数年前のある日。『深海棲艦』は突然世界中の海に現れ、無差別な破壊行動を始めた。
既存の武器による人類側の抵抗をものともしない彼奴らによって、一時は世界中の制海権が危ういものとなった。
しかし人類は『深海棲艦』と同時期に発見された『艦娘』と手を組み、幾度もの大規模作戦を経て『深海棲艦』を圧倒、現在は平和な海が姿を取り戻しつつある。
さて、そんな現在の艦娘の主な仕事は輸送船の護衛及び自国近海の警備である。平和な海、といっても未だに深海棲艦は完全には姿を消しておらず、それらに対抗できるのは艦娘しかいないのだ。すなわち、人類は深海棲艦との戦闘はほとんど艦娘に丸投げしている、というのが実情だ。
だが軍も馬鹿ではない。実戦のほぼ全てを任せている代わりに、艦娘の待遇はかなりいい。戦果次第といえど、給与は通常の二、三倍、休暇も多い。さらには任務中以外はほとんど自由時間だ。
そして、そんな(言い方は悪いが)金と時間を持て余した彼女たちの間で、とあるカードゲームが流行していたーー
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「…………ん」
意識の浮上とともに、ゆっくりとまぶたを開く。
「…………ここ、は?」
体の感覚から、おそらくベッドに寝かされているのだと推測。
体を起こして軽く見回す。どうやらここは個室らしい。
と、大きな姿見が目に入った。
「……ふむ」
その前に立ち『今』の自分の体をまじまじと見る。
銀の長髪、若干切れ長の瞳。入院着を纏う肢体は華奢で、強く持ったら折れてしまいそうなほどだ。
これが、私ーー暁型駆逐艦二番艦『響』の艦娘となった姿らしい。
(……細いな。だけど、心の底から力が溢れるような感じがする。……ハラショー、この身体も、なかなか悪くないじゃないか)
そんなことを考えていると、ガラガラと音を立てて個室の扉が開かれた。
「おや、目が覚めましたか」
振り返ると、部屋の入り口に桃色の髪の女性が立っていた。
「あなたは……?」
「工作艦の『明石』と申します。あなたの様子を見に来たんですが……その調子なら大丈夫そうですね、響さん」
そう笑顔でいう女性ーーもとい明石さん。
……あれ?
「……明石さん。どうして、私の名前を?」
自己紹介はまだだったはずだけど。
「ああ、それは……」
言うと、明石さんは自分の背後に目をやり、そちらに向かって何か言葉をかけた。すると、
「………………」
おずおずと明石さんの背後から黒髪の少女が出てきた。背は私と同じくらいで、黒髪を腰くらいまで伸ばしている。そしてーー不思議と、自分と同じ雰囲気を感じた。
(もしかして……)
「……君は、『暁』、かい?」
暁ーー暁型駆逐艦一番艦の彼女は、つまるところ私の姉だ。前世では命を助けられたこともあった。
と、目の前の少女は、
「……ひび、き、響、響っ!!」
「っ、ごぅ……!?」
涙目になったと思ったら、ものすごい勢いで私にタックルをかましてきた。あまりの勢いに、思わず倒れ込んでしまう。
「響ぃ……会いたかったよぅ、響ぃ……!!」
「お、落ち着くんだ暁、せめて私の上からどいてくれ……!」
しかし、暁はどくどころか私を掴む手をさらにギュウと強くする。
……内心、暁で合っていて良かったと思ったのは内緒だ。
「ふふ、うちの鎮守府には、暁さんの妹さんたちは着任されていませんから。そうなるのも無理ありませんね。暁さん、発見されたあなたを見て一発で響さんだと見抜いたんですよ?」
明石さんがこちらを見ながら微笑ましそうに言う。確かに側から見ている分には平和かもしれないが、私の方は鳩尾あたりに暁の頭があるせいでそろそろ限界だ。
「あ、暁、本当に……どいて……」
「ほら暁さん。響さんもこう言ってますから……」
「へ? ……あ、ごめん響、大丈夫!?」
慌てた様子で暁が私から離れる。正直大丈夫ではなかったが、暁の心底心配そうな顔を見たらそうも言えなかった。
「……大丈夫。不死鳥の名は伊達ではないさ」
