東方夢幻魂歌 Memories of blood 完結 作:ラギアz
暫くの間、俺の言葉に隔は答えなかった。
星が空を駆けていく。時々落ちる流れ星は、決して都会では見ることの出来ないものだ。
さわさわと草が揺れる。冷たい風が吹き、そっと俺は縮こまった。
「・・・なんで、来たの・・・」
「来たかったから」
絞り出すように、苦し気に、小さな声が呟かれた。
嗚咽を隠し切れない。目元を何度も何度も拭いながら、隔は続ける。
「来ないで、って。妖夢ちゃんに、真を来させないでって頼んでたのに・・・」
「あいつは悪くない。入院中、俺が右手治ってないのに抜け出しただけだ」
「・・・また、爆発させたの?」
「うん。これで後二回だ」
会話が途切れるごとに、短くない沈黙が周囲を包み込む。
左手を伸ばしても、ぎりぎり隔には届かない。すう、と息を吸い込んだ彼女は、長く言葉を続ける。
「朝日を見たい。それで、真に殺して欲しい。これが手紙の内容」
「お前の叶えたい夢はそれだけか?」
「・・・うん。それだけ」
頑なに、彼女は拒み続ける。
もう隠さなくても良いのに。
長くいたから、もう全て分かっているのだから。
「俺は、お前を殺さないよ」
「・・・どうして?」
「殺したくないから。ずっと一緒に居た大事な人が居なくなるのは、もう嫌だから」
俺に親はいない。
小さいころ、両親は交通事故で死んだ。奇跡的に生き残った俺は心臓移植や長期間の入院など、死と生の間をさまよい続けている。
「・・・それだけなの?そんなちっぽけな理由で、私を野放しにして、幻想郷が壊れてもいいの?」
小さな問い。
純粋な彼女の言葉に、俺は一拍置き。
――――そして、きっぱりと断言した。
「理由に大きさは関係ない。お前を助けて幻想郷も助ける。それで良いだろうが」
間が、再び空く。空を流星が駆け抜ける。
暗い星空は段々と明け始める。それでも不思議と、眠気や疲労は感じない。
「・・・そっか。私は、真の大事な人になれてたんだね」
そう、彼女は言った。
満足そうに、悲しそうに。そして、名残り惜しそうに。
死にたくないと。生きたいと、声音からひしひしと全てが痛いほどに伝わってくる。
隔は立ち上がり、寝っ転がる俺へと満面の笑みを浮かべた。
星明りのささやかな光が彼女を世界の中心に誘う。長く綺麗な黒髪は宙に舞い、頬を伝う涙は地面に滴り落ちる。
「真、楽しかったよ、ありがとう。――――大好き」
そう言って、隔は黒い刃を生成した。
ズッ、と片目だけが不気味に黒く輝く。自身の心臓に向けて、その刃を突き刺す。
直前。俺は、彼女を右手で突き飛ばしていた。
刃の軌道がズレ、見当違いの方向へと切っ先を向ける。
無理やり動かした右腕には激痛が走るが、それを気にすることなく俺は微笑んだ。
大丈夫。
大丈夫だ。絶対に。
「お前は俺が助けて見せる。・・・だから、今は安心して眠っていてくれ。お前の、隔の全てを、受け止めて見せるから」
左手に持っていた小石を、彼女の額へと投げつけた。
こつんと当たり、それは跳ね返る。でも俺の目的は、違うところにあった。
隔は暴走妖に支配されないように、ならないようにずっと意思で自信を守ってきた。
徹夜で。ずっと、彼女は戦っていたのだ。
そこに、例え小石であっても、それを邪魔するものがあったらどうなるのか。
綻びが生まれてきた精神は、呆気なく崩れ落ちる。
隔の目が驚愕に見開かれると同時に、その瞳が漆黒に染まる。
光の無い、そこに広がる無限の虚無。
さて。
[マックロクロスケ]を使わせれば――――俺の勝ちだ。