暁:LP8000
響:LP5800
「私のターン……ドローっ!」
シャッ! と勢いよくカードをドローする。そのカードは……
(……よし、これならっ)
「私は魔法カード《ハンマーシュート》を発動。フィールドの最も攻撃力の高いモンスターを破壊させてもらう。さらばだ、レッドアイズ」
私のカードの発動とともに、空中から現れた巨大なハンマーがレッドアイズを叩き潰す。
(今度は《王者の看破》はなかったようだね)
ホッとしたのもつかの間、すかさず暁は次の手を打った。
「っく、モンスターを直接破壊するカード……でも、ただではやられないわ! 罠カード《レッドアイズ・バーン》を発動! 私の《レッドアイズ》が破壊された時、その元々の攻撃力分のダメージをお互いに与える!」
「何っ……!?」
今破壊した《真紅眼の黒竜》の攻撃力の数値2400が、爆炎のエフェクトとともにお互いのライフから引かれる。熱くはないが、代わりにとてつもない突風が巻き起こり、周囲の砂を一気に巻き上げた。慌てて顔の前で腕を交差させて目を強く瞑り、目に砂が入るのを防ぐ。
「うっ、くぅ……」
「っ、ぐぅ……!」
暁:LP8000→5600
響:LP5800→3400
(今ので、初期ライフの半分……でも、レッドアイズの破壊には成功したか)
そう思い、少し得意げな顔で暁の方を見る。
しかし。
「? どうしたのよ、響。まさかそのままターンエンド?」
暁の表情は、先ほどとなんら変わっていなかった。
(……何故だ、あのモンスターは彼女のデッキの中核だろうに……まったく意に介していない……?)
少し引っかかったが、気にしていても始まらない。今はとりあえずターンを進めよう。
「いや、まだだよ。私は《EM シルバー・クロウ》を召喚。さらに手札の《EM ヘルプリンセス》の効果を発動。このカードは《EM》が召喚された時特殊召喚する事が出来る」
「レベル4が二体……まさか!?」
「……生憎だけど、エクシーズ召喚はできないよ。このデッキにはエクシーズモンスターが入っていないからね」
その言葉に、暁は不思議そうに首を傾げながら私に言葉を投げた。
「なんで? ヘイタイガーだってレベル4だったし、ランク4のエクシーズモンスターを出せる機会は多いんじゃない?」
「そうは言われても……このデッキは司令官から送られてそのままの状態で、私は手を加えていないからな」
「あ、そういえば響ってさっき目が覚めたばかりだったわね」
暁が今更そんなことを言う。なんだいその今さっきまで忘れてましたみたいな反応は……
(…………………………………………ん?)
一瞬、ほんの一瞬だけ背筋に寒いものが走った。なんだろう、この大事なことを忘れているような感覚は……?
「ま、いいわ。それならそれで、早くデュエルを進めてちょうだい」
「……あ、ああ、それもそうだね」
暁に急かされてすぐに思考をデュエルの方に戻す。まあまだ目が覚めて数十分の身だし、誰かと大事な約束を結んでいるとか、そういうことはないはずだ。というかそもそも、まだ話したことのある人物なんて明石さんと暁しかいないし。
「すまない、デュエルを続けよう。私はメインフェイズを終了しバトルフェイズに移行、シルバー・クロウでマスマティシャンに攻撃だ。この瞬間、シルバー・クロウの効果で私のフィールドの《EM》の攻撃力はバトルフェイズ終了時まで300アップする」
「攻撃力、2100……上級モンスター並みね」
暁の言葉の最中に、銀狼が容赦なく小柄な数学者を引き裂いた。
暁:LP5600→5000
「この瞬間、マスマティシャンの効果発動。このカードが戦闘で破壊された時、一枚ドローできるわ」
「続けてヘルプリンセスでダイレクトアタックだ」
銀狼に続いて、女の子の姿をしたモンスターが暁の元へと向かい、持っているステッキを彼女に向かって振り下ろす。が、ステッキは暁を見事にすり抜けていった。実像ではないのだから当たり前か。
暁:LP5000→3500
「べ、べべべつに、ここ、こんなの怖くもなんともなかったんだから!」
暁は必死に強がっているが、実際あのステッキが迫ってきたら結構怖いと思う。
「私はカードを一枚伏せて、ターンエンドだ」
「なかなかやるじゃない……でも! 私のターン、ドロー!」
暁が勢いよくカードをドローしーーそのカードを確認して、小さく口角を上げた。
「私だって、負けてあげるつもりはないわ! 私は墓地の闇属性の《伝説の黒石》と光属性の《エクリプス・ワイバーン》を除外して、手札の《ライトパルサー・ドラゴン》を特殊召喚!」
「また、上級モンスター……!」
キャオオオオン! と高い声で鳴くライトパルサー。その攻撃力は、先ほどの真紅眼を上回る2500。
(そうか、暁のデッキはこういう風に上級モンスターを何度も場に出すことができる……だからレッドアイズを破壊されてもそこまでダメージがなかったのか……!)
