さて、少ないストックを切り出しての投稿です。
ホント日常が面倒になる今日この頃ですが、どうにか受験生き抜いていこうと思います。あと、感想等に関しては即返信とはいかなくてもそれなりにチェックはしているのでお気軽にお寄せください。
それでは、久方ぶりの思デスをどうぞ
世界初のVRMMORPG――ソードアート・オンライン。一万人という膨大な人々が集う超大規模のオンラインゲーム……だったはずなのだが、そこには……このゲームのメインプログラマーにして、このフルダイブ技術を世に発信した天才、茅場晶彦の恐るべき野望が内包されていた。
――――これはゲームであっても、遊びではない。
その言葉通り、彼は一万人に上る全プレイヤー参加による、このゲームの舞台である《浮遊城アインクラッド》第百層までの完全攻略。しかしここまでならば、単なるゲームの領域を出ないが――その本質は、その先にある。
――クリアまで、一切のログアウト不可。そしてもし……その途中で、HPが〇になるとき、プレイヤーは《死亡》する。
仮想世界での命が、そのまま現実の命へと直結する……理不尽すぎるまでのその《デスゲーム》は、その〝本来の仕様〟を《始まりの街》でプレイヤーたちにただ一方的に告げられ……そして始まった。
誰しもが嘆き、嘘だとその言葉を信じなかった。信じようとはしなかった。だが、それは現実であり……この世界が、本当に生き抜かなくてはならいない現実へと変わった。
そして、誰もが命を懸けて……この世界を生きなくてはならなくなった。
その為に、最前線を攻略していく通称・攻略組と呼ばれる最前線の猛者たちが次々と迷宮を駆け抜け、各階層ごとのボスモンスターを退けながら攻略を続けていった。
そして今現在、最前線は第七十四層にまで登り……この浮遊城も約四分の三が攻略され、ついに現実への扉が見え始めた。
それはこのデスゲームの始まりから、およそ二年後のことであった……。
* * *
第七十四層迷宮区にて――。
二十人ばかりのパーティが迷宮の中を進んでいた。
ハチヤとキリト、そしてアスナ、ユイ、ユキ、イロハ。そして、クライン率いるギルド《風林火山》の面々である(リズや黒猫団一同、およびカインズ、ヨルコたちはそれぞれの都合で今日は来ていない)。
この迷宮に出現するMob、《リザードマンロード》《デモニッシュ・サーバント》。二十人というパーティメンバーの数に応じたのか否かはわからないが、その集団に出くわしてしまった彼らは数人のレイド体制で向かってくる敵モンスターを《スイッチ》をしながら一気に責め立てる。
モンスターのAIは基本的に急に戦術を変えられると、すぐには対応することができず、一瞬の
「……ハァッ!」
掛け声とともに、ハチヤの振るった剣撃――七連撃ソードスキル《デットリーシンズ》がデモニッシュ・サーバントへ叩き込まれる。そのソードスキルの硬直時間が襲い来るその瞬間、ハチヤの「スイッチ!」の声と共に、キリトとハチヤが入れ替わる。この交代で、攻撃がヒットしたことに加え、攻撃パターンの変化に即座に対応出来ず、さらにMobのAIは認識が遅れる。この硬直の瞬間、キリトは一気にとどめの攻撃を放つ。ハチヤの放った《デットリーシンズ》同様の七連撃技だが、此方は《体術スキル》もそれなりに持っていないと使えない技《メテオブレイク》だ。
「そらぁ……ッ!」
キリトは掛け声とともに、最後の上段斜め切りを叩き込むと、デモニッシュ・サーバントはポリゴン片となって砕け散った。
しかし、そこへさらに四体のリザードマンがキリトへと向かってきた。だが、キリトは今わずかながらほんの刹那の硬直を強いられている。このままではダメージを喰らってしまうのは避けられないかと思われたが、
