東方夢幻魂歌 Memories of blood 完結   作:ラギアz

209 / 224
第十二章最終話「ありがとうございました」

吹き飛ばされた悪夢は、地面に何度も何度も体をぶつけ、そして止まる。

黒い霊力は靄のように散り散りになり、悪夢の左腕と腹部にあいた穴からは黒い霊力がどんどん出て行っている。しかし、それを気にする様子もなく悪夢は空を見上げたままだった。

オーバーレイを解き、その反動で俺も膝を付く。限界を超えてのオーバーレイは大分体に負荷がかかり、呼吸は自然と荒くなる。

右腕がずきずきと痛む中で、悪夢はぽつりと呟いた。

 

「……能力ってさ、人によって違うじゃん。……だからきっと、それはその人の願いとかが影響してるって、昔霖之助さんが言ってたんだよね」

 

何を言いたいのかな、と悪夢は倒れたまま呟く。

それを、黙って俺は聞く。霊夢や魔理沙が俺に近寄ってきて様子を伺いつつも、彼女たちも何も言わない。

 

「私の能力は、簡単に言えば私の力を”満たす”為のものなんだよね。……コピーして、自由に使うのって。でも、その願いも叶ったのかな」

 

俺の中で、良夢の魂の様な熱い何かが反応する。

空へと、残った右腕を伸ばす悪夢。

その声は、震えていた。

 

「私はもう、ずっと前に満たされてたんだって、気づけなかったんだなって!ずっとずっと、周りに居てくれた人も見えなかったんだな、って。……そう思って、気づいて……夢幻魂歌なんて、使えるわけないじゃん。過去を変える夢幻魂歌は使えない。結局、私に出来るのは何もないんだよね」

 

小さくなっていく声。

悪夢の霊力が、いや―――――[憑依した相手の能力を複製する程度の能力]が、空へと浮かんでいく。

まるで雲のように固まるそれを眺めながら、自然と、俺の口は動いていた。

俺以外の、魂によって。

 

「『……悪夢、私を殺したのも忘れていますか?』」

 

景色も見える。音も聞こえる。匂いも分かる。

 

俺はそこに居る。でも、そこにいるのは俺じゃなかった。

 

「『何もできない、とは可笑しいですね。悪夢は褒められる事じゃないとしても、方向性は間違っていましたが、自分の意思を曲げずに貫き通せるじゃないですか。私みたいに、流されやすくない。怪夢みたいに、マイペースでも無いですし。その力は、とても大事だと思いますよ』」

 

霊夢や妖夢が俺をぎょっとした目で見つめる。

俺の口から発せられる音は、いつもの声ではない。凛としていて、筋の通った綺麗に響く声だ。

 

「良夢お姉ちゃん……!?」

 

悪夢も俺の異変に気付いたのか、右手を使って上体を起こす。

紅の瞳は驚愕に染まり、俺を呆然と見つめていた。

そして、また口が勝手に動く。優しく、包み込むような声音で。

 

「『さあ、どうでしょうか?わかりません……ですが、実は誕生日パーティーの準備を”向こう”でしているのでう。来てくれませんか?』」

 

その”向こう”がどこかは、考えたくなかった。

悪夢がどこへ連れていかれようとしているのかも。良夢が、彼女の願いを最後まで満たそうとしていることは、即ち彼女の消滅を促す事と同義だった。

救いたい。

 

……でも、その救いっていうのは人によって違うのだ。

 

「……誕生日、パーティー……そっか、”向こう”でか……」

 

それが例え。

 

「うん。待っててね。今行くから、あと少し―――――」

 

消滅することだとしても。

 

ブアッ、と悪夢の魂の体が純白の光に包まれる。魂の限界、その頂点に或る光。

渦巻きながら、それは悪夢の周りをぐるぐると回る。黒い雲へとそれは到達し、雲の切れ目を作り上げた。

悪夢はゆっくりと立ち上がる。

そして、左腕と風穴を霊力で補うと、最後に俺たちへ、腰を折った。

 

「迷惑をかけて、本当にごめんなさい。……でもいつか、私を呼んでください。叩き起こしてください。そうすれば、今回の分は必ずこの身をすり潰してでも払います。ゾンビでも、キョンシーになっても」

 

顔を上げて。

此方へ向いた悪夢は、笑顔だった。

 

「ありがとうございました!!」

 

消える。

光に包まれた彼女の体が、天へと昇っていく――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

途中で、突然悪夢の体から抜けていた悪夢の能力が、その魂の体を包み込んだ。

ダアンッッ!! と光の柱が壊される。息をのむ俺たちの前で、悪夢は黒い何かに包まれ、そして地面に落ちた。

うめき声を上げながら、それは動き回る。地面をのたうち回り、レミリア達が臨戦態勢を取った瞬間に。

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!!!!!!!」

 

声になっていない声をあげながら、其れは黒い霊力を砲撃した。

地面を抉り取りながら、凄まじい速度で砲撃は俺たちへと襲い掛かる。全てが間に合わない速度。異常な速さのそれを、

 

「オーバーレイ!!」

 

皆よりも前に立った俺が、何とか右側の”守護”で受け止めた。

 

「真!」

 

霊夢が叫ぶ。

段々と押されていき、地面をがりがりと削る俺。オーバーレイの、守護でも止められない威力の砲撃。

 

「逃げろ……!遠くまで、すぐに逃げろ!!」

 

ギリギリの状態で、俺は告げた。

その緊迫感を察したのか、俺と砲撃の直線状から直ぐに人はいなくなる。だけど、俺は退けない。このまま腕を離せば確実にこの砲撃に飲み込まれるし、受け流すことも出来ない。

 

どうする。どうする。どうする―――――

 

焦りを隠せない。

その次の瞬間。

 

「……うし、ここは任せろいっ!」

 

―――――突然、俺の体から霊力が消え去った。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。