駆逐艦響と決闘者鎮守府   作:うさぎもどき提督

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劇場版艦これ観ました。響が敵連合艦隊に単身突っ込んで行ったシーンとか手に汗握りましたね(適当


番外編:純白の記憶を抱いて

朝。目を覚ますと、やけに静かだった。

 

「…………?」

 

掛け布団を体の上からどけ、首を回す。部屋の中に暁の姿はない。だがそれを抜きにしても静かだ。

 

(でも……なんだろう。どこか懐かしいような)

 

思いながら部屋の窓に向かう。そしてカーテンを開け、

 

 

「……ああ、なるほど」

 

一面の銀世界が、私の視界に飛び込んできた。

 

 

『おーい、響ー! 起きてるー?』

 

部屋の扉がノックされ、外から声がかけられる。私は扉を開けて、その人を出迎えた。

 

「おはよう、陽炎」

 

「あ、起きてたのね。おはよ、響」

 

陽炎型一番艦『陽炎』だ。今はいつもの制服の上から厚手のコートを羽織っている。

 

「……なんとなく聞かなくてもわかるけど……暁は?」

 

「御察しの通り。暁喜び庭駆け回る、よ」

 

予想通りのことに苦笑する。

 

「響はどうするの? 今日は駆逐艦と潜水艦は非番でいいらしいけど」

 

「私はコタツで丸くなるタイプだよ。午前中は読書でもして、午後から鍛錬かな。そう言う陽炎はどうするんだい?」

 

「うーん……妹たちの面倒みなくちゃいけないから、午前はそっちにつきっきりかしらね。午後からの鍛錬、一緒にやってもいい?」

 

「ああ、構わないよ。それじゃあーー」

 

別れの挨拶とともに扉を閉めようとする。その時だった。

 

「あ、響起きたのね! ほらほら、早く着替えて外に行くわよ!」

 

「えっ……あ、暁?」

 

やたらテンションの高い暁が現れ、私の腕を引いた。こちらも厚手のコートを着込んでおり、さらに手袋と耳あてもしている。

 

「あら、暁。卯月たちと遊んでたんじゃないの?」

 

「そうだけど、そろそろ響が起きたかと思って戻ってきたの。さ、行きましょ!」

 

「ま、待ってくれ。私は雪遊びをする気は……」

 

「えっ……?」

 

その言葉に、驚いた様子で振り返る暁。その表情を見て、私の意思がぐらりと揺れた。

 

降参といった感じで両手を上げながら、私は苦笑した。

 

「……五分待ってくれ。支度をする」

 

 

 

 

「ふむ……」

 

ザクリ、と音を立てて雪を踏む。初体験ではあるが、懐かしさを覚える感覚だった。

 

今の私は、いつもの制服の上からコートとマフラーを着用している。

 

(雪、か。()()()もこんな景色だったな)

 

白い息を吐きながら彼の国の情景を思い出す。それは私がまだ(ふね)だったころの記憶だ。

 

(……いけないな。やっぱりあの頃のことを思い出すと、どうもアンニュイになってしまう)

 

小さく頭を振ってマイナスな思考を振り切る。今はあの時とは違う。皆いるのだ。だから考えるのなら、この平和を崩さないようにすることーー

 

「ーーふっ!」

 

ーーよりもまず飛来した雪玉を回避することが第一だ。

 

「……やるわね、響。まさか背後からの雪玉を避けるだなんて」

 

声の方を見る。やはり暁か。

 

「風切り音が聞こえてね。もしやと思ったんだ」

 

言って、小さく笑ってみせる。対する暁はーー此方もニヤリと笑っていた。

 

「さすがだと言いたいけれど……甘いわ、響」

 

「何っ……!」

 

その言葉に一気に周囲への警戒を強めた途端、

 

 

ドシャッ、と頭上から雪玉が降り、私の頭を直撃した。

 

 

「……なるほど、最初の雪玉はダミーだった、ってわけか」

 

完全にしてやられた。大した痛みはなかったが、精神的なダメージはそこそこ大きい。

 

「ふふん。真のレディは相手の二歩先を行くのよ」

 

「へえ……ならっ」

 

足元にしゃがみ込み、素早く雪を一握り掴んで固めると、それを全力で投げつける。

 

