東方夢幻魂歌 Memories of blood 完結 作:ラギアz
斬れたのは、俺の腹だった。
何で、と思うよりも速くに口から血が噴き出る。噴水のようにどぼぼっと出た鮮血は、俺の腹部に刺さっている赤蛇の牙を更に赤く染め上げた。
間に合う筈が無い。その予想を超えての、幻夢の動き。
記憶を、更に解放したのか。リスクを背負って、でも俺を殺す為に。この場で動けるのは、俺のみ。他の皆は動けない。
ぐりゅっと、赤蛇の牙が捻られる。筋肉がぶちぶちっと切れる鈍痛が脊髄を走り、神経や血管にダイレクトで伝わってくる痛みが脳に電流を走らせる。
体に、力が入らない。出血の所為で朦朧としてきた頭を、奥歯を弱弱しく噛みしめて何とか保つ。
目の前の幻夢は、その漆黒の口元を歪めて笑っていた。それは勝利を確信した笑みで、それでいてその笑みは絶対に博麗幻夢が浮かべるような笑みではなく、ねっとりと纏わりつくようなそんな笑み。
恍惚とした表情で、楽しむように幻夢の姿をしたナニカは赤蛇の牙を捻る。ひねり続ける。
その度に走る激痛。意識を集中させてグングニルや霊力弾を作ろうとしてもそれに阻害され、能力のコントロールもままならない。
そして、右の掌から桜ノ妖が滑り落ちる。カラン、と音を立てて地面に落ちた桜ノ妖に、深紅の刃はもう無い。半分に割れた紫紺の刃と、黒い柄が存在するだけだった。
白い世界に居る皆が、自身の能力を発動しようとし――――その度に、俺が意識を失いかける所為で霊夢達とのリンクが上手く行かずに中断させられる。
全員とのポゼッション。一つの体に無数の魂。それを同時に扱うのが[オールバースト]。
勿論それによる疲労と精神の摩耗は凄まじい。今こうして居るだけでもキツイ。
「ぐっ……があっっ!!」
少し抗おうとしても、その度に赤蛇の牙は捻られ小刻みに動かされ神経を逆なでる。
やがて切れていくリンク。オールバーストがどんどん解けていき、俺は再び一人に成っていく。
恵まれる程度の力も、青緑の光が段々と薄れていっている。それのお陰で生命力を保っていた俺の体はドンドン死に近づいていく。視界は霞み、腹部は灼熱の炎に炙られているかの如く痛覚が刺激され続けている。
――――――――俺はどこかで、これと同じ痛みを感じたことがある。
走馬燈の様な物が走り抜けるその刹那に、俺は記憶を思い出す。
いつだったか。腹部を同じように貫かれ、宙にぶら下げられ呻いていたあの時は。
相手は?その時俺はどうしたんだ?
――――――――思い出せ。全部を引っ繰り返せ。
悪夢と戦った。
雷とも戦った。
暴走妖に乗った隔とも戦った。
暴走妖のお空とも。
悪夢に操られていた、天久とも戦った。
鎌鼬とも。闇鬼とも、早苗や諏訪子とも。
思い出せ。思い出せ。
この俺の記憶の一番深くにある、その最初の戦いはなんだ?
ぼやけて見えない、でも大事なこの記憶はなんなんだ?
八雲紫、そして八雲黄昏との激戦。
闇に囚われ続けていた暁。
宿敵、雨音爛漸苦。
陽炎と出会い、そして倒したダイダラボッチ。
天人、創天。
チルノ。
妖怪の山の山頂で戦った幻夢。
そして――――――――
幻夢と初めて出会った、
そうだ。
その戦いだ。
心に、火が灯る。
あの時もこうだった。腹部を突き刺され、諦めかけていたその時に俺は幻夢と出会った。
奥歯を、強く強く噛みしめる。ぎりっと軋むと同時に小さな痛みが脳を走り、それで一瞬視界が晴れた。その一瞬で、俺は赤蛇の牙を両手で握りしめ、そして自ら赤蛇の牙を自身に突き刺す。
どんどん奥へ、自ら貫かれる。灼熱の痛みが全身を襲うも、俺は自身を突き刺すその手を止めない。
限界まで。もっと、奥へ。
俺を貫通した赤蛇の牙はどす黒く染まり、幻夢は訝しげに首を捻っている。自らダメージを負うようなこの行動を彼女はどう思っているのだろうか。
やがて、俺と幻夢は至近距離まで近づいた。風穴に赤蛇の牙を通され、宙に浮かんでいる俺。地面に足は着いておらず、自ら深く突き刺した槍を持つ両手は震えている。
段々と体が寒くなってくる。冷たい、その感覚を振るい落とすように俺は右拳を握りしめ、そして幻夢へと右手を向けた。
血に染まった手のひらを見つめる幻夢。
……やがて、俺の準備が整う。
手長足長に貫かれ。
赤蛇の牙に貫かれ。
自ら、槍を突き刺した俺は。
自ら薙刀を突き刺した俺は。
右手を掲げ。
右手を掲げ。
そして、
そして、
|右腕に収まりきらないエネルギーを、全力で流した《、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、》。
グオッ!!!! と、右腕から青緑の閃光が放たれる。
それはスーパーノヴァの原型。ただのエネルギーの爆発が、幻夢の至近距離で。
そしてかつては、手長足長のすぐ傍で放たれた。
「吹き飛べええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!」
叫ぶ。
その砲声と同時に、俺の右腕からかつて無いほどに強い光と、そしてエネルギーが世界を焼き尽くし、そして染め上げる。
耳をぶち壊す轟音。世界を破壊する様な過剰エネルギーの暴発。
血まみれの右腕、死にそうな程に疲労している体。
その目で、視界に最後に捉えたのは、漆黒の幻夢に無数の亀裂が走り。
そして中から、白い極光を纏う絶大なエネルギーが解放された、その瞬間だった。