ちなみに、パソコンは未だにぶっ壊れてます。
海は、やけに静かであった。それが正しく『嵐の前の静けさ』といった感じで、ひどく不気味に思えた。
その海を背に、川内さんはターン迎えた。
「私のターン、速攻魔法《手札断殺》発動! 互いに手札を二枚捨て、二枚ドローする!」
(『あの時』と同じ、手札を捨てさせるカード……)
手札を確認し、捨てていいカードを墓地に送り、二枚ドローする。
「モンスターを裏側守備表示で召喚。さらにカードを二枚伏せてターンエンド」
「……私のターン、ドロー」
(……やっぱり、さっきから川内さんの様子がどこかおかしい。あの時ヲ級に何かされた……ってことなのかな)
あの時とは、もちろんさっき川内さんがヲ級に吹っ飛ばされた時だ。
(さっき散々《No.》とかいう意味不明なカードに苦しめられたんだ。今度は人の精神に直接作用できるカードとか言われても信じられるよ……!)
だがデュエルはデュエルだ。まずは勝たねばどうすることもできない。
「私はスケール4の《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》とスケール8の《竜穴の魔術師》でペンデュラムスケールをセッティング、これでレベル5から7のモンスターが同時に召喚可能だ」
「ペンデュラム、か」
「そうさ。ペンデュラム召喚! 現れよ、私のモンスター! 手札からレベル7《法眼の魔術師》! さらにチューナーモンスター《調律の魔術師》を召喚し効果発動、相手のライフを400回復し自分は400のダメージを受ける」
川内:LP8000→8400
響:LP8000→7600
「そしてレベル7の法眼にレベル1のチューナー、調律をチューニング! 清き心を持ちし剣士よ。吹きすさぶ吹雪を裂きて、閃光とともに現れよ! シンクロ召喚! レベル8《覚醒の魔導剣士》!」
裏側守備表示のモンスターが相手でも、魔導剣士ならダメージを与えることができる。
「魔導剣士の効果発動。《魔術師》Pモンスターを素材にした時、墓地の魔法カード一枚を手札に戻す。《死者蘇生》を手札に戻す」
「そんなカードを捨ててたんだ?」
「最初からこうするつもりだったんだよ。……バトルだ、魔導剣士でそのセットモンスターを攻撃! 魔導剣士が相手モンスターを破壊した時、破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを与える!」
破壊されたモンスターは《月光紫蝶》。どうやらデッキは【ムーンライト】のままのようだ。
川内:LP8400→7400
「この瞬間、罠カード《月光輪廻舞踊》発動! 自分の《ムーンライト》が破壊された時、デッキから《ムーンライト》を二枚手札に加える。《月光狼》と《月光白兎》を手札に加える」
「……カードを二枚セットしてターンエンド。このエンドフェイズ、オッドアイズは効果で自壊し、デッキから攻撃力1500以下のペンデュラムモンスターを手札に加える。《EM トランポリンクス》を手札に加える」
と、その時足元がぐらりと揺れた。
(……いや違う。これは私の方の平衡感覚がおかしくなってるんだ……)
やはり、先ほどのヲ級とのデュエルで負ったダメージが抜けていない。
しかしそんな状態でも川内さんに容赦はなかった。
「私のターン、ドロー! 白兎を召喚し効果発動、墓地の《ムーンライト》を特殊召喚する。よみがえれ、紫蝶! そしてスケール1の狼をペンデュラムスケールにセットし、白兎の効果発動! 一ターンに一度、このカード以外の自分フィールドの《ムーンライト》の数だけ、相手の魔法、罠を手札に戻す!」
「くっ……!」
対象となったのは伏せカード二枚。仕方ないので発動する事にした。
「罠カード《運命の分かれ道》発動。お互いにコイントスし、表が出たプレイヤーはライフを2000回復、裏が出たら2000のダメージを受ける」
「運ゲーか。いいよ、乗ってやろうじゃん」
互いの親指にコインが乗り、それが同時に弾かれる。結果はーー
「っ、裏か……」
「ラッキィ、表!」
川内:LP7400→9400
響:LP7600→5600
「残念だったね。自分で自分を追い込んで、挙句私のライフを回復してくれるなんて」
「……コイントスの結果だから仕方がないさ。それよりこれで効果は終わりだ。貴女のターンはまだ終わってないんだろう?」
「ま、そうだけどさ。それじゃ魔法カード《融合識別》発動!」
《融合識別》……確かモンスター一体を対象に、その名前を融合モンスターと同じにする、だったはずだ。
「私は紫蝶の名前を《月光舞猫姫》として扱う。そして魔法カード《置換融合》を発動、自分フィールドのモンスターで融合召喚を行う! 私はフィールドの舞猫姫となった紫蝶と白兎で融合! 月の光をその身に纏いて野獣の影は華々しく舞い踊る! 融合召喚! 現れて、レベル8《月光舞豹姫》!!」
一度は味方として共に戦った舞豹姫。それが今度は敵として私の前に立ちはだかった。
(あの時は心強かったけど……今度はそれを乗り越えなきゃいけないんだね)
「行くよ、舞豹姫で魔導剣士に攻撃! 舞豹姫が攻撃するとき、相手モンスターは一回ずつ破壊されず、舞豹姫はそのすべてに二回攻撃できる!」
「ぐっ、うぅ……」
響:LP5600→5300→5000
「私はこれでターンエンド」
「私の、ターン。ドローッ!」
ドローカードは、今の状況ではほとんど意味のないカード。
(くっ……場合によっては使えるカードだけど、今は……!)