「あら? 響、結構投げるの下手ね?」

 

私の投げた雪玉は暁の頭上を通って行く。暁は一歩も動かなかった。

 

だが、

 

「それはどうかな?」

 

「えっ……って、きゃあ!?」

 

私の投げた雪玉の狙いは暁ではない。暁の頭上にある、木の枝に積もった雪塊だ。私の狙い通り、雪玉はその雪塊を貫き、不安定な枝の上から落とした。

 

結果、暁の頭上からは結構な量の雪が降った。

 

「……やるじゃない、響」

 

「……暁こそ」

 

直後。同時にしゃがみ込み、雪玉の生成を始める私と暁。互いに五個ずつ作り終えると、投球フォームへと入る。

 

「てぇい!」

 

「ふっ……!」

 

かくして、壮絶な雪合戦の火蓋が切られた。

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、つ、疲れた……」

 

「ふっ、はぁ、同、感だ……」

 

ボスッ、と雪に倒れこむ私たち。いったい何発の雪玉を当て、何発の雪玉を食らったのだろう。数えることすら馬鹿らしくなるほど、とにかく大量の雪玉が飛び交った。

 

「いやー、白熱してたわね。お疲れ様」

 

途中から私たちの雪合戦を見ていた陽炎が近づいてくる。四肢を投げ出している私は首だけをそちらに向けた。

 

「ココア飲む?」

 

「くれるなら、もらうよ」

 

「暁は?」

 

「私ももらうわ」

 

立ち上がって陽炎の手から缶のココアを受け取る。温かい。一口飲むと、その温かさは体の芯から全身に広がって行くようだった。

 

一息ついた私と暁は、陽炎とともに陽炎型の皆のところへ向かった。

 

そこでは、

 

「おや、陽炎に暁、響も。おはようございます」

 

「不知火、おはよう。なにをしているんだい?」

 

「不知火ですか? 今は木の枝を拾い集めているところです」

 

一瞬、その意図がわからず首をかしげる。と、視界の端にあるものが映った。視線をそちらに向けると、不知火の考えも分かった。

 

「なるほど、雪だるまを作っているのか」

 

「ご名答。不知火たちは今、雪だるまを作っているのです」

 

その雪だるまになるであろう雪塊は、高さがおよそ二メートル、横幅は一メートル強ある。だがこの雪だるま(予定)には顔がない。いわゆるのっぺらぼうな状態だ。不知火の集めた木の枝は、おそらくこの顔のパーツに使われるのだろう。

 

「でもあの高さにどうやってそれを配置するんだい?」

 

私の問いに、不知火は、

 

「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………不知火に落ち度でも?」

 

「足元に雪を集めて固めて、それを足場にしましょう? ね!?」

 

陽炎の咄嗟のフォローが飛び出す。どうやら不知火はそこまで考えていなかったらしい。

 

「……悪かった。お詫びに木の枝を集めるの、手伝うよ」

 

「……ありがとうございます」

 

私たち四人で集めた結果、ものの五分で木の枝は十分量集まった。

 

「おー、随分集まったな。それじゃ、顔を作っていこうぜ」

 

嵐の言葉に頷く一同。といっても全員同時に顔の作成にかかるわけにもいかないので、代表して暁が雪だるまの表情を作って行く。

 

……が。私は忘れていた。

 

「…………えと、その……」

 

「………………………………」

 

今度はうまいフォローの言葉が浮かばずに固まる陽炎と、黙って視線を逸らす嵐。

 

そう、暁は絶望的なまでに不器用なのであった。

 

「……暁、これは?」

 

「し、しょうがないじゃない! 雪だるまの顔を作るのなんて初めてなんだから!」

 

そう言う問題ではないと思う。

 

と、そこで黙って暁の作品を観察していた不知火が動いた。

 

「少々、手を加えてもよろしいですか?」

 

「……ええ。いいわよ」

 

あまりの自分の不器用さを痛感して意気消沈している暁が片手間に答える。それを受けて、不知火が「感謝します」と言ってから雪だるまの顔をいじりだす。

 

それから、およそ五分。

 

「こんなものでしょうか」

 

「お、おお……」

 

