東方夢幻魂歌 Memories of blood 完結   作:ラギアz

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第三章第十五話「理由」

突如、夢月の体が硬直し動かなくなった。

鼓動がドンドン速くなる。体が、熱くなっていく。

冷たくなり、色が消え、遅くなっていく視界。

心臓が剛腕に締め付けられたような痛みを体に響かせ、チカチカと瞬く思考の中。

 

夢月は、淡い軌跡を描きながら地面に崩れ落ちた。

 

ドサ、と。

余りにも無機質で、余りにも無慈悲で。

何故今何だ。何故、この瞬間で。

あと一瞬で、戦いは終わっていたのに。

夢月は、心臓に大きい腫瘍を持っていた。

そう、それこそ心臓と同じくらいの大きさの。

幻想郷の、小さな人里の医師ではたかが知れている。人の体を切り開き、腫瘍を取り除く技術などあるわけも無く。そして、仮にそれが出来たとしてもこの腫瘍は”細胞が一つあれば永遠に増殖し、段々と増殖スピードを上げて行く”と言う厄介な物。腫瘍の細胞を一つ残らず殲滅しなければならない。

恐らく十回でも取り除けば、夢月の体は一秒で増殖した腫瘍により破壊される。

 

「ガッ・・・ああ・・・」

 

震え、麻痺し、動かない口から出るのは悲痛の叫びなんかじゃない、ただの意味を持たない音。

絞り出すように、苦しむ彼女から紡がれた枯れた声は闇鬼の感情を昂らせた。

 

防御を固め、夢月の一撃を防ごうとしていた闇鬼は構えを解き、一歩、夢月に近寄り―――

 

「アハ」

 

口角を醜く吊り上げ、その足を振り上げる。

 

「ガッ・・・アアッ・・・!!??」

 

直撃、だった。

 

無防備に晒された夢月の鳩尾。

そこに吸い込まれるように衝撃を放ったただの蹴り上げは華奢な体を宙に浮かし、強く地面に叩きつけた。

 

肺から全ての空気が出ると同時に、夢月の口から掠れた声が洩れ出る。

壊れた笛の様に音を出さず、ただただ空気の行き来する音だけを奏でる夢月。

 

それを見た闇鬼は、更に口を歪め。

 

夢月の右腕に、己の足を押し付けた。

 

 

「アッ・・・ァアアアアアアアアアアアアアァアアアアアアアア!!!!??????」

 

ゴリゴギゴリュッ!!!

 

骨が圧迫され、他の骨と筋肉と擦れあい軋むような音を立てる。

霊力で強化された体は、夢月に死ぬ事も骨が簡単に折れる事をも許さない。

ただただ気の狂う様な激痛を自身に与え、無様に命を引き延ばすだけだ。

 

肌が裂け、剥き出しになった青い血管から赤い鮮血が垂れ始める。

手首や肘を伝い土に黒い染みを作っていく様を、闇鬼は上から恍惚とした表情で見下ろした。

 

「ヒャハは・・・ハハハハハ!!!博麗の血は美味ソウダ!!!良い香りがここまで漂ってくラア!!ヒャハはハハハ、数十年前に喰ッタ博麗も美味かったナァ!!なあ夢月ィ!逃げ出したのに結局喰ワレル運命をどう思う?絶望か?絶望しちゃうのか?あの日みたいに腹の中全部ぶちまけて泣くのか?それデモ良いぜェ。そっちの方ガ興奮スルし、美味クナルからよおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!」

 

 

 

 

「黙・・・れっ!・・・この、ゴミクズが・・・ぁっ!」

 

 

 

しかし、夢月はその黒い瞳の輝きを消してはいなかった。

鋭く細められた瞳で闇鬼を睨みつけ、途切れ途切れながらも小さく言葉を紡ぐ。

 

 

 

でも。

でも。

 

 

 

「五月蝿えよ」

 

 

ゴッギンッッ

 

 

闇鬼の一言。ひしゃげ、肘が潰され力を失った右腕。

夢月の眼から光が失われ、自身の右腕をただ呆然と見つめる。

 

「・・・あー?」

 

壊れた。

壊れた。

それは電波を受信しないラジオの様に。

夢月は、光の無い眼から大粒の透明な滴を溢し始める。

 

「あ・・あはは・・あはあああああああああああああああはははははははははははははははははは」

 

体を震わせ。

痛みを。

現実を。

忘れようとしている彼女に向かって、闇鬼はもう一度足を振り上げた。

 

ドゴォオン!!!

