを裏側守備表示で召喚、カードを一枚セットしてターンエンドです」
「……私のターン、ドロー」
《補充部隊》。一枚で大きなアドバンテージを稼げる可能性もあるが、同時にかなり受動的な効果でもある。
(だから採用するなら自分のモンスターが破壊された時にドローできる《補給部隊》の方がいい場合が多い。なのに《補充部隊》……)
考えられる可能性は三つ。一つは特に深い理由はなく、なんとなく。一つはあまりモンスターを出すデッキでないため《補給部隊》ではドローを狙いづらい。
(そしてもう一つは、モンスターが破壊される機会よりライフにダメージを受ける機会の方が多い、つまり【キュアバーン】や【アロマ】みたいなライフを回復するタイプのデッキ……!)
ならあのセットモンスターは《アロマポット》か、《ビッグバンガール》をリクルートできる《UFOタートル》か……。
(戦闘破壊耐性がある《アロマポット》は難しいけど、《UFOタートル》なら……)
「私はスケール2の《EM バラード》とスケール7の《EM キングベアー》でペンデュラムスケールをセッティング。これでレベル3から6までのモンスターを同時に召喚可能だ。ペンデュラム召喚! 手札よりあらわれよ、レベル6《EM バブルドッグ》! バトルだ、バブルドッグでセットモンスターに攻撃!」
バブルドッグの攻撃力は2300。リクルーターを撃破するには十分だ。
自身の背丈より大きなブラシを使って、バブルドッグがセットモンスターを破壊するーー
「破壊されたモンスターは《キラー・トマト》、よって効果を発動します。このカードが戦闘破壊された時、デッキから攻撃力1500以下の闇属性モンスターを特殊召喚します。私は攻撃力1500の《ガガガマジシャン》を……と。どうかしましたか?」
「…………ああ、いや、なんでもない」
完全なる杞憂。《補充部隊》であることに特に意味はないようだ。
気を取り直して。
(《ガガガマジシャン》か……レベル変動効果を持つからいろんなデッキで採用される可能性があるけど……一番可能性が高いのはやっぱり【ガガガ】か)
「カードを二枚伏せてターンエンド」
「私のターン、ドロー!」
【ガガガ】といえば、《ガガガマジシャン》を主軸として多彩なランクのエクシーズ召喚を狙っていくデッキのはず。当然ランク7や8のような高ランクのエクシーズモンスターを出すのも難しくない。
そして、それ以上さえも。
「私は《ガガガシスター》を召喚し効果発動。このモンスターの召喚に成功した時、デッキから《ガガガ》の魔法か罠を手札に加えることができます。《ガガガリベンジ》を手札に」
(シスターにリベンジ……【ガガガ】で間違いない、か)
「さて……ここからならフェルグラントにも繋げますが、今回は派手さを重視しましょう。私は《ガガガマジシャン》の効果を発動します! 一ターンに一度、レベルを1〜8の好きな数に変えられます。私は最大の8を選択します! さらにシスターの効果発動、自分フィールドの《ガガガ》一体と自身のレベルをその合計値とします。私のフィールドにはレベル8となった《ガガガマジシャン》、よって二体のレベルは2+8の10です!」
「! レベル10が、二体……!」
「もうお分かりでしょう。私はレベル10となったマジシャンとシスターでオーバーレイ! 二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築!」
ランク10のエクシーズモンスター。考えられる可能性は『あのカード』ぐらいしかない。
と、その時、浜風に異変があった。
「っ……」
「……?」
ギリッと歯を食いしばり、苦しそうに眉間にしわを寄せたのだ。
だがそれも一瞬のことで、まばたきの間に表情は戻っていた。
「大地を揺らす
人間大の大きさでしかなかったマジシャンとシスターが、超巨大な砲塔列車となって現れる。あまりの巨体に向こう側の浜風が全く見えなくなってしまった。
「グスタフの効果発動。オーバーレイユニットを一つ取り除き、響に2000のダメージを与えます!」
グスタフの大きな主砲が私に向けられ、
(っ、防げ、ない!!)
発射される。
響:LP8000→6000
「けほっ、こほっ……くぅ……!」
痛みはないが、再現された爆風が巻き上げた砂埃は私の目や気管を容赦無く攻撃した。
「バトルです。グスタフでバブルドッグに攻撃」
グスタフの攻撃力は3000。もちろんバブルドッグを上回っている。
(けど……!)