「キリト、うまく避けろよ……っ!」
「おう!」
そこへハチヤがキリトの前へ飛び込み、目の前のリザードマンに横一線の剣撃を叩き込む。そしてさらに、そこから振り返るように背後のリザードマンへ一撃、さらに半回転し左、ラストの一撃を右のリザードマンに叩き込んだ。四連撃ソードスキル《ホリゾンタル・スクエア》。通常の単発《ホリゾンタル》を四方向へ振り払い、四角形を描くように撃ち放つ連続技である。
しかし、通常この技を撃つ場合……この技は近くに味方がいるとその味方にまで攻撃が当たってしまいかねないが、そこは反応速度の鬼であるキリト。ハチヤの光速の一線をしかと感じとり、最初の一撃を叩き込んだ後硬直が解けるのを感じるとすぐさま剣撃の死角へ素早く移動し、技の軌道を妨げない位置を取り続けた。見事なコンビネーションと言えるだろう。
「ナイス、ハチ」
「おう」
二人はそういって、軽くこぶしを合わせる二人の剣士。
その背後ではパーティメンバーたちの戦闘終了を告げるポリゴンの砕ける音が響く。
今日の《攻略》は、非常に好調のようだ。
「にしても、さすがにこれだけ手練れがそろってると攻略がはかどるなぁー」
「だな。にしてもクライン、お前大分レベル稼いだだろ。一撃一撃が前より重くなってるし」
「まあな。それなりにこっちも経験値稼いでたんだよ」
そんな会話をキリトとクラインがしている間、
「それにしても……なんだかこれだけ人がいると安心感がありますよねー」
「だねーイロハちゃん」
「……そうね、マージンを十分にとっているメンバーがこれだけいればそれなりには進めるわね」
「この調子だと、ボス部屋もすぐ見つかったりしそうですね」
「ぼ、ボス部屋ですか……」
「私たち、そういえば見たことないね。ボス部屋」
そんな感じの女性陣の会話が成されていた。
そして、そんなアスナの発言は……すぐに当たることになる。
黒い巨大な扉。迷宮の奥の部分に位置する場所にあった扉。
これは、どう見ても――。
「…………ここは」
「……ボス部屋、だよね?」
キリトとアスナがそんな発言をする。
それにしても、こんなにあっさり見つかるとは……と、ハチヤはそんな風に思った。
「とりあえず、中を確認しましょうか」
「……まぁ、そうだな。見ない事には何も始まらねぇか」
ボスモンスターは、守護する部屋からは出ない。これはこのゲームの鉄則であるので、中を覗くだけならば問題はないだろう。
「おっしゃ、皆《転移結晶》忘れんなよー?」
クラインが面倒見のいいところを発揮し、一同に非常脱出手段を用意するように呼び掛ける。
その声を受け、全員が結晶を用意したところで……いよいよボス部屋の中を確認する作業に入る。
「……それじゃあ、開けるぞ?」
「おう……」
緊張の一瞬。
ぐっ、と扉を押すと……ギィィィッという音と共にゆっくりと扉が開いていく。
全員の身体がこわばり、部屋の中に向ける視線に全神経を集中させる。
部屋の中で、松明に青白い火が灯っていき……真っ暗闇の部屋の中を照らし始める。すると、その松明の円の中心に佇む、巨大な影があった。
青い巨人――いや、その青い巨体に乗っている顔は山羊のそれであり、捻じれる角が後方へと突き出している。目の前に佇むそれは、《獣人》というよりは、RPGの定番モンスターである《悪魔》だろう。
こうして直に対峙すると、その恐ろしさがひしひしと伝わってくる。
しかし、硬直した身体とは裏腹に、目はその悪魔の上に表示されるカーソルを捉えた。
そこには――《The Gleameyes.》と表示されている。
