健、タスク、雪、翼、萌、岬の6人はいつものように机を固めて昼食を食べていた。
「そういえば、昨日渚や殺せんせー達が本校舎の生徒相手にひと悶着やらかしたらしいよ」
岬が親子丼を掻っ込みながら話題を挙げた。
「それ、今朝陽菜乃からも聞いたよ。前原がC組の元カノから理不尽な侮辱を受けた仕返しをしたって」
弁当のちくわの磯辺揚げを摘まみながら健は今朝の鍛錬の時に陽菜乃から聞いた雨の中の仕返しの一部始終を話した。
「………瀬尾?」
萌はサンドイッチを苦々しく噛みながら訊いた。
「ん?あぁ確かそう言ってたね」
「はぁ~…」
「もえちゃん、知ってるの?」
萌は大きな溜息を吐きながら翼の問いに答えた。
「まぁね…、本校舎にいた時、瀬尾が告白してきたことがあったのよ」
あっさりとカミングアウトした萌に健達は思わず昼食を吹き出しそうになった。
「でもアイツ薄っぺらいのよねぇ~…、A組で成績がいい自慢はまだ分かるけど、帰国子女自慢がうざったいの。アメリカに行ってたって言っても一年くらいらしい」
なにより、と萌は一番苦々しい表情で続けた。
「あの耳たぶの位置が生理的に絶対無理だったのよ」
「で、結局フッちまったのか?」
タスクがデカイ握り飯に齧りつきながら訊いた。
「うちの系列のクリニックで顔面成形留学してから出直して来なさいって、ね」
「けっほ…、顔洗って出直して来いじゃなくて成形って………、それかなりプライド傷付けられたんじゃない?」
ゼリー飲料を今日も時間をかけて飲みながら雪が訊いた。
「そうよ、それを恨んで無意味に広い交友関係駆使して根も葉もない噂を流したのよ」
噂、という単語が出た時、健たちは黙り込んだ。それは椚ヶ丘では一時期有名な噂だったからだ。
「アタシが学外で援助交際してるとか噂、あれ流したの瀬尾なのよ。それと瀬尾に群がってた女子連中」
そこまで言うと萌はパックのスムージーを一気に飲み干した。
「ま、今となっては感謝してるわ。おかげでE組で姐さんとも会えたし。じゃ、アタシちょっと職員室行って次の授業の準備イリーナ姐さんから頼まれてるから」
萌はるんるんと小走りで教室を出て行った。
● ○ ◎ ● ○ ◎ ● ○ ◎ ● ○ ◎ ● ○ ◎
その日の英語の授業はテレビを持ち込んでの海外ドラマの視聴だった。画面の中では二人の女性が会話していた。が、その内容はおよそ中学生の英語教育には相応しくない内容だった。
「わかったでしょう、サマンサとキャリーのエロトークの中に難しい単語は1コもないわ。日常会話なんてそんなもんよ。周りに一人はいるでしょ『マジやべぇ』とか『マジすげぇ』だけで会話を成立させる奴」
「……そこでオレを見るんじゃねぇっ!」
タスクは健たちからの視線を集めていた。
「その『マジで』にあたるのがご存知『really』、緋村言ってみなさい」
「………」
健は窓の外をチラチラと見ていた。
「ヒ~ム~ラ~!」
「あ、はい…、なんすか?」
ぼけっとしていた健の態度にイリーナは若干キレ気味だった。
「Repeat after me!really」
「リ、リアリー…」
「はいダメ~。LとRの発音がゴチャゴチャよ!」
健はイリーナから×をくらった。
「LとRの発音は区別がつくようになっときなさい。外人(わたし)としては通じはするけど違和感あるわ。言語同士で相性の悪い発音は必ずあるの。相性の悪いものは逃げずに克服する!これから先発音は常にチェックしてるから。LとRの発音を間違えたら、公開ディープキスの刑よ。とりあえず緋村は私の授業中に余所見していたからまずは…」
しかし、健は持ち前の神速でイリーナの魔手から逃げた。
「ちょっと逃げんじゃないわよ!」
「ノーサンキューっす!!」
(………わざと間違えようかしら………)
教室中を逃げ回る健とイリーナを眺めながら萌はそんなことを考えていた。
● ○ ◎ ● ○ ◎ ● ○ ◎ ● ○ ◎ ● ○ ◎
その日の放課後、健は教室で居残り課題をしていた。
