というわけで、また次の話まで間が空いてしまうと思います……申し訳
「さて、それじゃあまずは邪魔者の排除から行こう。魔法カード《異次元の指名者》発動」
深夜の鎮守府でのデュエルは、少しずつ終わりに近づいていた。
「カード名を一つ宣言し、それが相手の手札に存在するのならそのカードを除外する。なかった場合は私の手札をランダムに除外するんだけど……《EM バリアバルーンバク》。あるよね?」
「……あるよ」
先のターンに《EM ロングフォーン・ブル》の効果で手札に加えていたバルーンバクが除外される。
(防御手段が奪われた、か。残りライフは5650、大丈夫かな……)
そんな私の不安をよそに、デュエルは進んでいく。
「《ヴェルズ・ケルキオン》を召喚し、効果発動。墓地の《ヴェルズ》を除外し、墓地の《ヴェルズ》を手札に戻す。《ヴェルズ・タナトス》を除外し、《ヴェルズ・ヘリオロープ》を手札に加える。そしてこの効果を使用したターン、もう一度《ヴェルズ》を召喚できる。ヘリオロープを召喚」
たった一枚のカードから、あっという間にレベル4のモンスターが二体揃った。きっとまた《ヴェルズ》のエクシーズモンスターをエクシーズ召喚するつもりなのだろう。
……と、思っていたのだけれど。
「じゃあ行くよ。私はレベル4のヘリオロープとケルキオンでオーバーレイ! 二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築!」
「ーー!?」
瞬間、ゾワリと背筋に寒気が走った。得体の知れないプレッシャーが、獲物を捕食する爬虫類のように私の全身を飲み込んでいく。
(違う……《ヴェルズ》じゃない、なんだこの威圧感、立っているだけで辛い……!?)
「海色の深淵。その果てに浮かばれぬ魂は集い、やがて一つの呪いを産み落とす! エクシーズ召喚! 浮上せよ、ランク4《No.101 S・H・Ark Knight》ッ!!」
そう口上を述べた直後、ヲ級の前に紫色の魔法陣のようなものが現れた。次の瞬間、猛烈な風が魔法陣を中心に吹き荒れ、その中からゆっくりと『何か』が出てくる。
それはーーなんと形容したものか。白を基調とした、機械のような『何か』。例えるのならば戦艦……だろうか。
そして何より、凄まじいまでの存在感で私を押しつぶそうとしてくる。
(《No.101 S・H・Ark Knight》……なんだ、このモンスター……おかしい、明らかに異質すぎる。こんなものが、本当にただのカードゲームのカードの一枚だっていうのか?)
ヲ級と同等か、それ以上のプレッシャーを放つこれが? 笑わせないでほしい。
と、No.101の向こう側からヲ級の声がきこえた。
「これが《No.》……今回の一連の騒動のある種黒幕的なカードさ。妙高たちが眠ってしまったのも、私とデュエルしてこのカードに敗れたからなんだよ」
カードゲームに敗れて昏倒……というところにはあえて言及しないでおこう。そこ以外にも、気になるところがある。
「じゃあ……彼女たちに外傷がないのは何故なんだ? 現にこうして君とデュエルしている私は肉体にもダメージを受けているのに」
肩口を軽く押さえながら言う。そう、そこにも矛盾があるのだ。
しかし、ヲ級はさして特別なことでもないといった調子で言う。
「それは今回、君の方からデュエルを仕掛けてきたからだよ。他の皆の時は私の方から仕掛けたんだけど、君はそうじゃなかっただろう? 相手から仕掛けられた場合、物理的ダメージが発生するように私のディスクはできているんだ」
なるほど、護身用の迎撃手段ということか。
(だけどまあ、もし私から仕掛けなかったら逃げられていただろうし、間違った選択ではなかった……かな)
そう結論づける。
「……そろそろいいかな? No.101の効果発動。オーバーレイユニットを二つ取り除き、相手の特殊召喚されたモンスター一体をこのカードのオーバーレイユニットにする」
「!!」
オーバーレイユニットにする、なんて効果、聞いたこともない。が、少なくとも素直に受け入れるわけにはいかない。
「させない、罠カード《破壊輪》発動! 相手モンスター一体を破壊し、その攻撃力分のダメージを互いに受ける!」
ガインッ! と大きな音を立ててNo.101に物騒な輪が取り付けられる。おそらく効果的にNo.101を破壊すればこの効果は不発になるだろう。
やがて、ドグォォン!! と爆音を立ててNo.101が爆破された。
「くっ……」
「………………」
しかし、おそらく切り札であるはずのNo.101が破壊されても、ヲ級の表情にはなんら変わらない余裕があった。
ヲ級:LP5750→3650
