駆逐艦響と決闘者鎮守府   作:うさぎもどき提督

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希望と絶望の狭間で

瞬間。

 

睦月は、全く見覚えのない場所にいた。

 

「あれ……?」

 

キョロキョロと辺りを見回す睦月。しかし、やっぱり見覚えはない。

 

「ここ、どこ……?」

 

思わず率直な感想が口から漏れた。

 

周囲の印象は、何と言うか……神秘的、といえば良いのだろうか。透明なカプセルに入って宇宙空間にいるような感じだ。四方八方には星空が広がっているのに、きちんと地球と同じような重力と空気を感じる。

 

(不思議な空間にゃし……でも、どうしてかな。何だか……)

 

睦月は、頭上を見上げながらポツリと呟いた。

 

「…………随分と……寂しい空間だにゃ……」

 

そこで、ハッと目を見開いた。

 

「って、それどころじゃなかったにゃ! 睦月には、殿っていう大事な役割が……!!」

 

慌てて動こうとして、足を止める。改めて、無数の疑問が頭の中を駆け巡る。

 

(ここ、どこ? なんで? だれが、どうやって? デュエルはどうなったのにゃ? どうやって帰ればいいのにゃ?)

 

そして、最大の疑問。

 

(……みんなは、ちゃんと逃げれたのかにゃ?)

 

結局、睦月が一番気になるのはそこだった。

 

もし逃げきれていないのだとしたら、何としてもあの謎の黒ローブとのデュエルに戻り、食い止めなければならない、と。

 

その時だった。

 

ズゴゴゴゴゴゴ……と重い音を立てて、足場が揺れ始めた。

 

「な、なんにゃ……!?」

 

とりあえず体勢を低くし、転倒を防ぐ。

 

程なくして、それは現れた。

 

「……………………な、ん…………!?」

 

一言で言うなら、それは『扉』だった。大きな大きな、小さく見積もっても十五メートル……いや、実際はきっと、もっと巨大な扉。巨大な顔のような意匠が施され、これまた巨大な鎖が何重にも巻かれている。

 

「なに、これ…………」

 

とりあえず近づく。触れるのは怖かったので、五メートルほど離れたところに立つ。

 

次の異変もまた、唐突だった。

 

『…………ゥ……』

 

「……っ!!?」

 

音。いやーー獣のうなり声のようなそれは、間違いなく何かの『声』だった。

 

自分でないとしたら、考えられる可能性は一つ。

 

(この、『扉』。この『扉』が、喋ってる……!?)

 

ありえない。扉が喋るなんて御伽噺の中だけだ。しかし事実、どうやら音源はその『扉』のようである。

 

しばらくうなり声のようなものを発するだけだった『扉』だが、やがてその音は明確な『言葉』になる。

 

『…………ホ……シ…………イ、カ?』

 

「え……?」

 

『チカラ、ガ、ホシイ。カ?』

 

「ちから……?」

 

力が欲しいか。そう問われた睦月は、迷わずこう答えた。

 

「いらないにゃ」

 

『ホウ……?』

 

「だって、それは睦月自身が努力して身につけるべきものにゃ。少なくとも、こんな簡単なやり取りで手に入れるべきものじゃない」

 

『……ソウカ。貴様ハソウ考エルカ……ヤハリ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……』

 

「へ? 洗脳?」

 

『気ニスルナ、言葉ノ綾ヨ。……ソレニシテモ、ソウカ……』

 

沈黙する『扉』。睦月も、黙って次の言葉を待った。

 

やがて、静寂は破られる。

 

『……ワタシガ言ッテイル「チカラ」ガ、デュエルノチカラダトシタラ、ドウダ?』

 

「っ!?」

 

『今貴様ハ、デュエルニ敗レカケテイル。違ウカ?』

 

「それは……」

 

それは事実だ。あの謎の黒ローブの残りライフは4100。《H(ヒロイック)C(チャンピオン) エクスカリバー》をエクシーズ召喚し、効果を使用したとしてもわずかに届かない。

 

(……ということぐらいは、睦月だってわかっているのです)

 

「……確かに、あのままだったらきっと睦月は負けてしまうにゃ」

 

『ナラ』

 

「でも。……でも、それでもいいかにゃ、って、私は思うのです」

 

『……? ナゼダ?』

 

「だって」

 

睦月は、誇らしげに、しかしどこか恥ずかしげに頬を染めながら、『扉』に向かって言った。

 

