翌日
体育の時間
「…烏間先生アレ」
「気にするな、続けてくれ」
陽菜乃がナイフで指した方向には・・・・
(狙っている…)
(狙っているぞ…)
茂みから烏間先生を狙うイリーナとロヴロ(と、ついでに殺せんせー)が・・・・
烏間先生は事情を説明した。
「………というわけだ、君らの授業には影響を与えない。普段通り過ごしてくれ。では、今日の体育はこれまで」
「「「ありがとございました~~」」」
授業が終わるとさっそくイリーナが仕掛けてきた。
「カラスマ先生~、おつかれさまで~す。のど渇いたでしょ?はい、冷たい飲み物」
猫なで声で差し出された水筒を、しかし烏間先生は、否、E組全員が不信の眼差しで見ていた。
「…おおかた筋弛緩剤だな。動けなくしてからナイフを当てるつもりだろうが、そもそも受け取る間合いまで近付かせないぞ」
「…あ、じゃあ待って、ここに置くから、ほら…」
ベシャッ
イリーナは地面に水筒を置こうとして転んでしまった。
「いた~~い、おぶってカラスマおんぶ~~~~!」
烏間先生はやってられるかとそのまま行ってしまった。
「フン、馬鹿弟子め恥じを晒しおって」それを見ていたロヴロも呆れていた。
そんな哀れなイリーナをタスクと雪が引き起こした。
「ビッチセンコーよぉ…」
「けほけほ…、そんなんじゃタスクだって騙せないよ」
「そうそうオレでも…、っておいっ!」
「仕方ないでしょッ!顔見知りに色仕掛けなんてどうやったって不自然になるのよ!キャバ嬢だって客が父親だとぎこちなくなるでしょ!あれと一緒よ!」
(((知らねーよ)))
一方、暗殺対象の烏間先生は殺せんせーと話しをしていた。
「どうです?たまには殺される側もいいものでしょう?」
「馬鹿馬鹿しい。ちなみに、俺が二人共かわせばどうなるんだ?何か見返りがないと真面目にやらんぞ」
「そうですねぇ、ではその時はチャンスをあげましょう。あなたの前で1秒間絶対に独活きません。暗殺し放題です。ただし、このことは2人にはナイショです。共謀して手加減されたら台無しですから」
「いいだろう…」
● ○ ◎ ● ○ ◎ ● ○ ◎ ● ○ ◎ ● ○ ◎
「………ねぇ萌、俺ら何やってんの?」
教員室の外。健と萌は廊下から気配を声を殺して中を覗いていた。
「だって姐さんが暗殺できるか気になるじゃない」
中にはデスクワーク中の烏間先生(暗殺対象)とナイフを手にしてはいるが攻めあぐねているイリーナがいた。(それとついでに殺せんせー)
「それは分かるけど、何で俺まで?」
「だって…、あのロヴロって人も狙ってるんでしょ?怖いのよ…」
「あぁ、ボディガードってことね」
でもさ、と健は逆刃の小太刀の鯉口を握った。
「もう後ろにいるよ」
「え…!?」
2人の背後には、いつの間にかロヴロが立っていた。
「フム、どうやらサムライボーイ中々に優秀だな」
「昨日あんたの殺気は覚えたんで…」
「フフフ、あの馬鹿弟子以来の逸材だな。一緒に連れ帰って鍛えたいくらいだ」
「中学生をスカウトしないで欲しいっす…」
「では学び舎らしくひとつ講義でもしようか」
ロヴロはナイフを手にした。
「警戒している手練を殺す際、二重三重の小細工は不要。求められるのは卓越した技の精度とスピード。それこそが、イリーナの暗殺スタイルに最も欠けているものであり、殺せんせーに送り込む暗殺者に必要不可欠なものだ」
ロヴロは戸を開けると一気に烏間先生に迫った。
「くっ…」
烏間先生は咄嗟に椅子を引いたが、床板の一部が捲れ上がりその動きが一瞬止まった。
その一瞬が手練同士の戦いでは命取りになる。
・・・・はずだった。
バンッ
烏間先生は刺し殺そうとしたロヴロの手を机に叩きつけ、その顔面目掛け膝蹴りを繰り出した。
「………!!!」