響:LP5650→3550
「……確かに、効果解決時にNo.101がフィールドに存在しない場合、この効果は不発になる。でも、そもそもこの効果を使う必要もなかったんだよね」
「……?」
「こういうことさ。罠カード《エクシーズ・リボーン》発動。墓地のエクシーズモンスター一体を特殊召喚し、このカードをそのオーバーレイユニットとする。No.101を蘇生する。そして罠カード《ディメンション・スライド》発動。自分のモンスターが特殊召喚された時、相手のモンスター一体を除外する。消えるんだ、《ビーストアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》」
「っ、くっ……!」
ビーストアイズがフィールドから消え、とうとう私のフィールドはペンデュラムスケールのみとなった。
「バトルだ、No.101でダイレクトアタック!」
No.101の両側面から、無数の小型ミサイルがこちらに殺到する。とっさに両腕を顔の前にやったが、それではほとんど衝撃を緩和できなかった。
「くっーーぐあぁぁぁ!!」
響:LP3550→1450
爆風に巻き込まれ、数メートル転がる。身体に思ったように力が入らない。全身の鈍い痛みは遅れてやってきた。視線だけを動かして見ると、何枚かの窓は粉々に割れ、壁にすら大きなヒビが入っていた。
「私はこれでターンエンド。……戦えないのなら、サレンダーしてもいいよ?」
(馬鹿なことを、言うな……!)
そう言いたかった。大声で叫んでやりたかった。しかし、そんな力が出てこない。
そして同時に、あることを知った。
(No.101の攻撃を受けた時……物理的なダメージも受けたけど、同時に何かを全身から抜かれたような感覚もあった。なんていうか……気力とか、そういうのが。多分、妙高さんたちが外傷もなく意識不明なのはそれが原因だな)
ぐっ、と四肢に力を込め、ゆっくりと立ち上がる。一瞬グラリと揺れたが、なんとか持ちこたえる。
「………………」
宣言をせず、カードをドローする。そのカードは、
(……まだ、希望を捨てるなってことか……!)
「……私、は。セッティング済みの、スケールで、ペンデュラム召喚……! エクストラデッキから現れよ、レベル3《EM エクストラ・シューター》……レベル、4《竜脈の魔術師》……!」
相手の場のモンスターはNo.101一体のみ、伏せカードはない。これなら、きっと。
「さらに、チューナーモンスター《調律の魔術師》を召喚、し、効果発動……! このカードの、召喚成功時、相手ライフを400回復し、自分は400の、ダメージを受ける……」
ヲ級:LP3650→4050
響:LP1450→1050
「私のライフを回復してくれるのかい?」
「利子をつけて返してもらうから、構わない……私は、レベル3のシューター、レベル4の竜脈に、レベル1のチューナー、調律をチューニングッ……!」
未知には未知を、だ。
「清き心を持ちし、剣士よ。吹きすさぶ吹雪を裂きて、閃光とともに現れよ……! シンクロ召喚、レベル8《覚醒の魔導剣士》ッ……!!」
ヲ級の残りライフは4050。だが、このモンスターならそれを削りきることができる。
「魔導剣士の、効果、発動。シンクロ素材に《魔術師》Pモンスターを、使用した場合、墓地の魔法カード一枚、を、手札に戻す。《フォース》を戻し、発動。No.101の攻撃力を半分にし、その分魔導剣士の攻撃力を上げる……これでNo.101の攻撃力は1050、魔導剣士の攻撃力は3550だ……」
「それならダイレクトアタックでも削りきれないけど……」
「問題ない……バトルだ、魔導剣士で、No.101に攻撃……! そして魔導剣士が相手モンスターを破壊した時、その元々の攻撃力分のダメージを、相手に与える」
魔導剣士が素早くNo.101に接近し、その剣を振るう。
「合計4600のダメージ……終わりだ、ヲ級っ……!」
「んっ……く、ぁぁぁ!」
魔導剣士の剣を受けたNo.101は、ものすごい量の煙を出しながら爆発した。
ヲ級:LP4050→0
「…………終わっ、た」
体重を支えきれず、思わず後ろに倒れる。だが、やった。これで、鎮守府から脅威は去ったわけだ。
(……司令官たちに報告……は、明日でいいか。とりあえずは部屋で眠りたい……あ、でもヲ級はどうしよう。まさかここに放置というわけにもいかないし……)
思い、ヲ級の方を見る。そこでは未だに黒煙が上がっていた。
(でも、あの《No.》に敗れた妙高さんたちは意識不明になった。ということは、逆に《No.》を使って敗れたヲ級も似たような末路を迎えているんだろうな。なら、放っておいても大丈夫かな……?)