「私は殿。(しんがり)つまり、仲間たちを逃がすのが役目にゃ。そして逃げ切った仲間は、いつか必ず仇をとってくれるにゃ。……ようするに、私は信じているのです。仲間を。姉妹を。……希望を」

 

『貴様ハ……何ヲ言ッテイル……?』

 

「理解してもらおうなんて思ってないにゃ。ただ、あなたの言う『チカラ』を私が拒絶するのには理由がある、と言うことなのにゃし」

 

『ッ、ダカラト言ッテ、ワザワザ自ラ敗北スル必要ナドナイダロウ!?』

 

「……そりゃ、確かに負けるよりは勝った方がいいにゃ。けど……」

 

睦月の脳裏に、ある映像がフラッシュバックする。それはつい数日前のことだ。

 

突如様子がおかしくなった妹、菊月。その彼女が見たことないカードを使って、姉妹や仲間に危害を加えようとした。

 

あれが結局なんだったのか、実は睦月はよくわかっていない。菊月が撃破されたすぐ後に彼女を病室に入れるためにその場を離れたからだ。しかもその直後に遠征に出発したので《No.》について聞くタイミングなどなかったが、それでも、『デュエル』『チカラ』と聞くとどうしてもあの出来事が思い出され、ある懸念が生まれるのだ。

 

すなわち、この誘惑に身を任せたら自分もああなってしまうのではないか、と。

 

(だとしたら、勝ったとしても何もない。脅威から仲間を守ったのに今度は自分がその脅威になっちゃったんじゃ、本末転倒にゃし)

 

だから睦月は、正体不明の『チカラ』に手を出さない。わざわざ無謀な賭けに身を投じず、確実に味方の安全を守りに行く。

 

……普段の彼女が本当にこんなことを言うかは、当の本人すら分からない。もしかしたら、『扉』の言った『洗脳』が、本人の望んだものとは違った形で発現したのかもしれなかった。

 

『………………………………ソウ、カ』

 

誘惑を跳ね除けられた『扉』は、少々の沈黙の後次の行動に出た。

 

ズズズズズズゥ……と重厚な音を立てて、『扉』がひとりでに開き始めたのだ。

 

「にゃあ!?」

 

慌てて離れる睦月。『扉』を雁字搦めにしていた鎖は、『扉』が開いていく力に負けたのか次々と切れて落ちていく。

 

 

そして、完全に開ききった『扉』の先に。

 

『改めて、初めましてだな』

 

彼女はいた。

 

 

「誰、にゃ……?」

 

年頃や身長は睦月と同じぐらい。膝下ぐらいまで伸ばされた金髪と切れ長の赤い瞳も目を惹くが、それ以上に目立つのがその服装。黒を基調とし、各所に細かな刺繍が施してあり、全体的な印象としてまるでお人形さんのような……そう、所謂ゴスロリファッションなのだ。

 

黒ゴスロリは微笑の形に歪められた口で睦月の問いに答えた。

 

『アビス。そう呼ぶが良い』

 

「アビス……」

 

その意味は『深淵』。ある意味海と関わっているとも言える。

 

『で。物は相談なのだが』

 

微笑のアビスはてくてく睦月に近づきながらこう切り出した。

 

(……この口ぶり的に、さっきの『扉』の声はこの人……ってことでいいのかにゃ?)

 

それに気圧されるかのように、徐々に後ずさっていく睦月。

 

そして、微笑のアビスは核心を叩き込む。

 

 

『ワタシを、ここから出してくれないか』

 

 

「出す……にゃ?」

 

『そうだ。……見てわかる通り、ここは随分と寒々しい場所だ。しかも私一人じゃ脱出不可能ときた』

 

「……本当に?」

 

『脱出可能だったらこんな場所にいつまでもいるわけなかろう。……もちろんタダとは言わん。貴様が望むのなら、ワタシはいつでも力を貸そう』

 

「…………………………」

 

少々考える。アビスを現実世界に放つことがどんな危険性を孕んでいるかは皆目見当もつかない。全く無害かもしれないし、さらなる災厄の種となりうるかもしれない。

 

そもそもこんな場所に隔離されている時点で怪しさ満点だ。誰が何の目的でこうしたのかはわからないが、こんな扱いを受けているからには受けているなりの理由があるだろう。

 

しかし。

 