腹部を抑えながらもそう言うと、暁はホッとした様子で破顔する。まあ彼女にも抑えていたものがあるのだろうし、今回は大目に見ておこう。
「あのー、暁さん? これはいいんですか?」
と、そこで明石さんから暁に声がかけられる。するとそれを聞いた暁は勢いよく振り返り、早口でまくし立てた。
「そ、そうよ! ごめんなさい明石さん、それのことすっかり忘れてたわ!」
言うなり暁は明石さんから枕くらいの大きさの箱を受け取り、それを私に渡してきた。
「これは? 開けていいのかい?」
「ええ、いいわよ。それ、司令官からの響宛の贈り物だもの」
「え……司令官から?」
思わぬところで自分の上司ーーおそらく、だがーーの名が出てきて、思わずギョッとする。このサイズだと……なんだろう、小銃とかだろうか。
「あ、そんなに身構えなくても大丈夫ですよ。それ、提督からの着任祝いですから」
「着任祝い、ね」
そう言われても警戒心はほとんど解かずに箱を開けると、中には手のひらより少し大きいぐらいの銀色の機械と数十枚の紙束が入っていた。
「これは……?」
「あれ。これ、『デュエルディスク』じゃない」
「『デュエルディスク』……?」
尋ねると、暁はふふーんと鼻を鳴らして得意げな顔になった。
「そうよね、響はわからないものね。だから姉であるこの私がおしえてあげるわ! それは」
「『デュエルディスク』は『遊戯王デュエルモンスターズ』と呼ばれるカードゲームを、より楽しく遊ぶために私が発明した機械です。うちの鎮守府では、皆さんそれを持っていますからね、提督なりの配慮でしょう」
暁の言葉を遮って明石さんが説明してくれる。なるほど、簡潔で分かりやすい。
「ちょっと、明石さん! 私のセリフ取らないでよう!」
「そうはいっても、暁さんに任せたら長くなりそうでしたから……」
そう言われて、暁はぐぬぬと唸りだした。どうやら自覚はあるらしい。
「まああれです、私はもう工廠に戻りますし、暁さんは響さんにルールの説明なんかをしてあげてください」
「……! そ、そうよ! 響、私がデュエルのルールを教えてあげるわ!」
「ほう、それは頼もしいな」
明石さんに諭されて、暁の顔に再び得意げな色が戻る。私はまだ一言もやるとは言っていないが、まあ司令官から送られたものも無下にはできないし、何よりみんなやっているのなら他のみんなと仲良くなるためには手っ取り早い手段かもしれない。
「それでは、私はここで。……っと、響さん。くれぐれも、絶対安静ですからね?」
「? ……ああ、わかっているさ」
謎の念押しをして去る明石さん。その意図がいまいち掴めず首を傾げていると、足音が聞こえなくなった瞬間に暁が立ち上がった。
「さて、それじゃ響、早速いきましょ?」
「? 行くって、どこに?」
「そうね……港なんかいいんじゃないかしら」
「どういうことだい? 暁はカードゲームのルールを教えてくれるんじゃ……?」
そう聞くと、暁は急に口籠り始めた。
「へ!? え、あの、その……ほ、ほら! 響もこれからは私たちと一緒に戦うわけだから、潮風に慣れといたりするのも必要だと思うしっ! そ、そういう姉なりの配慮よ、配慮!」
「??? ……あ」
暁の言動に理解が追いついていなかったが、暁の組んだ腕のあたりにある、自分の銀色のそれと色違いの機械が目に入り、その意図を察した。
なるほど、暁は私とーー
「……わかった。なら港へ行こう」
銀の機械ーーもとい、デュエルディスクを腕につけて、私も立ち上がった。全く、私も甘い。
読んでいただきありがとうございました。
さて、今回の話ではありませんでしたが、ここで今作でのデュエルについてご説明いたします。
基本的に初期ライフ8000、マスタールール3で進行していきます。万が一連載中にマスタールール4が発表された場合、可及的速やかにそちらに移行します。
また、カード名は《》、デッキ名は【】で囲んでおります。
リミットレギュレーションは投稿日のものを適応します。
……こんなところですかね。その他質問があればなんなりと。
それでは今日はこの辺で。次回、初デュエル。