はっきり言って打つ手なし。手札に死者蘇生はあるが、蘇生させて意味のあるカードはない。
その時だった。
顔を少し上げた私の目に、額に変な数字を浮かべた川内さんの他にもう一つ、あるものが目に入った。
それは、海。そして思い出す。あの場所の光景。
(……特殊物資搬入用港。もし
今いる場所は、特殊物資搬入用港ととても似通った場所だ。共通点は非常に多い。
(どのみち、このままじゃ負ける。なら賭けに出てみるしかない!)
そう決意し、手札のカードを発動する。
「魔法カード《死者蘇生》発動! 墓地の魔導剣士を特殊召喚する!」
「足りないよ?」
「わかっているさ……そんなこと」
言って、ゆっくりと目を閉じる。
(応えてくれ、魔導剣士……!)
謎の多いカードに願う。今まで私の窮地を何度も救ってきたこのカードに。
(応えてくれっ……!)
瞬間ーー例のごとく意識が白く染まる。
『…………』
相変わらず、声がなんといったかは聞き取れない。だがそれでも問題ない。今は目の前のデュエルが大事だ。
「おやぁ……? また例のチートかな?」
その様子を見ていた川内さんがニタリと嫌な笑みを浮かべて言う。それに対して、私も小さく笑いながら返した。
「チート、とは人聞きが悪いね。こう言ってくれないかい?」
手札のカードを掴みながら言う。
「カードが応えてくれた、とね。私はスケール4の《EM トランポリンクス》をスケールにセット。そしてセッティング済みのスケール8の竜穴とともに、ペンデュラム召喚! エクストラデッキより現れよ、レベル7、法眼、オッドアイズ!」
「いくら並べても無駄ァ! 次のターンには舞豹姫で全滅する運命だよ!」
「……それはどうかな?」
言いながらこのターンにドローしたカードを掴む。先ほどまでは何の意味もなかったこのカードが、今は逆に重要な意味のあるカードとなった。
「魔法カード《下降潮流》発動! 自分のモンスター一体を選択し、そのレベルを1〜3の任意の数にする。法眼のレベルを7から2に下げる!」
「何の意味が……!」
「こうするのさ。私はレベル8の《覚醒の魔導剣士》にレベル2の《法眼の魔術師》をチューニングッ!」
ここでさすがに川内さんの待ったがかかった。
「ちょ、ちょっと! シンクロ召喚はチューナーとそれ以外のモンスターを使ってする。それが常識でしょ!?」
「そうだね。それが普通だ」
「だったらーー!」
「でもこのモンスターは違う。このモンスターは、ペンデュラム召喚したペンデュラムモンスターをチューナーとして扱い、シンクロ召喚に使用できる!」
自身の効果による、通常とは違う形で行うシンクロ召喚。それはどこか《ビーストアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》に似たものを感じた。
「泡沫の希望……その幽かな未来を守り抜くため、今一度剣を取れ、覚醒の剣士! シンクロ召喚! 降臨せよ、レベル10、シンクロペンデュラム! 《涅槃の超魔導剣士》!!」
一瞬の静寂。その直後、私の目の前に光が降り、中から一人の剣士が姿をあらわす。
「《涅槃の超魔導剣士》の効果発動! ペンデュラム召喚したペンデュラムモンスターを使用してこのカードをシンクロ召喚した時、墓地のカード一枚を手札に戻す。《運命の分かれ道》を手札に戻す」
「へえ……確かにいい効果、攻撃力も3300ある。悪くないけど……それだけ?」
「まさか。バトルだ、超魔導剣士で舞豹姫に攻撃!」
舞猫姫と違い、舞豹姫に戦闘破壊への耐性はない。伏せカードの発動もなく、超魔導剣士による攻撃は問題なく行われた。
「………………」
川内:LP9400→8900
攻撃は終わったが、まだ超魔導剣士の効果が残っている。
「そしてこの瞬間、超魔導剣士の効果を発動! 相手モンスターを破壊した時、相手のライフを半分にする!」
「なっ……! くああ!!」
川内:LP8900→4450
「くっ……やるじゃん」
その言葉に一瞬手が止まりそうになったが、躊躇するわけにもいかない。
「続けてオッドアイズでダイレクトアタック!」
「がぁっ!!」
その衝撃で、川内さんは数歩フラついた後、後ろに尻餅をついてしまった。
川内:LP4450→1950
「カードを二枚伏せてターンエンド。……大丈夫かい?」
思わず声をかけてしまう。対する川内さんは、立ち上がりながら、