逆に、何者かの策謀によってアビスはここに閉じ込められている、すなわち被害者の可能性も否めない。それに解放されたら力を貸すとも言っている。一度協力関係を築こうとして拒絶されたにもかかわらず、だ。となればこれは裏のある甘言ではなく、彼女なりの誠意なのかもしれない。

 

そして、その二つが天秤にかけられた時。

 

「……わかった、協力するにゃ」

 

迷わず後者を取るのが、睦月なのである。

 

『よく言ってくれた……! さあ、行こうか!!』

 

「へ」

 

瞬間。

 

睦月は、日本からはるか4700km、サーモン海にいた。

 

「…………………………」

 

正面には謎の黒ローブ。自分のフィールドには《H(ヒロイック)C(チャレンジャー) 夜襲のカンテラ》と、その姿を写し取った《コピー・ナイト》。何もかも、あの『扉』……いや、アビスとのやりとりがあった、その直前と同じだ。

 

(えっと……さっきのは、夢だったのかにゃ……?)

 

『違うんだなこれが』

 

「にゃしっ!?」

 

至近距離からの声に、思わず声を上げる睦月。慌てて振り返るとそこには、

 

『そこまで驚くことか?』

 

微笑のアビスが立っていた。

 

いや……立っていたという表現は正しくないか。正確には浮いている。比喩表現ではなく、数センチだが実際に。それに何だか半透明だ。

 

「どうしてここに?」

 

『言ったろう、力を貸すと』

 

「言ったけど……」

 

『あ、ちなみにだが、ワタシは貴様以外からは見えんからな。気をつけろよ』

 

「っ、先に言ってほしいにゃ……」

 

理由について尋ねるのはやめた。

 

『さて……ふむ、ハッキリ言ってかなりピンチだな』

 

(……そんなこと、わかってるにゃし)

 

(聞こえてるぞ)

 

(心の声まで……!?)

 

どうやら隠し事はできないらしい。

 

『ではやるか。貴様も力を貸せ』

 

(いいですけど……その『貴様』っていうの、やめてほしいのにゃ)

 

『ふむ?』

 

(私には『睦月』っていう立派な名前があるのにゃ)

 

それは睦月の最大の誇りであり、プライドだ。彼女は自分の姉妹たちを誇りに思っており、『睦月』という名前はそんな彼女たちの姉であるという最大の証明なのだ。だからその一点だけは譲ることができない。

 

その意思をくんだのか、アビスは微笑を少し深めて言った。

 

『よかろう。では行くぞ睦月、我々のターンだ』

 

(……はい!)

 

「……………………………………」

 

アビスが見えていない(らしい)黒ローブは、しかし睦月の一人芝居を見ても表情を特に変えることなく、じっと自分のターンが来るのを待っていた。

 

「『(ワタシ)は、レベル4の《H・C 夜襲のカンテラ》と《コピー・ナイト》でオーバーレイ! 二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築!!』」

 

ぴったり声を合わせて口上を述べる二人。それに合わせて、夜襲のカンテラとコピー・ナイトが光の渦の中に吸い込まれて行く。

 

 

「『その手の剣で暗闇を裂き、白き翼で未来へ駆ける! エクシーズ召喚!! 来たれ、ランク4ーー《No.39 希望皇ホープ》ッ!!』」

 

 

その時ーー睦月の正面の海が、純白に光った。その光はどんどん強まっていき、やがて黒ローブと睦月の視界が光で埋め尽くされる。

 

そして、光が収まった時。

 

「ふわあ……」

 

睦月のフィールドに、光の使者(ホープ)はいた。

 

黄色と白のボディ。右手には一振りの大きな剣。《No.39 希望皇ホープ》、そんな名前の戦士が、睦月のフィールドに降臨した。

 

(《No.》……菊月ちゃんが使ってた変なカードと同じ……でも、このカードは、ホープは何か違う気がするにゃ。あのカードから感じたのはもっと邪悪な……怖い感じだったけど、ホープは真逆、守られているような……)

 

『ホープ、希望……か。フン、まさかよりにもよってこんなモンスターが……』

 

(? 何か言ったにゃ?)

 

『いや、なにも。そんなことよりデュエルを続けるぞ』

 

(はいにゃ!)

