タスクが新たな境地に足を踏み入れていた頃、健と渚もまた新世界への入口に立っていた、
「よし、だいたいサイズは合ってるかな」
「うぅ…」
「いつまでうじうじしてんのさ、ほら行くよ時間無いんだから」
壁越しに声をかけられた渚はしぶしぶ扉を開けた。
「うわっ、何それ2人共似合い過ぎ!」
場所はトイレ。個室から出てきた健と渚の姿を見た岬は驚いた。
健と渚は先ほどまで着ていた服から女物の装いになっていた。いずれもレディース物だが華奢な2人にはピッタリだった。渚は露出多めでミニスカだったが、健はやや少なめでパンツスタイルだった。
「なんで緋村がズボンで僕がミニスカなのさ…」
「だって緋村の足めっちゃ筋肉ついててミニスカじゃ目立つもん」
「うぅ…、筋肉…」
「大丈夫、渚の足はスネ毛も無くてつるつるでキレイで女子にしか見えないから」
「岬、それフォローになってない」
何故2人がこんな格好になっているかというと・・・・、
6階のテラスラウンジへと続く廊下で律がハッキングしたホテル内の見取り図を見ながら雪は頭を抱えていた。
「VIPルームへ続く上の階に行くには馬鹿騒ぎしているクラブの中を突っ切って行かないといけないけど、この人数で行くと目立つし、少人数に分けるか…」
『しかしこのようなクラブでは女性へのチェックは甘いですが男性へのチェックはかなり厳しいと思われます。こちらは烏間先生含め男性が多いので分散して通っても不審に思われます』
「そうか…」
潜入部隊のブレインとして律と作戦を立てている雪の額には大粒の汗が流れていた。時間が無い中であらゆる策を考えるため脳をフル活用していた。
「あ、ここ、ここ!ここの扉開ければ廊下から一気に階段へ行けるよ」
岬がマップを指差したが律が頭を振った。
『監視カメラで確認しましたが、そこには常にスタッフが立番をしています。廊下からの扉と階段への距離も近いので確実に気づかれます』
「店の人間…、気絶させる?」
健が逆刃刀をチラつかせて訊いた。
「いや、ホテル側の人間はなるべく傷付けず気づかれないようにしなければならない」
「そうですねぇ、こういうホテルですからそのような事態になった場合こちらに不利になる動きが予想されますねぇ」
しかし、烏間先生と殺せんせーが却下してしまった。
「あ、じゃあさチェック甘い女子全員でまず入り込んでなんとかしてこのドア開けてその隙に一気に男子移動すればいいんじゃない?」
「それは…、」
雪は一瞬茅野の方を見て言葉に詰まった。
「うん、私は戦力にならないから偵察くらいいくらでもやるよ」
「ふぅ~む、仕方ありません。紫村君、巻町さんの案で行きましょう」
「けど殺せんせー、戦力高い片岡さんに岡野さんがいるとは言え、女子だけってのは…」
その時、不破さんが手を挙げた。
「なら、私に妙案があるわ」
そしてそのナイトプールを指差した。そこには女性物の服が脱ぎ捨てられた。
「あれよ」
「え、わざわざ着替えるの?」
「そう!ただし、それを着るのは男子よ!」
「なるほど!つまり、女装ね!」
岬の言葉に、潜入部隊の視線は一斉に渚に向けられた。
「え…、えぇぇ!?」
「頼んだぞ渚」
「頑張れ渚」
「さあ早く着替えて」 パシャ
「お前しかいない」
と、次々に他の男子からエールを送られる渚。(カルマだけはスマホを片手構えていた)
「俺も付き合うよ」
と、おもむろに服を拾い上げた健が言った。
「え、緋村?!」
「服は二着あるし、渚一人じゃ心配だし。自惚れじゃないけど、たぶんこの中で渚の次に向いてると思うよ」
健は渚に服を押し付けた。
「そりゃ、一緒にやってくれるなら心強いけど」
「ならさっさと着替えるよ。岬」
「なに?」
「ちょっと女子トイレで着替えるから見張りしといて」
「OK~」
「って、女子トイレ?」
「そりゃこれから女装すんだからそこが一番でしょ」
「でも僕ら男子…」
「緊急事態だしやましい事するわけじゃないのは皆知ってる。いいっすよね、先生方?」
「…うむ」
「仕方ありません」
烏間先生と殺せんせーの許可も下りた。
「他の人が…」
「そのために岬たちを外に立たせおくんだよ」
「あ、どうせなら他の女子で個室満室状態にしてさらに外に並んでおけばよくない?強制満室上状態並んでいるので他に行って作戦」
「それ、名案。雪、ちょっと逆刃刀(コレ)預かっといて」
渚をよそにとんとん拍子に作戦は進められていった。
「ちょ…、まだやるって言ってない…、緋村一人でも…」
「渚、男なら腹括りな」
「え~~………」
● ○ ◎ ● ○ ◎ ● ○ ◎ ● ○ ◎ ● ○ ◎
そして現在。
外に片岡と岡野を立たせて、個室から出てきた健(女装)と渚(女装)は鏡の前で岬、茅野、速水、矢田、不破からチェックを受けていた。
「渚…、自然すぎて新鮮味がない」