英語の授業で視聴した海外ドラマの感想を英語でまとめるというものだったが、英語が苦手な健は授業中に提出できず、居残って片付けていた。
「え~とっ…、」
「あ、そこスペル違うわよ」
健の前では萌がマンガを読んでいた。
「悪いね、萌。付き合せちゃって」
「いいわよ、別に。これ今日中に読んで姐さんに返しておきたかったし」
萌が読んでいるのは、貧乏女学生がお金持ちばかりの私立高校に通いながら男装してホストみたいなことをするという少女マンガの仏語版だった。
「それってアニメやってたよね、翼がハマッてたよ。眼鏡のキャラが聞き覚えあるなぁ~って思ったら、昔見ていた特撮のブルーの人で驚いた。結構声優として活躍してるって翼が教えてくれたよ」
「実写版にも特撮出身者いたわよ」
「それも映画館まで付き合わされて見たよ。主人公に双子(のどっちか分からないけど)、あと小さい先輩が紫のサソリに青いジャガーに赤い天使なんだよね」
そんな会話をしつつ時々萌の指導を受けながら、ようやく課題を終えた。
「よっし、ありがと。提出してくる」
「アタシも読み終わったから返してこよっと」
ふと、健は萌の手に貼られた絆創膏に手首の湿布に気付いた。
「そういえばさ、最近萌生傷多くない?体育の時間では卒無くこなしてるよね?」
「あ~…、まぁそれはちょっと個人レッスンというか…」
「まさかイリーナ先生になんか変なこと付き合わされてるんじゃ…?!」
「ち、違うわよ!確かにイリーナ姐さんと一緒だけど、やましいことなんてなにも………」
萌は誤魔化すように教室のドアを開けて廊下に出た。
・・・・・・健と萌が廊下に出ると、そこにイリーナがいた・・・・・・・
天井からワイヤーで首を吊られた状態で・・・・・・・
「は…?」
「ね…、姐さんッ!」
指を間に挟んで頸部への圧迫を辛うじて防いでいるが、このままでは・・・・
「ッ!」
健は逆刃の小太刀の鯉口を切ると廊下の壁を疾走し、抜刀と同時に刀身を反し、ワイヤーを峰打ちで斬った。
「姐さん、大丈夫?!」
萌が落ちて来たイリーナを抱きとめた。
「誰が一体…」
『驚いたよイリーナ、子供相手に楽しく授業をしている教師のお前を見て』
「っ!?」
健は突如として現われた気配に振り返ると、初老の男がそこにいた。その男は耳馴染みの無い言語でイリーナに話し掛ける。
『まるで、コメディアンのコントを見ているようだ』
『師匠…』
体格こそ並みだが発せられる殺気の前に、健は逆刃の小太刀の柄を離さないようにするだけで精一杯だった。イリーナも喋っているその言語は分からないが、その佇まいが男の職業を雄弁に語っていた。
「何をしている」
と、そこに烏間先生が現われた。
「何者だ?まずは殺気を抑えろ。堅気の中学生もいるんだぞ」
「これは失礼。別に怪しい者ではない。面白そうなサムライボーイを前に少々漏れてしまったようだ」
男は日本語に切り替えた。イリーナよりやや癖は残るが十分に上手い日本語だった。
「イリーナ・イエラビッチをこの国の政府に斡旋した者…、といえばお分かりかな?」
「…!」
「………烏間先生、誰っすか、この人………」
男からの殺気が抑えられ動けるようになった健は警戒しつつ逆刃の小太刀を納刀した。
「“殺し屋屋”ロヴロ。腕利きの暗殺者として知られていたが現在は引退。後進の暗殺者を育てる傍ら、その斡旋で材を成している」
「…そんな人がなんで………」
イリーナを介抱している萌には構わず、ロヴロは烏間先生に訊ねた。
「ところで、殺せんせーは今どこに?」
「…上海まで杏仁豆腐を食いに行った。30分前に出て行ったからもうすぐ戻るだろう」
「…フ、聞いていた通りの化け物のようだ。来て良かった、答えが出たよ。今日限りで撤収しろ、イリーナ」
「は…?」
突然の事に、健は小太刀の鯉口を握ったまま素っ頓狂な声を上げた。
「この仕事はお前には無理だ」
「ちょ…、簡単に決め付けてないですか?あなたがイリーナ姐さんを推薦したんじゃないですか?」
