「罠カード発動!」
《CNo.101 S・H・Dark Knight》。そんな名前の怪物を前にして、私の行動は早かった。
「《シューティング・スター》! 自分フィールドにスターダストが存在する時、相手のカード一枚を破壊する。消えろ、《CNo.》!」
《CNo.》の効果を使用されるわけにはいかない。そのことは、時雨とのデュエルで嫌という程思い知らされている。
降り注ぐ閃光がCNo.101を貫き、爆散させる。
(! 破壊耐性はない……これなら!)
「これならいける、なんていう無駄な希望は持たない方がいい」
私の思考を読んだかのようなヲ級の言葉に、肩がピクリと震えた。
「《CNo.》は、いわば《No.》の上位互換。効果も当然、より強力なものになっている」
より強力なものに。そういえば、No.101の持つ効果はなんだったか。
特殊召喚されたモンスターをオーバーレイユニットにする効果と。
一度きりの、破壊耐性。
「CNo.101の効果発動!」
ヲ級の宣言の直後、CNo.101が沈んだ海が淡く光りだした。
「オーバーレイユニットを持つこのカードが破壊された時、墓地にNo.101が存在するのなら、自身を特殊召喚できる! よみがえれ、CNo.101!!」
どぷん、と。重い音を立てて、海面から大きな水の塊が浮き上がる。その水塊は、海面から二メートルほど浮いた後、内側から勢いよく破裂した。
その中から。CNo.101は再度姿を現した。
「そんな……」
「さらにこの効果の使用後、このカードの元々の攻撃力分ライフを回復できる。2800、回復させてもらうよ」
ヲ級:LP1950→4750
「そして、CNo.101のもう一つの効果発動! 相手の特殊召喚されたモンスター一体をこのカードのオーバーレイユニットとする! ルーンアイズを吸収させてもらおう」
「コスト無しでその効果を……!?」
私のフィールドに残ったモンスターは《スターダスト・ドラゴン》、その攻撃力は2500。CNo.101に劣っている。
……が。
「私はこれでターンエンド。CNo.101は自己再生効果を使ったターンは攻撃できないのさ」
「…………そうかい」
だが、それはこのターンの話。次のヲ級のターンになれば、そのデメリットに縛られることもなくなる。
「私のターン、ドロー!」
しかしドローは振るわない。
(っ、あんまりCNo.101を放置したくないのに……仕方ない)
「私はセッティング済みのスケールでペンデュラム召喚! エクストラデッキから現れろ、レベル5《EM ゴムゴムートン》! ……さらにカードを一枚伏せてターンエンドだ」
「壁か。私のターン、ドロー!」
私は緩んできた入院着の腰紐を締め直しながら、少し考えた。
(……実際問題、あの《CNo.》はどうやって倒せばいいんだ?)
CNo.101はオーバーレイユニットがあり、かつ墓地にNo.101が存在する限り何度でも復活する。
となれば、例えば破壊以外の方法で除去するか。
もしくは、先ほど《ルーンアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》でやったように連続して破壊するか。
あるいは、墓地からNo.101を除去するか。
一番現実的なのは破壊以外の除去だ。ヲ級の墓地からNo.101を除去するのは至難の技だし、連続破壊をしようにもそのためには二種類以上の破壊手段を用意しなくてはならない。単体でそれが可能だったルーンアイズは、今はCNo.101のオーバーレイユニットだ。
(破壊以外の除去といえば、バウンスと除外。それができるカードは少ないけど……それらのカードが引けるまでとにかく耐えるしかないな)
キュッ、と腰紐を締める。方針は決まった。次はそれを実行に移さなくては。
