東方夢幻魂歌 Memories of blood 完結 作:ラギアz
暴走妖は、核を壊せば死ぬ。
しかし逆に言えば、核を壊さなければ死なない。
隔と妖夢は霊力しか使えない今、99体の無限に動き続ける強化妖怪を倒す術は無いのだ。
更に、向こうには雷も居る。彼岸ノ妖がぬらりと黒い霊力を纏うが、隔は動けなかった。
無理だ、と。
彼女の脳内を、このたった三文字が覆い尽くしていた。幻夢の霊力を使っても、例え真みたいに右腕を犠牲にして
も勝てない。逃げる事すらも叶わない。
夢月や霊夢、魔理沙は患者の避難に向かっている。全てを無事に送り届け、応急処置をし、ここに来るのと隔達が一方的に蹂躙され肉片となる。
・・・どちらが早いか。それは質問するのさえも酷な、分かり切った物だった。
隔は自分の無力さを思い知る。誰かを助けるために戦うという重みに耐えきれなかった自分を。目の前の圧倒的な理不尽に屈してしまう自分が腹立たしいと彼女は奥歯を噛みしめる。
同時に、真がどれだけ頑張ってきたのかがひしひしと分かった。どんな理不尽も跳ね返し、絶対に諦めない彼の後ろ姿は大きくて、優しくて、近かった。
確かに隔は成績優秀、運動神経運動能力も超一流の
逆に真は、成績は理科のみ得意で他は平凡。運動能力は高いが運動神経は全然なく、跳び箱の四段でさえ顔面から突っ込んでいくくらいだ。
でも少女は人を守る事が出来なくて。
少年は、誰かを守る事が出来るのだ。
暴走妖が殺気を剥き出しにする。妖力の暴風が吹き荒れ、木の葉を撒き散らし希望を黒く染め上げる。
目の前に広がる光景は、地獄絵図。
無数の妖怪が一人の少年の後ろに立ち並び、涎を垂らしながら少女の柔らかい肢体に噛みつこうと切り裂こうと引きちぎろうとしているのだ。
隔の霊力で塞いでいる腹部の傷、そこから匂う赤い鮮血の匂いを嗅ぐたびに、妖怪は恍惚とした表情を浮かべる。眼が、少女だけを求めている。
極上の餌が二体。
彼らはこれくらいにしか思っていない。差し出されたご飯を咀嚼する簡単なお仕事だ。
曇っている空から、ぽつりぽつりと雨が降り始める。
直ぐに雨は豪雨へと変わり、ザアアア……と雨粒が地面や木の葉、隔達を叩く音が響き渡る。
雷が右手を持ち上げ、そしてパチンと指を鳴らす。
それを合図に。
それだけで。
少女たちの儚い命は、瞬く間に消え去った。
――――――――というのが、本来描かれるべき物語だったのだろうか。
しかしそれは変えられる。たった一人の、少年が手を差し伸べたから。
妖怪が凄まじい速度で牙を爪を向ける。顎を大きく開き、その柔肌に突き刺す瞬間に、
その声は。大きく優しく、響き渡った。
「結界[双対の禊]」
刹那。
ダガアアアアアンンッッッ!!!!
轟音が響き渡る。青緑の、長方形の巨大な壁が四枚、妖怪たちの攻撃を亀裂一つ入れずに完璧に受け止めていた。
ザアアアア!!! と、雨が一際強くなる。それは乱入者を歓迎するファンファーレにも、妖怪側の怒りの声にも聞こえた。
「悪い、待たせた」
少年は軽い笑みを含ませながら、隔と妖夢へ語り掛けた。
二人は直ぐに振り向く。そして、ずぶ濡れになりながらもしっかりと此方へ向かってくる少年を見つけ、息を飲んだ。
「天音真、ここに完全復活――――だ」
青緑の力が、真を包み込んでいる。
白衣のまま、裸足で飛び出てきた少年は少し視線を持ち上げ、奥に居る雷と目を合わせる。
瞬間、散る火花。隔に笑みを浮かべながら妖夢の元へ行かせる。
前に笑顔で進む真と、後ろに安心したように走っていく隔。
「ありがとう、真」
「気にしないで。んで、妖夢背負って逃げてな」
隔が短く声を掛け、真もそれに答える。その時、青白い魂が少女の体を飛び出し少年の体へと舞い戻った。
ふわり、と優しい霊力が体中に満たされる。雨ですっかり冷えた体に、それは心地よかった。
真と、隔がすれ違う。長い黒髪が揺れ、隔の顔が完全に見えなくなった瞬間。
少年の蒼い眼が、冷たい憤怒を宿した刃の様に一瞬で変わった。
笑みはもう、無い。満たされた霊力が嵐の海を思わせるほどに渦巻き、真は右手をごぎっと鳴らした。
「誰も殺さないなんて言って、これじゃダメだな俺・・・」
真は、小さく呟く。
雨の音に阻まれ、それは誰の耳にも届く事は無かった。
静かな怒りを、宿した言葉を。
「
少年は。そう言った。
淡々と、冷徹に。
暴走妖は、その動きを止める。蛇に睨まれたカエルの様に。圧倒的強者の前に、彼らは動きを止めた。
ボオッ!! と、蒼い霊力と赤黒い霊力が真の声に同調するように燃え上がる。
開戦――――圧倒的に一方的な蹂躙が、立場を変えて始まろうとしていた。