「速水さん、そんなのいらないよ」
「ふむふむ、緋村もいい感じに似合ってるわね。でも…」
男子にしては華奢で細身な健はレディースもピッタリだったが、左頬に縦に走る短い裂創と鼻先から交差するように走る刀傷が明らかに浮いていた。それは健自身も分っていた。
「ん~、ねぇ女子で誰かこの傷隠せるメイクできる?」
「あ、それなら私が」
健が訊くと矢田が真っ先に手を挙げてポケットからコンパクトを取り出した。
「前にビッチ先生から習ったメイク術でなんとか隠せるはず…」
矢田は健の顔にファンデーションを上手く傷が目立たなくなるように塗っていった。
「そういえば矢田は萌と同じくらいイリーナ先生に教え受けてるよね」
「まぁね。前に殺せんせーの言っていた第二の刃。女を武器にするって、普通の社会じゃいかがわしい意味に取られちゃうけど、ビッチ先生が教えてくれるのは持って生まれた女って武器を最大限活かしたものばかりだから。メイク術もだけど、接待術や話術、交渉術とかは社会に出たら結構な刃になりそうでしょ?」
「なるほど…」
健は矢田の向上心に感心した。
「お~矢田さんはかっこいいオトナになりそうだね」
「うん…、巨乳なのに惚れざるをえない…」
同じく感心する不破と、巨乳を憎む茅野が心を開いていた。
「…~、よし、これでどうかな?」
メイクが終った健の顔は見紛う事無き女子だった。
「うわぁ…」
矢田も自身のメイクよりも健自身の下地に驚いていた。
「緋村君、肌艶良すぎ…、メイクが思った以上に乗ったんだけど」
「矢田のメイクのおかげだよ、あとは…」
健は髪紐を解いて手櫛で数回梳いて軽く首を振って髪を靡かせた。すると髪は結っていたとは思えない程さらさらのセミロングの美少女となった。
「髪もさらさらなんですけど…、天パ気味のあたしへの嫌味か!」
岬の嫉妬を健は軽く受け流した。
「あとは声の高さね。緋村君、リピートアフターミー、んん、ん゛ん゛!ま~ま~まあ~」
「んん、ん゛ん゛!ま~ま~まあ~」
健は某砂漠の王国の大臣のように不破さんの真似をすると・・・、
「これで何か変わった?」
元々男子にしては高め、ボーイソプラノの健の声が一気にアルトまで上がった。
「うっそ…、緋村はほとんど女の子になっちゃった」
唖然とする岬を余所に、健は納得した。
「うん、これで完璧かな。声変わり前で良かったよ」
そう言うと健は背筋を伸ばしていつもより足を閉じてトイレを出た。
「え…!?」
「うえ!?」
トイレの入口に立っていた片岡と岡野は出てきたのが健と認識するのに3秒ほどかかった。
「緋村…君?」
「ウソ…、うちらよりよっぽど女らしい…」
片やイケメグと呼ばれ男子よりも男子らしく女子に人気のある片岡。片やショートヘアで性格もガサツで大雑把な岡野。日々女子力とは何ぞやと互いに語り合う2人からすれば健の変貌っぷりは軽く殺意を抱いた。
「呼ぶなら緋村さんか、トモでお願いね」
軽く手を挙げる仕草1つとっても、そこにいるのは女子だった。
「さて、じゃあ乗り込もうか」
● ○ ◎ ● ○ ◎ ● ○ ◎ ● ○ ◎ ● ○ ◎
トモ(健)、岬、片岡、岡野、速水、矢田、茅野と不破に手を引かれた渚(♀)が入口でのチェックをあっさり抜けられた。むしろ、渚に対してボーイを好色の視線を向けていた。
照明は薄暗いがミラーボールなのどの照明器具が眩しく、酒と煙草と何やら妖しげな匂いが鼻をついた。
「あ~、これやってるねぇ…、鼻曲がる」
岬が年頃の女子とは思えぬ顔で鼻をしかめた。
不破さんが近くのテーブルにこぼれている白い粉を指ですくって舐めた。
「ペロ…、これは、ココナッツパウダー!?」
某名探偵の真似をした不破を岬がたしなめた。
「不破っち~、殺せんせーたちにも言われたけど不用意にここの飲食物は口にしない方がいいよ~。何が混入してるか分かったもんじゃないんだから」
「巻町さん、そういうのわかるの?」
「うちの家系、昔っから五感は常人より鋭敏なの。萌っちなら何かまで分るんだろうけど、今の私じゃヤバイもんってことしかわかんない」
クラブ内を歩きながら、健は周囲からの視線を感じていた。
「………まずいね、目立ってる」
「マジ?」
「客観的に見れば、これだけの女子、それも結構なレベルが固まってりゃ下衆な男が見逃さないし…、」
トモ(健)は少し思案すると岬に耳打ちした。
「…ちょっとオレが周囲の注意引きつけておくから、その間に偵察しといて…」
「注意引きつけるって、どうやって…」
「まぁ見てな」
トモ(健)はモバイル律に何かを伝えると、誰もいないステージに跳び乗った。
「律」
『了解です』
律がクラブの音響システムにハッキングしてトモ(健)が指示した曲を流し始めた。
♪~!♪!!イイジャン!♪♪スゲ―ジャン!!