寸止めされたとはいえ、その勢いはロヴロの髪を崩しさらにナイフまで取り落とさせるほどだった。
「熟練とは言え年老いて引退した殺し屋が、先日まで精鋭部隊にいた人間を随分簡単に殺せると思ったものだな」
烏間先生はナイフを拾い上げると、イリーナ(の後ろの殺せんせー)にその切先を向けた。
「わかっているだろうな?今日中に俺を殺せなかったら」
「「ひ、ひぃぃぃ~~~!」」
それにビビるイリーナ(の後ろの殺せんせー)
「…なんでアンタがビビってんのよ」
「負けないでイリーナ先生!」
1秒あれば俺のナイフは5回は刺すぞ、と烏間先生は不敵な笑みを浮かべ威嚇し教員室を後にした。
「フ…、敵の戦力を見誤りこの体たらく、歳はとりたくないものだ」
「師匠(センセイ)、手を…」
「………ロヴロさん、診せて下さい」
烏間先生と入れ違いに入ってきた萌(と、ついでにそのボディガード健)は手袋を脱がせると腫れ上がった手首を診た。
「骨に異常はありません。けど…、これじゃあ今日中に烏間先生を暗殺するのは無理ですね」
「にゅやっ!そんなロヴロさん諦めないで!まだまだチャンスはあります」
命の危険がある殺せんせーはチアガールの格好でロヴロの肩を揉みエールを送る(かなり必死に)
「…?」
殺せんせーと烏間先生の裏取引を知らない萌は首を傾げながらも湿布を貼り手早く包帯を巻いた。
「例えば殺センセー、これだけ近付いていても俺ではお前を殺せない。それは経験から分かるものだ。戦力差を見極め、引く時は素直に引く。それも優れた殺し屋の条件なのだ。イリーナにしても同じこと。殺る前にわかる。あの男を殺すのは不可能だ。どうやらこの勝負引き分けだな」
「…そうですか。あなたが諦めたのはわかりました。ですが、あれこれ言う前にイリーナ先生を最後まで見てください。経験があろうがなかろうが、結局は殺せた者が優れた殺し屋なのですから」
殺せんせーは額に髑髏マークを浮かべた。
「フン…、好きにするがいい」
包帯が巻かれた手首を擦りながらロヴロは出ていった。
「…アンタ、本気で思ってるの?私がカラスマにナイフを当てれるって」
「もちろんです。あなたが師匠のもとで何を教わったかは知りません。しかし、この教室に来てから何を頑張ってきたかはよく知っています」
「…!」
「例えば先日高荷さんと選んだ下着、がんばってますねぇ」
「あ~!このタコ!」
「ちょ…、それ!」
殺せんせーが広げた通販雑誌には派手なデザインの下着(Hカップ)に大きく丸が付いていた。そして隅っこのサイズ別の欄にも赤線(Fカップ)が引いてあった。
(…萌もイロイロガンバッテンダナー…)
「あ、そうそう高荷さん後で持ってきて欲しい物があります」
「…?」
● ○ ◎ ● ○ ◎ ● ○ ◎ ● ○ ◎ ● ○ ◎
「お、渚君あそこ見てみ」
「ああ、烏間先生あそこでよくご飯食べてるよね」
教室から見える木陰では、烏間先生が1人でハンバーガーを食べていた。
「そんな烏間先生に近付く女が1人…、殺る気だよビッチ先生」
「…ちょっといいかしら、カラスマ?」
「何だ、模擬暗殺でもこれ以上は手加減できんぞ」
烏間先生に近付くイリーナを殺せんせーとロヴロも見ていた。
「ナイフを持っていますね」
「馬鹿め、正面から行く気か。そもそもあいつに高度な戦闘技術は教えていない。訓練された動きはむしろ暗殺対象を警戒させる。女を駆使した暗殺スタイルには無用の長物だ。素人程度なら正面からでも殺せるが、あの男には通じないのは承知のはず。だから結局は…」
イリーナはおもむろに上着を脱ぐと自らのスタイルを強調するように体をくねらせ烏間先生に迫った。
「ね~ぇ、いいでしょカラスマ~。私はどうしてもここに残りたいの。わかるでしょ?ちょっと当たってくれるだけでいいの。見返りは、イイコト。あなたが今まで受けたことの無い極上のサービスよ」
