ポツポツと、雨が降り始めた。
「僕はこのドローフェイズ、墓地の《
再びフィールドに姿をあらわすタキオン。オーバーレイユニットはないが、その高い攻撃力はかわらない。
「さらにスタンバイフェイズ、《カードトレーダー》の効果発動。手札を一枚デッキに戻して、一枚ドローする」
ドローを放棄したため、時雨の手札は一枚しかない。なので、実質手札の総入れ替えだ。
問題は、そこで何をドローしたか、だ。
「……そういえば、前に君は夕立とデュエルした時に似たような状況でこのカードを使っていたっけ」
「何の話だい」
「これさ。魔法カード《カップ・オブ・エース》発動!」
手札一枚での《カップ・オブ・エース》。そうだ、私も同じことを以前夕立とのデュエルでしている。
「コイントスをして面が出たら僕が、裏が出たら君がドローするけど……あんまり、スリリングじゃあないね」
「……どういうことだ」
「やってみればわかるさ。ほら」
軽い調子でコインを弾く時雨。ゆるい放物線を描いて飛んだコインは、やがて金色の杯に吸い込まれて行く。
結果は、
「ほら、表だ。つまり僕が二枚ドローする」
「……『呉の雪風、佐世保の時雨』は未だ健在、というわけか」
時雨は
「じゃあ行こうか、二枚ーードローッ!!」
「!!」
時雨のドローしたうちの一枚。そこから、とてつもなく嫌な気配を感じる。それも《No.》よりずっと濃いものだ。
「刮目しろーー
「ランク……アップ……?」
未知の単語を、思わず復唱する。その言葉が意味するところは何となく察することができたが、しかし理解することは不可能だった。
「自分フィールドのエクシーズモンスター一体を対象に、そのモンスターをカオス化させる! 僕が対象とするのは、当然タキオンだ! ランク8のタキオン一体でオーバーレイ! 一体のモンスターでオーバーレイネットワークを再構築!!」
タキオンが光の粒となり、海へと消えて行く。
(なんだ……何が起こっているんだ……!?)
「銀河の終端。無の漆黒の権化たる龍よ。汝こそ我が力、遥かなる時を遡り、我に絶対的な勝利をもたらせ!! カオスエクシーズチェンジ!! 降臨せよ、《
一瞬の静寂。直後、
「ランク9……攻撃力、4500……!?」
それに《CNo.》。ただの《No.》とは比べ物にならないほどの圧倒的なプレッシャーに、自然とスピードが落ちてしまう。
「僕はネオタキオンのオーバーレイユニットを取り除き、効果発動」
そんなこと御構い無しに、時雨はデュエルを進める。
「このカード以外の、フィールドに存在するすべてのカードの効果を無効にし、さらに相手のフィールド上にあるカードの効果の発動をエンドフェイズまで封じる!」
すると、私のフィールド上のカードが瞬く間に灰色に染まっていき、やがてピクリとも動かなくなった。
(カードの発動も効果も封じる、だって……? そんなの、無茶苦茶じゃないか……!)
「さあバトルだ、ネオタキオンで魔導剣士に攻撃! 当然攻撃力倍化効果も無効だ!」
ネオタキオンの三つの口が同時に開き、金色の光線が魔導剣士に降り注ぐ。それによって魔導剣士は消し飛ばされ、
「ーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
同時に、私の意識も一瞬で刈り取られた。
雨は勢いを増していった。
ネオタキオンの攻撃によって発生した細かい水飛沫が雨と混じり、ほんの十メートル先ですらよく見えなくなっていた。
「僕はカードを一枚伏せてターンエンドだ」
ターンの終了を宣言してから後ろを見る時雨。よく見えない。
「やったか? ……いや」
ぼんやりと。白の中に人影が見える。あれは……。
「……はあ。やってくれたな」
暁型駆逐艦、響。寸分違わぬその姿がそこにはあった。
の、だが。
「はあ……面倒だ。全くもって……
(なんだ……? 何かおかしい……?)
《No.》は自分に敵意を向けている響しか知らないが、時雨の記憶にある
(何が起こっている?)