今更ながら理解し、冷や汗が頬を伝うのを感じる。だとしたら、この調子だとこちらが圧倒的に不利だ。攻め手の少ないこちらのデッキでは、どうあがいてもいずれは物量で押しつぶされてしまう。質も量も揃っているなんて、反則もいいところだ。
「この瞬間、ワイバーンの効果を発動。 このカードが除外された時、効果で除外していたカードを手札に加えるわ! 私は《レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン》を手札に戻す!」
「間接的に最上級レベルのモンスターをサーチ……なるほど、そのために除外していたのか」
「そうよ、いいコンボでしょう? それじゃあバトルよ、私はライトパルサーで、ヘルプリンセスに攻撃!」
「うぐ……!」
響:LP3400→2100
「カードを一枚伏せてターンエンド。さあ響、ここから逆転できる?」
「ふふ……そう言うのなら、せめて攻撃の手を緩めてはくれないかな」
暁のあからさまな挑発に微笑で返す。私だって、このまま負けるつもりはさらさらない。
「いくよ。私のターン、ドロー」
ドローカードを確認する。悪くないカードだが、この状況を打破するには一手遅い。
(違う……今欲しいのは守りのカードじゃない、この盤面を突破するカードなのに……)
「……私はシルバークロウを守備表示に、さらにモンスターを裏側守備表示で召喚、カードを一枚伏せてターンエンドだ」
ついに手札を使い切る。だが仕方がない、今は次の暁のターンを乗り切ることが先決だ。
と、そこで暁がカードをドローせず腰に手を当ててこちらに言葉を投げた。
「守りに徹するつもりね、響。確かに、手札次第ではそうするしかない状況もあるけど」
でもね。と暁は続けた。
「それじゃあ私には勝てないわ! 私は罠カード《破壊輪》を発動! 相手ターンに、相手フィールドの相手ライフより低い攻撃力を持つモンスター一体を破壊し、その攻撃力分のダメージを互いに受ける!」
「! 《レッドアイズ・バーン》と同じ、互いにダメージを受ける罠……!」
「そうよ、私が対象に選択するのは、攻撃力1800の《EM シルバー・クロウ》!」
ガチンという音と共に、銀狼の首に禍々しい首輪がはめられる。
「っ、待った、罠カード《フレンドリーファイア》を発動。相手が魔法、罠、モンスター効果のいずれかを発動した時に、相手フィールドのカード一枚を破壊する。ライトパルサーを道連れにさせてもらうよ」
ガシャガシャガシャ! と大きな音を立てて、複数の銃が空中に出現する。
そして、首輪と銃が同時に炸裂し、辺り一帯が砂煙りで覆われた。
「うぐ、ぅ……!」
「くっ……」
暁:LP3500→1700
響:LP2100→300
とうとう三桁となった自分のライフを見て、小さく溜息が出る。
(再び暁の上級ドラゴンを除去できたけれど……消費が重すぎる。残りライフの大部分と二枚のカードを使ってやっとだ)
だが、それでも全くもって安心感がない。暁の手札は次のドローで三枚。それだけあれば、きっと暁はさらなる手を打ってくるだろう。
(いったい、次はどんな手を……?)
「それじゃ、私のターンね。ドロー!」
通算にして四度目の暁のターン。気づけば、私もすっかりこのカードゲームにのめり込んでいた。自分の次の手を考えるのが楽しいし、相手がどんな手で攻めてくるのか構えるのも楽しい。平たく言えば、ワクワクしていた。
だのに。
「あっ…………!」
それと反比例するように、カードをドローした暁の顔から笑顔が消えていた。
(? なんだ……? 何かまずいカードでも引いたのか?)
