東方夢幻魂歌 Memories of blood 完結   作:ラギアz

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第十二章第十四話「夢幻魂歌の調べ」

光の欠片となった陽炎は、最後まで笑みを浮かべていた。

段々と、右腕と顔が消えていく。呆然と、俺が手を伸ばした先で。

 

俺の右手は、虚空を掴んだ。一際強く光りを放ち、俺の前から彼女は永遠に姿を消した。

 

赤黒い霊力の残滓が、ゆらゆらと風景をゆらす。まるで夏のアスファルトの上の様に。

弱く握りしめられた右拳を、俺はそのまま下におろした。

何とも言えない虚無感が、俺を包み込む。心に穴が開いた感覚。最後の言葉を思い出して、そして俺は。

 

ぎゅっと。さっき何も掴む事が出来なかった右拳を、握りしめる。

 

そして、振り返る。悪夢の方へと。

腹部に空いた大穴を黒い霊力で塞ぎ、消えた左手を黒い霊力で生成し補う。

紅い瞳を鋭く細めた彼女は、俺の方へと右手を向けた。

 

「……さっきまでの、霊力は無くなったんだね。じゃあ、あんたはもう終わりだよ。私の夢幻魂歌を……過去の改変を、止めることはできない」

「そうだったら良かったな、博麗悪夢」

 

俺は悪夢へと、不敵な笑みを浮かべて告げる。

 

「夢幻魂歌、使ってみろよ。何もしないで見ててやる」

 

そして、その場に腰を下ろした。

呆気にとられる、暁と悪夢。俺は視線を悪夢から外さずに、それでも霊力を直ぐに発動できるように準備はしておく。

 

「……真、良いの?」

「うん。見ておいて」

 

悪夢は、その場で未だに躊躇い、訝しげに表情を強張らせつつ目を閉じる。

それをじっと見つめる俺と暁。やがて、彼女の口がそっと開かれる。

 

「全ては過去。原点にある。私は私の魂に従う。歌え、紡げ。この世を夢幻とする為に」

 

初めて聞いたのは、八雲紫と初めて会った時だ。

幻夢が一人でダイダラボッチを止めるために俺の体から飛び出て、そして初めて陽炎と会った時。

悪夢の体から、霊力が発せられる。数拍の間。段々と霊力は強くなり、そして――――

 

「記憶[夢幻魂歌]」

 

紡がれる。夢を現実にするその歌が、告げられる。

黒い霊力が虹色に染まり、世界の風景ががらりと変わっていく。暁が焦った様子で時雨と日登を逆手に構えて、それを俺が制した所で。

 

バリンッッ!!!! 

 

と、虹色の風景が音を立てて砕け散った。

風景が消える。悪夢の霊力も霧散し、疲れ切った様子で悪夢は地面へと膝を付いた。

その顔には汗が浮かび、苦しそうに大きな呼吸を繰り返している。俺は立ち上がると、暁にも分かるように一から解説を始めた。

 

「陽炎の能力を使って、お前を殴った時。確かに陽炎の能力を使ったのはお前の防御を無視して殴れるという理由もあった。でも、それで悪夢を倒すのは難しいから、俺は別の物を破壊することにしたんだ」

 

悪夢と暁が、未だに分からないと顔を顰める。

そこで俺は霊力を少しだけ纏う。今ここに向かってきている、霊夢や魔理沙達にも声が聞こえるように。

 

「夢幻魂歌は、莫大な霊力と、それに見合う夢への想いが必要だ。それが、発動するキーになる」

 

後ろの森から、レミリア様が。フランが。妖夢が。皆が出てきて、俺に気づいて何も言わずに、言葉に耳を傾ける。

それを感じながら、俺はだから、と繋げた。

 

「その夢への想い―――――――悪夢の場合は、『家族に対する不幸せな思い出』を全部壊させてもらった」

 

かなり酷い事をした。

悪夢は目を見開き、自身の頭に手を当てて何かを呟き続ける。

暁でさえも俺へ憤ったような視線をぶつけてくるが、直後に悪夢の呟いた言葉で、動きを止めた。

 

「――――良夢お姉ちゃんを殺したのも、ずっと我儘言ってたのも、お母さんが死んだのも全部覚えてる……!?何を、何を私から消したの?」

「何だと思う?」

 

俺はあくまで態度を崩さずに、質問で返す。

 

だけど、答えられる訳がないのだ。

壊されたのなら分からない。これで答えられる方が可笑しいし、そもそも――――

 

「お前は根本から間違えてるぜ、博麗悪夢」


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