何と言って旗艦の天龍さんを説得したのか、よく覚えていない。
ただ、妹や仲間たちを守って沈むのならそれも本望だ、とか考えていた。
我ながら馬鹿だなあ、と自虐的に笑う
「大淀! たしか第四艦隊が南方に遠征中だったな。すぐに向かわせろ!!」
「で、ですが、第四艦隊が行うはずだった遠征はどう致しますか?」
「構わん、その程度の責任は私が持つ。帰還中の第三艦隊はなんと言っている?」
「一先ずショートランド泊地を目指すとのことです」
「わかった。なら向こうの提督には私が話を通しておこう」
「了解しました」
怒涛の勢いで指示を出す司令官を見ながら、私はただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
(睦月が……黒ローブと戦っている……?)
その言葉が示すところすら、数秒間理解できなかった。
やがて理解した私は、
「待って!」
「!!」
執務室を飛び出そうとして、暁に止められた。
「どこに行くの」
「決まっているだろう」
「どれだけ離れてるかわかってるの? 今から行ったって何時間かかるか……」
「っ、それでも……!」
「響はいい加減後先考えずに突っ走るのをやめなサーイ」
私の正面に影。金剛さんだ。
「金剛さん、でも……」
「菊月の時もそうでしたけど、響はcoolなcharacterに見えてその内面はvery hotなんだネ」
こうして言葉を交わす間にも、じわじわと焦燥感が募っていく。行かなくては、戦わなくては、助けなくては、と。
「サーモン海域はここから南におよそ4700km。響が全力で航行し続けても3日ぐらいかかる計算ネ」
「……え」
「そもそもサーモン海域はソロモン海の隠語。着任してからそんなに日が経っていないからって、それも知らないでどうするつもりだったのよ?」
ソロモン海とは、遥か南、パプアニューギニアのさらに南東に位置する海域だ。そんな場所に気軽に行けるわけがない。
(というか、サーモン海ってソロモン海のことだったのか。なんか、てっきり北の方なのかと……)
サーモンの名産といえば、北である。
「……じゃあ、私たちはどうすることもできないのか」
「……Yes、私たちにできるのは、睦月の無事を祈ることだけネ」
第二の黒ローブ。そいつの実力が、もしヲ級と同等、もしくはそれ以上だったら。その仮定は、先を考えるのが恐ろしすぎた。
(……頑張ってくれ、睦月……!!)
心に巣食う強烈な無力感を握りつぶすように、私は拳をギリッと握りしめた。
(…………あれ、そういえば)
ふと。一つの疑問が私の中に生じた。
(二日前には、睦月はまだ鎮守府にいたような。じゃあ、彼女はどうやってその短時間で4700kmを移動したんだろう……?)
「私のターン!」
先攻が自分だというデュエルディスクの表示を見て、睦月は高らかに宣言した。
「《
持ち前の展開力でもって、即座にエクシーズ召喚を行う。
「怒涛の神弓よ。今ここに顕現し、我が手に宿れ! エクシーズ召喚! ランク4《
ガーンデーヴァの元々の攻撃力は2100。それが1000上がって3100になった。
「ワタシのターン、ドロー」
対する黒ローブは、抑揚の少ない声でドローフェイズを終えた。
「ワタシは魔法カード《手札抹殺》を発動。互いに手札を全て捨て、同じ枚数分ドローする」
「にゃ!?」
睦月の手札は、二枚目のダブル・ランスと《死者蘇生》。どちらも睦月のデッキにとって非常に重要なカードだ。
(うう、もったいない……)
だがルールはルール。二枚とも墓地に送り、新たに二枚ドローする。
黒ローブは新たにドローしたカードを見ても一切表情を変えずーーといっても、顔はほとんど見えていないがーー淡々とデュエルを進めていく。
「《トリック・デーモン》を召喚。そして装備魔法《
「! 【デーモン】……!」
《堕落》。《デーモン》が存在しないと自壊する代わりに、相手モンスターのコントロールを奪える装備魔法だ。そんなカードを使うのは、【デーモン】以外ありえない。
「効果は知っているようだな。ガーンデーヴァのコントロールをいただく。そして二体でダイレクトアタック」
「にゃ、ぁぁああ!!」
睦月:LP8000→7000→3900
強化したのが仇となり、一気にライフを半分も削られてしまう。
が、
「カードを二枚伏せてターンエンド」
「私のターン、ドロー!!」
この程度じゃ、睦月は折れない。
「たしか、《堕落》には相手のスタンバイフェイズにダメージを受けるデメリットがあったはずにゃ」
「よくご存知で。800のダメージをワタシは受ける」
???:LP8000→7200
ガーンデーヴァが相手のフィールドにいる限り、自分は下級モンスターの特殊召喚を制限されてしまう。
(でも、それにも抜け道ぐらいあるのです!)