引いたらまずいカード。そう考えておきながら心の中で小さく首を傾げる。それは、例えばどんなカードだ? まさかドローしただけで強制的に敗北になるとか、そういうとんでもないカードがあるわけでもあるまい。
となると、自分を敗北に追い込むカードではなくーー
(使えば一発で勝利できるカード、か)
それはインチキカード的な意味ではなく。今の私の残りライフは吹けば飛ぶ程度だ。先の《破壊輪》や《レッドアイズ・バーン》のような直接ダメージを与えるカードがあれば、それを使えば私はなすすべなく敗北する。だが、暁の姉としての、そして何より一人のカードゲーマーとしての意地がそれを許さないのではないか。
だとしたら。
「暁」
「! な、なによ」
だとしたら、それはーー
「私は、長々と話すのが苦手だ。だから簡潔に言うよ」
ーーすごく、寂しいじゃないか。
「全力で、来て欲しい」
「!!」
暁の目が驚きで見開かれる。だが私は言葉を止めない。
「せっかく、せっかく新たな身体を得て、また肩を並べることができるんだ。それなのに手加減されるのはーーその、なんというか、距離を感じるようで、少し悲しい」
声に、少し震えが混じる。それとともに、前世ーー私がまだ艦だった時代の記憶が流れ込んでくる。そこから感じられる感情は一つ、孤独感だけだ。
「……………………」
暁は、そんな私の言葉を黙って聞いていた。そして私の言葉が終わった少し後で、小さく息を吐いてから口を開いた。
「……妹にそんなことを言わせるなんて、長女失格かしらね」
「っ、そんなことーー!」
「でも」
私の反論を遮った後、一拍置いて暁は続けた。
「響の気持ちはよくわかった。だから、私も全力で行く!!」
「……それでこそ暁だ」
暁の顔にさっきまでの笑顔が戻る。その顔に、迷いはない。
「それじゃあ行くわ! 私は手札から魔法カード《黙する死者》発動! 墓地から通常モンスターを守備表示で特殊召喚する!」
「暁の墓地の通常モンスター……ということは」
「御察しの通り、私は墓地から《真紅眼の黒竜》を特殊召喚! このカードで特殊したモンスターは攻撃することができないわ」
再び墓地から舞い戻るレッドアイズ。だがその姿は先ほどよりどことなく大人しく感じられる。
(簡単に蘇ったか……だが攻撃できないのなら)
「攻撃できないのなら怖くない。そう思っているわね」
「っ」
図星。
「だったら残念だったわね、手札の《レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン》は自分フィールドのドラゴン族を除外することで特殊召喚できる! 私はレッドアイズを除外してこのカードを特殊召喚!!」
フィールドのレッドアイズに黒く輝く鎧が装着されていき、やがて一回りも大きくなった竜がギャァォォォォン!! と大きく吼えた。
(デメリットをうまく回避されたか……。それにしても、最上級の効果モンスター……どんな効果があるんだ?)
「私はダークネスメタルの効果を発動! 一ターンに一度、手札か墓地のドラゴンを特殊召喚するわ。よみがえれ、ライトパルサー!!」
フィールドに二体目のドラゴンが降臨する。ノーコストでの蘇生、成る程、最上級レベルは伊達じゃないらしい。
「まだよ、さらに私は罠カード《闇次元の解放》を発動! 除外されている闇属性モンスターを呼び戻す。当然対象は《真紅眼の黒竜》!!」
「三体目……!!」
フィールドに三体の龍が並び、こちらを睨みつけてくる。とんでもない迫力だ。立体映像だとわかっていても、思わず一歩後ずさってしまう。
「さあ、バトルよ! ライトパルサーでセットモンスターを、そしてダークネスメタルとレッドアイズでーーダイレクトアタック!!」
三龍の口から高密度のエネルギー弾が同時に発射される。そして、私のセットモンスターは当然ながらライトパルサーの攻撃には耐えきれず破壊されーー
私の周囲一帯が、砂煙で覆われた。
さて。言ってしまうと別に暁は手加減しようと思っていたわけではない。事実三体の龍を並べたこの盤面だって、響のライフをゼロにするためのものだ。
「…………」
暁が自分の手札に目を落とす。そのうちの一枚は、《黒炎弾》。このカードこそが、このターンで暁がドローしたカードだ。その効果は、《真紅眼の黒竜》の攻撃を犠牲にした効果ダメージ。ならなぜこのカードの発動を躊躇したのか?
答えは簡単。暁もこのデュエルを『楽しい』と感じていたのだ。だから、このデュエルに簡単に終わってほしくないと思ったのだ。……結局、似た者姉妹なのである。
(……でも、終わっちゃったか)
だが、それでもバーンダメージによる幕引きよりはだいぶ満足のいく結果だ。ちゃんとレッドアイズモンスターで響のライフをゼロに--
(ーーん?)
ふと、小さな違和感を感じデュエルディスクの液晶画面を見る。そこには、両者のライフが記されており、自分のライフは1700の数値がある。そちらは問題ない。のだが。
(あ、あれ? どういうこと? なんで……)
問題は響の残りライフ。
(なんで響のライフが減っていないの……!?)
