まあ、誤魔化し続けても仕方がないので。《スターダスト・ドラゴン》についての情報を伝えることにした。
「ふむ、『狭間の鎮守府』に『叢雲』……なるほど、真逆あいつ、本当に別の世界に飛ばされていたとはなぁ」
興味深そうにつぶやく司令官。冷静を装っているようだが、その口元には笑みがある。それも仕方ない、司令官にとっては叢雲さんを取り戻すための大きな一歩なのだから。
「ともかく、よくやってくれた。我々の想定以上の早さで、君は叢雲を見つけ出してくれた。心から感謝するよ」
言って司令官が頭を下げる。少しして頭を上げた司令官は、いつもの顔に戻っていた。
「さてと。叢雲の所在はわかったが、逆に言えばわかっているのはそれだけだ。叢雲の奪還に乗り出すにはまだまだパーツが足りない」
もちろんその情報が一番大事なんだがな、と司令官は言うが、確かにそうだ。大きな一歩だが、その一歩だけでは目的地にはたどり着けない。できるのはせいぜいショートカットくらいのものだ。
「まずは目先の問題、すなわち《No.》についての問題を解決していきたい。……と言っても、こちらもある意味手詰まりだ。せめてあのカードがあればいいんだが……」
「あのカード?」
「例の《No.》を封印したカードのことデース」
「それがあれば、と言うのは?」
「詳しいmechanismは私もよくわからないケド、『番号札作戦』で作ったのは《No.》の呪いを封印するための土台となるカードらしいネ。そこに、《No.》の呪いと深海棲艦を封印しタ。だから理論上、そのカードがあればもう一度封印することができるはずなんデース」
そう言えば、ヲ級が《No.》を川内さんに与えた時、彼女の手には白紙のカードがあった。あれのことだろう。
(でももしそれをヲ級が理解しているのなら、あのカードはすでに破棄されている可能性が高い。なら、別の方法を考えなくちゃいけないかな)
しかし、その辺りは私の理解の及ぶ範疇ではない。明石さんとかの領分だろう。
そんなことを考えていると。
「……すまない諸君、着信だ」
司令官のディスクに着信があったらしい。司令官がディスクを操作して、着信に対応する。
「私だ。どうした、大淀」
どうやら通話相手は大淀さんのようだ。その大淀さんと二、三言交わしただけですぐに通話を切ってしまった。
だがわかっている。会話に出てきたワードから、ある程度の内容は推察できる。
そして司令官は、予想通りのことを告げた。
「新たな被害者が出た。すぐに向かうぞ」
「被害者は祥鳳型軽空母の二番艦、『瑞鳳』。図書室で読書中に急に意識を失ったそうです」
「例の模様は?」
「右肩に確認済みです」
入渠ドック、個人用入渠室の一つ。その扉の前で、司令官と大淀さんの会話を聞いていた。
「確定だ、瑞鳳は間違いなく《No.》に蝕まれている。これより交代で彼女の監視を行う。まずは金剛、お前がやれ」
「了解ネ。何時までデース?」
「それは追って伝えよう。とりあえずは私から連絡があるまで、だな」
「OK」
「私は?」
「響は……そうだな。先ほど伝えた通り、今日はもう休んでいい。じっくり体を休めろ」
「でも……」
「我々をなめるなよ、響。我々はこれでも一度《No.》の呪いを乗り切っているのだからな」
「…………わかった」
今まで使命感のようなもので戦っていたが、それも杞憂だったとわかったのだ。だったら、今回ばかりは休ませていただこう。
笑顔で手を振る金剛さんに見送られながら、私は自室へと戻った。
「………………くぁあー……」
部屋に戻った瞬間、大きなあくびが出てしまった。幸い暁は部屋にいなかった。
(ちょっと、横になろうかな……)
そう思って布団に倒れこみ、十秒後には意識が落ちていた。
「…………………………んむぅ」
眼が覚める。窓の外は、思ったより暗くなっていた。
今何時だろう? 思って時計を見る。
「………………げっ」
思わず口から出る。時計の針は十時三十六分を示していた。朝とは思えないし、夜なのだろう。
(どうしようか……このままもう一度寝てしまおうか?)
