そして場面はいよいよライブに近づいていく……
少し長めです。
しかし所々一気に時間を飛ばしているところがあります。
あまり時間がなかったのでカットしてしまいました、ご了承ください。
「ことりちゃん、左手!」
「うん!」
「海未ちゃん、少し早い!」
「はい!」
曲が出来て数日経った朝、神田明神の階段付近。
3人は曲を元にダンスを創作、練習を繰り返していた。
もちろん、基礎練習は欠かさずやっている。ある程度の体力が付いてきたので、ダンス練習に入ったのだ。
そんな中、3人の中で目を見張る成長を見せる穂乃果。
本人としては覚えているため当たり前のことなのだが、他の人から見ればその成長スピードはかなり早い。
「凄いですね穂乃果。すっかり置いて行かれてしまいました」
「穂乃果ちゃん、もう完璧なんじゃない?」
「い、いやぁ、それ程でもないよ」
完璧かと言えば、実はそうではない。
頭では分かっていても、身体がまだ追い付いていない部分があるのを彼女は実感している。要は満足にまだ動けていないのだ。
それに他2人はまだ始めたばかり、お互いのダンスはバラバラである。
成長はしているが、まだまだ問題は多く存在した。
朝練を終え、日陰で飲み物を飲みながら今の練習の反省点を話していると、チラッと視界に映る人影。穂乃果はそれが真姫だとすぐにわかった。
「真姫ちゃーん!」
逃げようとした真姫を大声で呼び止める。
すると早足でこちらに来た。
「大声で呼ばないで!」
「え、何で?」「恥ずかしいからよ!」
「ごめんごめん、あ、そうだ!あの曲、3人で歌ったから聴いてみてよ!」
そう言って穂乃果は音楽プレーヤーを取り出した。
それに対し真姫は「な、なんで?」と返す。
この曲を作ったのは真姫であるというのは明らかなのに、白を切るつもりのようだ。
穂乃果はその性格を知っていたが、逃すわけにいかない。なんとしてもここで聴かせたかった。
「だってあの曲作ってくたの真姫ちゃんでしょ」
「だ、だから違うって何度も言ったでしょ!」
何度聞いても、違う、と一点張り。
まだ言ってるのですか、と海未とことりも苦笑い。
このままでは埒があかないので、穂乃果は強行する。
「ガォー!」「はぁ!?な、なにやってんの!?」「うふふ、ふひひ」「い、いやぁー!」
穂乃果の謎の笑み、そして抱き着き攻撃に隙を作ってしまった真姫。
気がつけばイヤホンをつけられていた。
真姫は流石に諦め、イヤホンをつけられた方の耳に手を当て、音楽に集中する態度を見せる。
「結構うまく歌えたと思うんだ!」
「それでは聞いてくださいね、μ's!」
「ミュージック……スタート!」
その言葉と同時に再生ボタンを押す。
そして流れる音楽、真姫が作った音、穂乃果達の声。
約3分、真姫は引き込まれたかのように集中していた。
「……すごく、良いと思うわ。正直言って想像以上」
聴き終わった後、真姫の第一声はそれだった。
好評価を得た3人はお互い笑顔を見せ合う。
「ただ、ちょっと気になる事があって」
「ん?何々?遠慮せずに言って!」
「まだ曲完成してからそんなに経ってないからかもしれないけど、僅かにズレてる点があるの。まぁ、その点は個性としてみれば良い点とも言えるし、修正は可能だと思う」
作曲者だからこそ分かる僅かな違い。
しかし、それは3人で歌ったからこそ生じる違い、そう捉えれば個性として評価できる。結局ほぼ問題ないという事であった。
寧ろ、この短期間でここまで仕上げている。
軽視していたわけではないが、予想以上の成果だった。
真姫にそう言われ、嬉しさと共にもう少し細かい所まで注意しなければ、と話し合う3人。
そんな3人に真姫はもう1つ気づいた事を話した。
「あの、もしかしたら先輩に合わせたら良いのかも」
「え?わ、私?」
真姫は穂乃果を見て、そう言った。
彼女は何故そう言ったのか理由を述べる。
