東方夢幻魂歌 Memories of blood 完結 作:ラギアz
もぞもぞと、俺の隣で何かが動いた。
俺は元々眠りが深い訳でもない。その軽い衝撃に、ゆっくりと目を開く。
目の前に広がっているのは、僅かな月明かりが照らす部屋。
しかし温もりは俺の背中に伝わって来る。
少々、嫌な予感を感じつつ俺は振り向いた。
「・・・よよよ、妖夢さん!?」
「ふぁ・・・?ああ、真さんこんばんは・・・」
すると、そこには少し頬の赤い妖夢が隣で寝ていた。
お酒を飲んでいたのか、焦点の定まりづらい青い眼はぼっとしている。
お風呂上りだろうか。寝間着の帯を緩く締めている妖夢の、その白い胸元が着物の間から覗いていた。
月の光に照らされ、妖夢は扇情的な雰囲気を醸し出す。
いつもとは全然違う彼女。俺は少し距離を取り、いつでも布団から離脱できるように準備する。
「妖夢妖夢。何でここに居るの?」
「むう。何ですか、私が居たらダメですか」
「いやそのさ、ダメじゃないんだけどダメなんだよ。分かる?」
「矛盾してますよー」
頬を膨らませ抗議する妖夢。幼くなった言動のまま、妖夢は話題を瞬時に変える。
「そーいえば、隔さんと暁さんの裸見たんですよね」
「ちょっと何言ってるか分かんないですねー」
「・・・・私のは見ないんですか?」
「ちょっと何言ってるか分かんないですねえええええ!?」
遂に、敷布団から俺の背中がはみ出る。
じりじりと距離を取るも、妖夢は手を伸ばし俺の着物の裾を摘まんだ。
「ほら。今はさらし巻いてないんですよ」
「止めろ!は、な、せ!は、な、せ!」
そして、空いている方の手で自らの寝間着の胸元を引き下げようとする。
これ以上は行けない、慌てて俺は妖夢を止め、拗ね始めた妖夢を必死に説得しようと話し始めた。
「良いか妖夢。深夜に血の繋がって無い男女が同じ部屋に居るってのは非常に不味いんだ。主に俺の社会的地位の問題で。うん。だから、妖夢はここで寝ていいから、そろそろこの着物を掴んでいる手を離してほしいなーと」
「だったら既成事実を作っちゃえばいいんですよね」
「うーん、ちょっと違うn待て待て脱ぐな!脱ごうとするな!」
今度は腰に巻いている帯をしゅるるーっと取った妖夢を必死に押しとどめる。
危ない。酔っている妖夢は、割と真面目に危ない。
「大体、そういうのは好きな人としなさい。俺で遊ばないでください泣いてしまいます!」
一拍の間。
そして、妖夢は当たり前のように呟いた。
「私、真さんの事好きですよ?」
ですよねー。
苦節17年間、彼女居ない歴=年齢の俺はそっと目元を・・・拭・・・う・・・?
「ごめん、今なんて?」
「・・・私は、真の事が好きって、言ったの」
白い布団の上で正座する俺に向かって、妖夢はそっと身を乗り出す。
着物を掴んでいた手を離し、妖夢は両手を俺の肩に置いた。
自然と近づく距離。紅く染まった顔が青白い月明かりを受けてぼんやりと見える。
砕けた口調になった妖夢は、自身の額と俺の額をゆっくりと押し合わせた。
「いつもいつも全力で頑張ってくれて。真は、カッコいいよ?・・・でもね、だから怖いの。いつか真が居なくなるんじゃないかと。記憶が失われるって聞いた時でさえ、私は忘れられるのかって、真が真じゃ無くなるんじゃないかって、ずっと怖かったんだよ?」
蒼い眼が、俺を捕らえる。
吐息が頬をくすぐる。妖夢の汗の蒸れた香りと、石鹸の香りが混ざり合い俺の鼻孔を刺激していく。
「・・・・私は、真の隣に立てないのかって、怖かったんだよ・・・?」
妖夢の声が、震え始めた。
肩に置いていた両手を妖夢は離し、俺へともたれかかる様に抱き着く。
「
悲しみと不安。
二つの感情が籠められた声は、俺の心を大きく揺らした。
静かな声音で。静かな夜の中で。
すうっと息を吸った俺は、妖夢の背中を右手で撫でながら答える。
「ダメとか・・・無いと思う」
きゅっと固くなる、妖夢の両手。
俺はそれに応じる様に、彼女の背中を軽く叩いた。
「俺はどこにも行かない。どこにも逃げない。俺は俺だし・・・何より、大体俺が戦う時には逃げられない理由がある」
そろそろ、夜明けだろうか。
薄くなり始めた月明かりを見つめ、俺は今までの記憶を呼び起こした。
「俺は一人じゃ何も出来ない。だからこそ、皆と一緒に立ってなきゃ行けない。だからこそ、皆と一緒に立って居られる。・・・それは妖夢も同じだよ」
博麗幻夢が居なければ、俺は戦えない。
陽炎が居なければ、俺はもう死んでいる。
咲夜さんが。霊夢が、魔理沙が、暁が、レミリア様が―――――――
そして、妖夢が居なくても俺はもうここに居なかっただろう。
「俺は、妖夢に何かあったら、絶対助けて見せる」
だって、俺達は皆隣同士で立っているんだからと。
そしてそれは、俺の戦う理由に成るんだと。
妖夢のさらさらの髪を撫でながら、俺は最後に付け加えた。
ぎゅっと、俺を抱きしめる力が強くなる。
それでも俺は何も言わず、ただただそれを静かに受け入れた。
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あの後、直ぐに妖夢は寝てしまった。
流石に同じ布団で寝る訳にも行くまい、俺は静かに白玉楼の廊下を歩き、台所へ向かっていた。
そろそろ夜明け。どうせなら、妖夢が起きて来るまで朝食の仕込みでもやっておこう。
俺は台所の暖簾をくぐり、そして中の電気を付けた。
「・・・話は終わったのね?」
「っ!?・・・れ、レミリア様・・・?」
すると、その中から突然レミリア様が現れた。
何故かエプロンを付け、包丁を人差し指で回しているレミリア様。
彼女はもう、全てを見通している様だった。
「はい。・・・終わりました」
「そう。良かったわね」
頷くと、彼女も満足気に微笑む。
「さて、じゃあ真。一つ手伝ってくれるかしら?」
「良いですけど、何をですか?」
「ふっふっふ・・・!」
レミリア様は包丁をまな板の上にそっと置き、次いで大きく両手を広げた。
「レミリアの、お料理勉強会第一回を今日開催するのよ!」
「・・・はっ?」
呆然と、俺は声を出す事しかできなかった――――――
行き当たりばったりラギア道、まだまだ行くぜ(殴