一方、健は沢下と対峙していた。
「あんたが比留間らが言ってた中坊か。なんやずいぶんと剣道が強いらしいやん」
沢下は健を品定めするように左目を瞑った。
「………」
髪を黒赤色にした健は木刀をだらんと下げたまま、しかし目付きだけは今にも斬り殺しかねない怒気を孕んでいた。
「お~こわっ」
沢下は背中の二刀を抜いた。
健も木刀を構えた、と、同時に、沢下に迫った。
「ハハハ、おもろくなってきたで!」
木刀と二本の刀ががっちり噛み合った。
「そらァッ!」
その状態から健の頭目掛け蹴りが繰り出された。
「…っ!」
健はその爪先から異様な殺気を感じ、大きく背後に跳んだ。
バガンッ
沢下の蹴りが当たったドラム缶が大きく凹んだ。
「あ~らら、あっさり見抜かれてもうた」
「そのブーツ、安全靴かッ…」
「正解…、やっ!」
沢下は両刀を大きく振るい健を追い詰め、躱して迫ろうとすれば蹴りを繰り出し、それを転がって躱すと踏みつけてきた。
「くっそ…、」
健は素早い身のこなしで小柄な身体を工場内のドラム缶や鉄骨の影や隙間に見を隠しながら攻撃を躱していった。
「どした?!逃げてばっかりやないか!」
沢下が蹴り飛ばした一斗缶が健の顔面に直撃し、健は後ろに体勢を崩した・・・
「もろたで!」
・・・かに、見えた。
「はぁっ!」
健は踵に重心をかけたまま上体を反らし、一斗缶を躱し、そこから生じた力で一気に横に跳んで、木刀をがら空きの沢下の背中に叩き込んだ。
「がぁ…、っ!」
背中の二本の鞘が砕け、沢下は廃材の山に突っ込んだ。
「………」
いつもより冷たい目つきで崩れ落ちた廃材の山に一瞥をくれた健は背を向けて立ち去ろうとした。
「おい待てや、まだ終ってへんで」
廃材を蹴飛ばし這い上がってきた沢下は背中の皮ベルトを外すと砕けた鞘の残骸を投げ捨てた。
「背中の鞘が無かったら危なかったで」
沢下は腰の皮ベルトに差していた二刀を抜いた。
「無駄だ、お前の二刀流はすでに見切っている。体術混じりの我流でそれなりだが、雑過ぎる」
口調も冷酷になっている健に、沢下はキレた。
「チョーシに乗るなやチュー坊が!」
両腰の刀を鞘ごと抜いて払い、柄に巻いている皮ベルトを外し、二刀の柄同士を連結させると、二刀が一振りの二又の刀になった。
「俺自作の【連結刀】や、これなぁあんま試し切りができてないんや…、なんせ………」
にぁゃ、と沢下は狂気じみた笑みを浮かべ、連結刀を振るった。
「斬った相手は一回か二回斬っただけで、出血多量でお陀仏になるんや!」
真横からの斬撃を、健は余裕を持って躱した・・・、
・・・“一刀目は”・・・
「…~ッ!?」
連結されている部分が軸となり回転して十字架のようになった刀は、一刀目を躱しても、しかし、続いて迫り来る二刀目が健の頚動脈に迫った。
ザクッ
左頬を隠すように結っていた髪を房ごとばっさり斬られた健は、しかしそれが幸いして刃が首筋にまでは届かなかった。
「どや?間合いが見切れんやろ?」
右手に左手に連結刀を持ち替えつつ刀身を回転させ、スライドさせ、変幻自在に操る沢下に、健は焦りを覚えた。
これが単に同じ軌道上からの斬撃であるなら健も見切れるが、前後にスライドした二刀目は一刀目より切先が長くなっている。しかもその差は最大で柄一本分。一瞬の攻防でこの差は大きかった。
「その傷」
沢下は斬った髪の下に隠されていた縦一文字の傷痕を指した。
「比留間の弟にやられたらしいなぁ?」
「………」
「この連結刀、普通にしていても刃と刃の隙間が絶妙に縫合できんようにしとるから、サクっと斬ったら即お陀仏。それがスライドさせた状態ならばっくり身体が斬れて筋肉や骨まで見れるんや。まぁそれも一瞬ですぐに血で真っ赤になってしまうんやけど」
「………」
健は黙ったままだった。
「さぁ、あんたの中身、見せてもらおか!」
連結刀を風車のようにぐるぐる回しながら沢下が健に迫った。
「はっはぁっ!」
連結刀の凶刃が、今度こそ、健の首筋を切先が捕らえ・・・・・、
なかった。
「…っ!?どこや」
健を見失った沢下に不自然な影が差した。
「上やとぉ?!」
沢下が見上げると、木刀を担いだ健が頭上高く跳び上がっていた。
「その連結刀は確かに脅威だが、その構造から刀法は必然的に横からの斬撃に限定される」
健は木刀を両手で握り締めた。
「………至極、読み易い!」
落下する勢いを乗せた健渾身の一刀が、連結刀ごと沢下に直撃した。
「ぐッがぁ…!」
連結刀は鍔元で二本とも圧し折られ、肩に打撃を喰らった沢下も気を失って倒れてしまった。
● ○ ◎ ● ○ ◎ ● ○ ◎ ● ○ ◎ ● ○ ◎
「ひーちゃん!」