「私は《ヴェルズ・サンダーバード》を召喚。さらに魔法カード《黙する死者》を発動、墓地の通常モンスターを守備表示で特殊召喚する。よみがえれ、ヘリオロープ。私はレベル4のサンダーバードとヘリオロープでオーバーレイ! 二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築!」
「……またか」
小さく漏らす。このデュエルだけで、いったい何度目のエクシーズ召喚だろう。
「歪んだ正義を振りかざし、生まれし悪魔はすべての力を拒絶する! エクシーズ召喚! 現れよ、ランク4《ヴェルズ・タナトス》! さらにCNo.101の効果発動。ゴムゴムートンをオーバーレイユニットにする!」
「! ゴムゴムートンの方を……?」
「戦闘破壊耐性を持つゴムゴムートンと効果破壊耐性を持つスターダスト。現状厄介なのは前者だからね。さあバトルだ、CNo.101でスターダストを攻撃!」
CNo.101の槍がスターダストを貫き、爆散させる。
「っ……」
響:LP7150→6850
「続けてタナトスでダイレクトアタック!」
「くっ!」
振り下ろされる剣を、横に飛んで避ける。剣が水面を叩いたことで生まれた大量の水しぶきを浴びる羽目になったが、あの剣の恐ろしさは前回のデュエルで知っている。
響:LP6850→4500
「ターンエンド」
「私のターン、ドロー!」
ドローカードは、CNo.101をどうにかできるカードではなかった。が、悪くはない。
「ペンデュラム召喚! エクストラデッキから現れろ、レベル4《慧眼の魔術師》! さらに慧眼をリリースして、《EM キングベアー》をアドバンス召喚する!」
「キングベアー……? 攻撃力は2200、タナトスにも及ばないけど?」
「いいや、キングベアーは自分のバトルフェイズの間、攻撃力が自分フィールドの《EM》×100アップする。キングベアーでタナトスに攻撃!」
今、私のフィールドの《EM》はキングベアー自身とペンデュラムスケールの《EM オッドアイズ・ユニコーン》だ。つまり攻撃力は200アップし、2400となる。
「タナトスの攻撃力を僅かに超えた、か」
ヲ級:LP4750→4700
さらに、キングベアーは魔法及び罠カードでは破壊されず、アドバンス召喚したためにCNo.101に吸収されることもない。
(ひとまず凌げる、か……)
「私はこれでターンエンド」
多少のダメージは覚悟の上。とにかくライフをゼロにしないことが先決だ。
「私のターン、ドロー」
ヲ級はドローしたカードを、
「私は手札を一枚捨て、魔法カード《ブラック・コア》発動」
見もせずに墓地に送った。
「《ブラック・コア》……?」
「その効果はフィールドのモンスター一体の除外。キングベアーには消えてもらう」
ギュィン! と音を立ててキングベアーが黒い球体に吸い込まれ、フィールドから姿を消した。
「何っ……!」
(破壊を介さない除外……これじゃあキングベアーの耐性も意味が……)
「バトルだ、CNo.101でダイレクトアタック!!」
キングベアーが消えたことで、CNo.101の攻撃がダイレクトアタックへと変化する。漆黒の槍を携えた騎士が私の元へ突っ込んでくる。
(どうする……べつに、CNo.101の攻撃を受けたってライフは残る。けど……)
CNo.101から感じられる、圧倒的なプレッシャー。気を抜いたら押しつぶされてしまいそうだ。
(奴の攻撃を受けて、私の体は耐えられるのか……? まさかそのまま轟沈、なんてことはない……よね?)
考えたって結論は出ない。出ないが、仮にCNo.101の攻撃で深手を負ったりしたら、どうなるか。
その答えを、私より先に導き出した人がいた。
「響ぃぃぃぃいいいいいいいいい!!!」
背後。鎮守府側から、海上を走ってくる人影があった。
「暁っ!?」
たなびく黒い髪。間違えようもない。私の最愛の姉、暁型駆逐艦一番艦の暁だ。
しかし私にはわからなかった。なぜ彼女がこちらに駆け寄ってきているのか。その意図が、まったく。
少し考えて、結論らしきものが浮かび上がった。
(……まさか暁、私の代わりに攻撃を受けようとしている!?)