「バラードのペンデュラム効果! 《EM》がバトルする際、相手の攻撃力を600下げる!」
「それだけ下がっても、まだグスタフの方が上です!」
グスタフの車輪に轢かれ、バブルドッグがペラペラになってしまった。
響:LP6000→5900
「私はこれでターンエンドです」
「私のターン、ドロー!」
バラードのペンデュラム効果で下がった攻撃力は元に戻らない。そしてあの効果は毎ターン使用可能だ。
「ペンデュラム召喚! 来い、私のモンスターたち! 手札からレベル4《EM ゴールド・ファング》、エクストラデッキからレベル6《EM バブルドッグ》! ゴールド・ファングが召喚、特殊召喚されたとき、このターンの間自分フィールドの《EM》の攻撃力を200アップさせる!」
「グスタフを、上回った……」
「そうさ、バトルだ! バブルドッグでグスタフに攻撃、このとき再度バラードのペンデュラム効果を発動、グスタフの攻撃力を下げる!」
先のターンのお返しとばかりにバブルドッグのブラシがグスタフの主砲に叩きつけられ、グスタフは粉々に砕け散ってしまった。
浜風:LP8000→7300
「ゴールド・ファングでダイレクトアタック!」
「っ……」
浜風:LP7300→5300
「この瞬間永続魔法《補充部隊》の効果により私は二枚ドローします」
浜風の手札は今のドローで実に5枚。ダメージを優先したため大きな手札アドバンテージを与えてしまったが……。
(【ガガガ】はそんなに展開力のあるデッキじゃないはずだから大丈夫……だよね?)
「……私はこれでターンエンドだ」
「私のターン、ドロー!」
浜風は一度手札を見て考えるように目を瞑る。
やがて目を開けると、手札のカードを発動した。
「魔法カード《ガガガ学園の緊急連絡網》を発動します。相手フィールドにのみモンスターが存在するとき、デッキから《ガガガ》を特殊召喚します! 出番ですよ、《ガガガガール》! さらに《ガガガカイザー》を召喚!」
「どちらもレベル3……ランク3かな」
「残念ですが違います。私はカイザーの効果発動、墓地のモンスター一体を除外し、自分フィールドの《ガガガ》のレベルを除外したモンスターと同じにします。《キラー・トマト》を除外し、カイザーとガールのレベルを4にします! そして、レベル4となった二体でオーバーレイ!」
ランク4のエクシーズモンスターは、ランク10とは逆に非常に多い。この状況から出てくるエクシーズモンスターを推察するのは不可能に等しい。
しかし、そこでまた異変があった。
「っ、ぐ……!」
「浜風……?」
浜風の顔が苦しそうに歪んだ。
先ほど、グスタフをエクシーズ召喚した時もそうだった。彼女はエクシーズ召喚をするたびに、ああして苦しそうな表情を……
(……ん? エクシーズ召喚? そういえば……)
思い出されたのは、金剛さんから聞いた話。確か彼女いわく、《No.》の最初の被害者は……
(そうだ、浜風。彼女は《No.》の被害者でもあるんだ……!)
とすればエクシーズ召喚のたびにしているあの表情もうなずける。おそらくだが、《No.》の呪いには後遺症があるのだ。それが肉体的苦痛なのか精神的苦痛なのか、全員にあるのか一部だけなのかは分からないが。
(でも彼女の様子を見るに、それは彼女本人は分かっていたはず。それなのにどうして私にデュエルを挑んだ? どうして苦しんでまでデュエルを続行する……!?)
私には分からなかった。そんな風に顔を苦痛に歪ませながら、彼女はどうしてーー
「我が道行く、修羅のサムライ。二本の刀で迷いの闇を切り裂き進め! エクシーズ召喚! ランク4《ガガガザムライ》! この瞬間、ガールの効果が発動します。自信を含む《ガガガ》のみでのエクシーズ召喚に成功した時、相手の特殊召喚されたモンスターの攻撃力を0にします。バブルドッグの攻撃力を0にします」
「…………どうして……」
「さらに魔法カード《ガガガボルト》を発動。自分フィールドに《ガガガ》が存在する時、相手のカードを一枚破壊します。攻撃力を下げる効果が厄介なので、《EM バラード》にはご退場願いましょう」
「どうして君は、
思わず口から漏れた疑問に、浜風は一瞬ピクリと眉を動かし、それからニッと口角を上げて言った。
「逆に聞きますが、デュエルを楽しむことにどんな特別な理由が必要なんでしょう?」
「えっ……」
予想外の言葉に、うまく返すことができない。だって浜風が苦痛に苛まれているのは事実で、本当だったらデュエルをするべきではない。だというのに……
私の疑問を汲み取ったのか、声のトーンを一段落として彼女は続けた。
「……確かに私の体調は万全とはいえません。どんな理屈をこねようと、それは変わらぬ事実です」
「なら……」
「ですが、それとこれとは話が別でしょう」
「話が……別?」
「ええ。それがどんなデュエルであれ、全力で戦い、全力で楽しみ、終われば全力で讃えあう。そこに深い理屈なんて不要なのです。だってーーそれこそがデュエリストなのですから」
「…………………………………………………………」
その言葉は、私には重すぎた。浜風も《No.》によって望まぬ戦いを強要され、デュエルの暗い側面を知っている。だがそれは一年も前の話、つまり彼女にとっては過去の話なのだ。現在進行形でその暗い側面に触れ続けてる私には、そういう風に割り切ることなんてできない。
事実、今までのデュエルはどれも辛く苦しいだけで、これっぽっちも楽しくなんて……
(……楽しく、なんて…………)
「……デュエルを続けましょう。ザムライはオーバーレイユニットを一つ取り除くことで、《ガガガ》一体に二回攻撃の権利を与えます。それを自身に与え、バトル。ザムライでバブルドッグとゴールド・ファングを攻撃です」
「……………………」
響:LP5900→4000→3900
「ターンエンドです」
「私のターン、ドロー……」
今まで、《No.》と繰り広げてきた死闘。何人もの《No.》に操られた人たち、《No.》の呪いに争い続けた暁、その呪いすら己が力としたヲ級。
彼女たちとのデュエルで私が感じたのは、本当にマイナスの感情だけだったか。そのどれもが、恐怖と怒りと苦しみと悲しみで塗り固められていたか。
答えは、
「………私は、カードを一枚伏せてターンエンド」
「……? 手札事故でも起こしましたか?」
「いや……そういうわけでは、ないんだけどね」
私のもう一枚の手札は《EM ダグ・ダガーマン》、スケール2のペンデュラムモンスターだ。ペンデュラムスケールにセットする事で、再びペンデュラム召喚を行うことができる。
だが、あえてそれをしなかった。理由の半分は伏せカードにある。
そしてもう半分は。
(……私が、《No.》とのデュエルで感じたもの。それがなんだったのか、まだ私にはハッキリとは分からない。そんな状態で攻めに転じるなんて、到底できない……)
分かっている。そんなものはただの執行猶予のための言い訳でしかなく、私はただ胸の中にあるものに名前をつければいいだけで。それから逃げているだけなのは分かっている。
(だけど、だめなんだ。模範解答を解答用紙に書き写すんじゃなくて、私なりの答えを見つけなくっちゃ、それは『私の答え』じゃない。結局次の挫折までの延命措置にしかならないんだ……!)