輝く目、という意味であっているだろうか? と、その文字を捉えたボスモンスターである証の固有名を見た者は思ったが……ボスモンスターであり、悪魔然とした個のモンスターには寧ろ、青白く輝く目を持つ悪魔――――《青眼の悪魔》、と言ったところか。
しかし、誰しもが考えることができたのはそこまでだった。
『うひゃぁぁぁああああああああああああああああああああああああああぁぁぁッッッ!?』
という誰ともつかぬ悲鳴――ここまではどちらかというと大人しめだったちびっ子テイマーズ説が濃厚――を皮切りに、一同は部屋から駆け出して逃げだした。
* * *
さて、どのくらい逃げ回っただろうか……一同は一心不乱にダンジョンに設定されている安全エリアを目指して駆けた。
安全エリアに辿り着くと、荒息をつきながら一同はへたり込むと誰ともなしに「……ぷっ」という笑い声が沸き起こり、その場に笑い声が蔓延する。
「あははは! やー、逃げた逃げた!」
「いやー、こんなに走ったのは久しぶりだよ……」
キリトとアスナがそういうと、周りも「だよなー」「あんな迫力あるボスも結構久々だよなー?」「こ、怖かったです……!」などと話が続く。
その中で、ふとこんなことをキリトが言った。
「盾装備の奴が十人は欲しいな……」
「盾装備……ねぇ?」
「な、何だよ、アスナ?」
キリトが怪訝な顔でアスナを見ると、アスナもまた疑わしそうな目でキリトを見る。
「だって、私キリト君が立て持ってるとこ見たことないもん。普通、《片手剣》の最大のメリットは〝盾を持てること〟でしょ? 団長みたいに。でもキリト君、盾一回も持ってないよね?」
「うっ……」
その追及にキリトも言葉に詰まる。
「私も盾を持てなくはないけど、細剣のスピードが落ちるからっていう理由だし、ハチヤさんとかユイさんとかもそうだけど……キリト君の場合はどっちでもないよね?」
更にそう言われると、ますますキリトは言葉に詰まる。アスナの方も何かしら彼が隠しているのだろうことを考えてはいるが……それを分かった上で、からかい交じりに詮索しているのだ。
「ねぇキリト君、リズにもう一本剣作ってもらったんだよね?」
更に痛い所を突かれるキリト。
「いや、そうだけど……」
だが、そこまで言えばアスナはもう満足なのか、
「スキル詮索はマナー違反……だけど、なーんか怪しいなぁ」
アスナは少し含みを持たせつつ、そこまで言うと……「まぁいいわ」と、その話題をいったん終わらせる。
「じゃあ、そろそろお昼にしませんか? Mobとダンジョン攻略の方ばっかりでしたからね」
「そうね、そうしましょう」
そういってユキもそれに賛成し、ストレージからお弁当を取り出し始める。
「にしても……相変わらずお嬢さん方の弁当はうまそうだなぁー、ハチの字よぉ?」
「そうだな、まったく感服するよ」
何せ、この《アインクラッド》における味覚再現のデータを解析し、より現実に近づけた《完璧》とさえ呼べるようにな配合区分調査を彼女らは行い、そのリストを作り様々な料理および調味料と言ったものを作りあげているのだから。
「にしても、売り出すだけで儲かりそうなもんだけどよーなんでそうしねぇんだ?」
確かに、これだけの最限度ならレシピ一つとっても高値が付きそうなものであるが、しかし悲しいかなこの《アインクラッド》で《料理スキル》を挙げているプレイヤーはほとんどおらず、レシピだけでは再現不可能だというのが悲しい現実である。
しかし、既製品を売り出せば間違いなく儲かるだろうが……そうしない理由はとクラインに問われ、ハチヤは迷うことなく答えた。
「あん? ンなもん決まってんだろ。俺らの分なくなったら困んだろうが」
あっけらかんと言い放つハチヤに対して一同は呆れながらも、そんな意見を物申したハチヤと同様に食い意地の張ったキリトだけは「うんうん」と頷いている。