 

「『バトルにゃ()、ホープでダイレクトアタック!!』」

 

ホープの攻撃力は2500。だが、効果がーー

 

『このターンで決めに行くぞ、睦月』

 

(え、でもーー)

 

『手札を見てみろ』

 

言われた通り、手札のカードを確認する。

 

(……あれ? 睦月の最後の手札は《H・C スパルタス》のはずじゃ……)

 

『書き換えた』

 

(書き換え……!? い、いや、今はそれよりーー!)

 

「『この瞬間、ホープの効果発動! オーバーレイユニットを一つ取り除くことで、モンスターの攻撃を無効にする。ホープ自身の攻撃を、無効にする!!』」

 

「……? 自分から無効にするだと?」

 

一見して無駄な行為。だが、

 

「『そして、モンスターの攻撃が無効になった時、速攻魔法《ダブル・アップ・チャンス》を発動! 攻撃力を倍にし、もう一度だけ攻撃できる!!』」

 

ホープが背中の鞘から二本目の剣を抜き、構える。

 

「攻撃力……5000、か」

 

「『行け、ホープッ!!』」

 

ホープが二本の剣を携え、黒ローブへと突撃していく。

 

「ーーう、おおおおおおああああああああああああああああ!!!」

 

 

 

 

「……はにゃぁあ」

 

ぱしゃり。睦月が水面にへたり込む。

 

終わった。エクスカリバーをも凌ぐ高攻撃力を持ったホープが、二本の剣を鞘に収めた。

 

『お疲れ様、だ』

 

労うようなアビスの声。睦月はそちらを向いて小さく笑ってみせた。

 

と。

 

ーーー、ーーー♪

 

『……ん?』

 

「にゃ……デュエルディスク?」

 

ディスクの通話機能に着信があった。

 

かけてきた相手は、

 

「響ちゃん? ……あ」

 

心当たりは、当然ある。おそらく睦月と同じ遠征艦隊の誰かが、横須賀鎮守府に連絡したのだろう。

 

(……心配、かけちゃったかな……)

 

『………………………………』

 

とりあえず、このままにしておくわけにもいかないので着信に対応する。

 

「も、もしもし」

 

『もしもし、睦月かい!?』

 

若干くいぎみの返答。この声と喋り方は間違いない、響だ。

 

「は、はい、睦月型駆逐艦一番艦、睦月にゃ」

 

『よかった、何回やっても繋がらなかったから心配で……!!』

 

『響、繋がったネ!?』

 

『ああ、繋がった! とにかく、無事かい、睦月』

 

どうやら通話の向こうには金剛もいるらしい。

 

(? 何回やっても繋がらなかった……?)

 

疑問に思うところはあったが、一先ずそれは脇に置いておいて、睦月はできる限り元気な声で答えた。

 

「大丈夫にゃ、睦月は元気ですよぉ!」

 

『そうか……本当に良かった。……それで、なんだけど』

 

響の声のトーンが一段階下がる。つられて睦月の心臓がわずかに動悸を早めた。

 

『私たちは、君が謎の黒ローブとデュエルをしている、ってところまでは掴んでいる。けど、具体的にそっちはどういう状況なんだい? できる限り詳しく教えて欲しい』

 

「えっと……まず、黒ローブさんは倒したにゃ」

 

『ふむ、なるほ……………………………………………………………………………………………………え?』

 

「だから、黒ローブさんは倒したにゃ」

 

『えっ、と……………………本当に?』

 

「本当にゃ」

 

『…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………』

 

向こう側のざわめきが僅かに聞こえてくる。響たちはまだデュエルが続いているものだと思っていたのか。

 

向こう側が落ち着きを取り戻すまで、三十秒の時間を要した。

 

『……なるほど。じゃあ一応、周囲の状況を教えてくれ』

 

「はい。えっと……」

 

正面を見る。そこには黒ローブを纏った誰かが漂っていた。

 

「黒ローブさんは、力が抜けたように睦月の正面十数メートルを漂っているにゃ」

 

『ふむ。なら……』

 

『回収は第四艦隊に任せまショウ』

 

『そうだね。じゃあ睦月はできる限りそれに触れないでおいて。他には?』

 

「他……他って言うと」

 

『……例えば、あれじゃないか?』

 

通話が始まってから沈黙を貫いていたアビスが口を開いた。彼女の指はどこかを指しているようだが。

 

(あれ? って、これ……)

 

「他には……なんて言えばいいのかにゃ。紫色の……ガラス? みたいなものが」

 

『紫色の……ガラスだって!?』

 

信じられない、といった調子の響。だが、紫色のガラスというのはそんなに驚くようなものだろうか?