「……まあ、何か考えがあるのでしょう。私のターン、ドロー!」
浜風の動きに迷いはない。ドローしたカードを手札に加え、別のカードを発動する。
「装備魔法《ガガガリベンジ》を発動。墓地の《ガガガ》を特殊召喚し、このカードを装備する。《ガガガシスター》を特殊召喚し装備させます。さらに《ガガガクラーク》を召喚、シスターの効果でシスターとクラークのレベルをその合計である4にします。そしてレベル4のシスターとクラークでオーバーレイ! 二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築!」
また、浜風の表情が歪んだ。
「我が道行く射撃の名手よ。その手の銃で孤独の闇を打ち抜け! エクシーズ召喚! ランク4《ガガガガンマン》! ……伏せカードが三枚もありますからね、守備表示でエクシーズ召喚します。ですがガンマンの効果発動、守備表示のとき、オーバーレイユニットを一つ取り除くことでーー」
「800の効果ダメージ。それを受けるわけにはいかないな、罠カード《
今まさに銃口をこちらに向けていたガンマンが、私のフィールドに来る。これで効果は使用できない。
「ガンマンの守備力は2400、ザムライでは突破できない……臆さず攻撃表示で出すべきでしたか。私はカードを一枚伏せてターンエンドです」
ガンマンのコントロールを得られるのはエンドフェイズまでなので、浜風のターンが終わったことでガンマンのコントロールが戻る。
「私のターン、ドロー」
そして私は、
「……ターンエンド」
「……正気ですか」
「違うように見えるなら、試しに攻撃してみたらどうだい?」
あからさまな挑発。それが逆に私が平常であるということの証明だ。浜風は当然乗せられなかったようで、ほんの少し目を細めただけだった。
「……そう、ですか。では私のターン、ドーー」
私の挑発にさして動じた様子もない浜風が、ドローしようとしたそのときだった。
「待ったァ!!」
「「!?」」
私たちのデュエルに割って入る声があった。
声の出所がわからず、私も浜風もキョロキョロと周囲を見回す。前? 違う。後ろ? 違う。横? 違うーー
(って、まさか……!?)
どうやら同時に同じ結論に至った私と浜風は、バッとある一点を見た。それはここから近い建物、駆逐艦用の寮の一室、具体的には睦月型の部屋の窓。そこから身を乗り出す影があった。
その影は、銀の長髪で、赤い瞳で、睦月型駆逐艦九番艦な、
「き、菊月!?」
「よう響。楽しそうなことをしてるじゃないか……!」
彼女の腕にはしっかりとデュエルディスクが装着されていた。
菊月はそのまま窓枠に足をかけると、ひょいと体を宙に投げた。睦月型の部屋は駆逐艦寮の二階。しかし菊月はさして問題なさげに地面にスタッと着地した。
「ふむ……ふむふむなるほど」
そして軽く辺りを見回し、状況を認識する。突然の乱入者に私も浜風も動けずにいた。
やがて状況を飲み込んだのか、菊月は軽く笑ってディスクの電源を入れ、
「悪いな響。今回も私はこちら側に付かせてもらおう」
「へ……? それって、どういう……」
「そのままの意味さ。前回同様、また私はお前の敵というわけだ!」
「え……ええぇ!?」
唐突な宣戦布告。前回というのは菊月が《No.》に憑かれていた時のことなのだろうが、それにしても展開が急すぎる。
「そら行くぞ、気を抜いていたら一瞬で敗北だ! 私のターン、ドロー!!」
思わぬ形で始まったデュエルは、これまた思わぬ方向へ進むのであった。
次回、響は答えを見つけられるのか。