「ーーっく、はぁっはっはぁ!!」
「…………!?」
凄絶な笑みを浮かべていた。
「足りない……
異様なまでの迫力を伴う、川内さんのドロー。それは以前のタッグデュエルの時とは全く違う、まるで獲物を狩る肉食獣のようだった。
「ペンデュラムスケールにセッティング済みの《月光狼》の効果発動! フィールド及び墓地から素材となるモンスターを除外し、《ムーンライト》を融合召喚する! 私は墓地の《月光白兎》、《月光紫蝶》、そして《月光舞豹姫》を除外し、融合召喚!!」
「っ、舞豹姫を使用した融合召喚……!?」
舞豹姫の融合召喚と似た召喚法。ということは、おそらく……
「月の光をその身に纏いて、密林の野獣は舞い踊る! その姿は全てを魅了し、その力は全てを破壊し尽くす!! 融合召喚!! 現れよ、レベル10!! 月夜の密林の覇者、《月光舞獅子姫》ッ!!」
超魔導剣士の時と同じ、一瞬の静寂。直後に川内さんの前に大きな穴が現れ、その中から影が飛び出てきた。
その影は一度大きく飛び上がると、空に浮かぶ月と重なるようにして急降下してくる。名前の通りの、ライオンの
「これが……三体目の【ムーンライト】融合モンスター……!」
「さあ、バトルよ! 舞獅子姫でオッドアイズに攻撃!!」
その宣言を受け、一瞬伏せカードを発動しようか考える。しかし、発動したところで結果は変わらない。
(それに、舞獅子姫の効果がわからない以上、迂闊に動くのは危険だ……)
その間に、オッドアイズが戦闘破壊された。
「くっ……」
響:LP5000→4000
「そしてこの瞬間、舞獅子姫の効果発動! このモンスターが相手モンスターを破壊した時、相手の特殊召喚されたモンスター全てを破壊する!!」
「なっ、しまっーー!」
超魔導剣士に破壊耐性はない。逆転の一手は、あっけなく破壊されてしまった。
「そして、舞獅子姫は一ターンに二回攻撃できる。ダイレクトアタックッ!!」
「っーー!!」
響:LP4000→500
足が、地面から離れた。視界が夜空で埋め尽くされる。自分の体が木の葉のように宙を舞っているのが容易に想像できた。
地面に叩きつけられてから少しの間、呼吸すらままならなかった。
「ーーぐ、ぅぐ……」
地面に手をついて、なんとか立ち上がる。膝はガクガクと震えていた。
(……どうやら……舞獅子姫の攻撃も、少しだけど実体化しているようだね。川内さんの様子がおかしいのと、関連しているのかな……)
震える指を、どうにかディスクにセットされたデッキの上に置く。
「私の……ターン、ドローッ……!」
このカードなら、行けるか。
「セッティング済みのスケールで、ペンデュラム召喚……エクストラデッキより現れよ、《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》、《法眼の魔術師》……。そして、魔法カード《破天荒な風》をオッドアイズを対象に発動、次の自分スタンバイフェイズまで攻守を1000アップする。バトルだ、オッドアイズで舞獅子姫に攻撃!」
「相討ちに持ち込んで法眼でトドメ、ねえ。……悪いけど、それじゃ負けらんないよ。罠カード《ドレインシールド》発動。相手の攻撃を無効にし、その攻撃力分ライフを回復する」
川内:LP1950→5450
「……ターン、エンド」
法眼では、舞獅子姫に敵わない。素直にターンエンドするしかなかった。
そんな私を見て、川内さんは呆れたように小さくため息をついた。
「……そっか、結局ダメか。でもまあ、ここまでやれたんだし、ご褒美にいいもの見せてあげるよ」
「……?」
いいもの? と私が首をかしげるよりも早く、川内さんはカードを発動した。
「このエンドフェイズ、墓地の《デーモン・イーター》の効果発動! 相手のエンドフェイズにこのカードが墓地にある時、自分のモンスター一体を破壊することで特殊召喚できる。舞獅子姫を破壊し、特殊召喚!」
「えっ……!?」
切り札であるはずの舞獅子姫を、あっさりと、本当にあっさりと破壊した。
「んじゃ行くよ、私のターン、ドロー! 《月光蒼猫》を召喚。そして、レベル4の青猫とイーターでオーバーレイッ!!」
「これは……まさかっ!?」
手のひらに、じっとりと嫌な汗が浮かんできた。しかしそれによる不快感すら感じないほどの恐怖が、私の心を支配していた。
「儚く散った幸せな