そしてささやかな談笑交じりに食事が始まり、ルミやシリカも《料理スキル》を取得してみたいという話が上がり、ユキたちに特訓してもらおうかという話になったり、クラインがカタナのレア装備が欲しいという話をしていたり、ハチヤがまた少しひねくれたことを言ってユキと言い合いになったりと、色々と楽し気な雰囲気が漂う。
そんな訳で、和やかな昼食タイムとなったのだが……一同のいる安全エリアに、突然の来訪者が現れた。
無論、安全エリアに人が来るのは珍しい事ではない。だが、そこへやって来た者たちは和やかなパーティという訳でもなく、物々しい雰囲気を放ちながら、それでいて非常に消耗しているような状態である。
加えて、ハチヤ達は彼らの装備している鎧などから、彼らが《軍》のメンバーであることを確認した。
どうしてこんなところにいるのだろうか、と誰しもが思ったはずである。
《軍》とは、嘗て《アインクラッド開放隊》という名称でハチヤ達もよく知っている《ディアベル》と《キバオウ》らの始めたギルドで、アインクラッドで古株中の古株であるだ……ここ最近はあまり前線ではいい活躍ができておらず、先の第六十七層攻略の際多大な犠牲者を出してしまったことから、ディアベルは一時前線からメンバーたちを離れさせ、もう一度組織強化と個々のレベル上げを見直すことにしたという話だったが――と、そこまでハチヤ達が考えていたところで《軍》のパーティの内の一人が話しかけてきた。
「私はアインクラッド解放軍所属、コーバッツ中佐だ」
(中佐と来たか……)とハチヤは、ディアベルが何だか一度前線から離れることを決めてから内部がごたごたしてきて本物の軍隊……それも前世紀的な恐怖政治と独裁にまみれたような状態になりそうだとこぼしていたのを思い出した。そもそも、《軍》は周囲がそう呼び始めたのがきっかけで正式名称ではなかったはずだが、どうやらいつの間にかディアベルがこぼしていた以上に内部は軍隊化し階級までできているらしい。
そこでハチヤは、そういえば面と向かって名乗られて名乗らないのはさすがに失礼かという事に気づき「ハチヤだ。うしろの奴らはパーティのメンバーで……」と言い、後ろのメンバーたちもそれぞれ自分の名を名乗る。
それを聞くと、コーバッツは一同にこの先も攻略しているのか? と問う。
それに対し、ハチヤはボス部屋の前まではマッピングを終えている有無を告げた。
「……うむ。では、そのマッピングデータを《提供》してもらいたい」
「なっ……!?
クラインの怒りももっともであるが、コーバッツはそれを意に介しもしない。それどころか、寧ろ傲慢にも――
「我々は一般プレイヤーにも平等に物資やアイテムを分配し、一刻も早くこのデスゲームから全員を解放するために戦っている! 君たちが我々に対し《協力》するのは、当然の義務である!!」
――と、答えた。
たしかに聞こえはいい。十人が聞けば全員《正義》であり《正しい行い》であると答えるであろう。
だが、他人のこれまでの積み重ねを、ただ漠然とした《善》のためにだと言って巻き上げていくなんてこと……そんなものの、何が《正義》だというのか。
しかしそうした《善》を盾に取られた時、人は何時だってその軍門に下ることになる。
どちらが本当に正しいかではなく、どちらの見た目が正しく万人に映るかによって。
そんなことはよく知ってた。
だから少年は、逆にかまわないとさえ思う。
この程度の情報を与えることに、最初の向こうの提案通り……単なる《提供》以上の意味など求めるべきではない。
寧ろ必要ない、そう考えるべきだと少年は経験から悟っていた。
「……ああ、分かった」