 

「う、うん。それが、私と黒ローブさんを囲うように、ドーム状に……」

 

『……睦月、君は黒ローブとのデュエルに勝利したんだよね?』

 

「へ? はい、睦月は黒ローブさんを倒したにゃ」

 

紫色のガラスと関係ないような質問に、睦月は首をかしげた。が、対する響は至極焦った様子で、何やら通話の先でやり取りをしている。

 

たまらず睦月は尋ねた。

 

「あの、響ちゃん? 睦月は一体、何が何だか……」

 

『睦月ッ!! まずい、黒ローブを倒したはずなのにその壁が消えないってことは、デュエルはーー!!』

 

ブツリ、と。そこで通話は途切れてしまった。

 

「響ちゃん!? もしもし、もしもーし!」

 

応答なし。急な電波障害だろうか。いやしかし、何の前触れもなく?

 

『……おい、睦月よ』

 

(なんですか、アビスちゃん)

 

『……アビス、「ちゃん」……? ま、まあいい。それより、あれを見ろ』

 

そう言うアビスの視線は、ただ一点に集中していた。

 

すなわち、黒ローブ。

 

『まだ、終わっていないみたいだぞ……』

 

「え……?」

 

「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」

 

睦月とアビス、二人の視線を浴びて、しかし黒ローブは全くの無反応ーー

 

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………っ………………………」

 

……いや。

 

「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………くひっ……………………」

 

いや……!?

 

「………………くっ、ひひ、ヒャハハハハハハハハ、ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハーッハッハッハァァァッッ!!!」

 

「『ッ!?』」

 

とっさに身構える睦月とアビス。その視線の先で、黒ローブは狂ったように笑いながらゆっくりと体を起こした。

 

「ギャヒャヒャ、いィィいもン見せてもらったぜェ、全くよォ……! ヒャヒャ、まさか《No.》使っても正気を保ったままとはなァ……」

 

「あな、たは……」

 

「あ? あァ、ワタシは……ワタシ……あァもォめンどくせェ!!」

 

突如豹変した黒ローブは、そのローブに手をかけると、一息にそれを剥がした。

 

その下は。

 

「……そん……な……」

 

その下もまた、黒い布だった。しかし今度はローブではない。フードだ。何製かわからないフードを、そいつは身につけていた。

 

髪は枯れ木のような白。瞳は紫。肌は全体的に青白く、誰がみても健康そうには見えない。

 

極め付けは、臀部から生えている大きな尾。竜のアギトのような見た目をしたそれは、まるで本体とは別の生き物であるかのようにギチギチと音を立ててうごめいている。

 

「改めて自己紹介してやるよ」

 

バケモノは笑う。ニィィッと口の端を裂き、嘲るように不恰好な敬礼までして。

 

 

()()は戦艦レ級。()()()()()()()()()()()()()

 

 

「ぁ……ぁ……」

 

ガクガクと睦月の膝が笑う。半開きの口は意味のない音を発した。

 

『なぜだ……』

 

(へ……?)

 

『ヤツのライフはゼロのはずだろう。なのに、なぜヤツは立っている……?』

 

アビスも微笑が消えるほど動揺している。そういえば確かに、レ級の残りライフはホープの攻撃によってゼロになったはず……。

 

(……い、や、もしかしたら……アビスちゃん)

 

『何だ』

 

(アビスちゃんがいたあの場所で過ごした時間って、こっちではどのぐらいになるのかにゃ……?)

 

『……さあ。なにせ比べたことがないのでな。なんとも言えん』

 

(もし、もしですけど。あそことここで時間の流れが同じぐらいなのだとしたら……)

 

『だとしたら、なんだ。言ってみろ』

 

(私があそこにいる時に、レ級が何かしらのカードを発動していたとは考えられないかにゃ……)

 

『…………可能性は、高いな』

 

自分のフィールドは変わっていなかった。海や空の様子は比べようもない。だから、一瞬の出来事だと思ってしまった。あれは一瞬の間に起きたことなんだと。

 

その答えは、おそらく手元にある。

 

『……ディスクの、ライフ表示……』

 

(…………………………………………)

 

見たくなかった。見たくなくても見るしかなかった。恐る恐る。首の角度を変えていく。

 

ディスクの表示は、こうだった。

 

レ級:LP100

 

『差は1000……ヤツのフィールドからなくなったカードはあるか?』

 

