東方夢幻魂歌 Memories of blood 完結   作:ラギアz

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「駆けだせ」

悪夢は、一人で『幻想郷』の東の果てに来ていた。

その山の一つ、少し出っ張っている岩の床の上に彼女はぽつりと立っている。蒼い空を見上げる彼女は、自身のやった事を思い出していた。

 

そこに、一つの足音が迫る。悪夢は振り返り、そしてその名前を呼んだ。

 

「……怪夢」

「悪夢お姉ちゃん、見つけた」

 

悪夢の紅い瞳に、殺気が宿る。それに応える様に、怪夢の瞳にも殺気が燃え上がった。

 

「幾ら憎くても、お姉ちゃんを殺したらダメだよ」

「……人が死ぬのを手助けした奴を殺して何が悪いの?」

「それをしたら、悪夢お姉ちゃんも良夢お姉ちゃんも一緒だよ」

 

怪夢は言い切る。そして、右手に虹色の霊力を纏った。

 

妹は、本気だと思った時にはもう、悪夢は動いていた。

右手に黒い霊力の風船を膨らませる。距離を一瞬で零まで縮めた悪夢は、右手を高速で振るった。

 

幻夢は、守護と破壊と拒絶の霊力を使えた。しかし、更に彼女はこの後代々博麗家に伝わる『封印』をも習得していた。

その親の血を引いているからだろうか。怪夢の能力は、『封印』の上位互換。

 

虹色の霊力が、悪夢の滅壊ノ星撃を受け止める。何の前触れも無く消え去る霊力。刹那、虹色の霊力が黒く染まると同時に『封印』されていた悪夢の霊力が解き放たれた。

 

「……っ!厄介だなあ!!」

 

悪態を付き、彼女は大きく後ろへ飛び退る。

怪夢は未だに右手に纏う虹色の霊力を構えている。

 

怪夢の使う『封印』。それは封印した物を溜めて置き、自身の好きなタイミングで放出出来るという事だ。

そして怪夢は普段、その能力で自分自身の能力を封じていた。

悪夢は、怪夢の能力を知っている。でも、複製出来ては居ない。

 

幻夢ならば正面突破出来るだろう。しかし、悪夢はそこまでの強さには至って居ないのだ。

 

「お姉ちゃんもお母さんも、悪くないよ。何も。二人は、自分の夢を叶えたかっただけ」

「……じゃあ、私は何を怨めば良いの?」

「この理不尽な世界で、何を怨むとか無いよ」

 

悪夢の父親は、死んだ。

悪夢の母親は、死んだ。

悪夢の姉は、死んだ。

 

「そんな怨みだけで、この世界は回ってないよ。悪夢お姉ちゃんの傍に、支えてくれる人は沢山居たはずだよ。私でも、霖之助さんでもいい。頼れる人は、沢山居たじゃん!」

 

「知らないよ。そんな人たちは居なかった!それにさ、可笑しいんだよ!何で私たちの周りだけ、こんなに人が死ぬの!?お母さんもお父さんも!それを平然としているお姉ちゃんも!私たちは、一回も家族全員での団らんとかした事無いじゃん!博麗の巫女とか言ってさ、やってるのは命を賭けて死んでまで他人の幸せを満たす事でしょ!?私達には何も無いんだよ!?形の報酬は有っても、幸せとかは無いんだよ!酷いよ、理不尽だよ!何でこんなに満たされないの!?」

 

悪夢は悟る。

自分が恨みをぶつけるのは、姉では無かったと。

叫んでいるうちに、彼女は満たされない事が分かっていた。どんなに抗おうとしても、理不尽な事は人に降りかかる。

 

他人の理不尽を無くすのが、巫女の仕事なら。

自分の理不尽を増やすのも、巫女の仕事なのか。

 

疑問を持って、そして怪夢の言葉に叫び返して悪夢は理解する。

 

その怒りの矛先を、彼女は夢や幻等と言うあやふやな物から変えた。

 

「……壊す。壊してやる。この理不尽だらけな世界を壊してやる!!作り替える、お母さんみたいに私は世界を作り直す!!まずは全部、全部全部ぶっ壊す!」

 

それが。

 

2300年後まで続く、満たされない少女の目覚めだった。

怪夢に封印された彼女は、霊力が続く限り封印され続けるはずだった。しかし、とある男が少年との戦いで世界中の霊力を無くしたために蘇った。

 

そこで、夢幻魂歌は切れる。

血に彩られていた世界が、白い世界に戻る――――

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

幻夢の記憶を見終えて。博麗の記憶を見終えて。

俺が思った事は。

 

「……悪夢の気持ち、分かるよ、幻夢」

 

彼女の、世界を憎む気持ちが理解できるという事だった。

両親は幼いころにどちらも交通事故で死に、俺は独りぼっちだった。

親戚も居ない、そんな俺は恐らく隔が居なければこの様に世界を怨んで何かテロでもしていたんじゃないか。

 

悪夢の気持ちが、近くに感じる。幻夢はそうだろうね、と軽い笑みを浮かべた。

 

「あの子は、根がすごく優しい子なんだ。私や夫が早く死んじゃった所為で、その純粋な性格が歪んでしまった。私達の所為なのかな……」

「……誰の所為でも、無いと思う」

 

俺は呟いた。

そして、続ける。

 

「誰の所為でも無いから、きっと悪夢は満たされない怒りを世界にぶつけちゃってるんだ」

 

だから。

満たされない部分を、満たしてあげれば。

敵である悪夢も、きっと―――――――

 

 

「あいつは確かにやり過ぎた。罪はあるけど、決して極悪人じゃない。…俺は、あいつを救う。悪夢を、助けて見せる」

 

 

そう言って、右拳を強く握りしめた。

 

白い世界で、幻夢が驚いたように目を見開く。

2300年前の過去を知って。知ったからこそ、俺は今再び走り出そうと、心に決めた。




過去編、もう少し盛り上げられたら良かったと反省しつつ。
多分後二章で、夢幻魂歌シリーズ完結です。

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