先のタナトスの攻撃がそうだったように、ソリッドビジョンの攻撃を律儀に受ける必要はなく、どんな結果であれ『戦闘が行われた』という事実さえあればデュエルディスクが勝手にライフを計算してくれる。
そしておそらく暁は、CNo.101の攻撃をこう分析したのだろう。
あれは生死に関わる一撃だと。
だからデュエルを続行させるために、あえて自分が攻撃を受けようと。
「っ、馬鹿っ!!」
口は動くが、肝心の体が一向に言うことを聞かない。足が鉛のように重い、なんて比喩表現をよく聞くが、そんな生易しいものではなく、まるで全身がコンクリートで固められてしまったかのように指先一つ動かない。
時間は進む。秒速一秒で、残酷に。
私の視界に暁の背中が映る。両手を大きく広げ、おそらく目を瞑り歯を食いしばった姉の後ろ姿が。
「暁……」
「…………………………」
暁は何も言わなかった。
槍が、暁の華奢な肉体を貫くーー
キィィン! と、甲高い音が鳴った。
「…………………………………………………?」
おそるおそる、瞼を持ち上げる。そこには数秒前と何ら変わらない景色があった。暁が両手を広げ、私に背を向けて仁王立ちで立っている。
だがそれこそおかしい。本来なら、暁の体をCNo.101の槍が貫いたおぞましい光景が広がっているはずなのだ。
そう考えたところで、あることに気がついた。
(……違う。同じじゃない。
ゆっくりと立ち上がり、暁を回り込んで見る。
そこにいたのは少女だった。外見年齢は私や暁と同じぐらい、髪色は……ピンクと紫の中間、と言えばいいか。服装は白地に青の魔法使いらしいものだ。
すなわち、
「《調律の魔術師》……?」
まるでカードの世界から飛び出してきたかのように、フィールドに存在しないはずの調律の魔術師が、暁の前に立ってCNo.101の槍の先端を両手で受け止めている。
しかし私は何もしていない。
(叢雲さんによるデュエルへの干渉……? いや、でもこんなことまでできるのか?)
あるいは。
《調律の魔術師》もまた、スターダストや《No.》と同じく、特殊なカードなのだろうか……?
「………………………」
調律の魔術師は静かに微笑みながら、CNo.101の槍を放した。と、CNo.101も深追いせず、その槍を引いた。
響:LP4500→1700
そして、それで役目を終えたとばかりに、調律の魔術師は正面を見据えたままーーいや、最後に一度こちらを見てニッコリと笑ってから、虚空に溶けるように姿を消した。
「…………………………」
「…………………………」
「…………………………」
三色の沈黙が場に流れる。
それを破ったのはヲ級だった。
「……何が何だかわからないけれど。私はこれでターンエンドだ」
ヲ級の言葉に、停滞した思考が再起動する。《調律の魔術師》の謎から目の前のデュエルへと思考がシフトしていく。
その前に、お礼を言わなくては。
「……暁、ありがとね」
「……結果論だけど、私は何もしてないじゃない。ていうかあの子誰? 確か響が使ってたカードにあんな子がいた気がするんだけど」
「さあ……そればっかりは私にもわからない。……けど」
自分のディスクを見る。こちらも先ほどと何ら変わりない。
だが、私には
それはゲームのチュートリアルのように手順が逐一示されるのではなく。感覚としては叢雲さんがデュエルに干渉した時と似ている。
流れに身をまかせる。私一人ではたどり着けない場所へ、姿の見えない何者かの力を借りて。
(もしかしたら……いや、これはきっと、調律の魔術師が呼んでるんだ。私を……私たちを)
「私はこのデュエルに勝つ。そのための……ラストターンだ!!」
気合いを入れ直す。一歩前に踏み出す。
「私のターンーードローォォォォ!!!」
引いたカードは、見覚えのあるカードだった。
(ってことは、)
「《EM ライフ・ソードマン》を召喚!」
「召喚……? 何か強力な効果があるのかな?」
「いや、残念ながらライフ・ソードマンにそこまでの効果はない」
私からの辛辣な評価にわずかに肩を落とすライフ・ソードマン。だが私が彼を召喚したのは、きちんと目的があってのことだ。