(……伏せカードが、二枚)

 

『となると……おそらく《非常食》だな。もう一枚の伏せカードはそのコストに使われたか』

 

《非常食》、自身のフィールドの魔法及び罠を任意の数墓地に送り、その数×1000ライフを回復する速攻魔法だ。

 

「理解はすンだか」

 

レ級が一歩、前に踏み出す。連動するように、睦月が一歩引く。

 

「テメェに発動できるカードはねェ。つまり俺様のターンなわけだが……」

 

残酷な笑みはどこまでも深く。深く。深くーー

 

艦生(じンせい)最後のデュエルだ。せいぜい満足してくれよォ! 俺様のターン、ドローッ!!」

 

しかし、レ級の手札はゼロ、フィールドにもカードはない。ライフは残り100、ライフコストを払うことすらままならない。

 

……はずなのに。

 

「おォ、いィカードを引いたぜ……俺様は今ドローした《インフェルニティ・デーモン》の効果発動!」

 

「《インフェルニティ・デーモン》……?」

 

聞いたことのないカードだった。《デーモン》とついているから、【デーモン】デッキでは採用が見込めるだろうが……。

 

「《インフェルニティ・デーモン》は、手札ゼロ枚でこのカードをドローした時特殊召喚できる。当然、特殊召喚するぜ」

 

『手札ゼロ枚を発動条件とするカード……だと? なぜわざわざそんなアクの強いカードを……』

 

アビスもこのカードに見覚えはないらしい。

 

「そしてこのカードが特殊召喚に成功した時、手札がゼロ枚ならデッキから《インフェルニティ》を手札に加える。俺様が手札に加えるのは《インフェルニティ・ネクロマンサー》だ」

 

「《インフェルニティ》……《デーモン》じゃなく?」

 

「……ン? まさかテメェ、まだ愉快な勘違いしてやがンのか?」

 

勘違いもなにも、睦月には何が何だかわからない。だって、先ほどまで【デーモン】を使っていた相手が突然全く別のカテゴリのカードを使い始めたのだ。

 

真相は本人の口から明かされた。

 

「最初のターンに俺様が使った《手札抹殺》。あれの目的は手札交換じゃねェ、手札のカードを墓地に送ることだ。ンで、その後の手札がたまたま【デーモン】として展開できるカードだったからそれっぽく進めただけ。《デーモン》と名のついたカードは《インフェルニティ・デーモン》とサポートを共有できるからなァ」

 

『……ということは、ワタシたちはずっとヤツの手のひらの上で踊らされていただけ、というわけか』

 

「答え合わせはもォいィな。進めるぞ。《インフェルニティ・ネクロマンサー》を召喚。このモンスターは召喚された時守備表示になる。そして手札がゼロ枚の時、墓地の《インフェルニティ》を特殊召喚できる。よみがえれ、《インフェルニティ・リベンジャー》ッ!」

 

デーモン、ネクロマンサー、リベンジャー。いずれもレベルは異なる。ということは、

 

「俺様はレベル4のデーモン、レベル3のネクロマンサーにレベル1チューナー、リベンジャーをチューニング!!」

 

『……こいつはちとやばいかもしれんな、睦月……』

 

当の睦月は、何も反応することができなかった。目の前で生まれてくる怪物を、ただただ黙って見つめていた。

 

 

「地獄の蓋は開かれた。無限の闇は全てを呑み、煉獄の炎は森羅万象を塵芥に還す!! シンクロ召喚ッ!! 貪れ、レベル8ーー《インフェルニティ・デス・ドラゴン》ッ!!」

 

 

ぞぶり、と。重たいものが浮上してくるような音がした。だがその音源はレ級の前ではなく。

 

「デス・ドラゴンの効果発動」

 

『っ! 睦月、足元だ! ()()()()()()()()()!!』

 

「手札がゼロ枚の時、相手モンスター一体を破壊できる」

 

ガッ!! と、ホープの足首が何者かによって掴まれた。

 

そしてそのまま、一瞬で海中に引きずり込まれた。

 

「ホープ!!」

 

「さらに破壊したモンスターの攻撃力の半分を、効果ダメージとして貴様に与える」

 

「! あくっ、うわあ!!」

 

睦月:LP2100→850

 

「でも、この瞬間、墓地の《H・C サウザンド・ブレード》の効果発動! 自分がダメージを受けた時、このカードを墓地から攻撃表示で特殊召喚するにゃ!!」

 

デス・ドラゴンの攻撃力が3000なのに対して、サウザンド・ブレードは1300。普通に考えたら焼け石に水でしかない。

 

(……けど、だにゃ)

 

『ああ、睦月、いい判断だ。おそらくヤツは……』

 

そう。これは最後の悪あがきではない。逆転の一手だ。

 

「……デス・ドラゴンは効果を使用したターン攻撃できねェ」

 

(! やった……!)

