東方夢幻魂歌 Memories of blood 完結   作:ラギアz

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第九章第四話「森」

永琳は其の場で硬直する。

九月、涼しくなり始めた夏の終わりの風が開け放たれた窓から部屋へと入り込む。

朝の日差しは白いベッドを照らし、薄緑のカーテンはゆらゆらと風に揺れる。

 

数々の治療器具。地面に落ちている、白い掛け布団。ぐちゃぐちゃのシート。

 

――――其の場に、少年は居なかった(、、、、、、、、)

 

嘘だ、動ける訳が無い。

あの傷で?どうやって?鎮痛剤や麻酔は打ったけども、それでも動ける状態じゃない。

 

ばさばさっと、カルテが地面に滑り落ちる。

それを拾わずに、永琳は部屋から廊下へと飛び出て、そして駆け出した。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

右腕が動かない。

背中に走る切り傷が疼く。

鎮痛剤だろうか。体に痛みは無く、痺れる様な感覚が体の中心を刺激する。

麻酔を掛けられている右腕や左足は腫れている様な錯覚を覚え、ふらふらと力なく、桜ノ妖を杖代わりにしなければ歩くことすらもままならない。

 

出来るだけ遠くへ。もっと、遠くへ。

 

永遠亭に縛られて居たらやりたい事も出来ない。

永琳さんや優曇華にバレナイ内に。妖夢が、気づかないうちに。

 

隔の元へ。隔の元へと、辿り着かなければ。

 

ただ先を求め、足を引きずる様にして俺は森の中を突っ切っていく。

 

森に入って数十分後。

突然、足元の地面が炸裂した。

 

ドゴンッ!!と飛び出す無数の影。それが狼の様な妖怪だと気づくのに、そんなに時間はかからなかった。

・・・数が、多い。

普段なら時間を掛ければ殲滅は可能だ。しかし重体の今、低級妖怪とはいえこの数を相手にするのは大分苦しい。

でも近くに人はいない。やるしかない、それが現状。

 

「・・・バースト」

 

熱があるのか、体は重く熱くそれでいて寒気がする。

頭痛のする頭を抱えつつ、俺は体に15%の霊力を回す。

 

「ギャアアアアアオオオッ!!!」

 

叫び、襲い掛かって来る無数の牙。

開かれた咢、血走った眼。

 

俺は両足を大きく開き、桜ノ妖が無くとも一応バランスを保って居れば立てる様に調整する。

 

柄を持ち、桜ノ妖を左腕で全力で薙ぐ。

 

勢いに従って、黒塗りの鞘が吹き飛ぶ。桜の装飾が施されたそれは一匹の脳天にぶつかり、灰にした。

射程距離拡張も同時に使い、縦横無尽に刃を振るう。一太刀で灰に返す事が出来る。しかしその数は一向に減る様子を見せない。

 

「桜花[華散り―焔―]」

 

大分前に習得した技を放つ。

居合いの型から、自身を中心とし円を描くように刃を振るう。

赤い軌跡が宙に描かれ、飛びあがった狼以外を焼き尽くし切り裂いた。

 

それでもまだ尚、きりが無い。

 

無限に続くかとも思う猛攻。しかし、次の瞬間――――

 

俺は、狼諸とも地面に叩きつけられていた。

 

急激に強くなった重力。体に力が入らない、起き上がる事も出来ない。

うつぶせに倒れたせいで、呼吸がし辛い。俺は顔を横に向けると、その方向に強い霊力の反応があった。

 

此方に右手を翳し、サイドテールを揺らす青白い光を纏う少女。

そして、その背後から一気に飛び出して来た紅白の巫女。

虹色の光が周囲を塗り替える。瞬く間に消え去っていく狼の群れ。一度風が吹けば、異常な量の灰が一瞬にして宙へと飛び立つ。

 

ドクンドクンドクン、と鼓動が速まる。

倒れて居る所為で。戦闘が、集中が途切れたせいでどっと眠気と疲れが沸き上がり。

 

そっと、俺は意識を暗闇に落とした。


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