東方夢幻魂歌 Memories of blood 完結 作:ラギアz
俺を食らおうとする、漆黒の咢。霊力を失い、呆然としていた俺を飲み込む寸前。
突然、俺の視界がぶれる。そして其れが、突き飛ばされたんだ、という事実を理解するのには少しばかりかかった。
真横に吹き飛んだ俺は、何回か体をぶつけながらやっと止まる。その後、直ぐに俺の傍に降り立つ霊夢。
ありがたさを感じるのも束の間。
一瞬の安心の直後に俺の視界に映ったのは、博麗幻夢がその漆黒の虚空に飲み込まれていたところだった。
呼吸を忘れて、ただ口を開いたままそれを見つめる。
俺をかばって、彼女は喰われた。
一番、幻夢が食べられてはいけないものに。”満たそうとする意志の塊”であるあいつに、もしも世界最強の博麗幻夢が吸収されたら。
手遅れになる。そしてそれが、理屈でなくとも雰囲気や直感で理解した霊夢や妖夢、レミリアは直ぐに魔力や霊力を爆発させた。
しかし。それらは黒いナニカに阻まれて、届く事は無かった。
ダガンダガン!! と不完全な、速さを求めたそれは撃ち落とされる。
その間にも、魂の限界を超えて霊力を使用し、疲労し切っている幻夢は抵抗も碌に出来ないまま飲み込まれ続ける。最早上半身がない状態で、もう一度皆が攻撃の準備を整えた処で。
それを嗤うかのように、黒い虚無は博麗幻夢を飲み込んだ。そこに白い光は消えて、強い霊力の反応も消える。
いや、消えたわけではない。
俺たちを支えていた、温かく巨大な霊力が―――――冷たい霊力に変わった。
幻夢が、消える。
陽炎どころか、幻夢さえも失う。
ぐにゃぐにゃと形を変える、黒い物質。ただ立ち尽くす俺たちの前で、それは一気に膨らみ、2mはあるであろう風船の様に姿を変えた。
そして、その黒い霊力の風船はパアンッッ!! と割れる。霊力の余波を撒き散らしながら、その中から一つの影が現れた。
そこに居たのは、漆黒の人間。黒一色で、霊力で生成された者。
しかしその姿は見覚えがある。ありすぎる。
なんせ漆黒の人間は、博麗幻夢の姿形をしているのだから。
博麗幻夢を取り込み、”満たそうとする意志”は莫大な霊力を手に入れた。
そこは、大した問題ではない。何故なら、博麗悪夢を既に取り込んでいるのだから。
ここで重要なのは、あいつが『博麗幻夢の記憶』を手に入れたということだ。
記憶には、戦い方も覚えられている。
そう。世界最強の人間、その力を今あの黒い物質は手に入れてしまったのだ。
端的に言えば、俺たちはここで”博麗幻夢”を超えなければならない。彼女よりも強くならなければならない。
博麗悪夢と博麗幻夢の記憶と霊力を持つ、実質的な『世界最強』に、勝たなければ。
幻想郷は、結局救えないだろう。
あれは、きっと満たされるまで全てを破壊し吸収するだろう。
そしてその欲望は、永遠に終わらない。何故ならその”満たそうとする意思”自体に記憶も夢も無い。欲に相反して、満たすべきものは何もないのだから。
ただ無駄に、吸収するだけの物。
だからこそ悪質。
終わらない欲望を、俺たちが終わらせなければいけないのだ。