「気乗りしないが……まあ、やるしかないか。ワタシのターン、ドロー」
先ほどまでの気勢はどこへやら、急にやる気のない感じになった響は、ドローしたカードを見ずに右手を高々と上げた。
「ペンデュラム召喚。エクストラデッキより来たれ、我がしもべどもよ。レベル4《慧眼の魔術師》、レベル5《星読みの魔術師》、レベル7《降竜の魔術師》、《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》。いずれも守備表示だ」
タキオンの効果及び高い攻撃力があるためか、随分と消極的だ。
「そして慧眼に装備魔法《降格処分》を装備。装備モンスターのレベルは2下がる。これで慧眼のレベルは2だ」
「それは……まさか」
「そのまさかだ。ワタシはレベル8の《スターダスト・ドラゴン》にレベル2の慧眼をチューニング」
《慧眼の魔術師》はチューナーではない。だが、チューナー以外のモンスターをチューナー扱いとして使用できるカードは存在する。
「泡沫の希望……その幽かな未来を守りたくば、今一度剣を構えよ、覚醒の剣士。シンクロ召喚。降臨せよ、レベル10、シンクロペンデュラム、《
《涅槃の超魔導剣士》はペンデュラム召喚したペンデュラムモンスターをチューナーとして扱い、シンクロ召喚に使用できるのだ。
「だが守備表示。それだったらシンクロ召喚する意味は薄いんじゃないのかい?」
その時雨の言葉は至極真っ当だ。貫通効果を警戒してのことともとれるが、それだったら慧眼をペンデュラム召喚しないという手もある。それなら破壊効果に強いスターダストを残すこともできるが……。
しかし、当の響は意にも介さず、逆に時雨に対して呆れたような視線を向けていた。
「気付かないのか?
「何……?」
「気付かんのならいいさ。ワタシは超魔導剣士の効果発動。ペンデュラムモンスターをチューナーとして扱ってこのモンスターをシンクロ召喚した時、墓地のカード一枚を手札に戻す。対象はスターダスト。だが、スターダストはシンクロモンスターのため手札ではなくエクストラデッキに行く。ワタシはこれでターンエンドだ」
「何を企んでいるのか知らないけど……思い通りにはさせないよ。罠カード《重力解除》発動! フィールドのすべてのモンスターの表示形式を変更する!」
響のフィールドのモンスターがすべて攻撃表示になる。時雨のネオタキオンも守備表示になってしまうが、そちらは次のターンで表示形式を変更すればいいだけだ。
しかし、響はそれに対して表情一つ変えることはなかった。
「構わんさ、好きにしろ。こちらには何の問題もない。……それより早くカードを引いたらどうだ? ターンは移っているぞ?」
「っ、言ってくれるじゃないか……僕のターン、ドローッ!」
《カードトレーダー》の効果は使わない。今回のドローはそれだけよかった。
「僕は《
クラウドラゴンが海に消えていき、すぐさまタキオンが海中から飛び出してきた。
「さらに墓地に存在するクラウドラゴンは、デュエル中一度だけ、自分フィールドの《ギャラクシーアイズ》のオーバーレイユニットにできる! ネオタキオンのオーバーレイユニットとし、さらにネオタキオンの効果発動! オーバーレイユニットを取り除き、相手フィールドのカードの発動及び効果を封じる!!」
前のターンと同じように、響のフィールドのカードが灰色に染まっていく。
しかし。
「ならばワタシはその効果にチェーン発動、速攻魔法《揺れる眼差し》。ペンデュラムスケールをすべて破壊し、その枚数に応じて効果を発動する。ワタシのペンデュラムスケール一組が破壊され、相手に500ダメージを与え、さらにデッキからペンデュラムモンスターを手札に加える。そうだな……では《貴竜の魔術師》を手札に加えるとしよう」
時雨:LP:2900→2400
「ふむ……最後の手札はタキオンを蘇生するカードかオーバーレイユニットを補充するカードのどちらかだと思ったが……まさか両方を兼ね備えているカードがあるとはな」
「さすがに計算外かい?」
「いいや、そもそも計算に入れる必要すらない。さしたる障害にはならんからな」
言って、嘲るような表情を作る響。普段の彼女からは考えられないようなことだ。
しかし彼女はすぐにその表情を苦いものへと変えた。
「……時間か。まあ、退屈な時間が終わることはむしろ喜ばしいか?」
「何だと……」
「ワタシは再び眠る。だが安心しろ」
どんっ、と薄い胸板を自ら叩いて言った。
「この戦いはワタシの勝ちだ。『勝利の方程式』は
それだけ言って響はゆっくりと目を閉じた。
「させるかァ! 僕はネオタキオンを攻撃表示に変更し、オッドアイズに攻撃する!!」
彼我の攻撃力の差は2000、響の残りライフは1700。
ネオタキオンの攻撃によって、再び大きな水柱が上がった。
響:LP1700→0
勝った。とうとう。今まで幾度となく戦い、その全てで自分を負かしてきた駆逐艦に。
「……ふっ、くく」
そう思うと。
「くくくっ、くぁーっはっはっはっはっはっはっはァ!!!!」
笑いが止まらなかった。
土砂降りの雨など気にせず、空を見上げながら高らかに笑っていた。
そこにいたのはもはや駆逐艦『時雨』ではなかった。ただ一体の悪魔が、そこにいた。
さて。最大の障害は排除した。なら次は誰を狙おうかーー
ーーなどと考えているのだろうか?