イリーナは木を回って烏間先生の背後に迫った。
「色仕掛けに頼る他無い。フン、これじゃさっきと同じただの道化だ」
ロヴロ動揺、烏間先生も呆れていた。
(しょせんこの程度か。ナイフを奪って終わりだな)
「いいだろう。殺れよ。どこにえも当てればいい」
「うふ、嬉しいわ」
イリーナの暗殺を、E組も全員固唾を飲んで見守っていた。
「殺せんせー」
殺せんせーとロヴロのもとに、萌(と、健)が大きなバックを持って来た。
「ロヴロさん、イリーナ先生の授業を聞いていましたね?苦手な発音から克服するのが彼女の流儀。実際彼女の日本語は驚くほど流暢です。外国語を覚えるのは挑戦と克服の繰り返し。十ヶ国語を覚えた彼女は、未経験だった教師の仕事にすら臆することなく挑戦し克服しました」
「ま、最初はとんでもないモンスターティチャーだったすけどね…」
「そんな姐さんがここに来てから何もしてないと思いますか?」
萌が差し出したバックの中身を見てロヴロは驚いた。
「これは…!?」
「じゃ、そっち行くわね」
イリーナは烏間先生に近付いた。
ビィィンッ
突如、烏間先生の足が引っ張られた。
(これは…、ワイヤートラップ!?)
先ほど脱ぎ捨てた上着に仕込まれたワイヤーが烏間先生の足に絡まった。
服と木を巧みに使い色仕掛けでカモフラージュをした複合技術に完全に虚を付かれバランスを崩した烏間先生の上に、イリーナは馬乗り状態になった。
「はぁ…、はぁ…、もらった!」
振り下ろされたナイフは誰の目にも暗殺が達成されたと思った。暗殺対象がただの人間ならば・・・
「くっ…危なかった」
しかし、烏間先生は振り下ろされたナイフを辛うじて防いだ。
(しまった、力勝負じゃ敵わない…、どうすれば………)
イリーナは一瞬考えた。そして・・・・
「カラスマ…、殺りたいの、ダメ?」
「殺させろと縋る暗殺者がいるか。諦めの悪い奴だ」
烏間先生はナイフを抑えていた手の力を緩めた。
「もういい、諦めの悪い奴にこれ以上付き合えるか」
ぐにょん、と対先生ナイフが烏間先生の心臓部に当たった。
「彼女は私を殺すのに必要な技術を自分なりに考え外国語と同じように挑戦と克服をしているんです」
バックの中身はワイヤーとぼろぼろの練習着、それに殺せんせー似の人形が入っていた。
「ただ教師以前に姐さん自身のプライドが高いから誰にも知られないように、私にだけ練習中の怪我の治療を頼んで放課後、暗くなってからやっていたんです」
(………嘘だね。その傷、自分を練習台にさせての練習もしてたんでしょ。でないと烏間先生相手にあんなぶっつけ本番で決まるわけないし………)
健は察したが、あえて口にはしなかった。
「苦手なものでも一途に挑んで克服する。そんな彼女を生徒達が見て挑戦を学べば暗殺の一人ひとりのレベル向上に繋がります。だから、私を殺すのならば彼女はこの教室に必要なんです」
「………」
そこに暗殺を終えたイリーナが近づいてきた。
「師匠(センセイ)…」
「できの悪い弟子だ。先生でもやっていた方がまだマシだ。必ず殺れよ、イリーナ」
「…はい」
「やった、姐さん!」
萌がイリーナに抱きついた。
「…君、モエと言ったね」
「はい…」
「出来野悪い弟子だがよろしく頼む。それと、傷の手当て感謝する」
去り際、ロヴロは健の方を振り向いた。
「サムライボーイ、名は?」
「緋村健っす」
「ヒ、ム、ラ…か、あの男とはファミリーネームが違うな。君ほどの実力ならあるいは血縁関係者かとも思ったが………」
「…?」
「いや、何でもない。もしこちらの仕事に興味を持ったらいつでも連絡してくれたまえ。君なら半年もあれば優秀な暗殺者になれるぞ」
「………どうもっす…」
健の進路先に殺し屋(からのスカウト)というのが追加された。