 

たしかにデス・ドラゴンが攻撃可能なら、サウザンド・ブレードの蘇生に意味はなかっただろう。だがデス・ドラゴンの効果は(手札ゼロ枚という発動条件はあるにせよ)発動にコストを要さなかった。それならば何かしらのデメリットがあるかも、と予想したのが、バッチリ的中したというわけだ。

 

(デス・ドラゴンは攻撃表示、レ級の残りライフは100。つまり、もう一体レベル4のモンスターをフィールドに出せれば、エクスカリバーを呼んで……勝てるにゃ!)

 

『いいぞ睦月、ヤツの手札はゼロ、フィールドに発動できるようなカードもない。あとはお前のドロー次第で……!』

 

勝てる。デス・ドラゴンが守備表示ならそうはいかなかっただろうが、好都合なことに攻撃表示である。

 

(行くにゃ!)

 

『ああ、やれ!』

 

「私のターン、ドーー!!」

 

「オイオイ、何してンだテメェ」

 

ガッ、と、引き抜かれようとしていたデッキトップのカードが止まった。

 

(にゃっ……?)

 

『……なんだ、何が起きた?』

 

(えっと……ディスクの不正防止機能が発動しているにゃ)

 

『何? 不正防止機能だと……?』

 

しかし睦月には身に覚えがない。

 

(ってことは……?)

 

ディスクの液晶画面に目を移す。そこには、現在の互いのフィールドやライフのほか、ある一文が表示されていた。

 

〈まだ相手のターンが終了していません!〉

 

「俺様のターンはまだ終了してねェぜ?」

 

「で、でも、もう発動できるカードは……」

 

「あるンだよ。手札でも、フィールドでもねェ場所……つまりは墓地に」

 

シャコン、とレ級の墓地から一枚のカードが出てくる。

 

「墓地の《シャッフル・リボーン》の効果発動。このカードを除外し、さらに自分フィールドのカードをデッキに戻して一枚ドローする。デス・ドラゴンにはエクストラデッキに戻ってもらう」

 

足元から気配が消える。どうやらデス・ドラゴンは帰っていったようだ。

 

「さて……俺様のフィールドと手札にカードはなく、召喚権も使い切った。文字通りデスティニー・ドローだな」

 

一方、睦月の手札とフィールドにもカードはなく、残りライフは850。つまりこのドローは睦月にとっても運命のドローだ。

 

(睦月のデッキは、半分以上がレベル4のモンスターか、その展開を補助するカード。だから、このターンさえ凌げば……!)

 

願う。目を瞑り、両手を合わせて。

 

(お願い……!)

 

「じゃァ行くぜェ……ドローォォォ!!」

 

デッキトップのカードがレ級の手札に加わる。

 

「…………………………………………………………」

 

「…………………………………………………………」

 

『…………………………………………………………』

 

ドローカードは、

 

「……魔法カード、《死者蘇生》、発動ォッ!!」

 

「…………そん、な」

 

一縷の望みは、無情にも打ち砕かれた。

 

「さァて、何を蘇らせっかなァ……」

 

そう言って、鼻歌でも歌い出しそうなほどの上機嫌でディスクを操作するレ級。

 

やがて、一枚のカードがレ級のフィールドに現れた。

 

「そォだなァ、やっぱテメェにトドメを刺すのはコイツだよなァ! ーー《No.39 希望皇ホープ》!!」

 

『! アイツ……!!』

 

「ホープ……」

 

睦月の希望が、レ級のフィールドに降臨する。今度は睦月の希望を刈り取るために。

 

「希望、希望ねェ。ったく、くだらねェ。ンなモンに縋ってねェでとっとと大人しくくたばりやがれってェの」

 

吐き捨てるようなレ級の台詞にも睦月は反応できなかった。こちらに刃を向ける希望の戦士を、ただジッと見つめていた。

 

「さァ、終わりにしよォぜ。ホープ」

 