結束バンドを解かれた陽菜乃が健に駆け寄ってきた。
「大丈夫?」
「あぁ…、なんとかね」
健は陽菜乃の顔を見ると安堵して、髪の色は赤茶色になり、目つきや口調からも冷酷さが失せ、いつもの状態に戻った。
「木刀…、折れちゃったね」
陽菜乃の視線の先、健が握った木刀は柄だけ残して粉々になっていた。
「まぁ土産物なんて強度はこの程度でしょ。また買うから良いよ」
「あ、じゃあわたしが買ってあげるよ、ひーちゃんへのお土産ってことで」
「………………え、マジで!?」
健の髪色が途端、薄桃色になった。
そんな二人を睨みつける、視線が・・・・・
「…?!陽菜乃!!」
白銀の触手のようなものが、無防備な陽菜乃に迫る。
「間に合え…!」
健は陽菜乃を突き飛ばした、そして・・・・・・・
ザンッ
「ひーちゃん!!」
健の顔面が横一文字に切り裂かれ、血が飛び散った。
「くっ…、」
顔の左側を手で押さえながら、健は白銀の触手のような物が戻っていった先を見た。
「お~…、効いたでぇ…、こりゃあの兄弟が言ってた10人斬りもあながちホラ話やないみたいやな」
袖なしの赤い特攻服を脱ぎ捨てた沢下は鞭のような物を手にしていた。さらに胴体にはまだ同じ物が巻かれていた。肩口への一撃はそれに防がれ、十分なダメージにはなっていなかった。
「ここまで俺を虚仮にしたんはお前が初めてや、見ぃやこの頭、怒髪天を衝くとはこのことや」
「元々だろうが、そのイカれたトサかほうき頭は…、っ!」
癇に障ることを言われた沢下の手元が振られると、一瞬白銀の陽炎が揺らめいて健の足下の一斗缶が真っ二つに斬られた。
「薄刃陽炎(ウスバカゲロウ)。これは女とのお楽しみ用にとっといたんや。これで逃げ回る女の服を切り刻んで、全部のぅなって全裸になったら吊るし上げたのをじわじわじわじわとこれで斬っていくんや」
ほうきのような鳥のような髪もぼろぼろになりながらも、沢下は笑い、その残忍な目で健を見据え、身体に巻かれているもう一振りの薄刃陽炎(ウスバカゲロウ)を解いた。
「薄刃陽炎(ウスバカゲロウ)…、ヤマタノオロチ!」
薄刃二刀流となった沢下を中心に土埃を舞い上がり、鉄骨や廃材がどんどん切り裂かれて行った。
高速で操られている薄刃は光を反射し、さらに触手のようにうねり、先ほどまでの二刀流とは比べ物にならないくらい太刀筋が見切れなかった。
「どや、この“触手”みたいな太刀筋、見切れるか?」
「………………触手?」
健は柄だけになった木刀を投げ捨て、制服の後ろ腰に手を回した。その時、健の髪色に変化が起こった。
「ここにいる全員、“殺して”やるから覚悟せぇ!」
棒立ちの健に、白銀の触手の刃が迫った。
「遅い!」
逆刃の小太刀を抜いた健はその場でブレイクダンスのような激しい回転で四方から迫る薄刃を全て弾いてしまった。
「…んやとぉっ!?」
沢下は健の発する異様な殺気に途惑った。
「そんな虚仮威しの触手紛いの技でオレをコロストカ………」
健の髪色が除々に変化していった。
「マッハ20遅いんだよ!」
先ほどよりも高く跳び上がり、刀身を振り下ろさず、柄頭を下に向けて威力を一点集中させて沢下の額に強烈無比な一撃を叩き込んだ健の髪色は・・・・
いつもの赤茶色より赤く、
怒りの鮮血色よりも鮮やかな、
緋色となっていた。
●―○―◎―●―○―◎―●―○―◎―●―○―◎―●―○―◎―●―○―◎―●―○
今回の技と武器
【龍尾閃】
【舞龍閃】
sxsオリジナル技
ブレイクダンスの動きから繰り出す攻撃
【龍槌閃・撃】
sxsオリジナル技
龍槌閃の威力を柄頭一点集中させて敵を打つ
巻町岬(前回分)
【暗殺飛苦無】
制服の袖などに仕込んだ対先生クナイによる投擲、接近してからの斬り付けなど暗殺バリエーションは多岐に渡る
『沢下張太』
京都の菱卍高校の3年生
父親は関西を中心に西日本大きな影響力を持つ関西英集組の組長
表向き経営している鉄工工場で様々な刀を自作してはその使用法を模索している
【連結刀】
沢下張太が自作した刀。
柄の部分を強力なで連結させることで二又の刀となり、さらにその部分を軸に風車のように回転、前後のスライドも可能で、変則的な斬撃を繰り出す。
ただし、柄がそのような状態なので振り上げたり振り下ろしたりすると自分の手元を切る可能性があるので、必然的に攻撃は横からになる。
【薄刃陽炎(ウスバカゲロウ)】
沢下が自作した刀。特殊な合金を切れ味が落ちないギリギリまで伸ばしさらに殺傷能力を上げるために諸刃にした鞭上の刀。光の反射によって陽炎のように揺らめいて刀身が見えなくなる。
【ヤマタノオロチ】
薄刃陽炎(ウスバカゲロウ)二刀流から繰り出させる波状攻撃。