東方夢幻魂歌 Memories of blood 完結   作:ラギアz

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「アップルパイ」

「私、明日からちょっと仕事で出かけて来るから」

 

朝ご飯の途中、急に母は告げました。

かなり大雑把な性格の悪夢は目玉焼きを落とし、怪夢はマイペースにもそもそとイノシシの肉を食べています。長女の私はお茶で突っかかっていた驚きの言葉を飲み干すと。

 

「お母さん、どれくらいの期間でしょうか?」

「分かんない。長くなりそうだから、霖之助にお願いしたよ」

「そうですか・・・」

 

豪快に白米を食べる母は普通に言いました。私達の母は巫女。妖怪退治も専門であるため、別段珍しくは無いのです。

しかし、今回ばかりは事情があります。私はもう一口お茶を飲み、母へ顔を向けました。

 

「お、お母さんっ!明後日は私の誕生日何だよ!?」

 

けれども、私が言うよりも先に、目玉焼きを落とし固まっていた悪夢が動きました。机を強く叩き、お茶の水面が揺れます。申し訳なさそうに笑う母は、身を乗り出している悪夢の頭を撫でました。

 

「ごめんね。でも、どうしても外せないんだよ。今回の仕事は」

「何をするの?ねえ、お母さんいつもは居てくれるじゃん!」

「悪夢、それくらいにしておきなさい。お母さんだって巫女としての役目があるんですよ」

「良夢お姉ちゃんは黙っててよ!私は、どんな仕事であれ家族の方が大事でしょって言ってるの!」

「それは貴方の思考です。思想です。他人に押し付けてはいけませんよ」

 

私が厳しく言うと、悪夢は不満げに怒りを隠そうともせず荒々しく椅子に座り、御飯を一気に掻き込みました。ご馳走様、と小さく呟くと彼女は直ぐに席を立ち、そのまま家を出て行きました。

妖怪に襲われて死ぬようなヘマはしないと思いますが、それでも心配です。私も少し食べるスピードを速め、直ぐにご馳走様と呟きました。

 

「すみませんお母さん。悪夢を追いかけてきます」

「・・・良夢、ごめん」

「良いんです。お母さんだって用事はあります。ですが、なるべく頑張ってくださいね」

「ああ、分かってる。・・・分かってるよ」

 

母の声には何時もの様な元気はありません。太陽が陰ったような、そんな暗い雰囲気です。

もしかしたら、二度と会えないんじゃないか。そう思ってしまうほどに。

マイペースに食べ続ける怪夢、箸を置き顔を伏せる母を置いて私は家を飛び出ました。悪夢も、家の事も不安ですが・・・。ここはしっかりと、長女として頑張りましょう。

 

☆★☆

 

森の中に佇む木の家のカギをしっかりと閉めると、僕は肩から大きい鞄を下げて歩き始める。今日は古い友人である博麗幻夢に呼ばれて、彼女の娘の面倒を見に行くのだ。

と言っても、彼女ら三姉妹からしたら僕が弟に見えるかもしれない。特に良夢。

彼女は本当に大人びていて、見ていて可愛げが無い。勿論可愛いのだけれど。

しっかりしすぎていて、並みの少年は彼女に守られているんじゃないか。あれ、僕?

ここから彼女の家までは20分くらい。僕は半分人、半分鬼の片角なので村のすぐ近くには入れないのだ。

・・・まあ、幻夢のお陰で入れるっちゃ入れるけど、子供はきっと怖がるし、良く思わない人も居るだろう。片角を触りながら、草の生い茂った草原を一歩ずつ踏みしめて歩いていく。

今日はとてもいい天気で、夏真っ盛りと言っても過言じゃない季節の今は凄く暑い。冷たい井戸水を汲んできた水筒の中身ももうぬるくなっている。

 

明後日は、悪夢の誕生日か。彼女も12歳になるのか・・・。感慨深いな。

でも、僕を呼ぶって事は幻夢の仕事は長くなるって事だ。悪夢の誕生日を祝えるのかどうか。そして、祝えなかったら悪夢がどれだけ拗ねるか。

ううん、頑張れよ、良夢。

 

そんな事を考えてると、木の間を縫って歩いていたところで突然泣き声が聞こえた。

因みに結構臆病な僕はそこで一旦足を止め、幻夢特製のお札を三枚ポケットから取り出した。

鬼だけれど、人間の血が入っているためいい感じに中和されている。よって怪力も妖力も無い。

つまり、恥ずかしながらこの角は飾り同然。戦えないのである!

 

・・・と言いつつ警戒して歩き続けるも、声は一定の場所から動かない。そしてその泣き声に、僕は聞き覚えがあった。

それも、ついさっきまで明後日に聞くなあ、と思っていた声だ。

声の主が分かった僕はお札をポケットにしまい、声の鳴る方へ歩いていく。どうやら動いて無かったようで、直ぐに発見できた。

森の中。少し開けたところの丸太の上に、博麗悪夢が座って泣いていた。

僕はそっと歩み寄って、隣に座る。肩掛け鞄の中から今朝焼いたアップルパイを取り出して、悪夢に話しかける。彼女の好きな物は甘いもの全般。特にアップルパイが好きなのだ。

焼いてきて良かったと、本当に思う。

 

「悪夢、どうしたんだ?こんな処で」

「・・・霖之助さん。・・・どうもしてないよ」

「そっか。まあ良いや、アップルパイ、食べるかい?」

「要る」

「はい、どうぞ。お代わりも・・・・うーん、あるからね」

「何その間。そんなに食べないよ」

「そうだったね。ごめんね」

「・・・ありがと」

 

不貞腐れたまま、悪夢は両手でアップルパイをもってもそもそと齧り始めた。

丸太の上でほっぺた一杯に物を食べている悪夢はリスみたいで、可愛い。僕の作ってきたものを食べてくれて、嬉しい。

長い黒髪、泣きはらしたのか赤い瞼。少しくすんだ深紅の瞳の彼女はやがてアップルパイを食べ終え、ゆっくりと話し始めた。

 

 


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