大きな力というのは、デメリットがつきものである。まさかリスクが何もないなんてことはあるまい。
壁に手をついて立ち上がる。何はともあれ、まずはこの場を離れ
「ふっ、くふ、ふあはははははは!!」
「!!?」
突如響いた、大きな笑い声。それは黒煙の向こう側からだった。
……まさか?
まさかッ!!?
「……!」
黒煙と反対側に目を凝らす。やはり、まだ紫色の壁が存在している。
(つまり……まだデュエルは終わってない!?)
「No.101の効果ァ!」
ギュアアア!! と轟音を立てて風が巻き起こり、黒煙が吹き散らされる。そこには、
「ヲ級……!」
「自身のオーバーレイユニットを一つ取り除くことで、破壊を無効にする!!」
ヲ級:LP0→1550
ローブがボロボロになったものの未だ健在のヲ級と、無傷のNo.101がいた。
(破壊されてないから、魔導剣士の効果も発動していない……!)
「いやぁ、《覚醒の魔導剣士》……まさか君が
「何が、言いたい……」
「まあまあ……それより、君はそれでターンエンドなんだよね?」
「……ああ」
「それじゃあ、私のターンーー」
直後、またヲ級のデッキの一番上が黒く光った。それも先ほどよりもずっと暗い黒色にだ。
「ーードローッ!!」
そのドローの迫力に気圧され、軽く後ずさる。
(……すごい迫力、だけど……ただ気合の入ったドローってだけじゃない、なにか……もっと、ものすごい『凄み』を感じる……!)
そんな私の思考など知る由もなく、ヲ級が言葉を放つ。
「なかなか楽しかったよ、君とのデュエル。……だから、特別に更に『奥』を見せてあげよう」
「『奥』……?」
「うん。私は手札から魔法カードーー」
その時だった。
「!!」
ヲ級が急にキッと窓の外を睨みつけたと思ったら、すかさずそちらに向けて手を向けた。
直後、超高速で何かがヲ級のもとに飛来し、ゴジャリと音を立てた。
「……?」
あまりに急な展開に、思わず目を瞬かせる。しかしヲ級はそんな私には目もくれず、手に持った『何か』を握り潰すと、それを自分の足元に投げ捨てた。
それに目を凝らすと、どうやらそれは機械の残骸のようだった。そして、その中に混じる異様なもの。
ライフル弾だ。
(もしかして……誰かがヲ級を狙撃しようとして、それに気づいたヲ級が何かの機械を盾にした? だとしても何の機械……って、もしかして?)
さらにその残骸に目を凝らす。ヲ級に握りつぶされたせいでほとんど原形がわからなくなっているが、辛うじて残っている部分をよく見ると、そこにはプロペラらしきものや、さらには機銃のようなものまであった。
(間違いない、この人、自分の艦載機を盾にしたんだ……確かに、深海の艦載機ならライフル弾を防ぐなんて造作もないだろうけど……でももっと大きなものを盾に使わなかったってことは、完全に読んでたってことなのか、こうなることを…….)
となると、次に気になるのはその襲撃者が誰かということ。
「………………」
窓の外を睨み続けるヲ級の視線を追うと、その先には鎮守府本館があった。
いや、正確にはその屋上。誰かいる。というかあれは……
(司令官……!?)
