駆逐艦響と決闘者鎮守府   作:うさぎもどき提督

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悪魔の余波

「「「「「……………………………………………………」」」」」

 

横須賀鎮守府提督執務室は、重い沈黙に包まれていた。

 

ショートランド泊地からの情報によると、遠征中だった第三艦隊及び第四艦隊は無事で、現在はショートランド泊地にいるとのこと。救援に向かったショートランド泊地の艦娘たちにも損害はないらしい。

 

そして、第三艦隊を逃がすために自ら殿を(しんがり)申し出、孤軍奮闘、たった一人で悪夢を食い止めた睦月は意識不明。命に別状はないそうだが、それでも私たちが受けた心理的ショックは大きい。

 

だが私たちが黙り込んでいるのはそれだけが理由ではなかった。

 

「…………レ級、か」

 

司令官が一言、絞り出すように呟いた。

 

「っ……」

 

ピクリと小さく反応する暁。この様子だと、おそらく暁はレ級と実際に戦ったことがあるのだろう。

 

当の私は、書類上のスペックを見たことがある程度なのだけれど。

 

(……たしか、雷撃能力と航空戦能力を兼ね備えた戦艦……だっけ。たった一人でこちらの主力艦隊に匹敵するほどの戦力を持つ、とかいう……)

 

そんな化け物を、睦月はたった一人で押さえ込んだのだ。その点は素直に凄いと言わざるを得ない。

 

「……But、レ級はもういないはずデース。だって……」

 

「ああ、奴は『番号札作戦』で……」

 

『番号札作戦』。聞き覚えのある名前に、少々首をかしげたのち、そういえばと思い出す。

 

以前金剛さんから『番号札作戦』の概要を聞いた時、彼女はこう言っていた。『《No.》は初期艦五人及びその時襲撃してきていた敵艦隊の旗艦とともに封印された』と。つまりは、その敵艦隊旗艦というのが件のレ級のことなのだろうか。

 

そのことを暁に尋ねて見たところ、

 

「その通りよ。レ級は、初期艦たちと一緒に一枚のカードに封印された。……って、なんで響が『番号札作戦』のことを……?」

 

「まあ、いろいろあったのさ」

 

でも、だとすると。

 

「……叢雲さんは言ってた。『狭間の鎮守府』に取り込まれた深海棲艦は、叢雲さんとデュエルして、その結果あそこを脱出したって。もしその脱出した深海棲艦っていうのがレ級のことなんだとしたら……」

 

「……奴が『こちら側』にいる可能性は高い、というわけか」

 

司令官の眉間に一層深いシワが刻まれる。そりゃそうだろう。一度封じたにもかかわらず《No.》は再び現実世界で暴れまわり、敵艦隊主力の一角は早々に戻ってきていたのだ。

 

つまり、『番号札作戦』は失敗だったのである。信頼していた相棒、叢雲さんの犠牲も無駄だった。その事実は、司令官の精神を大いに揺さぶっていることだろう。

 

「……どうするネ、提督?」

 

「そう……だな」

 

そう言って小さく唸った後、司令官は火のついていない煙管を口から離して机の上においた。

 

「まず、響は連戦の後だ、自室に戻ってゆっくり休め。暁も同じく、だが……《No.》に憑かれていた身だ、体に不調が残るようなら入渠してきても構わん。ヲ級は……そうだな、貴様は牢にぶち込む。金剛、連れて行け」

 

「「「了解(デース)」」」

 

そういえば昨日は昼間時雨と戦い、夜は暁、ヲ級と連続して戦った。それなくても数日前から精神をすり減らすデュエルの連続なのだ。一度デュエルから離れて本気で休んだほうがいいかもしれない。

 

(睦月は心配だけど……今はどうすることもできない、か……)

 

生じたやるせなさを首を振って誤魔化し、私は自室に戻るのだった。

 

 

 

 

「……………………」

 

自室にいるのはすぐに飽きた。暁は司令官の言う通り入渠ドックに行ったし、特に読みたい本もなかったし。なので、気分転換に鎮守府を散歩することにした。

 

《No.》騒動があったにもかかわらず、鎮守府は平穏そのものだった。道行く艦娘の顔に懸念の色はなく、普段と変わらない笑顔だ。

 

(やっぱり《No.》のことは秘匿してるんだ。でもちょっと変だな。扶桑さんによる執務室への砲撃とか、そういうすぐにわかるような変化もあったのに……)

 

ちなみにその提督執務室だが、扶桑さんとのデュエルの翌日に行った時にはすでに元どおりになっていた。おそらく妖精さんにやってもらったのだろうけど……相変わらず、凄まじい技術力だ。

 

(……考えても無駄かな)

 

行くあてもなく、空を見上げながらぶらぶらと歩く。なんだか、今までのことが全部夢の中だったんじゃないか、と思うほど清々しく、澄んだ空だった。

 

そんな感じで散策していると、気づけば特殊物資搬入用港にいた。

 

「………………」

 

ベンチに腰掛け、海を眺める。

 

昨夜。私はここで、暁やヲ級と戦った。当然の話だがその形跡はなく、ただいつも通り、波が寄せては返すばかりである。

 

と。

 

「おや……響じゃないか」

 

「ん? ……長月」

 

駆逐艦寮の方から長月が歩いてきた。

 

「……隣、いいか」

 

しかし見慣れた顔に生気はまるで感じられず、かろうじて二本の足で立っていると言った感じだった。

 

「そりゃ、構わないけど……」

 

座っていた場所をずれ、左側に一人分のスペースを空ける。長月はそこに座ると、特に何かを言うでもなく顔をうつ向けた。

 

「……どうしたんだい?」

 

たまらず尋ねると、長月はゆっくり顔を上げた。

 