それは一言で言ってしまえば、穂乃果は歌い慣れている、と感じたからだ。
「先輩以外が上手くないってわけじゃなくて、ただ、何かそう感じたってだけで」
「確かに穂乃果ちゃん、凄い上手だよね」
「そうですね、歌を一番最初に覚えたのも穂乃果でしたし」
「や、やだなぁ、もう。て、照れるよぉ」
恥ずかしさからの動揺ではない。
今穂乃果に襲いかかっているのは、バレてしまうのではないかという心配。それが生み出す動揺であった。
もちろん、海未やことりは穂乃果の事情を知らないため、まるで元々知ってたかのように上手だ、と褒めているのである。それは真姫も同様である。
そして穂乃果は本当に既に知っているのだから、他の人より飲み込みは早く、上手である。こうなってしまうのは、予想できるものであった。
穂乃果もそれは分かっているのだが、ドキドキが止まらない。
「ともかく、真姫ちゃん!アドバイスありがとう!」
「わ、私は別に、思った事を言っただけで…」
「ふふ、分かってるよ」
真姫はイヤホンを穂乃果の元に戻すと、失礼します、と言ってその場を去った。
少しヒヤヒヤしたが、真姫から好評価をもらった事に変わりはない。
自信がついた3人は、改めてライブ成功への気持ちを強めていた。
その中で穂乃果は1人、もしかしたらあの1stライブを変える事ができるのではないか、という気持ちが出てきていた。
そしてまた数日経ち、ついにライブ前日となった。
いつも通り練習を終え、制服に着替えた3人は学校へと向かった。
時間には余裕ができるよう設定している。そのため、まだまだ登校中の生徒達の姿が見える。
そして学校の敷地内に入った時の事、
「ねぇ、もしかして……」
「うん、あの子達じゃない?」
ことりは後ろから何かを話している声が聞こえた。
やたら気になったので振り返ってみると、やはり自分達を話題にしていたようだ。
「ねぇ、あなた達ってスクールアイドルの」
「はい、μ'sっていいます」
「あぁ、石鹸の」「違います」
「そうそう、うちの妹がネットであなた達を見かけたって」
「本当ですか?」
「うん。あ、そういえば明日放課後ライブやるんだよね?どんな風にやるの?」
瞬間、穂乃果の客を呼び込む血が騒ぎ始めた。
これは逃してはならない、言葉巧みに必ず捕まえなければいけないお客様である。
そうと分かれば、彼女の行動は早い。
「いいでしょう、もし明日来てくれるのでしたら、ここで少し見せちゃいますよ!お客様だけ、特別に〜」
「お友達も連れて来ていただけるのでしたら、さらにもう少し!」
穂乃果のノリに見事に合わせることり。
2人の言葉にのせられた生徒2人は、完全に心を掴まれていた。
「本当!?うん!行く行く!」
「ふふ、じゃあ最初の部分を……あ」
ノリノリだった穂乃果が急に止まる。
最初はどうしたのだろうと思ったことりだったが、すぐにその理由を理解する。
「う、海未ちゃんがいない」
穂乃果はしまったー!とその場で頭を抱え込んだ。
海未の恥ずかしがりやという点の改善がまだ終えていなかったのである。
生徒2人に直ぐに今は出来ないと謝って、海未探索へ向かう。
とは言っても、行く場所は1つである。
「やっぱり無理です……」
穂乃果の予想通り、屋上にいた海未。
彼女は落ち込んだ様子で、膝を抱えて座っていた。
その理由が何であるかを知っている穂乃果ではあったが、一応彼女に問いかける。
「何が、無理なの?」
「ダンスも歌も、これだけ練習したからできます。しかし、人前で歌う事を想像すると……」
「緊張しちゃう?」
ことりの言葉に海未は頷く。
穂乃果はこうなる事が分かっていたのに、対策を怠ってしまっていた。もっとも対策をする方法と言えば、前日と当日のチラシ配りで慣れるぐらいしかないので、どうしようもなかった。
「海未ちゃん、今日の放課後チラシ配りをしよう」
「チラシ、ですか?」