そう答えた。
「は、ハチヤ……」
「別に、この程度でどうこうする気はないだけだ。元々、街へ戻ったら公開する予定だったし……別にこんなもんで商売しようとも思わないからな」
そういってハチヤはマップデータをコーバッツへ送信する。
すると、コーバッツは「うむ」と一つ頷き形式的に「協力感謝する」と何の感情も宿っていないような礼句を述べる。このままボスに挑戦する気なのだろうか、コーバッツは連れてきた仲間たちの方へと戻っていく。そんな彼の背に向けて、ハチヤは忠告を述べる。
「ボスにちょっかいかける気ならやめとけよ。今のお前らの状態じゃ、今日中に生命碑に名前が載るのがオチだ」
「それは、私が判断することだ」
「……独りよがりの特攻を《善業》穿き違えるんじゃねぇよ。《勇気》と《無謀》を穿き違えるなって聞いたことねぇのか」
「私の部下たちはこの程度のことで音を上げるような軟弱者ではない!」
そういうコーバッツは単なる独りよがり以上に、個人的なプライドやそれに近い何かによって独裁的な《船頭》を行っているのだ。こういう馬鹿は、いっても無駄……事実、コーバッツはそのまま迷宮の奥へと戻っていってしまった。
「……、」
その背中を見届けた一同は、非常に嫌な予感を感じていたことだろう。あの無謀に踏み出そうとしている命知らず達が、本気でボスに挑むのではないかという疑念が、彼らの中には既に深く残ってしまっていたのだから。だから、という訳でもないが……とハチヤは誰に向けての言葉ともせずに、ただ一言「…………見に行くか?」とだけ告げた。そんな彼の様子に、他の一同も頷きハチヤの意見を肯定する。
「…………ったく、このお人好しども……」
「オメェもその一人だろうがよ? なぁ、キリの字」
「ああ、まったくだな」
そういってニマニマと笑いかけてくる二人をハチヤはうっとおしそうに少し睨むと、「いいから行くぞ……俺たちのマップデータで死なれたんじゃ、寝覚めが悪ィからな……」とだけ言って、拗ねた様にして先んじて進んでいった。そんな彼の後を微笑みながら付いて行くユイとユキに続き、イロハやキリトとアスナシリカやルミ、クラインたち風林火山の一同も笑いながらあとを追っていくのだった。
* * *
運悪くリザードマンの大群に再び出くわしてしまい、多少時間を食ったものの先ほどのボス部屋のすぐ近くまでは辿り着くことができた。このまま少し進めば先ほどの《グリームアイズ》のいるボス部屋までたどり着く。しかし、ここまでくる間に、コーバッツ達の姿は全く確認できていない。
「ひょっとしたらよ、とっくに連中は転移結晶で帰っちまったんじゃねぇのか?」
……そうだと良いんだが、と誰しもが思ったであろうその時――その予想を裏切るかの如く、迷宮の
「……まさか!?」
と誰しもが口にし、その奥へと駆けこんでいくが……運悪くリポップに当たってしまい、リザードマンが再び現れる。
「チッ……! おい、キリト、ハチヤ! おめえぇら先行け!」
「あ、あぁ! 分かった!」
そういうキリトと共に、奥へと駆けこんでいくハチヤ。そこで彼の見た物は、まさしく地獄絵図だったといえるほどの
グリームアイズと対峙している軍のメンバーたちのHPバーはもはや全員イエローに突入しそうなほどに減っている。だがそれに相反するように、グリームアイズの四本あるHPバーは三割ほども削れていなかった。おまけに、どうにも《軍》のメンバーたちの人数が先ほどより減っているかのように見える……脱出したものと信じたいのはやまやまだが――。
「おい、何やってるんだ! 早く転移結晶を使え!!」
キリトがそう叫ぶが、
「だ、駄目だ……! く、クリスタルが使えない…………ッ!!」
「なッ……!