「永続罠《闇次元の解放》発動! 除外されている闇属性モンスターを帰還させる。戻って来て、調律! このモンスターがフィールドに出た時、相手のライフを400回復し、私は400のダメージを受ける」
ヲ級:LP4700→5100
響:LP1700→1300
現れた黒い球体の中から調律が飛び出してくる。彼女がこちらを見ることはなかったが、とりあえず今はデュエルに意識を集中させよう。
「私は、レベル1のライフ・ソードマンにレベル1チューナーの調律をチューニングッ!!」
「レベル2だって……?」
私はレベル2のシンクロモンスターを持っていない。が、体が勝手に動いたということは、
「『
「《シンクロン》……シンクロチューナーだと?」
《シンクロン》といえば、司令官が使っているデッキがそんな名前のカードを多用していたはずだ。そのカードがどうして私のエクストラデッキから出て来たのかはわからないが、
「《フォーミュラ・シンクロン》のシンクロ召喚に成功した時、カードを一枚ドローできる。さらに魔法カード《無欲な壺》発動!」
どうやら今回はこれで終わりではないらしい。
「墓地のカード二枚を持ち主のデッキに戻す。調律と《融合》をデッキに。そして魔法カード《星屑のきらめき》を発動する! 墓地のモンスターを任意の数除外し、その合計レベルと同じレベルを持つドラゴン族シンクロモンスターを蘇生させる。レベル8の《ビーストアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》を除外し、再び舞え《スターダスト・ドラゴン》!!」
「チューナーと、チューナーでないモンスターが一体……まさか!!」
その組み合わせでやることといえば、一つしかない。
「私はーーレベル8の《スターダスト・ドラゴン》に、レベル2シンクロチューナー《フォーミュラ・シンクロン》をチューニングッ!!」
フォーミュラが生み出した緑色の輪をスターダストが通っていく。
(さっき、ヲ級は《RUMー七皇の剣》で《No.》をランクアップさせた。なら私も、スターダストを進化させる!!)
「降り注ぐ陽光は絶えることなく。光の中で、星屑の竜は流星へと昇華する!! シンクロ召喚!! 刮目せよ、これが新たな希望だ!! 響け、《シューティング・スター・ドラゴン》ッ!!!」
キュアッ!! と、互いのフィールドが純白の光で埋め尽くされた。
「「「ッ!!」」」
あまりの光量に、三人揃って目を瞑る。
そして、光がおさまったところに、
「わぁ……」
《シューティング・スター・ドラゴン》は、静かにいた。
白を基調としたカラーリング、鳥類とも違った独特な形状の翼。
同時に、体の自由が戻ったことも感じる。すなわち、ここからは
「シューティング・スターの効果発動。デッキの上から五枚をめくり、その中のチューナーの数だけ攻撃できる。一枚目……《EM キャスト・チェンジ》。チューナーじゃない」
続いて二枚目をめくる。
「二枚目は《死者蘇生》。チューナーじゃない」
「ついていないね。そのテキストから察するに、チューナーを引けなかったら一度も攻撃できないんじゃないかい?」
ヲ級の推察はきっと正解だ。このままでは、シューティング・スターは一度も攻撃ができない。
もっとも、このままでは、だが。
「三枚目。……チューナーモンスター、《ミラー・リゾネーター》。四枚目……チューナー、《貴竜の魔術師》」
「っ、連続で……いや、まさか!」
「……まあ、そんな気はしたさ」
五枚目のカードを見ながら、私は呟いた。
「五枚目ーーチューナー、《調律の魔術師》!!」
「馬鹿な……いや、まだだ! 確かにシューティング・スターの攻撃力は3300、おまけに三回も攻撃できる。だがそれでは足りないはずだ、私のライフを削りきることはーー」
「忘れてもらっちゃ困る。私のデッキのエースカードは別にいるんだから」
真上に伸ばした右手を開き、私の『切り札』を呼ぶ。
「ペンデュラム召喚! エクストラデッキから現れろ、《慧眼の魔術師》、そして《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》ッ!!」
