東方夢幻魂歌 Memories of blood 完結   作:ラギアz

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最終章第九話「夢を繋ぐ」

右腕は砕け散り、自分の血で赤く染まっている。

しかし、そんな現実の俺は何処に居るのか。それは分からない。

何故なら、今俺は白い世界に来ているからだ。

どこまでもどこまでも、床も空も地平線も見渡す限りの白。幾度も幾度も来たことのあるこの場所の、その中央には俺ともう一人。

 

赤いチャイナドレス見たいな巫女服に、金色の刺繍を入れた初代博麗の巫女、博麗幻夢が立っていた。

 

その不敵な笑みと雰囲気は変わらない。いつものように優しく厳かな、壮大な宇宙を思わせる漆黒の瞳で俺を見ている。

ただ立っているだけなのに、彼女に隙なんてものは一切見つからない。例え俺が無詠唱でオーバーレイを使えたとしても、予備動作なしで滅壊ノ星撃を撃てたとしても、絶対に幻夢には防がれる。

そんな確信を持てるような、そんな彼女の姿に。久々に見るかのような錯覚に陥った俺は、何も言えずにいた。

 

やがて、博麗幻夢が口を開く。

 

「……久しぶりな気がするね。いやあ、参った参った。ごめんな、傷つけて」

 

その口調はいつも通りだった。

でも俺は、その何処かに違和感を抱いてしまう。

 

「いや、俺たちこそごめん。……幻夢を守り切れなかった」

「そんな事は大した事じゃないさ。真達は私のことを助けてくれたしね」

 

そう言ってから、幻夢は壮大な白い天を眺める。

大きく仰いで、大きく息を吸って。その体をぐーっと伸ばした幻夢は、直後に俺を真剣な眼差しで見つめた。

どこか挑戦的で、どこか優しい。その不思議な瞳には吸い込まれそうな魅力がある。幻夢は俺へと口を開きかけ、閉じて、そして再度開いた。

 

 

「―――――――真、私はそろそろ消滅する」

 

 

その言葉は、意外にもすっと俺の胸の中に入ってきた。

幻夢は儚げに笑う。こんな時でも彼女は笑みを崩さず、その表情は陽炎と重なってしまった。

 

「ちょっと無茶をしすぎたのかな。後は、2300年も魂だったからその限界がここで来ちゃったのかな?懐かしいよ、生きていた頃が。それでも、まあ真と居た時間が楽しかったから昔の事が懐かしく思えるのかもねえ。私の能力を使った、最初で最後の人だから」

 

呟く幻夢。だけど俺は反応できない。

 

陽炎が消滅した時。

 

俺は必死に感情を押し殺していた。

皆の為に自らを犠牲にした彼女を、その前で泣いたりしたら絶対に思い残しを作らせてしまうから。陽炎は優しいから、彼女は絶対に笑顔で消滅することが出来ないだろうから。

だから俺はあの時、殆ど何も口に出せなかった。

思いを吐露すれば絶対に陽炎を無理にでも引き留めてしまう。彼女の、文字通り魂を懸けた信念に、夢を邪魔することはできない。

例え二度と赤黒い霊力が使えないとしても、彼女を引き留める理由にはなってはならない。

それは、決して”救い”ではないから。俺の出来ることは、せめて全力で陽炎の望みを叶えて、思い残しを無くして笑顔で、せめて消滅させること。

無力な俺は、それくらいしか出来ない。

その泣き出しそうで、歪みそうな顔を何とか歯を食いしばって耐えた。

陽炎は気づいていたと思う。でも、彼女は心からの笑顔で消滅してくれたんだという確信が俺には残っている。ここに、確かにある。

 

嫌だった。

陽炎が消滅するのは、本当に嫌だった。泣きそうだった。辛かった。

 

そしてその反動が、幻夢が消滅する今にやってくる。

奥歯を強く噛みしめても、湧き上がる感情は殺せない。どんなに強い力を持っていても押し留める事の出来ない波が、胸の奥から溢れてきた。

 

これを素直に言えれば、どれだけ気が楽だったのか。

その思いすらも見透かされている。目元を袖で拭うと、俺は俯いていた顔を上げて、幻夢と真っすぐに視線を合わせる。

それを見た幻夢は、少し驚き、そして直ぐに大きく笑みを浮かべた。

 

「……消滅する。だから、私の力を全部、1から100まで真に託す。それが私の、博麗幻夢の最後の願いだ」

 

そして、強く言い切る。

震えた声で、俺と同じように泣き笑いで。

寂しそうに。それでいて、心の底から楽しんでいるようで。未練は一つもないようなそんな顔で、幻夢は俺へと近づいてきた。

俺も強く袖で涙を拭うと、幻夢へ向けて一歩踏み出す。

 

そして右拳を強く握りしめると、幻夢の出してきた右拳にゴツン、と打ち付けた。

 

輝く白い光。莫大な力が、俺へと流れ込んでくる。

世界最強の人の、その霊力と記憶が俺を器に満たされていく。消滅してしまう彼女の、それでも幻想郷を。

世界を守る為の決意。

能力と力を全て俺に託す。

能力と力で全て俺が救う。

幻夢は笑っていた。

俺も同じ様に。

やがて、幻夢の魂の体がひと際強い純白の輝きを放つ。記憶と霊力が、『博麗幻夢』が全て俺へと。

完全な一体化。満ちる温かさに、俺は拳で幻夢の拳をもう一度強く押した。

 

大した手応えは帰ってこない。

弱弱しく、押されるのみ。

 

でもそれは何よりも熱くて、何よりも強い。

 

目を開く。

そこには、白い光となって、ぼやけて消えかけている博麗幻夢の姿があった。

目が合う。

俺と幻夢は、最後まで笑っていて――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

やがて、光は消える。

白い世界も消滅する。

 

 

 

 

 

 

 

 

それでも、確かにそれは在った。

 

 

 

 

 

 

 

 

その夢は。

 

 

 

そして、少年へと受け継がれる。


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