「うん、ライブポスター前に置いてあるチラシ。あれを校門前で配ろう!何でも慣れちゃった方が早いからね!」
1度秋葉に行っても良かったのだが、特に成果を得られない事を知っているので、今回は効率を良くするため最初から校門前を選んだ。
そうすれば前よりもチラシを多くの人に渡せる可能性が増える。
海未とことりに異議はなかった。
そして訪れた放課後、3人は1人でも多くと思い、誰よりも早く校門前へ行く。
「頑張ろうね、海未ちゃん!」
「は、はい……」
はい、と答えたものの縮こまってしまう海未。
穂乃果はまずは自分から、と思い持ち前の接客技術を駆使して、校門前を通る生徒達にチラシを配っていく。
ことりもそんな穂乃果に続き、率先して配っていく。
「ほら、海未ちゃんも!」
「穂乃果は店の手伝いをやってるから慣れてるかもしれませんが、私は……」
「確かにそうだけど、ほら、ことりちゃんもちゃんとやってるよ。持ってる分終わるまで、それがノルマだよ!」
「えぇ!無理です!」
「私が5往復無理だって言った時、何て言ったっけ〜?」
「うっ、わ、分かりました」
海未は真面目なので自分の言った言葉に責任を持ちやすい、それを利用して彼女にやる気を出させた。
まだ恥ずかしいという気持ちが改善されたとは言い難いが、とりあえず実行に移す、という段階はクリアしたので、穂乃果もチラシ配りに専念する。
「μ's、1stライブをやります!よろしくお願いします!」
その一方で穂乃果はチラシ配りを懐かしむ気持ち、そして明日の1stライブの事を考えていた。
1stライブ、彼女の行ったライブ、μ'sの行ったライブの中で重要な位置を占めるライブ。
その結果は、全てが終わった後考えてみればあれで良かったと思えるのであったが、第三者目線で評価するのならば正直悪い結果。失敗。
実際に、花陽達が来てくれたから良かったものの、ガランとした講堂を目の当たりにした時の、ショックが大きかったのは事実。
「明日ライブやります!」
「是非、お越しください!」
そんな事を思い出した穂乃果はふと、海未とことりを見て思う。
本当にこのまま時が流れてしまってよいのだろうか?と。
ダンス、歌、どれもおそらく彼女が体験した1stライブよりも完成度は高い。それもそのはず、経験者が1人いる状態でのスタートだからだ。
そしてチラシ配りも早い段階でやった。今もこうして、努力している。
前よりも成果は出るはず、と思う一方、そんなに甘くないと知っているから、今回もお客は集まらないだろうと思ってしまう。
だからこそ思う、2人にあんな経験をさせてしまって良いのだろうか?と。あんな失敗を経験するのは私だけで良いのではないか?
「ライブやります!よろしくお願いします!」
必死に声を出してチラシ配る一方、心を満たしていく不安。
集客のチャンスは今しかない。そしてこれ以上の手は存在しない。
1stライブの結果を今更大きく左右することなど出来ないというのに、穂乃果の中で生じる人一倍の成功への気持ち。
完全に諦めていたわけではない、けれど1stライブの結果は変えられないのではないかという気持ち。
そしてそれに対する抵抗の気持ち。
彼女は思った。
私、このままでいいのかな、と。
手が止まった。
どうしようもないから、昔と同じように動いた。
しかしこうして1stライブ直前をむかえてようやく、いや、直前をむかえたからこそ生じた悩み。
「穂乃果ちゃん、どうしたの?」
「え、あ、ううん。何でもない」
穂乃果はチラシ配りを再開する。
どんなに考えても、あくまで自分が知っているのは自分が経験した事、それを解決する策は浮かばない。
唯一分かる事は、今自分にできる事を精一杯やる。その事だけ。
しかし、悩みの種が完全に消えたわけではなかった。
そんな時、ふと後ろを振り返った。
(今、こっちを見てた……?)