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「……チッ、気づいてやがった」
鎮守府本館、屋上。そこで火のついていない煙管を揺らしながら華城は一人ぼやいていた。
その手元には狙撃銃が一丁。軍に支給されたものに華城が改造を施した一品で、一般のものとの大きな違いは銃身の側面に大きなスコープが付いていることだ。それもただのスコープではない。
(狙いを定めたところを中心に、ごく狭い範囲だが深海の使うデュエルフィールドを無効にできるコイツ……まだ試験運用の段階のコイツなら不意打ちで殺れるかと思ったが……ったく、なんで読まれてんだよ)
ジャコリ、と大きめの音を立てて薬莢が銃の下面から排出される。
「仕方がない、一度引くか……」
呟くと、手早く荷物をまとめ、華城は屋上を後にした。
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「くっ……デュエルは一時中断だ。サレンダーさせてもらうよ。かまわないね?」
「…………………………」
何も言えなかった。おそらく、このままだと私は負ける。その先にあるのは妙高さんたちと同じ、いつ覚めるかもわからない意識不明。もしくはそれ以上の苦しみだろう。
だが、ここで彼女を逃がすのも、私の中の正義感が許せなかった。
しかし、現実は無情である。
「……沈黙は肯定とみなすよ。それじゃーー」
紫色の壁が溶けるように消えていく。同時に立体映像のNo.101や魔導剣士も消えた。
その直後、ヲ級の体が吹っ飛んだ。
「がぅ、あ……!?」
ヲ級自身、最初何をされたのか気づいていないようだった。
しかし、その様子を第三者視点で見ていた私にはわかった。何者かが私とヲ級の間に飛び込んできて、その勢いのままヲ級を蹴り飛ばしたのだ。
その『何者か』とは、
「川内さん……!?」
「ごめんね、本当はもっと早く助けに行きたかったんだけど、あの紫色の壁が邪魔だったんだ。だから、それが消えるまで待ってたんだよ」
川内型軽巡洋艦一番艦、川内さんだった。
「でも、どうして……」
「深夜見回りしてたらどこかに行こうとするあんたを見かけたからね。こっそり後をつけたらこんなことになってた、ってわけ」
なるほど、階段を降りている時に感じた気配は川内さんだったわけか。
そう私が結論づけている間に、ヲ級はゆらりと立ち上がった。
「ふっーー」
それを見るなり川内さんがヲ級に向かって突撃する。だが今度は先ほどのようには行かず、ヲ級はそのすべての攻撃をギリギリで避け続けた。
でもそれにも限界がきたようで。とうとうヲ級は足を滑らせ、バランスを崩した。
「もらった!!」
すかさず川内さんが拳を握り、ヲ級のボディに重い一撃をーー
「残念」
ーー入れる直前、川内さんが思いっきり吹っ飛び、私の目の前まで転がってきた。
「えっ……!」
何が起こったのかわからず、声が漏れる。咄嗟にヲ級の方を見ると、その手には一枚のカードがあった。だがそれは、
「……白紙?」
「……まあ、ある意味ミッションコンプリート、かな?」
ヲ級が今度はすっと立ち上がり、砕けた窓から外へ身を躍らせた。
「くっ、待て!」
私も急いでヲ級と同じルートで外に出る。ヲ級の向かっている方角……間違いない。彼女は海を目指している。
(そりゃそうか、なんて言ったって『深海』棲艦だもんね……!)
No.101から受けたダメージが残る体ではあまり速くは走れないが、そこは駆逐艦。この状態でも正規空母となら五分五分程度だった。
やがてたどり着いたそこは、いつもの特殊物資搬入用港の隣、来客用の船が停泊するための港だった。流石にこの時間に船はなかった。
そこにある桟橋の中間あたりでヲ級は止まった。
「……名前も知らない駆逐艦さん。ここの司令官に言っておいて。『借りてたものは返した』ってね」
「? 何を言って……」
疑問を口にし切る前に、ヲ級が思い切り飛んだ。
海に向かって。
「出来たら、だけどね?」
「ま、待てっ!」
追いかけて私も海に出ようとする。が、グイッと腕を引かれて止められる。誰かと思い振り返ると、
「川内さん……?」
「………………………………」
何か様子がおかしい。俯いているせいでその顔をうかがうことはできないが、纏う雰囲気が普段のそれではなかった。
「一体どうしたんだい? もしかして、さっきヲ級に何かされたとか……?」
ヲ級を追いかけるにしても腕を掴まれていてはそれもできない。仕方がないので川内さんの方を向いて、声をかける。
すると、川内さんは私を掴んでいた手をはなし、あろうことか私に向かってデュエルディスクを構えた。
「なん……!?」
「……響」
川内さんがゆっくりと顔を上げる。その口元には笑みがあった。
そして、額には謎の数字……のようなもの。
「デュエル、しよ?」
ゾクリ、と。背筋に寒気が走る。川内さんの笑みの裏から感じられる、溢れ出る殺意のせいだ。
状況が飲み込めないが、これはやるしかないということなのだろうか?
(……どのみち、今から追いかけてもヲ級には追いつけない、か。なら川内さんをどうにかするしかない……!)
「わかった。そのデュエル、受けよう」
「……そうこなくっちゃ」
私の方もディスクを構える。
「「デュエル!!」」
何やらゴチャゴチャしてまいりました。大丈夫、何話か後に解説回は挟みますんで。多分。
連戦響さん。【EMオッドアイズ】vs【ヴェルズ】です。というわけで解説〜。
【EMオッドアイズ】はいつも通り。《覚醒の魔導剣士》と《フォース》のコンボは実際エグい。
【ヴェルズ】も普通ですね。ただ除外関連のカードがチョイ多めです。
そしてついに出た《No.》。特別なカード≠出てこない。特別なカードはそれ相応の登場をさせるということです。
さて、前書き通りストックがなくなってしまったので、次話はいつになるやら……。
次回、手加減を捨てた川内に、響は……。