萌は気丈にもロヴロに異見した。
「現場を見たら状況が大きく変わっていた。もはやこの仕事は適任ではない」
ロヴロはイリーナを指差した。
「正体を隠した潜入暗殺ならこいつの才能は比類ない。が、一度素性が割れてしまえば一山いくらの殺し屋に過ぎん」
「………」
「挙句、見苦しく居座って教師の真似事に、妹分を作って師匠気取りのママゴト。そんなぬるま湯に浸かっていたせいで勘が鈍り、私が見ていた事にも気付いていなかったな。辛うじて気付いていたのはそのサムライボーイだけだ」
「…そんな、必ず殺れます、師匠(センセイ)!私の力なら…」
その言葉に、ロヴロが再び殺気を纏った。
「ほう、ならば………」
健は咄嗟に鯉口を切った。が・・・
シュバッ
「お前にこういう動きができるか?」
「カッ…、」
(速いッ…、)
健が抜刀する間もなく、ロヴロはイリーナの背後を取り、手首を極め、喉元に親指を刺していた。頚動脈を的確に押さえ込んでいるのが指では無くナイフなら、間違いなく即死だ。
「お前には他に適した仕事が山ほどあり、こんな仕事に執着するのは時間と金のムダだ。この仕事(コロシ)は他の者に任せろ。転校生暗殺者の残る1人が実践テストで驚異的な能力を示し投入準備を終えたそうだ」
「………」
「相性の良し悪しは誰にでもある。先ほどお前は発音について教えていたが、ここがお前のLとRなんじゃないか?」
ぐうの音も出ない正論に、萌も健も、イリーナ自身も反論できなかった。
「半分正しく、半分違いますねぇ」
それを否定したのは、顔面を○と×で色分けした殺せんせーだった。
「何し来たウルトラクイズ」
「ひどい呼び方ですねぇ、いい加減殺せんせーと呼んで下さい…」
殺せんせー(横縞)はイリーナを指差した。
「確かに彼女は暗殺者としては恐るるに足りません、クソです」
「誰がクソだぁッ!」
「ですが、彼女という暗殺者こそこのクラスには適任です。殺し比べてみれば分かりますよ、彼女とあなた、どちらが優れた暗殺者か」
そして、殺せんせーはこう続けた。
「イリーナ先生が師匠に認めてもらうために、烏間先生にもご協力頂きましょう。ルールは簡単。イリーナ先生とロヴロ氏のうち、先に烏間先生を殺した方の勝ち」
いきなりの提案に、イリーナもロヴロでさえ茫然としていた。
「イリーナ先生が勝ったら…、彼女がE組で暗殺を続ける許可を下さい」
「ちょっと待て、何で俺が犠牲者にされるんだ?」
「烏間先生なら公正な標的になるからです。私が標的になってはイリーナ先生に有利なように動くかもしれませんし…」
第一、と殺せんせー(横縞)はニヤニヤしながら続けた。
「私じゃだ~れも殺せないじゃないですか」
「くっ…」
「使用するには人間には無害な対先生ナイフ。期限は明日1日。どちらか先にこのナイフを烏間先生に当てて下さい。互いの暗殺を妨害するのは禁止。生徒の授業の邪魔になっても失格です」
「………なるほど、つまり模擬暗殺か。いいだろう、余興としては面白そうだ」
ルールを理解したロヴロはナイフを弄びながら烏間先生を見た。
「チッ…、勝手にしろ!」
烏間先生は怒って出て行ってしまった。
「フッフフ、殺せんせー、中々できるなあの男」
「それはもう。この私の監視役に選ばれる位ですから」
「あいつに刃を当てることなどお前には無理だ、イリーナ。お前に暗殺の全てを教えたのはこの俺だ。お前に可能なこと不可能なこと俺が全て知っている」
「………」
「この暗殺ごっこでお前にそれを思い知らせ、この仕事から大人しく降りてもらう」
そしてロヴロは殺せんせーに宣告した。
「そして誰も殺れない殺せんせーよ、お前を殺すに適した刺客、もう一度選び直して送ってやるさ」
そう言うとロヴロは去って行った。
「…私を庇ったつもり?どうせ、師匠(センセイ)の選ぶ新たな手強い暗殺者より私の方があしらいやすいとでも思ってるんでしょ。そうはいくもんですか!カラスマもアンタも絶対私が殺してやるんだから!」
後編は来月5日ごろを予定