視界に映ったのは、いつの間にか通り過ぎていたにこの姿。
振り返った一瞬、こちらを見ていたような気がしたのだが、それよりも彼女の近くには海未がいる。
チラシを受け取ってくれるかが気になった。
「お願いします!」
海未がにこにチラシを差し出した。
結果は、
「……もらっとく」
驚く事に受け取ってくれた。
記憶が正しければこの時は受け取ってくれなかったはずなのに……
そんな事を思っていると、「あの」声が聞こえ振り向く。
そこには花陽の姿があった。
「あ、花陽ちゃん!この前はどうも!」
「あ、い、いえ。えっと、その、ライブ見に行きます」
「本当!」
「来てくれるの!」
「では1枚と言わず2枚、いや全部」「海未ちゃん……」「分かってます」
ライブの結果は知っている通りなら分かっている。
しかしこうして見に来ると言ってくれる人がいる。
穂乃果はその人の為にも頑張らなくちゃいけない、そう思った。
「やはり、動きのキレが違いますね……」
チラシ配りを終え、海未と穂乃果は穂乃果の部屋でA-RISEの動画を見ていた。
ことりは出来た衣装を取りに行くと言って、今はここにいない。
「まぁA-RISEは私達より活動が早かったし、始めたばかりの私達じゃ敵わないよ。もっと経験を積まなきゃ」
「そうですね、穂乃果のいう通りです」
そんな事を話していると、ピッ、と何が更新されたような音がなった。そしてパソコンに映し出されたのはランクだった。
「ランクが上がった!きっとチラシで見た人が投票してくれたんだね!」
「嬉しいものですね」
優勝を経験したとは言え、このランクが上がる瞬間の嬉しさは変わらない。
ちょうどそのタイミングで、ことりがやってくる。
「お待たせー」
「ことりちゃん!見て見て!」
「あ、凄い!」
ランクが上がっている事を確認したことり。
一方穂乃果はことりが持ってきた荷物に注目する。
「あ、もしかしてそれ衣装?」
「うん!さっき、お店で最後の仕上げしてもらって……」
そう言いながらことりは荷物からライブ衣装を取り出した。
「ジャーン!」
「おぉ!なつ……可愛い!」
懐かしいと言ってしまいそうになったが、何とかそれを免れる。
「凄い!凄いよことりちゃん!本物のアイドルみたい!」
「本当?本物ってわけにはいかないけど、なるべくそれに近いようにしたつもり!」
「もーグッジョブ!グッジョブだよ!流石ことりちゃん!」
ワイワイと喜ぶ2人。
一方その衣装に不満を持つ者が1人。
「ことり、そのスカート丈は?」
海未の言葉を聞いてことりは思い出す。
『いいですか!スカート丈は最低でも膝下までです!』
『は、はいぃ!』
これはマズイ。
ことりがそう思った時には、海未にガシッと両肩を掴まれていた。
「言ったはずです。最低でも膝下までじゃないと履かないと!」
「し、仕方ないよ、アイドルだもん!」
すかさずことりの援護。
「アイドルだからといって、スカートは短くという規則はないはずです!」
そして正論で返される。
「で、でも今から直すのは……」
「そういう手に出るのは卑怯です!ならば私だけ制服で踊ります!」
そう言って部屋を出ようとする海未。
もちろん、彼女を2人は引き止める。
「そもそも2人が悪いんですよ、結託するなんて!」
「だ、だって……3人で絶対に成功させたいんだもん。
歌を作って、ステップを覚えて、衣装も揃えてここまで頑張ってきたんだもん。3人で頑張ってきて良かったって、そう思いたいの!
思いたいのー!」
気がつけば、窓を開けて叫んでいた。
思っていた気持ちを、ただただ言っていた。
「何やってるんですか!」
海未に怒られてしまったが、言いたいことは言えた穂乃果。
ことりもその気持ちは同じだと、3人で成功させたいと、海未に伝える。
それに対し海未は少しの沈黙の後、
「いつもいつも、ずるいです」
そう言った後、穂乃果の方を向いて「分かりました」と一言伝えた。
その言葉は、同意の意味を持った言葉。
それを聞いた穂乃果は目を輝かせながら、「海未ちゃん、だーい好き!」と言いながら抱き着く。
「あ、そうだ、これから神田明神に行こう!」
「これからですか?」
「うん!明日のライブの成功を願いに!」
海未の同意がとれ、後は明日のライブだけとなった今、やることは神様に成功を祈るのみ。
夜遅いがそこまで遠くないので、3人は神田明神へと向かう。
そして神田明神に着くと、お賽銭を入れ、 鈴を鳴らし、いつも通り二礼二拍手、
「明日のライブが成功、いや、大成功しますように!」
「緊張しませんように……」
「皆が楽しんでくれますように」
「よろしくお願いします!」
願いを言い終えた3人は振り返り、空を見上げる。
自分の住んでいる世界とは違うのではないか、と錯覚してしまう程の満天に広がる美しい星空。
「明日か、楽しみだなぁ」
明日の事ばかり気にして、悩んでいたのに。
今、穂乃果はきっと良い結果が出せる、そう、強く思っていた。
不思議と不安はなかった。隣には、ことりと海未、2人がいるから……
ライブ直前となって改めてライブの結果を考え悩む穂乃果。
海未の問題もなんとかクリアしたが、その悩みを解決する事はできない。そのまま彼女は明日のライブを迎える事に……
必死な海未ちゃん、それに対する2人も可愛かったです。
とりあえず一通りの問題は解決。しかし穂乃果ちゃん個人の問題は未解決。
ただ明日のライブを迎えるのみとなりました。
けれど、成功できる、そう思う気持ちに嘘はありません。その願いが過去を変えるのか、変えられないのか……
いよいよ1stライブです。
それではまた次回。