《結晶無効化空間》――かつてキリトとハチヤが特訓したギルドである《月夜の黒猫団》のメンバーと訪れた
しかし、現に今--この部屋には、それがシステム的に適用されている。
これは非常にまずい、非常にまずい状況だ。
ハチヤとキリトの顔に汗が浮かぶ。
このままでは、《軍》の面々は全員やられてしまう。だからと言って考えもなく飛び込めば、ハチヤたちもまとめて返り討ちにされかねない。なにせ、今《軍》の一同と交戦している《グリームアイズ》は部屋の入り口の方に背を向け、退路を断つ形で立ちふさがっている。背後から攻撃を仕掛け、注意をそらしている間に《軍》の一同が部屋の外に脱出して、さらにハチヤたちも脱出しなければならないが……今現在いるメンツではとてもではないがボスモンスター相手にそんな真似はできないだろう。ユキたちやクラインたちが合流してくれればまだなんとかなるかもしれいないが、だがみんなはまだ来ない。
かと言って、目の前でやられそうになっているプレイヤーたちをみすみす見殺しにするわけにはいかない、全滅などもってのほかだ。いかに身勝手な行動で無謀な末路に足をかけていたのだとしても、だからと言ってそんなことが目の前で起こっている惨状を見てなお見殺しにする理由にはならないのだから。
「……キリト、お前のとっておきでいけるか?」
「難しい……だろうな。全部削りきれるかどうか、そこまで確信は持てないよ……いくら習得したって言っても、ボス相手にソロ戦闘なんて想定してないからな」
「ま、そりゃそうだ……でも、行くしかねぇだな…………俺がグリームアイズを引きつける、トドメはお前がやれ」
ハチヤはそう言うと、ストレージから《もう一本》剣を取り出す。
「まず俺が突っ込む。お前はさっさと《スキル選択》と《二本目》だすのすましとけ」
「わかった……!」
「行くぞ、キリト。……背中は任せた」
「あぁ……」
そう言うと二人はそれぞれの
「そらァァァ……っ!!」
ハチヤが超速でグリームアイズへと切り掛かり、キリトはその間にスキルスロットを操作し《とっておき》の用意をする。
その間にもハチヤはそとんでもないスピードでグリームアイズへと技を放ち続ける。幾つものライトエフェクトを伴った技がグリームアイズへと放たれるが、それでやはりゲージの減りは小さい。《軍》の面々が戦っていた時に比べれば多少なりとも減るスピードは上がっている。だが、やはり本当の意味での決定打に欠けるのは否めない。
(決定打にはやっぱたんねぇな……でも俺一人じゃ削りきれねぇのはわかりきってる。上位技を使ったらリミットが来た瞬間、俺は動けなくなっちまう。そしたら後ろの連中が逃げ切る前に……それに、キリトまでつなぎきれねぇ!)
そうハチヤは考え、グリームアイズをほんろうすることによって逃げ道を作ろうとしている。その甲斐あって出口までわずかながらも活路を作ることができた。
「(よし……っ!)おい、お前ら! さっさと逃げろ!」
「ふ、ふざけるな……! 我々《解放軍》に、撤退のふた文字はあり得ない! 戦え! 戦うんだ!!」
「ばっ……!」
何を考えていたのだろうか。
それはきっと、そう口にしたコーバッツ自身にもわからないのではないだろうか。人は、動物の中で唯一《心》による感傷で自分自身の行動を歪め、目を曇らせ……自分の描く捩じ曲がった虚空の幻想にまがい物の甘さに酔いしれて――――。
「ハッチー!」
「ハチヤくん!」
「キリトくん!」
「みんな……!」
みんなでやれば、変えられたはずの結末。
あと、ほんの少しで届くはずだった現実。
しかし、運命というやつは……いつだって、どんな時だって――人の思いや願いを軽々と踏みにじって訪れる。
そしてそこには、
「…………あり、得な……い……っ」
――――必ずと言っていいほど愚かしい選択の末路という傷跡をこれから先へ進もうとする者たちへ、まざまさと見せつけて。
* * *
誰しもが、こんな状況であっても思考が停止したであろう。こんな時、だからこそ……なのかもしれないが。
愚かな選択ではあったはずだ。
自業自得と取ればそれまでだ。
だが、そんなもののはずであるそれは……一人の人間の命の結末でもあるのだ。
守りきれなかったそれは、見ている者にも傷を残して去っていく。
仕方のないこと、それで割り切れるのならば……どれだけいいだろう。
愚者出会った男の最後を見て、どう思うのが本当に正しいのだろうか?
涙すべきだろうか?
叫ぶべきだろうか?
崩れるべきだろうか?
恐怖すべきだろうか?
呆然とするべきだろうか?
ただ受け止めるべきだろうか?
それとも、立ち上がるべきだろうか?