川内さんの前に、紫色の魔法陣が現れ、その中から暴風とともにゆっくりとピンク色の『何か』が出てくる。
『それ』は、例えるならば玩具の龍。その腹部には川内さんの額にある数字のような模様と同じ模様があった。
「そん、な……嘘だろう、川内さん!!」
《No.101 S・H・Ark Knight》とは違う、新たな《No.》。ある意味『呪い』そのものといっても過言ではないカードを、仲間であるはずの川内さんが使っていることに、激しい嫌悪感を感じた。
「どうしてあなたがそのカードを……! ねえ、どうしてなんだい!?」
しかし川内さんは、薄ら笑いを浮かべながらこう言った。
「うーんと、そういうのいいから……早く楽になっちゃえ?」
言って、いっそ優しさすら感じる笑みを浮かべ、高らかに宣言した。
「No.82の効果発動!! オーバーレイユニットを一つ取り除くことで、このターンダイレクトアタックすることができる! ……さあ、行くよ? ダイレクトアタックッ!!」
「ーーーーーーーーーーーーーーー」
No.82の巨体が迫るが、私は一切動けずにいた。
そしてそのまま、なんの抵抗もなく弾き飛ばされ、盛大な土煙を上げた。
土煙は、すぐには晴れなかった。
それを起こした張本人、川内は感情のない瞳でその土煙を見ていた。
……正直なところ、川内自身なぜ今自分がこんなことをしているのかわかっていない。ただ心の中に漠然と『敵を倒せ』という命令があり、それに不思議と従ってしまっているのだ。今の川内は、もはや深海棲艦と変わりなかった。
そんな川内が見守る中、土煙が徐々に晴れてきた。
「………………へえ」
そこには意外なことに、二本の足で立つ響がいた。しかし、その目線は地面に落ち、不規則に揺れている。どうやら意識はほとんど残っていないらしい。
だが、ライフは残っていないはずでは?
(……いや、フィールドのオッドアイズがいない……というか、伏せカードが発動されている)
響のフィールドに、表側になっている速攻魔法があった。《神秘の中華なべ》。自分のモンスター一体をリリースし、その攻撃力か守備力の分だけライフを回復するカードだ。これでオッドアイズをリリースし、その攻撃力3500をライフに加えたのだろう。
響:LP500→4000→2000
だが、それは同時にNo.82のダイレクトアタックをもろに食らったということでもある。それなくても少し前には別の《No.》と戦っているのだ。それでも辛うじて意識を保っているのは、ほとんど奇跡である。
「……私はカードを一枚セットしてターンエンド」
その状態でも、響はゆっくりとデッキの一番上に指を運んだ。
そして消え入りそうな声で宣言する。
「…………わ、たしの……たー、ん…………ど……ろ…………」
そこで響の足がぐらりと揺れた。しかし受け身を取る様子もない。もしかしたらその意思はあるかもしれないが、あの様子では素早く体を動かすなど不可能だろう。
そして、倒れるーーその時だった。
「響ッ!!」
駆けつけてきた人物が、その響の体を支えた。
それは、
「……提、督……」
「川内……なるほどな、その様子だと、
言いながら、華城は響をゆっくりと寝かせてやる。地面に直だが、この際贅沢は言っていられない。
それから、華城はゆっくりと振り返りながら話し出した。
「……まあ、その状態では正常な思考はできまい。だが、だからと言ってそれが仲間を傷つけていい免罪符にはならんぞ。……すまんが、止めさせてもらう」
華城のディスクの電源が入る。彼女は本気だった。
「私のターン、ドローッ!!」
【ムーンライト】vs【魔術師】です。ごめん響。なんか散々な目に合わせちゃって。
一応デッキ解説です。飛ばしちゃえ!
我らが響さん、【魔術師】です。といっても、名前が違うだけでいつもとデッキ構成は変わってないんですけどね。
川内さん、【ムーンライト】。ただ今回の川内さんは色々イかれてるので、《月光舞獅子姫》を破壊して《デーモン・イーター》を出すという意味不明なプレイングをしています。舞獅子姫を残していれば勝ってますしね。この行動の真意は、果たして……。
こんなところです。華城乱入展開、最初は他の誰かにしようかとも思ったんですけどね。どうせその場に居合わせてるしいっか、と。
それじゃみなさん、おやすみなさい。次回、華城さん、遊びません。