一ヶ月! 案外書く時間が取れないもんです!
今回からまた平常通りです。
司令官の臨時秘書艦になってから、およそ一週間が経過した。
臨時秘書艦、などと大層な名前をいただいてはいるが、その実仕事はほとんどない。書類仕事は基本的に司令官がやるし、人手が足りない時は大淀さんがサポートに回る。艦隊の指揮をとるのも司令官だ。
なので私のやることといえば、司令官と一緒にデッキをいじったり、コーヒーを淹れたり、たまに軽食を作るぐらい。
よって。
「………………暇だな」
ぼーっと天井を眺めながら呟く。司令官は今席を外しているので、聞かれることもあるまい。
時計はすでに十四時を指しているが、今日この部屋に来てから私がやったことといえば、
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
『おはよう、司令官』
『ああ響、おはよう。さっそくなんだがコーヒーを淹れてくれないか?』
『了解』
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
……あれ? これだけ?
(流石にこれはまずいんじゃ……?)
秘書艦用の椅子に座って緩やかに回転しながら思う。
だけれど、だからと言って何ができるでもない。それに今は、司令官から『執務室待機』
を指示されている。なのでこの部屋から出て誰かの元へ遊びに行くというわけにもいかない。
と、そこで一つ、思いついた。
現在に何もないのなら、過去を思い出せばいい。
「……………………」
背もたれに体重を預け、ゆっくりと瞳を閉じた。
そうして思い出されたのは、約一週間前の、とある日の朝会の直後だった。
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「お疲れ様です、響さん」
大淀さんがペットボトルに入ったお茶を差し出す。それを受け取り中身を一気に半分ほど飲むと、喉を心地よい冷たさが通り抜けた。
あの司令官とのデュエルの翌日。突然の司令官からの命令を了解した(拒否権などなかったが)ことによって臨時秘書艦となった私は、そのことを朝会の場で発表した。司令官が不在だったためにできなかった私のお披露目も兼ねてのことだった。
「いやはや、まさか響があそこまで緊張するとはな。君は結構クールなイメージがあったから、なかなかいいものを見せてもらったよ」
隣の司令官が笑う。しかし事実人前に出ることは得意でないので反論はしない。
「やはりみなさん、かなり驚いてましたね」
「そりゃあな。着任して日の浅い駆逐艦を秘書艦にするといったら、誰だって驚くさ」
言って、煙の上がっていない煙管を口から外し、缶コーヒーを傾ける司令官。その言葉を聞いて、私は前日から気になっていたことを尋ねてみることにした。
「……ねえ、司令官。私は『臨時秘書艦』なんだよね?」
「ああ、そうだが?」
「そのことについて、二つほど質問があるんだけど、いいかな」
「言ってみたまえ」
「一つ。何故私なのか」
至極当然の疑問。さっき司令官が言った通り、私はこの鎮守府の中で最も新しく着任した艦娘だ。そんな私に(臨時とはいえ)秘書艦をやらせるなど、普通ならまず考えられないだろう。
「そしてもう一つ。何故『臨時』なのか」
こちらもやはり誰だって思うことだ。わざわざ『臨時』とつける理由がわからない。それに、仮に正式に迎え入れるべき何者かのために秘書艦の席を空けておきたいのであれば、先の通り私である必要性は皆無だ。
その私の疑問を受けて、司令官は数秒眼を閉じた後、ゆっくりとその眼を開いて言った。
「……君である理由。それはまだ言えないが、代わりに『臨時』とついている理由は教えよう。……といっても、そんなに難しいことでもないがな」
「というと?」
「単純な話、前任がまだ除籍されていない。つまり、まだうちの鎮守府の秘書艦の席は空いていないんだ。現在不在だから『臨時』という形で君を指名したがね」
言い終わると同時に司令官は再度コーヒーに口をつけ、それで空になった容器を二十メートル程離れたゴミ箱に投げ込んだ。
「前任?」
「それについてはそのうち話そう。今ここで手短に伝えられる内容でもない。それに、悪いが仕事も溜まっている。早速君には働いてもらわなくてはな」
そう言うと、司令官はスタスタと鎮守府本館へと向かっていった。
「りょ、了解」
私も軽く駆け足になってその後を追った。
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結局、その日の私に当てられた仕事は軽食用のサンドウィッチを作ることだけだったのだけれども。
