東方夢幻魂歌 Memories of blood 完結 作:ラギアz
・・・抱き着いた俺は、直後に刀で殴られ吹き飛んだ。
うわあ痛そう、と思いつつも、あれは俺の体である。
頭のあたりを摩り、俺は銀髪の少女をじっと見つめた。
端的に言えば、少女は隔と酷似していた。
眼の色と、髪の色。髪の長さ。隔との違い何てこれくらいで、他は見分けがつかない。
二人が入れ替わろうと思えば、俺は簡単に騙される自身がある。それくらい、二人は似ている。
「・・・あの子の名前は、魂魄妖夢。君の剣の師匠さ」
恵が呟けば、世界は再び変わっていく。
今度は、彼女の右足が段々と消えていっていた。
記憶が・・・魂が所々抜けている俺は、妖夢という少女を見るのは初めてだった。
初めて会ったのは、いつだろう。でもこれは、最近じゃない。
俺自身の右腕の傷を見て、そう直感する。
今の右腕は物凄い傷跡が無数にある。そして、動かない。
「キミは、妖夢とかなり長い間一緒に居たね。・・・彼女はキミを慕い、キミも彼女を師匠と慕っていた。そろそろ、断片的に思い出してきたんじゃないかな?」
その通りだった。
妖夢の持っている剣。二振りの刀は、楼観剣と白楼剣。
思い出す。思い、出せる。
魂魄一刀流。少女を氷の中から救い出したことも、厳しい修行に付き合ってくれたことも、夜の草原で戦ったことも。
全てが鮮明に、くっきりと瞼の裏に再生された。
青緑の風が吹き荒れる。
それは俺の体の中に吸い込まれ、その度に少女との記憶が脳裏を駆け抜ける。
夜明けに、彼女は俺の前に立ちふさがった。
自分の気持ちを殺して。人の気持ちを、尊重した。
動かない筈の右腕に、何故か熱い物がふつふつと煮えくり返り始める。
「俺にとって、妖夢は大切な人だった」
「そう。それに気づくのがもう少し早かったら、どんなに良かったか」
あの朝。
隔を助けるために抜け出した俺の前に立ちふさがった少女と、手を取り合えていたらどうなっていただろう。
後悔が胸に燻る。その手を伸ばさなかった自分が、ただただ激情をぶつけただけの自分がいつになくみすぼらしい。
改めて記憶を辿る事で、やっと妖夢の大切さが、いかに彼女が俺の事を気遣っていてくれたかが漸く思い出せた。
「でも、妖夢はまだ君を信じて、キミの為に戦ってくれるんだ」
恵の右足が、消えていく。
金色の粒子は、風に溶けていく。俺の右足が、金色の輝きを纏う。
――――世界が、変わる。
「こんな処で、燻ってるなよ、天音真。君には今や、七賢者の血が流れているんだ」
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蒼い霊力が朧げになっている俺の目の前で、爛漸苦の首が吹き飛ばされた。
紅魔館に来て、俺の居場所を奪い、そして大事な人たちを傷つけ続けた憎い奴の首が。
俺より何倍も強い奴の首が、雲を切り裂いて舞い降りた少女の刃によって呆気なく飛ばされる。
『・・・お前は、誰だ』
俺が震える声で呟く。
少女は端的に、短く、銀の刃を鞘に納めながら返した。
『・・・私は、暁』
赤いマフラーが風に靡く。
その少女の眼は、どこまでも黒く、そして濁り切って居た。
2
「暁。・・・夜明け、か」
ぽつりと、俺は呟いた。
国語の授業で聞いた事があった。それだけの知識。
「そうだよ、夜明け。・・・絶対に明けない筈だった夜に囚われていた朝さ」
恵の左足が溶けていく。宙に浮かびながらショートカットを風に躍らせる彼女と同時に、景色が移り変わる。
再び、景色が俺の脳を駆け抜けていく。体が暖かい感覚に包まれる。
魂に空いた穴が、段々と、埋められていく。
確かに。ゆっくりと。
少女が、魂が不完全な状況で俺を殺すだけに執着している。
無邪気に、蟻の四肢をもぎ取るかのように、暁は俺を殺そうと刃を振るう。
『てくびを、きればいいんだよね?』
確かめ、直ぐに彼女は地を蹴る。
俺が攻撃しようとすれば、彼女の意思は戻る。
そこに生じる一瞬の迷い。暁はすかさず、連撃を俺へと叩き込んだ。
・・・ああ、俺って昔っからボロボロにされてたんだな。
ただ必死に耐え続ける俺自身の姿。
苦笑が思わず滲み出る。そんな中で、記憶の俺と現在の俺は同時に口を開いた。
『今だ、陽炎!!』
「それでも、ずっと誰かを助けるために戦って居れたんだな」
カチリ、とパズルのピースが嵌った。
世界は更に加速する。段々と増える暁の笑顔。蘇ってくる記憶。
妖夢に会う直前に、励ましてくれたのも暁だった。
纏はいつも俺を助けてくれた。日登と時雨を使い舞う暁の姿は綺麗だった。
俺は、幻想郷を過去に戻そうとしている黄昏の前に立ち塞がる。
夢なんて。
何の力も無い奴が持っても、叶えられるわけがない。
奴は口を開く。
所詮、お前らのそれは夢幻なんだ――――
そいつはそう言った。
良いじゃないか、見せてやるよ。
黄昏の姿が、天久に変わる。悪夢に変わる、雷に変わる。
そして、俺自身に変わる。
「ぶっ壊れた魂がぶっ壊れたからこそ持てた
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現実から、幻想へ。
今まで関わってきた全ての人の記憶が蘇る。
魂の、心の隙間を埋める力となって。暖かい力となって。
パキン、と音がした。
それは俺自身の魂の殻が割れる音。俺自身の力が、完全に開花した音。
恵は七賢者の子孫だ。
俺はその血を、受け継いだ。
ならば。俺にだって、それなりの力があっても良いじゃないか。
気づけば、恵は居なかった。
黒い世界。
鼻孔を擽る炎の匂い。聞こえる騒音、感じる霊力。
眼を開ける。白いベッドの上で、眼鏡を掛ける。
――――――――そして俺は、強く強く、今までの想いを全て、
やっと覚醒。
次回、雷の襲撃戦。