東方夢幻魂歌 Memories of blood 完結 作:ラギアz
見つけた。
人里を出て、飛ぶこと数時間。
最早日も暮れ始めて来た頃に、俺はやっと妖怪の山の麓にある大穴を見つける事が出来た。
空中からの散策。生い茂る緑が視界を塞ぐが、それでは隠しきれない程に穴は広く、大きかったのだ。
八咫烏をその場に留め、俺はじっと目を凝らす。
・・・誰も居ない。
「どう?行けそう?」
「ああ、隔か。・・・うん。これくらいなら八咫烏で・・・・」
突然声を掛けられる。
聞きなれた声音。俺は何の疑問も抱かず答え、そして全力で振り向いた。
「か、隔!?」
「やっほー。どしたの?」
そこには長い黒髪を揺らす、幼馴染の姿があった。
軽く右手を振った彼女は、俺の隣で浮いたまま首を傾げる。
「いやまあ、その・・・観光?」
「こんな所に?」
珍しく、隔がドンドン踏み込んで来る。ひょいと隔が俺に近づき、俺は八咫烏の上で後ずさりした。
「色々あんだよ・・・察せ」
「私にも話せないの?」
少しだけ俯く隔。どうしても話してはならないと分かっているのにも関わらず、俺は頬を掻きつつ口を開いてしまった。
「・・・悪夢の調査だよ。地底に居たらしくてな」
「へえ・・・」
俯いたまま、隔がぽつりと声を漏らす。
後ろで手を組んでいた彼女はぱっと手を離し、そして俺へと両腕を巻きつけた。
急に抱きしめられ、一気に頬が熱くなるのを感じる。
隔の温もりを体全体で感じながら、俺は耳元で囁かれる言葉に集中する。
「ありがとうね、真・・・・教えてくれて」
吐息が耳の先に当たる。長く滑らかな黒髪が頬を撫で、くすぐったさとそこから香る花の匂いに鼻孔を刺激される。
がっちがちに緊張した状態。数秒後、隔の腕から解放されると同時に俺は思わず長く息を吐いた。
「じゃあね、真。私も地底に行かなきゃ」
「お、おう。がが、頑張れよ」
盛大にどもりつつ、微笑んだ隔に俺も手を振る。
ふわりと距離を取る彼女。そのままくるりと体を180°回転させ、隔は大穴へとその身を躍らせた。
心臓に手を当てると、まだバクバクと強く脈打っている。
鼻血が出るのではないかと言うくらいの体温の高まり。
しかしそれは、何の気なしに思い浮かんだ考えによって、一瞬にして吹き飛ぶ事と成る。
―――――――
ドクン と。
今までとは違う心臓の高鳴り。
鼓動が早鐘を打つ。慌てて見下ろした大穴。最早隔の姿は見えない。
あいつは飛べたのか・・・?
いや、もし飛べる様になったら必ず俺に自慢してくる筈だ。
白玉楼にも遊びに来るはずだ。レミリア様も、きっと隔が飛べるのにお前は飛べないのか?とか言いに来る筈だ。
仮に全てが無かったとしても、それを差し引いても――――
あいつは、高所恐怖症じゃないが絶叫系が苦手だ。
ここから底が見えない大穴へと、自ら、全速力で突っ込むなんて事が。
それこそ、ある筈がない。
刹那。
「フルバーストッ!!」
切羽詰まった声で俺は叫び、右腕に刻まれた刻印を黄金の光と共に浮かび上がらせた。
八咫烏を解き、頭を大穴へと向ける。
そして、足から霊力を変換した炎を、空中に向けて放出した。
ボッ!! と加速する世界。真っすぐに迫る地上、暗く大きい口を広げる眼下の世界。
熱気が渦巻き状に撒き散らかされる。熱い風が渦を巻き、朱き炎は夕焼けの空を更に赤く染め上げる。
もしあの隔が悪夢だとしたら。
それは少なくとも、悪夢が隔に化けれると言う事だ。
いや、隔だけじゃないかもしれない。
もしかしたら霊夢にも、暁にも魔理沙にも妖夢にも化けれるかもしれない。
レミリア様や幽々子様にも。
底の見えない穴を下へ下へと落ちて行く。
その間に並べられていく仮説。考えられる可能性を、ただひたすらに思い浮かべる。
一番バレては行けない相手にバレてしまった。
ぎりっ、と奥歯を強く噛みしめる。
さっきまでの自分を殴りたい。良く聞いてみろ、隔の口調も、様子も少し可笑しかったじゃないか。
「もっと・・・燃え上がれ・・・っ!!」
絞り出すように、俺は気合を込める。
足から噴き出す炎。その熱気に汗がだらだらと垂れているのにも関わらず、俺は更に火力を求める。
速く。速く。
手遅れに、成る前に――――!!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ダガアアアンッッ!!!
強い衝撃が体を襲う。熱風が波紋上に周囲に撒き散らかされ、地面が余りのエネルギーに耐え切れずに網目状に砕け散った。
俺はゆっくりと立ち上がり、そして辺りを見回す。
そこは、太陽の光が一切入らない地下の世界。
俺はやっと、地底に着いたのだ。
周りには誰も居ない。それを確認し、俺は焦りを必死に押さえつけ、ゆっくりと歩き始めた。
焦るな。見落としを、許すな。
そう、心の中で呟きながら。
☆★☆
暫くして、俺はとある川にぶち当たった。
黒い、まるで呪いが掛かっているかのような川。
どす黒い流れから俺は一歩離れ、そして川の上流の方に在る木の橋と、その上に乗っている人を見つけた。
それが異変解決メンバーでは無い事を遠目に確認し、俺は小走りで近寄る。
「すみません!」
木の橋の真ん中。
手すりに体を預けている人物は、俺の声に顔だけ振り返った。
翡翠の様な、鮮やかな緑色の瞳。くすんだ金髪。でも決して汚くないそれは、彼女の瞳も合わさり物静かな雰囲気を醸し出している。
「・・・その・・・俺、天音真って言います。少し聞きたい事があるんですが・・・まず、お名前を聞かせて貰っても良いでしょうか?」
その女性は振り返り、俺の方を訝し気に見る。
感じるのは妖力。この人が妖怪なんだと理解するのに、そう時間はかからなかった。
数十秒後、徐に目の前の女性は口を開く。
「・・・水橋パルスィよ・・・人に気軽に話しかけれるなんて、妬ましいわね・・・!」