その曲に合わせてトモ(健)はその場で大きく跳びながら足を着けずにアクロバットな動きのダンス、ブレイクダンスを始めた。
薄暗い中でトモ(健)の髪色は目立ち、ダンスでさらに挑発的に揺れ周囲の客の視線を釘付けにした。
その間に、岬たちは偵察を始めた。トモ(健)のダンスに惹かれず言い寄ってきた男子に渚を生贄として捧げて。
曲が終りそうになるとトモ(健)は視線をクラブの奥へと向けた。岬たちはまだ打開策を出せずにいた。もう少し観客の目を集める必要があった。
すると、一人の男子がステージ上がってきた。
「一曲、ダンス勝負といかない?」
トモ(健)よりも少し年下の男子が指を鳴らすと別の曲が流れ始めた。それは日本で一番とも言える海賊漫画のテレビアニメのOPだった。男子はそれが十八番なのかイントロからすでにキレのある動きで踊りだした。
健も聴いたことはあったが、振り付けは知らなかった。故に、完全アドリブ、即興ブレイクダンスをトモ(健)は迫られた。
しかし、健の頭には不破に迫られて真似した剣豪の動きがあった。
「…!」
男子も自分の得意な曲にしたにも関わらずトモ(健)が想像以上に着いてこれているのに焦っていた。
(不破さんと翼に迫られた漫画の技を再現したみた動画やらされて良かったよ…)
健は無手にも関わらずあたかも刀を持っているかの錯覚を観客に見せていた。
~~♪!!
曲が終ると顔面汗だくで髪が頬に張り付いていた。
「はぁはぁ、すごいね君、久々にエキサイトしたよ」
「いや、そっちこそ」
トモ(健)は男子と握手した。観客もほとんど2人に注目し拍手をしていた。
「よければ芸能界でそのダンスが活かせるように紹介してあげようか?」
「いやいや、それは遠慮しとくよ。でも、楽しかった、ありがと」
トモ(健)はポケットを軽く2回叩いてモバイル律に合図を送った。すると、クラブ内の照明が一瞬で暗くなった。が、すぐに明るくなった。
「あれ?」
果たして、男子の眼の前にトモ(健)の姿は無かった。
● ○ ◎ ● ○ ◎ ● ○ ◎ ● ○ ◎ ● ○ ◎
「お待たせ」
どうやったのか、上へと続く階段前のボーイはおらず、待機していた男子たちが一斉に階段へと駆け込んで行った。
「緋村、あんたあんなダンスできたのね」
「すごいね、緋村君」
ダンス経験のある速水と矢田はトモ(健)のダンスに相当驚いていた。
「まぁ最後のアドリブは不破さんのおかげだけどね」
「てゆーか、緋村あんたあの男子のこと知らないでしょ?」
「え、誰?」
「フォルダーのDAICHI、たしか今変声期で活動休止してるらしいんだよね」
「へぇ~…」
健は彼が後に、仮面ライダーやドラゴンボール、天皇陛下の歌を歌うアーティストになることをまだ知らなかった
●―○―◎―●―○―◎―●―○―◎―●―○―◎―●―○―◎―●―○―◎―●―○
今回の技
無刀流・舞龍閃
音楽に合わせて●●ノア・ゾ●の技の動作をブレイクダンス風にアレンジ
巻町岬の弱点②
天パ気味
将来葵屋を継いだ時髪をお団子に結えるように今から伸ばしているが、油断するとスーパーサイヤ人3になるので三つ編みにしている。
健の女装ネームのトモは健にとって大切な人の名前を捩ったものです