 

とてつもない轟音と共に、夢月の体が宙に吹き飛ばされる。

目の前に広がる虚空。

何も無い、絶望しか与えない闇夜を虚ろな目で彼女はただ見つめていた。

 

 

死ぬのかな。

 

結局、このまま犬死にして。

 

仇も何も。

 

討てないまま―――――

 

 

死んじゃうのかな?

 

 

 

時間が、やけに遅く感じられる。

落ちて行く中、ぐちゃぐちゃの頭の中で壊れたラジオは自ら音を紡ぎ始めた。

 

 

嫌だな。

 

死ぬのが、たった一日早まるだけなのに。

 

ずっと、覚悟してた。

 

理解してるつもりだった。

 

お母さんが死んだ日には、もう。

 

・・・でも、あの日からここまで、色々な事があって。

 

楽じゃ無かった。

 

楽しい事ばかりでも無かった。

 

 

だから。

 

だからこそ―――――

 

 

「もう少し、生きたかったな」

 

 

ドサ、と夢月の体は地面に落ちた。

目を瞑り、自分の最後の時を待つ。

腕を枕にするようにして顔を支え、震える体を無理やりに動かし。

決して、闇鬼に背中は見せまいと。

運命から、逃げまいと。

彼女は、最後まで闇鬼の眼を見据える。

 

「・・・イイ度胸だな」

 

その言葉を聞いた夢月は、うっすらと目を開いた。

 

3m程の巨躯を滾らせる闇鬼。

天に掲げる掌には絶大な妖力と呪力が籠められた球体が生成され。

 

無慈悲に、運命をなぞる様に闇鬼はその球体を完成させた。

 

月が――――満月がその球体と重なり、月食の様に、青白く光る満月(夢月)を隠す。

 

 

 

 

 

 

 

 

「せめて、楽ニ死ネ」

 

 

 

 

 

 

そして、その妖力弾は放たれた。

ただ一人の少女を殺すために、絶大な力を持った球体は空を切り裂き。

 

横たわる一人の少女へと、矛先を向けた。

 

 

 

 

 

ドッッッッ

 

 

 

轟音。そして、閃光。

 

 

 

ガアアアアアアアアアアンンンンン!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それでも―――――

 

 

夢月は、生きていた。

いつまでたっても衝撃は来ない。

 

もう死んだのか―――――

 

ならば。

 

この痛みは何だ!?頬を伝う、熱い滴は何なんだ!?

 

 

 

夢月は、眼を開いた。

 

 

死んでは、いなかった。

 

 

 

 

代わりに。

 

そこには。

 

 

紅の霊力を纏い、右手で夢月を庇う様に少年が立って居た。

肩で呼吸をしているため、走ってきたことは安易に想像できる。

汚れた服、土塗れの体。

 

「殺させねえよ」

 

少年は、呟いた。

 

・・・夢月の頭は、たったそれだけでこんがらがった。

 

――――何で?・・・何で?

 

「・・・どう・・・して・・・?」

 

胸の奥に、熱い感情と共に沸き上がって来た言葉を、夢月は叫び始めた。

 

 

「どうしてっ!?私は貴方を・・・弱いと、言った!・・・足で・・・纏いになるとも、言った!貴方の、強さである、優しささえも、否定したっ!」

 

 

一度出た言葉は、濁流の様に止まる事を知らない。

胸の奥に溜まった言葉を、最後まで、夢月は叫び続ける。

 

 

 

 

「何で貴方は私を助けたんですかっ!!!私を助ければ今度は貴方が危険になるっ!それに、私はもうすぐ死ぬ!!それなのに・・・理由なんてないのにッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢月は、最後まで叫んだ。

 

虚空に響いた言葉は、ゆっくりと俺の心に染み渡って行く。

 

『理由なんてないのに』

確かに。

確かに、そうだ。

でも。

 

俺は、それに応えることが出来る。

 

 

「・・・優しさが、弱さ(強さ)だってんなら、俺は弱い(強い)ままでいい。」

 

 

紅の霊力が夜風にたなびく。

 

 

「優しさは、時に弱さにもなる。」

 

 

ジャリ、と足元の小石が音を鳴らした。

 

 

 

「でも、弱いってのが、助けなくていい理由なんかにはならない。・・・絶対に、させない!」

 

 

 

夢月が心の内を叫んだのなら。

 

今度は、馬鹿な、たったひとりの少年の心の内も叫ばせて貰おう―――――

 

 

 

 

 

 

 

「お前はまだ生きてる!それだけで、助ける理由には十分だッ!!!」

 

 

 

 


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