「…………………………あ」
「さあ、バトルだ」
空に向けた右手を、ヲ級に向けて振り下ろす。
「シューティング・スターで、CNo.101に攻撃!!」
手足を折りたたみ、戦闘機のような風貌になったシューティング・スターが、CNo.101へと突撃する。
「っ!」
ヲ級:LP5100→4600
「だが! CNo.101の効果が発動する。破壊されても蘇り、さらにライフを回復する!」
ヲ級:LP4600→7400
「だけどそれも一度きりだ」
復活したCNo.101は守備表示だった。しかしその守備力は1500。
「オッドアイズで、CNo.101に攻撃!」
オッドアイズの光線がCNo.101を貫く。
そしてその上空には、シューティング・スターとそれにまたがった慧眼が。
「二体で、ダイレクトアタック!!」
高空からの突撃。当然、ヲ級に防ぐすべはない。
「ーー!!」
ヲ級:LP7400→4100→2600
『……………………』
私のフィールドに慧眼が無言で降り立つ。
だがシューティング・スターはもう一度飛び上がり、宙返りで方向転換した。
呆然と立ち尽くす、ヲ級に向けて。
「終わりだ」
「…………………………」
「シューティング・スターでーーダイレクトアタックッ!!!」
高高度から、姿がかすむほどの速度でヲ級めがけて突進するシューティング・スター。
「お」
その姿は、その名の通り流星のようであった。
「おおおおおおおおおおおあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
ヲ級:LP2600→0
「……さて」
あれから数時間。すっかり夜は明け、私は提督執務室にいた。
今執務室にいるのは、私、暁、司令官、金剛さん。そして、
「随分と好きにやってくれたものだな、ヲ級」
「……………………」
手錠を後ろ手にかけられ、頭部の異形ーー取り外しが可能だったらしいーーを横に置いた、ヲ級。
あの戦いの後、気を失ったヲ級を渡した暁の二人で鹵獲し、朝になるのを待って司令官に報告したのだ。
「単刀直入に聞くぞ。貴様の目的はなんだ」
凄むような司令官の声。すると、ヲ級は意外な答えを口にした。
「……別に、答えてもいいけど」
「……え」
思わず小さく呟く。まさかそんな答えが来るとは思わなかったからだ。
「ただ、一つ条件がある」
「言ってみろ」
「いいんですカ?」
「言うだけならな」
つまり、聞き入れるかどうかは内容次第、ということか。では、そのヲ級の要求とはなんなのか。
「この鎮守府の、遠征予定。片っぱしから教えてくれないかな」
「は? ……なぜ」
「いいから。……といっても、素直に教えてもらえるなんて思ってないから……」
その時。うぞる、とヲ級の頭部の異形が蠢いた。
「「「「!!」」」」
驚いた私は、何もできなかった。暁は一瞬硬直したが、すぐに指示を仰ぐように司令官を見た。
そして司令官と金剛さんは同時に拳銃をヲ級に向けた。司令官は制服の内側から、金剛さんは右足につけたサイホルスターから拳銃を取り出していた。
が、ヲ級は動じず、うっすら笑いながら銃口を見ていた。
傍らの異形は、四本の触手らしきものを器用に動かし、自らの口を大きく開いた。
「なん、ですって……?」
暁が引きつった声を出す。無理もない。だって、異形の口腔の中にあったのは、
「これだけの質量があれば、この部屋を吹き飛ばすくらい造作ないよね?」
爆薬。それも大量の。
「「!!」」
司令官と金剛さんは、瞬時に銃口をヲ級から異形へと向けなおした。だが誘爆の危険性を考えてか、引き金を引くことができない。
「さあ、教えろ。残念ながら、私は自爆を恐れないよ」
「っ……」
今ここであの量の爆薬が引火したら、まず間違いなく司令官は死ぬ。艦娘である私たちや深海棲艦のヲ級がどうなるかはわからないが、少なくとも無事ではすむまい。
さて、そんな具体的な形をとった死を前にして、私の頭は存外冷静だった。
(……なんだろう。なんか、ヲ級……)
少なくとも、敵の僅かな感情の動きを感じ取れるぐらいには。
(……焦ってる?)
