東方夢幻魂歌 Memories of blood 完結 作:ラギアz
それを破るのは、きっと俺が小説を辞める時であり。
それは、今ではありません。
黒い翼が、大きく空気を打つ。うねる風と共に俺と烏は大きく上昇し、月に漆黒の霊力を輝かせる。
後ろに、大分距離を取って付いてくる霊夢と夢月。
桜ノ妖に左手を当てる。もうかなりの距離を飛行した。
東へ、東へと。そして霊夢の言った通り、あの霊力が強まってきている。
抑えているのだろうか。不規則な霊力の波動、暗く深い森の中からそれを感じ、俺は急速に下降した。
刹那、襲い掛かる黒い斬撃。あいつだ、と確信し、俺は不謹慎にも笑みを浮かべてしまう。
「満開[妖霊ノ彼岸花]」
「黒大剣[鬼丸]」
雷。
悪夢の仲間であり、俺達の敵であり、そして、隔を暴走妖にした男。
暁から聞いた。無視しようとしていた。俺は、もう誰も殺したくなかったから。
でも。
会ってしまった瞬間。初対面、顔を合わせてしまった瞬間に、俺の中で爆発的に殺意が膨れ上がる。
鬼丸から黒い奔流が溢れ、左手一本で振られた刃はまず奴の斬撃を跳ね返す。
溢れた本流は雷へ。破壊の意思を持ったそれを奴は簡単に避けるが、
「月符[ムーンライトバースト]」
凛と響く夢月の声。次の瞬間、青白い光を纏った夢月の掌底が直撃する。
どこか、俺のバーストと似ている。体に霊力を纏わせるのではなく、俺と同じように血に流しているのか。
霊夢や夢月は、霊力への順応性が高い。そのため近くに居るだけでも恩恵を受ける事が出来る。
それにその方が纏っている霊力をそのまま使える。俺みたいに一旦外へ出さなければならない等のタイムロスが殆ど無い。
しかし彼女はそれに合わせて血にも流した。
昔から血に流していた俺とは違い、彼女には癖がある。
それを克服しての、彼女らしかぬ肉弾戦。雷を強く吹き飛ばし、夢月は叫んだ。
「真さん!行ってください!」
「でも・・・!そいつは、強いって・・・!」
「五月蠅い。早く行って」
冷やりとした。
俺の真横を通り、博麗霊夢が氷点下の殺気を伴いながら突進する。
右手に構えるお祓い棒は強く強く虹色に輝く。彼女の周りを囲む八つの陰陽玉。
「・・・無想転生・・・!?」
どれだけ本気かが分かる。
深夜の邂逅。それでも霊夢にとっては、おそらくこれ以上無いほどに望んでいた邂逅なのだろう。
「やっと・・・紫と隔の仕返しができる」
白い軌跡が宙に描かれる。
黒みがかった黄色い刀を構え、雷はそれを迎え撃つ。
「・・・ありがとう!ごめん!またな!」
俺は、今生の別れの様に声を投げかけた。
彼女たちは絶対に死なない。
今回の犠牲者は。一人だけでいい。
――――奴だけで、良い。
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月夜。
東の果てを眺めながら、黒髪を腰に流す少女は静かに佇んでいた。
リン、リン、と儚く鈴虫の合唱が響く。冷たい風が、くすんだ草木を揺らす。
少女の体は、今も尚激痛に蝕まれていた。
壊せ殺せ壊せ殺せ壊せ殺せ…
延々と脳内で繰り返される言葉。彼女はそれに、たったの一度も屈していない。
辛いだろう。その苦しみは、誰にも理解できない永遠に続く拷問だ。
しかし、それも今日で終わり。幻想郷の果てで、朝日を眺めるという彼女の夢は叶う。
ちっぽけな、たった一つの夢は。
彼女は、謙虚で、勉強やスポーツが完璧にできて、それでも何においても手を抜かない少女だ。
でもそれは、全てとある少年の傍に胸を張って居られるようにだった。
日本一に輝いた剣道も、元は少年の傍に居たいがために入った。
勉強だって、少年に教えられるように。いつか、好いてもらえるように。
彼女は強欲だ。普段はその一面を隠しているが、叶えたい夢なんて数え切れないほどある。
でもそれは全て無理だった。なぜなら、いま彼女は人じゃない。化け物だ。
化け物は、人の傍に居ちゃ行けない。
醜い少女は、私は、少年の、彼の傍には居られない――――
段々と、星が夜空から消えていく。
紺色の無限の空は、いつしか藍色に。
東の空を見つめていた少女は草原に座り、そしてごろんと寝っ転がった。
そうでもしていないと、涙がこぼれあふれ出てしまう。目元に腕を置き、少女は唇を噛みしめる。
悔いは無い。全部私が悪い。
そう思っていたはずなのに、その時が近づく度に思いが湧き出てくる。
理不尽だ。何で私なんだ。そんな思いが、少女の胸中に渦巻く。
誰もそれを見抜けはしない。
少女の漏らす嗚咽を、誰も聞き取れない。
――――――少年と少女の距離では、小さな嗚咽は聞こえない。
見つけた、と少年は呟いた。
少女は、その声を聞き、驚いた。
居ないはずなんだ、と少女は思う。幻聴なんだ、と彼女はまだ夢に縋る自分自身を自己嫌悪する。
嫌だ。
足音が近づく。
いやだ。
夜風が吹く。草が揺れる。
折角、折角・・・
「おい、無視なんて酷くないか?」
――――諦め、かけていたのに。
少女はその声を聴いて、強く服で目元を拭った。
でも、まるで水道の蛇口を逆向きに捻ったかのように涙はあふれ出る。失いかけていた、生きたいという願望が蘇ってしまう。
気づけば、声が出ていた。
隠せない。大きな大きな、泣き声。
少年は、少し戸惑うようにその場で立ち尽くす。
それでも、彼は安堵していた。少女が消えていない事に。
その事実だけで、もう十分だった。
泣き崩れる少女の隣に少年は寝っ転がる。
そして、優しく、優しく声を掛けた。
「悪い、手紙なくしちゃった。・・・だから、もう一度お前の言葉で言ってくれないかな?」
笑みを浮かべ、天音真は少女をしっかりと見つめ。
手の中に合った、隔の手紙をこっそりポケットに突っ込んだ。