東方夢幻魂歌 Memories of blood 完結 作:ラギアz
倒れている夢月を庇う様に俺は一歩踏み出し、バースト15%分の霊力を纏う体で闇鬼に向き直る。
「・・・誰ダァ手前ハ」
くぐもり、殺気の込められた低い声を闇鬼は闇夜に響かせた。
はっきり言うと、会話をしている暇は無い。
だから俺は走りだしつつ、端的に呟く。
「普通の高校生です」
ドオン!!
地面を蹴り砕くと同時に、凄まじい轟音が辺りに響き渡る。
紅の軌跡を描く俺の体は瞬く間に闇鬼に迫り、視線を交錯させた。
正面から正々堂々とやって、勝てる相手ではない。
だから、その固い固い体の選択肢を全部ぶち壊してから―――――
気の済むまで、ぶん殴ってやる
「陽炎ッ!」
至近距離、俺は間髪入れずに叫んだ。
刹那、対して意識して無いのにも関わらず俺の中に居る陽炎が霊力を操り、俺の右肩からまるで竜の様に霊力を立ち昇らせ、闇鬼に向かって放出する。
「・・・?」
闇鬼は首を傾げ、その霊力を右手で振り払った。
それを一瞬見た俺は、直ぐに大きく飛び退る。
『ダメだ。短すぎて”殴られて壊される”だけには減らせなかった。一瞬の接触なら・・・後三回。残りは一分間だけ。・・・行ける?』
「行くしかない、だろッ!」
陽炎の宣告。
決めた意思。
絶大な妖力を扱う闇鬼に向かって、俺はもう一度加速した。
そして、再び霊力を闇鬼に向かって放つ。
「チョコマカト・・・ソンなんじゃあオレをタオセル訳ねエダろ」
再びそれを両腕で払った闇鬼はイライラした様子で一歩踏み込み、その剛腕を俺に向かって放出した。
まるで至近距離で大砲を喰らったかのような衝撃、骨が軋む嫌な音。
少し顔を顰めた俺は防御の為クロスしている腕にも紅い霊力を纏わせ、衝撃を殺すため自ら後ろへ飛んだ。
ドガッ と地面に叩きつけられ、一瞬詰まる呼吸。
喉の奥に溜まった空気を強引に吐き出しつつ、俺は再び立ち上がる。
「・・・無理、です・・・貴方では倒せませんから・・!」
隣で横たわる夢月が震える体を懸命に動かし、起き上がろうとする。
俺はそれを手で押しとどめ、一回笑みを浮かべた。
「もう、終わるから」
さっきので、もう全て破壊した。
鉄の様に堅かった体も、殴られれば豆腐の様に崩れ去る。
一撃、心臓に決めれば―――――
俺の、勝ちだ。
『ラストスパートかけて!』
「了解・・ッ!」
闇鬼を睨みつけ、俺は膝に溜めていた力を一思いに放出し、空を切り裂きながら加速する。
飛んで行く世界、巡り巡る景色。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
闇鬼が少々目を見開く中、俺は己のちっぽけな拳を前に突き出した。
―――――メギイッ
俺の拳は、闇鬼の胸板に当たり、木の枝を折る時のような軋む音を響かせ。
一瞬で危険を察知し、体を捻った闇鬼の左肩を粉砕した。
露出する筋肉、白い骨。
壊された部分が空気に触れた途端灰になり、地面に白い痕を創った。
そして、そこまでだった。
加速していた世界が、とてつもなく遅く――――いや、普通の速度に戻る。
宙を舞っていた俺の体は地面に崩れ落ち、霊力で補強されていない体は地面の小石でさえも踏めば痛いと思うほどで。
闇鬼を目の前に、俺は悟る。
二分のタイムリミット。
それが、無慈悲にも今訪れた事を。
凡人に戻れば戻るほど、痛いほど身に染みて分かる俺と闇鬼の力の差。
決して、普通の高校生では超えられない壁がそこにあった。
「・・・最後のハ吃驚シタゼ。マサカ、ちょこまか動き回ッテル羽虫如キニ体を壊されるトハヨォ」
立ち上がった俺と、3m程の巨躯の間は5m程。
絶対に、避けられない。
「マア、所詮羽虫―――潰れて消えろ」
そして、闇鬼は無造作に右手を振り下ろした。
神速で迫り来た巨碗。
それは―――