「…………………………………………」
「はっは、は、は…………!?」
立っている。
「…………ネオタキオンの、効果発動に対する制限は、フィールドだけ。だから私は……墓地の《仁王立ち》の効果を発動したんだ」
《仁王立ち》。墓地から除外することで、自分フィールドのモンスター一体に対してしか攻撃できないようにする、というものだ。すなわち、これを発動して攻撃対象をオッドアイズから超魔導剣士へと変更させたのだ。
響:LP1700→500
(……気づいたら、ターンが経過していた。前のターンのことが全く記憶にない……)
一応、ログを見ることでどういう流れでデュエルが進んだのかを知ることはできた。だがそこに残っている記録は正直言って意味不明なものだった。スターダストを使って超魔導剣士をシンクロ召喚したのはなぜだ?
しかし、それによって結果的には今の攻撃を耐えきることができた。
(まるで全てが最初から計算通り、みたいな……まさかね)
「君はこのターン、超魔導剣士以外を攻撃対象にできない……それは、超魔導剣士がフィールドを離れても続く。つまりこのターン、君はもう攻撃できないってわけだ……。そして、超魔導剣士は破壊された場合、ペンデュラムスケールにセットすることができる」
「っ……! なら、僕はこれでターンエンドだ」
しかし、このままだと次の時雨のターンに敗北してしまう。次のドローが運命を分ける。
「私のターン……ドローッ!!」
最後のドローカードは、
「……よし! 私は貴竜を墓地に送り、装備魔法《
時雨:LP2400→2800
響:LP500→100
「そして私はレベル7の降竜にレベル1チューナーの調律をチューニング!! 星屑の竜よ、今一度暗雲を裂いて、果ての青空より再臨せよ! シンクロ召喚! 現れよ、レベル8《スターダスト・ドラゴン》ッ!!」
超魔導剣士の効果でエクストラデッキに戻っていたスターダストが再び私のフィールドに降り立つ。
「バトルだ、私は星読みでネオタキオンに攻撃!」
「攻撃力の差は3300……今度は墓地から何を発動するんだい?」
「残念だけど今回は墓地じゃない」
訝しげな顔をする時雨を放置し、戦闘は進む。星読みの攻撃がネオタキオンにあたり、しかし両者ともに破壊されなかった。
「これは……?」
「超魔導剣士のペンデュラム効果。自分のペンデュラムモンスターが攻撃するとき、ペンデュラムモンスターの破壊及び自分への戦闘ダメージを無効にする」
その効果により、星読みは破壊されず、3300のダメージも帳消しとなった。
「だけど、その行為に何の意味が……」
「意味ならあるさ。超魔導剣士の二つ目のペンデュラム効果発動。自分のペンデュラムモンスターが攻撃したダメージステップ終了時、相手モンスターすべての攻撃力をこのターンの間攻撃したペンデュラムモンスターの攻撃力分下げる!」
ネオタキオン:ATK4500→3300
タキオン:ATK3000→1800
「なっ……!!」
タキオンたちの攻撃力が大きく下がる。それでもかなり高い、が……
「オッドアイズでタキオンに攻撃! このカードが相手モンスターとの戦闘で相手に与えるダメージは二倍になる!」
時雨:LP2800→1400
「っ……!」
「超魔導剣士の効果が再び発動。ネオタキオンの攻撃力を下げる!」
ネオタキオン:ATK3300→800
「そん、な……」
「とどめだ、スターダストで、ネオタキオンに攻撃っ!!」
スターダストの光線がネオタキオンを貫き、爆発四散させた。
「くっ……そぉぉぉぉぉぉ!!!」
時雨:LP1400→0
「勝っ、た……」
その事実を確認した瞬間、私の四肢から一気に力が抜けた。
(カオス、ナンバーズ……何だあれは、恐ろしすぎる……)
今回勝てたのは、ほとんど奇跡と言っていい。今まででもギリギリだったが、《CNo.》はその危うい均衡を脅かす存在だ。
(くそっ……立ち上がりたいけど、体に力が入らない……)
そもそもここは一体どこなのか。どれだけの距離を走ってきたのだろう。見回しても海上に目印になるものはなく、速度と時間から移動距離を計算しようにも途中で一度記憶が途切れているために不可能だ。