「《H・C 強襲のハルベルト》を召喚し、バトル! 《トリック・デーモン》を攻撃にゃ!」
《堕落》は、《デーモン》が存在しないと自壊する。ならば《デーモン》を排除してしまえばいい。
だが。
「残念ながらその程度じゃあな。罠カード《ヘイト・バスター》発動。悪魔族モンスターが攻撃対象になった時、戦闘を行う両者を破壊し、相手モンスターの攻撃力分のダメージを相手に与える」
「にゃしっ!?」
(読まれて……っ!?)
「ハルベルトの攻撃力は1800。そのぶんのダメージを受けてもらおうか」
「っ、にゃぁぁぁあ!!」
睦月:LP3900→2100
「そして《トリック・デーモン》が墓地に送られた時、デッキから《デーモン》を一枚手札に加えることができる。《戦慄の凶皇ージェネシス・デーモン》を手札に加える」
「っ…………」
予想外のダメージ。すでに初期ライフの四分の一程度まで削られてしまった。
「でも……」
「?」
「《デーモン》がフィールドから消えたことで、《堕落》は破壊されるにゃ……」
戒めから解き放たれ、ガーンデーヴァが睦月のフィールドに戻る。
そして、まだバトルフェイズは続いている。
「ガーンデーヴァで、ダイレクトアタック!!」
「……………………」
???:LP7200→4100
「カードを一枚セットして、ターンエンド……!」
歯を食いしばり、震える足で海面を踏みしめる。睦月はこの程度で諦める気など微塵もないのだ。
「ワタシのターン、ドロー。……魔法カード《闇の誘惑》を発動、二枚ドローし、手札の闇属性を一枚除外する。ジェネシス・デーモンを除外しようか」
最上級モンスターであるジェネシス・デーモンを除外した、ということは、
「手札を一枚捨てて装備魔法《
「っ、やっぱり、除外ゾーンから特殊召喚するカード……!」
「そしてジェネシス・デーモンの効果発動。手札か墓地の《デーモン》を除外し、カードを一枚破壊する。墓地の《デーモンの将星》を除外し、ガーンデーヴァを破壊」
海中から、《デーモンの将星》を模った黒い塊が現れ、ガーンデーヴァを海中に引きずり込んでゆく。
睦月のフィールドに残ったのは、伏せカード二枚。
「行くぞ、ジェネシス・デーモンでダイレクトアタック」
ジェネシス・デーモンの攻撃力は3000。睦月の残りライフは2100。
「罠カード発動、《
通すわけにはいかない。
「……攻撃したモンスターを破壊する、か。ワタシはカードを一枚伏せてターンエンド」
これで両者のフィールドにモンスターが存在しなくなった。
(……手札は一枚、次のドローで二枚。そして伏せカード……)
黒ローブの方は伏せカードが二枚、手札はなし。壁となるモンスターもいない。
(でも、足りない。たとえ《HーC エクスカリバー》をエクシーズ召喚したとしても、この人を倒すためには攻撃力が100足りない……けど)
そう前置いた睦月は、下げていた顔をキッと前に向けた。
(諦めない……私の目的は時間稼ぎ。せめて、みんなが無事に逃げ切れたっていう確信がない限り、負けるわけにはいかないのにゃ……!!)
デッキトップのカードに指をかけ、一気に引き抜く。
「私のターン、ドローッ!!」
ドローカードを確認し、デュエルを少しでも長く続けられる手を考える。
「私は、《H・C 夜襲のカンテラ》を召喚、さらにこの瞬間、永続罠《コピー・ナイト》を発動! 自分フィールドにレベル4以下の戦士族モンスターが召喚された時、このカードはその召喚されたモンスターをコピーし、レベルと名前を同じにするにゃ!」
つまり、《コピー・ナイト》は《H・C 夜襲のカンテラ》となり、睦月のフィールドに特殊召喚される。
(そして《コピー・ナイト》は戦士族。つまり《HーC エクスカリバー》をエクシーズ召喚できるのにゃ!)
エクスカリバーは、自身の効果で次の相手ターンの終わりまで攻撃力を倍にできる。攻撃力4000では相手のライフを削りきることはできないが、大きな壁にはなるはずだ。
右手を空に向け、騎士王の聖剣を呼び出す。
「私は、二体でオーバーレーー!!」
瞬間。
睦月は、全く見覚えのない場所にいた。
「イ!! ……………………あれ……?」
「!」
同時刻。遠く離れた横須賀鎮守府で、何かを感じ取った者がいた。
後ろ手の手錠をジャラリと鳴らし、そいつは窓の外に見える海を見ながらボソリと呟いた。
「《No.》……?」
次回、駆逐艦睦月は諦めない。