伸ばした人差し指を睦月に向け、レ級は小さく(わら)いながら一言命じた。

 

()れ」

 

それだけで、ホープはその手の剣を振り上げて睦月のもとに向かい、その剣を

 

 

「全主砲、()ぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 

「え……」

 

そんな声が聞こえたのと同時に、ホープの剣が眼前で停止する。

 

直後だった。ドガガガガガッ!! という激しい音が近くで響いた。

 

「うわっ!?」

 

思わず耳をふさぐほどの大音量に、慌ててそちらを見る。と、

 

「だ、ダメです、障壁、ビクともしません!」

 

「怯むな潮! 砲撃を一点に集中させろ!!」

 

「な、長門さんに、潮ちゃん……!?」

 

『いや、まだいるようだぞ』

 

アビスの言葉通り、長門と潮の他にも、十人前後の艦娘が見えた。連合艦隊クラスの人数だ。

 

そして当然、レ級もそれを視認していた。

 

「…………………………………………………………」

 

レ級はガリガリと後頭部を掻いた後、睦月に背を向けた。

 

「チッ、興ざめだ。わらわら集まりやがって……デュエルは……サレンダーってことでいィな」

 

「……………………」

 

「いィな?」

 

それが最後の言葉だった。レ級がパチンと指を鳴らすと、紫色の壁が空気に溶けるように消えていき、同時にレ級自身も海の中に消えていった。

 

即座に睦月のもとに何人もの足音が近づいてくる。

 

「大丈夫ですか、睦月ちゃん!?」

 

「潮ちゃん……ええ、睦月は大丈夫にゃし……けど、どうして……? 遠征中だったよにゃ……?」

 

「うん、だったんだけど、司令官からここにくるように言われて……」

 

「途中で我々ショートランドの第一艦隊と合流し、駆けつけたというわけだ」

 

長門たちもいるのはそういう訳らしい。

 

「レ級は撤退していったようだが、まだ安心はできんな。一先ずショートランド泊地まで退避するとしよう」

 

「はい…………にゃ………………」

 

返事をするも、レ級とのデュエルで相当消耗していたようで意識は徐々に薄れっていっていた。

 

「睦月ちゃん、大丈夫!?」

 

「だ……だい、じょ……う…………」

 

もったのはそこまでだった。睦月の瞼が閉じきり、四肢から力が抜けて海面に倒れこむ。

 

『む、睦月ちゃん!? 睦月ちゃーん!!』

 

『まずいな……すぐに運ぶぞ!!』

 

(大丈夫……だって……)

 

その言葉は、声にならずに海に溶けた。

 

 

 

 

「…………………………」

 

気づけば、睦月は見知らぬところに立っていた。

 

『……負けてしまったな』

 

背後からアビスの声が聞こえた。

 

「……ううん、負けてないのにゃ」

 

『どこがだ。完璧な敗北ではないか』

 

その声に、睦月は振り返らず、

 

「睦月は殿。救援が来るまできちんと持ち堪えられたら、それでいいのにゃ。デュエルには負けちゃったけど……」

 

ただ、

 

「戦略的勝利、ってやつなのにゃし!」

 

いつも通り笑っていた。




はい、というわけで【ヒロイック】vs【デーモン】……もとい【インフェルニティ】でございました。
デッキ解説!!

睦月の【ヒロイック】は前回とほぼ変わりなく。《HーC ガーンデーヴァ》のコントロールを奪われると少々厳しくなってしまいます。相手フィールドの《デーモン》が下級モンスターだけでよかったね……。
希望の《No.》を手にした睦月は、これからどうなって行くのでしょうか……。

即正体をバラした狂戦士レ級、【デーモン】もとい【インフェルニティ】使いです。
【デーモン】、展開速度は遅めですが一撃一撃が結構強烈。《トリック・デーモン》のサーチ能力が高いのも魅力ですね。あと《堕落》はいいカードです。厄介なモンスターは全部奪っちゃえばいいんですよ!
【インフェルニティ】……化け物じみた展開速度で相手を封殺・圧殺するデッキ……いや恐ろしい……。浪漫も爆発力もある、ある種理想のデッキです。
余談ですが、【インフェルニティ】ってマスタールール4が完全に追い風になってるんですね……。なんというか、すごいです。

アビスに関しては、あえて触れないでおきます。彼女についてはそのうち語られることでしょう。

次回、レ級襲撃の報を受けた横須賀鎮守府は。

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