そんなことは誰にもわからない。
涙し、その命の重さを痛感してもいい。
叫び、取り乱してうろたえてもいいだろう。
崩れ落ち、目の前の出来事を忘れようとしてもいい。
恐怖し、一歩も動けなくなってしまうのも仕方ないかもしれない。
呆然とし、虚無の時間にとらわれても誰も文句は言わないし悪くもない。
静かに受け止め、その尊さを噛みしめると同時に自己の存在を考えてもいい。
立ち上がり血を沸かせ、英傑のごとく剣を振るいその仇を討つことで示しても何も問題はない。
――――ただ、そもそもそんなことが起こりそのあとに残る選択を迫られるということ自体が、きっと間違っているというだけで……。
今自分にできることしかできない。
それが人間だ。
だからこそ……。
「「デェアアアアアアアっっっ!!!!!!」」
――――全力で前に、進む。このボスモンスターを……倒して!
もはや、何も考えるべきではない。
このままでは、何もかもを失ってしまう。
そんな恐怖に突き動かされる、感情のままの行動は……きっと、無謀だと呼べるだろう。
しかし、それでも……無謀を嘲笑い、無謀のままに散った一人の剣士を殺した《悪魔》を倒すには、きっと御誂え向きだろう。
無謀のままに、その件を振るう。決して死ぬ為でもなく、必ず帰り着きたい場所へと戻る為に。
二人の剣士が、自身の全てを持って……目の前の《悪魔》を討ち倒す。
* * *
「な、なんだよ、ありゃぁ……!?」
クラインのそう呟いた先には――神速の如き影と、二刀を振るう漆黒の勇者の姿があった。
「あ、あのスキルは……」
クラインの視線の先には、背後の戦士たちをかばいながら剣撃を振るう二人の剣士の姿があった。
神速で迫る影の攻撃が悪魔のガードをがら空きに変え、そこへ飛び込む豪剣。
「いけ! キリト!!」
「……スターバースト・ストリーム……!!」
恒星のフレアのごとき閃光がほとばしり、たった一人の剣士によって……
(もっと……! もっと……、早く……………!!)
グリームアイズはキリトの攻撃を受け、目に見えて後ろへと押されていく。
鬼気迫るほどの猛攻。キリトの瞳には、目の前のモンスターしか見えていない。ただ頭の片隅に残る――――みんなで生きて帰りたい、というたった一つの願いだけが彼を……いや、《彼ら》を突き動かす。
「……ぁぁぁああああああ!!」
キリトのエクストラスキル《二刀流》上位スキル十六連撃――《スターバースト・ストリーム》、その最後の一撃がグリームアイズの胸元を貫く。
星屑のごとき、その煌めき。その最後のひと欠片が、叩き込まれる。
「グォォォオオオオオオ……!?」
その呻き声は、《悪魔》最後の咆哮。しかし、やつは自分一人で逝く気など毛頭なかったのか……それとも、これが最後の悪あがきというやつなのか、そんなことは奴自身にもわからないのだろうが――奴は、キリトへと最後の一撃をさしむける。
「……っ!?」
「キリトくん……!!」
キリトへと、悪魔の手が迫る。刺し違えてでも、一人で逝くまいと……その爪を、黒の剣士へと――――
「――――これ以上、好き勝手してんじゃねぇよ……! お前は、ここで……終わり……だぁぁぁっっ!!」
神速の影が……影が剣に、一閃となり守るための剣撃となった。
悪魔という呪縛そのものを突き抜けるように、影は一筋の解放への架け橋――――《剣》と、なる……っ!
「――――《
…………そうして、戦いは終わる……。
時間にしてみれば、ほんのわずかの戦闘でしかなかった。
だが、そんな刹那の時間が与えたいくつもの惨劇は……人々の心の中へと深く、深く傷跡を残していった。
――――それでも、彼らは……
「…………おわった、のか……」
「…………おわった、んだな……」
「「「ハチヤくん(ハッチー)/キリトくん(さん)!!」」」
…………彼らは、戻るべき世界へと帰還することができた。
ほんの少し、守り抜けなかった後悔だけを残しながらも……それでも彼らは、〝帰り着いた〟のだった。