万事休すか。そう思ったとき、人影のようなものが見えた。その人影は、どうやらまっすぐこちらに向かってきているようだ。
(……艦娘……いや、多分、深海棲艦だな……だって、艦娘が一人でこの辺りに来る理由なんて……)
考えているうちに、瞼が重たくなってきた。眠気にも似た倦怠感が私の身体を覆う。
どうやら私と時雨はここで沈むらしい。
(い、や……せめて……せめて、司令官に、連絡を……)
最後の気力を振り絞り、ディスクの通話機能を入れようとする。せめて《CNo.》の存在だけでも教えておかねば。
(あと……ちょっと……)
必死に手を伸ばし、ディスクの液晶部分に触れようとーー
「ーーえ?」
目を、疑った。近づいてきていた影。それは、見知った人物だった。
「ーーあ」
口が自然とその人物の名を呼ぶ。気づけば私はディスクに手を伸ばすのをやめていた。
「あか、つ、き……?」
私の意識は、そこまでしかもたなかった。
「ーーはっ!?」
がばっ! と勢いよく起き上がる。ここは……見慣れた病室だった。
「えっと、確か私は《No.》と戦って……そのあと倒れて……で、暁が……暁、そうだ暁!」
思い出した。《No.》や《CNo.》を操る時雨を倒したあと、なぜか暁と会ったのだ。そこで私の意識は途切れてしまったけれど、今こうしてベッドで寝ているということは暁がここまで連れてきてくれたのだろうか?
時雨がどうなったかは、私にはわからない。だがあの暁が見捨てるとも思えないので、どこかの病室で寝かされているのだろう。
(でも、何で暁はあそこにいたんだろう? 直前まで私たちと演習をしていたわけだし……普通に考えたら、尾けられてた、か)
私の気遣いは、あまり役に立っていなかったようだ。
(……これから、どうしようか。暁に《No.》の存在がバレたのはほぼ確定。そして《No.》がいるとわかった以上きっと暁はじっとしていない。どうしたものか……)
妙案が浮かばず、ベッドに身体を投げ出す。と、枕もとの台に乗っている紙に気づいた。
(何だこれ……)
手にとって見る。そして、
「っ!!」
私はデュエルディスクを持って病室を飛び出した。
響へ。
私は《No.》と手を組むことにしました。
止めたければ、あの日と同じ場所に来なさい。
暁より。
特殊物資搬入用港。光源の少ないこの場所で、暁は海を見ていた。
背後の足音を聞いて、『彼女』がここに来たことを察した。
「ハァッ、ハァッ……!」
彼女はどうやら相当急いで来たらしい。服装は入院着のままだし、息は乱れ、髪の毛もボサボサになっている。
しかし、その瞳の闘志だけはいつも通りだった。
「……………………」
そんな彼女に敬意を払って、暁は黙ってディスクを構えた。前腕では《No.》の紋様が主張していた。
宣言は、同時だった。
「「デュエル!!!」」
響さん、連戦です。次は一話以来の相手、暁。作中でも語られていますが何度もデュエルし、一度も勝利できていない相手です。
んではデッキ解説です!
響さんは【魔術師】。《降竜の魔術師》が【銀河眼】に刺さる刺さる……間違いなく今回のキーカードです。《涅槃の超魔導剣士》は初のペンデュラムスケールへ。初登場時は破壊された時ペンデュラムスケールが埋まっていたため使われなかったんですね。
時雨さんは【銀河眼】。とにかく打点が高い。2500を平然と超えてくるので響さんはさぞ辛かったことでしょう。
《カードトレーダー》は、幸運艦と呼ばれる時雨さんだからこそ、って感じです。幸運艦の彼女に一ターンに二度のドロー権を与えたら……という。これは仮想デュエルですが、実際に時雨や雪風がいたら是非とも使っていただきたいものです。
《CNo.》……ついに出しました。出しづらい代わりに非常に強力な効果を持つカード群ですので、響さんはさらに苦戦することに……?
響さんに乗り移った(?)あの人は……まあ、そのうち。
次回、今度は前回のような手抜きは無し、全力全開の暁戦です!!!