雪だるまは不知火の手によって完璧な顔を手に入れていた。

 

「不知火は手先が器用なんだね」

 

「いえ、それほどでも」

 

そう言いながらも、不知火の頬はほんの少しだが赤らんでいた。

 

「…….むう。これだったら最初から不知火に頼めばよかったかしら」

 

完成した雪だるまを見ながら暁がこぼす。だがそれに対して不知火は振り返って言った。

 

「いいえ、これは暁がベースとなる形を作ってくれたお陰です。私一人では、こうはいかなかったでしょう」

 

「……そうかしら」

 

「そうですよ」

 

言って、小さく笑う不知火。アフターフォローも万全だ。

 

「さてと。この後はどうする?」

 

「あー……俺はそろそろ寒くなって来たから引き上げるわ。間宮さんところ行って来る」

 

「なら不知火もそちらに。不知火も結構体が冷えてまいりましたので」

 

「わかった。暁たちは?」

 

「私は一緒に行こうかしら。響は?」

 

「私は……」

 

どうしようか、と考え、すぐにある結論へと至った。

 

「……ちょっと、やりたいことがあるんだ」

 

 

 

 

「…………………………………」

 

そうして別行動を取った私は、一人特殊物資搬入用港に来ていた。やりたいこと、といっても具体的に何をするでもない。あんなものはただの言い訳だ。

 

海に落ち、決して積もることなく溶けて波の一部へと消えていく雪を見ながら、私はぼんやりと考える。

 

(振り切った、と思ったけれど……やっぱりダメだ。どうしても艦だった頃の記憶が頭から離れない)

 

私の前世とでも言うべき、第二次世界大戦を戦い抜いた駆逐艦『響』。その本体は今もロシアの海底に沈んでいると言う。彼方はこの時期、最高気温が零度を割るそうだが、此方と同じように雪が降っているのだろうか? その海の寒さは辛くのないのだろうか?

 

独りは、寂しくないのだろうか?

 

「………………………」

 

目をこらせど見えるのはひたすらに続く大海原のみ。そもそも方角も真逆だ。だが、目の前の海は確実に『私』の沈む海とも繋がっている。

 

と。

 

「あ、やっぱりここにいた」

 

「……暁」

 

振り返ると、見慣れた顔が近くにあった。こんなに接近されるまで気づかないとは、どうやら随分惚けていたらしい。

 

暁は私を見て何かを言いかけた後、すぐに何かに気づいたようで、足元にしゃがみ込んでゴソゴソと何かを始めた。そして完成した雪玉を一つ海に投げ込んだ。

 

「何を……?」

 

「……この海は、()()()とも繋がっている。もちろん、あの雪玉はすぐに溶けて無くなってしまうだろうけれど、その溶けた水はいつかは巡り巡ってあの場所に行く。その時、きっと()()()()()も気づくわ、独りじゃないって。……ほら、響も」

 

そう言って渡された雪玉を掴んで、少々色々考えたのち、再び私は海の方を向いた。

 

「なるほど……科学的根拠とかそう言うものはないけれど……いい『響き』だ、嫌いじゃない」

 

私の手を離れた雪玉は、放物線を描きながら飛んでいき、やがてポシャリと海に消えた。

 

「吹っ切れた?」

 

暁の言葉に、私は首を横に振った。

 

「いいや。……でも、それでいいんだと思う。忘れないであげることが、きっと私が『私』にしてあげられる一番のことだから」

 

「……そう。ならそれでいいわ。それより、皆待ってるわよ。間宮さんのところに行きましょ?」

 

「ああ、そうだね」

 

そう言って一歩踏み出した、その時だった。

 

『…………………………』

 

遠く。海の上に、誰かいたような気がした。

 

「…………?」

 

しかし、その誰かは一度瞬きをした後にはすっかり消えていた。

 

(あれは……)

 

「どうしたの、響?」

 

暁の急かす声。ぼーっと海を眺めていた私の意識が戻ってくる。

 

「……すまない、今いくよ」

 

見えた影のことを記憶の隅に追いやって、私は一歩踏み出した。




番外編でございました。本編の響がこうした日々に戻れるのはいつの日か……。

次の番外編はいつになるでしょうねぇ。

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