と、その時。ぐぅ、とお腹が鳴った。そう言えば今朝リンゴを食べただけでそれ以外何もお腹に入れていない。
(間宮さんのところ……いや、食堂で軽く食べよう)
部屋を出る時、暁がいないことが少しだけ気になったけれど、それを振り払うように私は早足で食堂に向かった。
鎮守府には、食事ができる場所が三箇所ある。
一つは、間宮さんの食事処。だが、間宮さんのところは甘味処としての側面が強く、閉店も早い。
一つは、鳳翔型軽空母一番艦の『鳳翔』さんの営む小料理屋。ただ、こちらはこちらで居酒屋としての面が強い。この時間だと飲酒のために入り浸っている人がいそうだ。避けるべきだろう。
残る一つは、戦艦をはじめとした艦娘達によって経営されている食堂。ここは前の二つと違って、五、六人の艦娘で形成されたいくつかのグループがローテーションで接客等をしている。三箇所の中では一番広く、メニューの種類も多い。しいて難点を挙げるとしたら作る艦娘によって出てくる料理のクオリティにばらつきがあることか。
と、いうわけで、食堂。頼んだのは小さめのかけうどんだ。この時間からガッツリ食べるのは少々抵抗があるのだ。
「……いただきます」
無言でうどんをすする。人がほとんどいないため、音がよく響く。
と、正面に人影があった。
「…….おや、長月」
「正面、座らせてもらうぞ」
彼女も彼女でトレーを持っている。丼にはきつねそば。
「君も今から食事かい?」
「ああ。あれからずっと菊月を見ていたんだが、そろそろ休めと如月に言われてしまってな。夕食は食べていなかったし、腹に何も入れなくては寝れぬからな」
ずっと、というのは比喩表現ではないのだろう。長月の顔には疲労の色が濃く出ていた。
「……お疲れ様」
「この程度、寝れば治る。心配ないさ」
しばし無言の時間が続く。その沈黙を破ったのは長月だった。
「……昼間はすまなかった。金剛から《No.》がいかに恐ろしいものかを教え込まされていたものでな」
「仕方ないよ、金剛さんが心配する気持ちもよくわかるから」
「それでもだ。友に刃を向けたという事実は変わらない。……だから謝らせてくれ。すまなかった」
長月が頭を下げる。とはいえ私は彼女を責めるつもりはない。
だって。
「……でも、君は金剛さんを裏切って私の側についてくれたじゃないか。私はあれで、だいぶ救われたんだ。感謝こそすれ、君を責めるなんてことはしないよ」
「響……」
「それより、菊月は大丈夫かい?」
「……ああ。明日の朝には目を覚ますらしい。全く、心配を掛けさせる妹だよ」
フッ、と長月が小さく笑う。やはり彼女に暗い顔は似合わない。こうして笑っている方が、彼女らしい。
しかし、次の瞬間には長月の顔は曇っていた。
「そういえば、何故お前は《No.》と戦っているんだ? 何故、あんな危ない戦いを続けているんだ……?」
そういえば長月はそれを知らなかったか。金剛さんもそこまでは語っていなかったのだろう。
何故、か。
「……私は最初、自分のせいであの災いがこの鎮守府に襲いかかったんだと思っていたんだ。だから、その尻拭いのために私は戦っていた。でも、そうではないとわかった。あれは来るべくして来たものだったらしいんだ」
「だったら何故……」
「それは……わからない。というか、それを知ったのは長月と別れたすぐ後だったんだ。その後一度戦わざるを得ない状況になったから戦ったけど…….次以降は司令官たちを頼ってみるべきかもしれないと思っている」
私の言葉を聞いて、長月が身を乗り出して言った。
「なら、もうああいう危ないことはしないでくれ。頼む……正直、お前がああいう戦いに身を置いているのだと思うと気が気でない」
(それは……)
それは、私が金剛さんに言ったのと同じだ。誰かが巻き込まれるのを黙って見ているのは嫌だ。そういう気持ちからくる言葉だった。
だから私は。
「……そうだね。危ないことは控えるよ」
薄い笑顔でそう言った。
それから、三十分後。長月と別れて一度自室に戻った私は、再度部屋を出ていた。
(……すまない、長月。君との約束は果たせそうにないや)
鎮守府、入渠ドック。昼間に一度訪れた病室ーーつまり瑞鳳さんの病室の前に、私は立っていた。
なるべく音を立てないように扉を開ける。と、中にいた艦娘と目があった。
「……Oh? 響、どうしたデース?」
金剛さんだ。それ以外に室内に人影は見られない。
「ちょっと、ね。金剛さんは、ずっとここに?」
「そうヨ。提督からの連絡もまだ来ませんしネー」
「なら、少し休憩して来たらどうだい? 食事もまだだろう?」
「デモ……響も疲れてるはずデース」
「私なら大丈夫だよ。さっき休んだから」
私の言葉に、少し悩んだ様子の金剛さん。数秒後、結論が出た。
「……わかりましタ、ならお言葉に甘えて、ちょっと席を外しマース。すぐ戻るつもりですガ、もし異変が起きたらすぐに私か提督に伝えてくだサーイ」
「わかったよ」
そう言って金剛さんを見送る。金剛さんの影が廊下の角に消えた、その時だった。
パリパリパリィッ!! と激しい音を立てて室内の照明が一斉に砕け散った。
「…………………………」
しかし、正直私はそこまで驚かなかった。
廊下の照明の光を背に受けながら私は室内に目を向けた。
「
「ついさっきかな。その時は金剛さんがいたから寝たふりしてたけどね」
ムクリ、と暗闇の中で起き上がる影。その腕にはすでにディスクがつけられていた。
「一つだけ聞かせてくれる?」
「なんだい」
「なんで
またその質問か、と小さく眉をひそめる。その答えは、
「……わからない。自分でも、なんでここに来たのかすらわからない! でも……でも私には『力』がある。司令官から託された、叢雲さんから託された、そして自分で見出した『力』が! その力で他の人が傷つくことを防げるのなら、いくらだって力を振るってやる!!」
ディスクの電源を入れる。彼女がどんなデッキを使うか知らないが、それでも勝利するために。
そんな私を見て、彼女ーー瑞鳳さんはベッドから降りながら言った。
「そっか。……やっぱり、
「何……?」
「いいえ、なんでもない。それより、行くよ」
「……ああ。来い、《No.》!!」
「「デュエル!!」」
次回、瑞鳳のデッキはすぐ決まりました。