グヂュッ
肉と骨と神経を切り裂き、俺をただの肉塊にした。
いや、する筈だった。
眼を瞑った俺の耳に、入って来たのは―――――
鮮血がパタタ、と地面に滴る音と。
苦し気に呻く、呼吸音だけだった。
ゆっくりと、俺は目を開いた。
そこにあったのは。
「夢・・・・月・・・!?」
さっきまで横たわっていた、少女の小さな背中だった。
血に塗れ、冷たくなって来た体を懸命に動かしながら、彼女は両手を広げて俺を庇ったのだ。
腹部を闇鬼によって削られ、抉られた夢月はそのまま後ろに倒れ込む。
「夢月ッ!」
俺は急いで倒れて来る夢月を支え、自身の腕で抱える。
「ああ・・・間に合った、みたい・・・ですね・・・」
途切れ途切れになりながら。
生ぬるい血が俺の腕を伝い、地面に赤い染みを創っていく最中、彼女はうっすらと微笑んだ。
「良かった、です・・・貴方が助かって。私が、最後に、誰かを見捨てる事無く、助けることが、出来て。」
段々、段々、冷たくなっていく夢月の体。
鼓動が弱まり、外に流れる鮮血の勢いも少し治まり始める。
「お母さんを、見捨ててしまった。・・・それをなかった事には出来ません。でも、私は貴方を助けることが出来た。動けた。見捨てたりは、しなかった。唯の自己満足ですね。そう言ってしまえば、終わりですが」
肩で大きく息をし、懸命に言葉を紡ぐ夢月。
血と泥にまみれ、本来ならば美しいその顔を月明かりが照らす。
「何で・・・何で、俺を助けたんだ・・・?」
さっきとは、真逆の質問。
俺の問いに対し、夢月は即答する。
「私が貴方を・・・真を助けたかったから。それだけでは足りませんか?」
霞みがかった朧月。
白く薄く、儚くたなびく雲。
まるで世界が博麗夢月を主役にしたかの様に、全てが静まり返り、全てが色あせる。
「・・・闇鬼と戦う為、感情を私は捨てました。感情は弱さだと。要らないと。」
それを、と夢月は呟いた。
掠れていく声、トクン・・・・トクン・・・・・と遅くなっていく鼓動。
「でも、真を見ていたら逆に、感情こそが強さなのではないかと思い始めまして・・・そうなるとですね、良くも悪くも過去の私が馬鹿に見えて来たんですよ」
震え、動かなくなって来た右手を、夢月はゆっくりと持ち上げる。
白く綺麗な掌を俺の右頬に当てた彼女は、最後に満面の笑みを浮かべた。
「ありがとうございました、真」
トクン・・・・・・・
呟かれた、最後の言葉。
手の届くところで、俺の腕の中で、消えた命。
―――――結局―――――
俺は、誰も助ける事の出来ない奴だったって事だ。
冷たくなり、眼を閉じ、笑みを浮かべたまま俺の腕の中に居る夢月。
「・・・安心シロ、スグお前も同じ所に送ッテヤルヨ」
地面に座り、夢月を抱えたままの俺に闇鬼が呟いた。
・・・・嫌だ。
何で俺の周りで、俺に関わった人は皆不幸になる?
どうして、どうして―――――
闇鬼が、再び手を振り上げた。
―――――ああ、どうしてもこうしてもあるか
そのまま妖力を凝縮し、一思いに俺と夢月を粉微塵にしようとする。
全部全部全部全部全部。
俺が、弱いからだ。
異常でも良い。
高校生何か辞めても良い。
皆を護れる力を。
もっともっと強い、力を。
全ての恵みが、力が、想いが、夢が、未来が。
―――――欲しい。
俺は、心の奥底で呟いた。
確信した心は力となり。
一条の光と成り、俺の体から青緑の光が吹き荒れ始める。
ドッグン!!!!!
心臓が、高く、強く、響き。
熱く燃え、煮えたぎる灼熱の純粋な力を解放しまいと俺自身に歯止めを効かせる。
これを使えば、お前の体は壊れてしまうぞと。
・・・知るか。
寄越せ。
皆を護れるなら。
俺は、どうなっても良い。
鼓動が、一度止まった。
そして。
そして。
「
咆哮と共に解き放たれた力は、世界を覆う闇夜を切り裂く―――――!!