やがて、ポツリポツリと話し始める。

 

「……菊月が倒れたのは、知っていると思うが。先程連絡があった。ショートランド沖で、睦月も……襲撃されたそうだ」

 

「っ……」

 

睦月に対する襲撃、それは間違いなくレ級の件のことだろう。まさか既に情報が届いているとは。

 

「……他の姉妹は、どうしてる?」

 

「全員部屋の中さ。……菊月が順調に回復に向かっていて、もうすぐ意識が戻る頃との話だったからな。皆で見舞いに行こうと、話していたんだが……そこに……!」

 

ガンッ! ベンチの手すりを長月が殴りつける。その感情は、共感できるもので、同時に私なんかでは真に理解できようはずもないものだった。

 

だって、私は同じ立場に立っていない。暁は無事だし、《No.》騒動の被害者の中には私の友人はいたものの、それと姉妹を傷つけられた感情を同列に考えてはダメだろう。

 

「……皆な、怯えているのさ。姉妹が二人やられた、次は自分なんじゃ、ってな。私がここに来ることすら随分と抵抗された。……ああ、もしかしたら、姉を順繰りに襲われた足柄や羽黒も、同じ恐怖に苛まれたのかな……」

 

力無く笑う長月の笑みは、しかし喜の感情から来たものではなく、むしろ真逆、哀からくるものだった。私はその表情に何も言えず、ただ黙っていた。

 

そこで、長月が思いもよらない行動に出た。

 

「……………………」

 

カシャン、という軽い音を立てて、長月の腕からデュエルディスクが外された。

 

「長月……?」

 

「……………………っ」

 

外したディスクを見つめ、何かを噛み砕くように奥歯を噛み締めた長月は、

 

「…………これは、お前にやるよ、響」

 

そのディスクを、私に向けて差し出した。

 

「……………………何、を、言って……?」

 

「不思議がることか? むしろきっと()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

ディスクを外す。それが示すところなど一つしかない。

 

すなわち、デュエルを金輪際行わないということ。いや、テーブルの上などではできなくもないが、少なくともディスクを用いてのデュエルはできない。

 

そしてその理由も察するのは容易い。

 

(……長月の姉妹が傷ついた理由は、どっちもデュエル絡み。となれば、それを手放したくなるのもわかる……けど……)

 

「それは……それは、受け取れないよ」

 

「そう言うな。一応デュエルはディスクなしでもできる。私の生活から危険が一つ消えるだけ……これは、それだけのことなんだ」

 

「でも……」

 

「……逆に、一つ聞きたいんだが」

 

力無い長月の瞳が、私を真正面から見据える。

 

「お前はどうして、ディスクをつけ続けている?」

 

「…………それは……」

 

「あの菊月とのデュエルのあと、お前は提督執務室へ行き、その直後あそこで謎の爆発があった。一応扶桑の主砲が誤作動を起こしたということになっているが……あれも《No.》とやらが絡んでいるんだろう? それほどの目に遭っておきながら、お前はなぜ立ち向かおうとする?」

 

「………………………………」

 

何も言えなかった。反論材料どころか、そもそも反論する理由すら曖昧になってくる。

 

(……扶桑さんの主砲が誤作動を起こしたってことになってるのか、あれ)

 

余談である。

 

(私には、長月を止める言葉がない。だって、長月は何も間違っていないんだ。危険な可能性を潰し、それでいてほとんど損害はない……たぶん、最善策)

 

「さあ……受け取れ」

 

急かす長月に、反射的に右手を伸ばしてしまう。手を引っ込めようとする力は思ったよりはるかに弱く、とうとう指先がディスクにーー

 

 

「おや、どうしましたか、こんなところで」

 

 

声。それは長月が来た方向と同じ、駆逐艦寮の方からだった。

 

とっさに振り向くと、そこには一人の駆逐艦がいた。

 

「えっと、浜風だっけ?」

 

「あ、はい、そうです、陽炎型駆逐艦十三番艦『浜風』です。こうしてきちんとお話しするのは初めてですかね、響。……で、二人は何を……?」

 

「え……あ、いや、これは……」

 

ディスクを渡そうとする長月と、それに手を伸ばす私。それははたから見たらよくわからない光景だろう。

 

「………………………………」

 

当の長月は何も言わず、静かに視線を落としていた。

 

「………………ふむ」

 

そんな私達を眺めてから、浜風は何かに納得したように小さく頷いた。

 

「どうしたんだい?」

 

「いえ、少々考え事を。……それはそうと、響」

 

「なにかな」

 

「私とデュエルをしてくれませんか」

 

「ああ、構わな……え? デュエル?」

 

「はい、デュエル」

 

ちょっと展開が急すぎないか。そんな気持ちも込めてチラッと長月を見ると、彼女もいきなりのことについていけないようで、困惑の色濃い瞳で浜風を見ていた。

 

しかし浜風本人はそんなことなど意にも介さず私に向けてディスクを構えている。

 

「…………ええーと」

 

「そもそも私がここに来たのもそれが目的です。誰かとデュエルがしたくて……そこにちょうどよくあなた方がいた、と」

 

一方的な言葉に返す隙もない。第一、まだデュエルを受けるとも言っていないのだけれど……。

 

「……受けてやったらどうだ、響」

 

「え……う、うん……?」

 

思わぬ後押しに疑問符を浮かべつつ答える。まあ、断る理由も特にない。正直そんな気分でもないが。

 

「受けてくれますか。……ありがとうございます」

 

「そんな、お礼を言われるほどのことでもないさ。さあ、やろう」

 

長月の件は置いておいて、ひとまずデュエルだ。

 

「「デュエル!」」




次回、突如デュエルを挑んだ浜風の真意とは?

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