「……………………」
ギィ、と椅子が悲鳴を上げた。体重のかけ方を間違えたか。
(私の、前任。今でも秘書艦であるはずの艦娘。そういえば結局、その人については知らないままだったっけ)
いけない、思い出したら気になってきた。
「………………………………」
椅子を一周回し、室内に誰もいないことを確認する。そして椅子からおりると、目標地点目指して駆け出した。
すなわち、
(司令官の執務机。多分ここに前任についての資料がある……はず)
いつも正面から見ている執務机を回り込む。引き出しに鍵はかかっていない。
「……っ」
ゴクリ、と喉を鳴らす。上司の机を許可なく開けるという行為は普通にマナー違反だ。その禁忌を犯そうとしているのだから、自然と嫌な汗が出た。
でも、気になる。
(……よし、開けよう)
ソロソロと手を伸ばしていき、質の良さそうな木の取っ手に指先が触れ
「ただいま戻ったぞー」
「〜〜〜〜〜〜〜〜!! ……おえかり、司令官」
瞬時に机から離れ、あくまで冷静な風に司令官を出迎える。噛んだけど。
「おえかり……? まあいいか」
司令官も、何事もなかったかのように自分の椅子に座った。それに倣って私も席に着く。
「まったく、大本営の奴らもケチくさい。そろそろ開発工廠ぐらい解放してくれてもいいだろうに」
「解放? どういうことだい?」
「そのままの意味だ。現状、ここを含む全鎮守府は武器の開発及び艦娘の建造を禁止されている。整備はできるがな」
「何故」
「『平和』だからだそうだ。まったく馬鹿馬鹿しい」
司令官が吐き捨てるように言う。
そう言えば、以前明石さんから聞いた気がする。現在、我々人類側は幾度もの大規模作戦を経て、深海棲艦から制海権をほぼ取り戻したと。
(現状の戦力でそれを成せているのだから、わざわざ兵力を増強する必要はないということか……でも、それは)
深海側に新たな勢力が生まれてしまったら途端に瓦解してしまう、張りぼての平和では? そう思わずにはいられなかった。
制海権を取れているということは、相手の動向がほとんど筒抜けである、だから敵側にそのような動きがあればすぐに察知できると大本営は踏んだのだろうが、深海棲艦は文字通り深海に棲む艦。そんな相手に制海権をとった
そもそも、人類側が制海権をとったと思い込んでいるだけで、深海側は海の底にまだまだ戦力を溜め込んでいる可能性すらある。
この戦いは、普通の戦争とはわけが違うのだ。
(……やめよう、考えても無駄だ。戦力を増やせないのなら、現状の戦力でどうにかするしかない。それに、まだそんな勢力が出たなんて話は聞かないしね)
ふう、と小さく溜息をつく。そうと決まれば鍛錬だ。手始めに早朝ジョギングの時間を伸ばしてみようか。基礎体力は何よりも大事だ。
と、そんなことを考えていると、執務室の扉が勢いよく開かれた。
「提督さーん、報告書っぽーい!」
そこに立っていたのは、クリーム色の髪と翠の瞳が特徴的な白露型駆逐艦四番艦、『夕立』。その手には数枚の紙束がある。あれがおそらく報告書なのだろう。
(そう言えば、今日の懲戒任務の旗艦は夕立だったっけ)
「ああ、夕立か。ご苦労」
言って、執務室に駆け込んできた夕立の頭を撫でる司令官。夕立も嬉しそうだ。司令官の顔も、先ほどまでの眉間に皺の寄ったものではなく随分と穏やかなものになった。
「……そうだ、夕立。響とデュエルをしてやってくれないか?」
そんな司令官が予想外の提案を夕立にした。
「? 司令官?」
「この一週間、君はずっと執務室にいただろう? だから息抜きを、とね」
なるほど、司令官なりの配慮ということか。ならばありがたく受け取っておこう。
「夕立はもちろんオッケーっぽい! この時間なら……運動場が空いてたかしら?」
「確か今の時間帯は……第一運動場以外の運動場は全て解放されているな。そこへ行くといい」
「なら、第二運動場へ行こうか」
そう言って、自分の机からディスクとデッキを手に取り、早速向かおうとする。
と、
「ああ、待て、響。君に渡すものがあるんだ」
「?」
そういう司令官の手には、小ぶりな箱。
「君を臨時秘書艦に指名してからなかなかタイミングがなかったのでね。今のうちに渡しておくことにした」
「……? ありがとう」
それを受け取り、どうしたものかと一度迷ってから、自分の執務机の引き出しに入れた。
「響ちゃーん、まだっぽいー?」
気づけば夕立は廊下のずっと先にいた。
「それじゃ、司令官、行ってくる」
「ああ、行ってこい」
そうして、私は執務室を後にした。
若干駆け足はいつもの事です。
次回、夕立のデッキがなかなか恐ろしい。