表情は変わっていない。変わったのは雰囲気というか、彼女の纏う空気というか。とにかく、言葉では言い表しづらいものだ。
(いや、でも……立場上ヲ級は捕虜な訳だし、自分の命をつなぐために必死……ってことなのかな……?)
というか、それ以外にヲ級が焦る理由など思い当たらない。自爆を恐れない、などと言っておきながらやはり命は大事にしたいのだろう。
そんな不思議な緊張感が流れる執務室に駆け込んで来る人物がいた。
「提督っ!! ……って、えぇ!? なんでヲ級が……!?」
大淀さんだ。彼女はヲ級が執務室にいるという異常事態に頭がついていっていないらしく、パチパチと瞬きを繰り返している。
「気にするな。それよりなんだ、なんでそんなに焦っている」
対する司令官は冷静に続きを促した。
「あ、はい、その」
大淀さんは何かを言いかけて、おそらくヲ級の前で報告をすることに若干の抵抗を感じたのだろう、一度言葉を飲み込み、しかし司令官の言葉通りに報告した。
「……遠征から帰還中の第三艦隊からの報告です。サーモン海の北方海域にて、謎の黒ローブと接触したとのこと」
「は? 黒ローブだと……?」
黒ローブといえば、連続重巡洋艦襲撃事件の犯人で、それは今私たちの目の前にいるヲ級のことだ。それなのに、遠く離れた北方海域で発見された?
(もう一人いる、ってことなのか?)
だが次の大淀さんの言葉が、私達をさらなる驚愕に叩き落とした。
「そして、その黒ローブから逃れるために駆逐艦睦月が殿を務め、単身黒ローブと交戦中とのことです」
「何っ……!!?」
「睦月が……!?」
一同の顔が驚愕に染まる。
その時、私は気づかなかった。
ヲ級の浮かべる驚愕の表情が、一段と色濃かったことに。
「………………………………」
「………………………………」
日本から、遠く離れた海の上で。睦月は目の前の『何か』をじっと睨んでいた。
周囲には、敵も味方もいない。味方は逃した。敵は、知らない。
海はいっそ不気味なほどに凪いでいて。風はいっそ気持ち悪いほどに静かで。
『何か』はただそこに立っていた。撤退していく睦月の仲間たちを見もしなかった。ただ不気味に微笑み、そのプレッシャーだけで睦月を釘付けにしていた。
「………………………………」
『何か』が左腕を持ち上げる。そこには睦月にとっても見覚えのあるものがつけられていた。デュエルディスクだ。
睦月は悟った。自分は今、デュエルを挑まれているのだと。
「…………………………っ」
逆らえず、ディスクを構える。
宣言は、同時だった。
「「デュエル!!」」
睦月の、孤独な戦いが始まる。
まだ、終わりじゃない。
改めまして、【ヴェルズ】vs【EMオッドアイズ魔術師】でした。
解☆説
ヲ級の使用デッキ、【ヴェルズ】。といっても、前回とさして変わっていません。ので、今回は《CNo.101 S・H・Dark Knight》について。
扱いやすさや効果の強力さなどを鑑みて、最強クラスの《CNo.》だと思います。一時期は私もよくお世話になりました。ランク4を主体とするデッキに《RUMーリミテッド・バリアンズ・フォース》を採用するだけで十分に機能する点も高ポイント。
……現実では作中のように上手いことはいかないんですよねえ。高打点で上から潰されてしまうことが多くって……。もしくは《強制脱出装置》。
響の使用デッキ、【EMオッドアイズ魔術師】。まあ【オッドアイズ魔術師】要素は薄めでしたが。
ようやっと登場、《シューティング・スター・ドラゴン》。やっと出せた……! って感じです。今回は連続攻撃効果しか使用していませんが、それ以外の効果も強力なので使用していきたいですね。
《調律の魔術師》の謎がどうこう、どころではなく。ヲ級の謎の行動、第二の黒ローブの出現、孤軍奮闘を強いられる睦月ちゃん。急展開でございます。
次回、謎の黒ローブの魔の手が睦月ちゃんへと……。