東方夢幻魂歌 Memories of blood 完結 作:ラギアz
美鈴は今の状況を理解できていなかった。
自分の放った拳打は確実に隔へと決まっていた筈。にも関わらず、彼女は一瞬で反撃をしてきた。
黒い刃はその手には無い。捻りを咥えて放たれた拳は美鈴の肋骨をゴリゴリと砕き、潰す。
口から血が零れる。視界が霞む中で、隔は左拳を握りしめ。
ブオンッ!!と気流を渦巻かせながら全力で前に突き出した。
美鈴は咄嗟に体を両腕をクロスさせて守ろうとする。眼を閉じ、迫りくる衝撃に歯を食いしばるが、
「悪かったわね。ちょっと遅くなったわ」
「ごめんね、めーりん」
肌と肌が激しくぶつかり、パアンと音を鳴らすと同時に響く声。
自身を抱え飛び退る誰かと、隔の拳を受け止めたのが誰なのかを、美鈴はもう理解していた。
うっすらと開けた目の先に、レミリアが居る。
少し顔を上げれば、何時もの無邪気さを感じさせない真剣な表情のフランが美鈴を抱えていた。
安心した美鈴は、そっと目を閉じる。
「後は・・・お願いします・・・」
「お願いされたよ!」
「お願いされたわ」
紅魔館最強の二人に、後を託す。
美鈴の意識は、間もなく暗闇へと落ちて行った。
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後少しで満月だ。
完璧ではない、しかしそれでも美しい月が雲一つない夜空を明るく照らす。青白い光を湛える月を背に、レミリアは不敵に微笑んだ。
「神槍[スピア・ザ・グングニル]」
レミリアの右手に真紅の槍が形成される。強大な魔力を持つその槍を見た隔もまた、再び両手に黒い刃を形成した。
二刀流。魂魄妖夢を彷彿とさせる隔の戦闘スタイルは、しかし妖夢とは真逆だった。
どちらかと言えば、妖夢は細かい技で地道に切り開いていく戦い方。堅実に相手の隙を付き、そこに大技を叩き込む。
隔は、一撃一撃が必殺の威力を持って居るのだ。それも素早く、何回も叩き込まれる。
これだけ見れば、隔は異常に強いと思うだろう。
だがレミリアは――――その一撃を前に、一歩も動かなかった。
グングニルを鋭く操り、斬撃を逸らしていく。
彼女からは何もしない。ただ切っ先を、槍の刃で少し叩くのみ。
率直に言えば。
彼女は知っている。自身に干渉するものを、全て拒絶する能力を持つ少年を。
自身と同じ、紅い力を持つものを。
それを待つと同時に、レミリアは時間経過による隔の正常化も考えていた。
(もっとも、それは無さそうだけど)
全体重を加えた隔の一撃を、レミリアは強く地面に撃ち落とす。
あれだけの連撃をしても息一つ乱れていない隔を前に、レミリアは戦慄する。
それも束の間。もう埒が明かないと思ったのか、隔は遂に、黒い刃以外を使い始める。
「[真っ黒黒すけ出ておいで]」
鈴の音の様な、澄んだ綺麗な音。
殺気溢れる闇夜には不釣り合いなその歌に、レミリアは思わず動きを止めた。
後ろではフランが美鈴の手当てをしている。せめて、そっちまで行かない様にしなければ。
「[出ないと目玉をほじくるぞ]」
妖しく吹き始めた夜風に、森が騒めく。
レミリアは危険を感じた。だから、グングニルを急いで投げるも、
「[闇夜に隔離、寂しく孤独]」
それは、黒い霊力によって叩き落とされた。
ズズズ、と隔の漆黒の霊力が大きく強くなっていく。紡がれる歌に応える様に、風が吹き始める。
「[真っ黒黒すけ出ておいで]」
最後の一節。
レミリアは紅い魔力を展開し、防御壁を創りだす。
が、
「[夜風に晒され闇夜に溶け込み]」
「[最後に一回舞いましょう]」
その黒い刃は、全てを切り裂いた。
「闇夜[マックロクロスケ]」
隔の全身から放たれた漆黒の霊力の腕、弾幕は瞬く間にレミリアの魔力を灰燼に帰す。
軽く横薙ぎに振るわれた刃は斬撃を遥か遠くまで伸ばし、レミリアの肌を薄く切り裂き大きく吹き飛ばした。
後ろに居たフランは美鈴と一緒に全力で躱す。一瞬の衝撃にも関わらず、レーヴァテインは折れた。
無防備にレミリアは宙に舞う。
急いでグングニルを生成するも、それは意味が無い。
未だに[マックロクロスケ]が起動している隔の霊力は異常に膨れ上がっている。ゆっくりと、ゆっくりと、世界がスローに成る中で隔が刀を持ち上げ――――
「突っ込めええええええええええええええええええええええええ!!!」
上空から猛スピードで突っ込んできた黒い鴉に、強く吹き飛ばされた。
呆然と地面に這いつくばるレミリアの前で、黒い鴉は嘴と鉤爪を使い隔を押しとどめる。
しかしそれも一瞬。翼を切り落とし、真っすぐに鴉の体を二つに分けた隔。
――――に向けて、白と黒の流星が叩き込まれた。
ドガアアンッッ!!!と衝撃波が轟音と共に闇夜に響き渡る。右拳を突き出した状態から直ぐに構えを直した少年は、更に身に纏う霊力を増幅させる。
「間に合ったみたいですね」
「・・・ええ、ありがとう」
レミリアへと笑いかける天音真。
彼はすっと隔へ視線を向け、
数十m離れているレミリアでも分かるくらいに強く、その傷だらけの右拳を握りしめた。