慌てて自分のドラゴン達を見ると、そちらもなにやら様子がおかしい。
「っ、まさかっ……!」
勢いよく響のいる方を向くと、少しずつ砂煙が晴れてきていた。
その先には、
「ふう、なんとかなったか……」
一切のダメージを受けていない響と、
『……』
『……』
物言わぬ二体のモンスターがいた。
「どういうこと……あの攻撃をどうやって乗り切ったの!?」
「私はダークネスメタルの攻撃宣言時に、罠カード《奇跡の残照》を発動していた。この効果で、このターンに破壊されたモンスター……すなわちライトパルサーの攻撃で破壊された《ブロック・スパイダー》を特殊召喚したのさ」
なるほど、モンスターが召喚された理由は判明した。だが、
「で、でもだからと言ってこの状況の説明にはならないじゃない! どうして響のライフは残ってるの!?」
「《ブロック・スパイダー》の効果さ。このカードは特殊召喚された時にデッキから同名モンスターを召喚でき、さらにこのカードが存在する限り相手はこのカード以外の昆虫族モンスターに攻撃できない」
「……なるほど、その効果を持つモンスターが二体並んでいるから攻撃そのものができない、ってことね」
予想外。響の伏せカードのことを失念していたわけではないが、それを踏み倒してでも響のライフを焼き払うつもりだった。だというのに、それすらはねのけて見せた。
その事実に、暁はなんだか笑いが出てきた。
「ふ、ふふ、あははははは!!」
「……急にどうしたんだい。それより、もうこれでターンエンドかな?」
「うん、ふふ、そうよ、これでターンエンド! さあ響、もっと見せてちょうだい! 私を超えて!!」
バッと笑顔で両手を広げる。もしかしたら、響は自分の予想をはるかに上回る腕前かもしれない。そう思うと暁はワクワクが止まらなかった。
「わかった、暁も全力でぶつかってきてくれたことだし、私も頑張ろう。行くよ、私のーー!!」
響も小さく笑みを浮かべながらデッキに手をかける。運命をかけた、デステニードロー。この引きに、全てがかかっているといっても過言ではない。そのカードをドローしようとしたーーその瞬間だった。
ピィーーーーッッ!! と甲高い音が鳴り響いた。
「ひえっ!?」
「うあっ!」
二人揃って耳を塞ぐ。そうしてもなお脳内に響くようなそれは、たっぷり十秒近く続いた。
一体何が、と二人が音のした方を見るとそこには、
「あ、明石、さん?」
響の口から引きつった声が出る。なぜ疑問系なのか。それは先ほどまで自分と会話していた明石と同一人物とは思えないほど、目の前の人物が鬼のような形相だったからだ。
「……響さん。絶対安静って、言いましたよね?」
「あ……ああ」
「それなのに病室を抜け出してしまった。間違いありませんね?」
「……はい」
「あのねえ、私だって響さんのことを思ってそう言っているんです。私は工作艦ですが、これから一緒に戦っていく仲間なんですから」
「……え、えと、つまり……?」
恐る恐るといった風に尋ねる響。対する明石は笑顔でこう応えた。
「お説教です♪」
「ひっ、やっぱり、ちょ、待って、腕掴まないで……!」
「だいたい港で入院着のままデュエルとか何考えてるんですか? せめてもうちょっとまともな服をですね……」
ぶちぶち小言を言いながら響を腕を掴んで引きずっていく明石。それを見ていた暁は、
「え、ええ……」
ただ呆然と見送ることしかできなかった。
読んでくださり、ありがとうございました。
……やっぱり引き分けって消化不良感ありますね。でも暁にはやっぱり強キャラポジにいて欲しかったため、今回はこんな感じで勘弁してつかあさい。
さあ、ここからは前回のあとがきで言っていたデッキ解説でございます。特に読まなくても今後困ることはないので興味ない方はスルーで構いません。
まず、我らが主人公響さん。彼女のデッキは一応【EM】となっております。正確に言うなら【EM】+【グッドスタッフ】でしょうか。下級を中心に相手を殴り倒す、ある意味脳筋ですね。【EM】とは相性の悪いカードもいくらか入っていますが、そこは「デッキを改造する際に真っ先に抜けるカード」として提督がわざと入れたってことで、一つ。
対する強キャラポジの暁さん。彼女のデッキも作中で出た通り【真紅眼の黒竜】です。【レッドアイズ】との違いはその名の通り《真紅眼の黒竜》をメインに据えているかどうか。暁さんのデッキは《真紅眼の黒竜》を《闇の誘惑》、《おろかな埋葬》等で除外または墓地に送り、《闇次元の解放》や《銀龍の轟咆》等で場に出し、《王者の看破》、《無力の証明》等で相手のフィールドをかき回すのが主な戦法です。もしもパワーで相手を押し切れない場合、作中でも使用した多数のバーンカードで相手のライフを焼き尽くすといった戦法も可能です。
まあ彼女たちのデッキはストーリーを進めていくうちに魔改造されていく予定ですので、この解説がどこまで通用するかはわかりませんが、ね。
長々と失礼しました。それでは皆さま、おやすみなさい。次回は多分デュエルしません。