A級32位「青ジャージ」   作:にゃもし。

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役立たずどもの戦いと結末

 

 

人は慣れる生き物である。地震や台風といった自然災害の脅威すらも――ましてやそれと比べたら劣るであろう()()となれば…それに対抗できる確かな存在――ヒーローと呼ばれる者がいれば…? 人は災害を――怪人を恐れる気持ちも薄れてしまう。だが、それでも目の前に現れた()()は忘れかけていた恐怖心を思い起こすには十分過ぎた。

 

 

「…こちらA級、青ジャージ。海人族たちのボス――深海王とやらがお出ましだ。俺たちに救いの手はあるのか? あるとしたらいつ来るんだ?」

 

 

戦車の砲ですら傷つけることができないハズのシェルターの壁をぶち破った深海王。天敵の肉食獣に遭った草食獣のようにシェルター内の人間たちは静まり返っていた。

 

 

『S級のジェノスがJ市に到着した。そちらに向かっているハズだ。彼が到着するまでの時間稼ぎを頼みたい』

 

 

「薬物と毒物を使う。もっとも使ったところで大して時間を稼げるとは思えんぞ?」

 

 

『理解した上でのお願いだ』

 

 

「そうかい。それじゃ、行ってくる…」

 

 

装備を整えてモニタールームを出ていく。背後から『健闘を祈る』という色気のない男の声が聞こえた。俺はふと思い出して一度振り返り…

 

 

「いたら構わねぇが、サイタマがいたらここに向かわせてくれ。C級だが口先だけのB級よりは強い」

 

 

 

 

 

 

 

 

シェルターには俺を除いたヒーローは四人いる。ただし全員がA級以下。S級のぷりぷりプリズナーすらも倒すような怪人に敵うわけがない。俺が現場に着く頃には既に全員が深海王に倒されていた。小銃を構えつつ大声で怒鳴るように叫びながら人混みの中を駆け抜けていく。声に気づいた深海王と視線が合う。巨体に向かって発砲。十字に交差した腕で阻まれる。米粒のような銃痕がつくがすぐに再生、跡形もなく消える。深海王がイヤらしく笑みを浮かべてこちらを見つめる。

 

 

「俺はA級の青ジャージ。知名度は低いがな…」

 

 

市民の中から「ヒーローだ…」という小さな呟きが流れる。歓喜よりも落胆の方が大きいのが嫌でも理解できる。四人で束になっても敵わなかったのだ。今さら一人出てきたところで、と思うのが普通だろう。

 

 

「S級ヒーローのジェノスがこっちに向かっている。それの時間稼ぎをさせてもらう…」

 

 

S級という言葉に希望を持てたのか安堵の溜め息がそこかしこ漏れる。

 

 

「時間稼ぎ? いいわよ。あなたが壊れるまでの間つき合ってあげるわ。間に合わなかったら、あなたの目の前でコイツらを引き裂いてあげるわ」

 

「イヤなヤロウだ…」

 

 

小銃型の薬物の入った注射器を懐から取り出して首に当ててから引き金を引く。シリンダーに入ってある液体が首にある血管から入っていく。深海王が面白おかしそうに成り行きを見守る。

 

 

 

 

   ドクン

 

 

 

 

心臓が一際、大きな鼓動を鳴らすと筋肉が膨張。衣服が裂けて上半身が露になる。片手にアイスピックのような刺すことに特化した得物を持って深海王と対峙する。コイツ相手に協会が秘密裏に作った薬物と毒物がどこまで通用するのかわからんが…やるしかねぇな、これ。薬物の影響で恐怖心は薄れているが、それでも体が震える。脳内で「逃げろ」と警報が鳴り止まない。俺はそれらを振り切るために奴の目を直視しながらもう一度名乗る。

 

 

「俺はA級ヒーローの青ジャージだ。俺と勝負しろ…」

 

 

深海王がにやけながら「いいわよ」と答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

大振りの一撃。上から下にいる俺に向かって振り下ろされる。速い。薬物を使用してなかったらアッサリやられただろう一撃。身体を前に傾けた状態で跳ぶように前進。懐に潜り込んで無防備になっている右太股内側にアイスピックを突き刺す。同時に反対側から深海王の膝が迫る。片腕で防御するも体ごとシェルターの壁まで飛ばされ磔にされる。

 

 

(…声が出ない。視点が合わない。息が苦しい。体の感覚がない)

 

 

腕はへし折られて半ばでブラブラしてる。肋骨も数本イカれてるようだ。ぼんやりとした頭で深海王、その太股に刺さってるアイスピックへと向ける。仕事は果たした。あのアイスピックに仕掛けられた毒で深海王が死ぬとは思えないが…それでもクジラを動けなくするほどの猛毒だ。

 

 

「これはヒョウモンダコの毒を強くしたものかしらァ~?」

 

 

太股に刺さってるアイスピックを引っこ抜いて投げ捨てる。俺はただ唖然と見ることしかできなかった。

 

 

「不思議そうな顔をしてるけど、私は海の王よ? 王が配下の毒ごときで死ぬと思ってるの?」

 

 

――だとしたら不愉快よねェ~? 

 

 

止めを刺すつもりか、ゆっくりと俺へと近寄ってくる深海王。その頭上からガラスが割れる音とガラスの破片が降っくる。さらに金属でできた両腕を露出させた金髪の男が飛び降りてきて片膝を床につけて着地する。

 

 

「海人族というのはお前か?」

 

 

S級ヒーローのジェノス。

 

 

 

 

「排除する」

 

 

 

 

深海王の頬にジェノスの拳が突き刺さり――腕を突き刺したまま光が炸裂。閃光が収まると壁には深海王の巨体が楽々と通り抜けできるほどの大穴が空いていた。

 

 

「敵は今ので最後なのか?」

 

 

ジェノスが振り返ってそう言うと歓声が沸き起こる。

 

 

――だが、深海王はまだ生きていた。

 

 

先ほどよりも萎んで小さくなった深海王が片手でジェノスの片腕を掴むと空いたもう一方の腕で横からジェノスを殴り飛ばす。

 

 

「…こちらA級の青ジャージ。ジェノスもやられそうだぜ…」

 

 

壁を背にして腰かけたまま俺は協会に報告をした。片腕を失ったジェノスが深海王と接近戦を繰り広げていた。ジェノスなら時間を稼げると思ったのも束の間、溶解液から女の子を守るためにジェノスが身を呈して庇う。代わりにジェノスが溶解液を背中に浴びて身体の半分ほどが溶けた。最悪だ。それからは深海王が一方的にジェノスをいたぶり続けて…

 

 

「あなたバカだけど私に軽傷を負わせた事は高く評価するわ。もう治ったけどね」

 

 

シェルターの外、雨が降る中ジェノスに止めを刺そうとする深海王に――

 

 

「ジャスティスクラッシュ!」

 

 

その背後に自転車をぶつける者がいた。

 

 

「正義の自転車乗り、無免ライダー参上!!!」

 

 

援軍は来たがC級のヒーロー。誰の目を見ても絶望の色しか窺えない。誰も期待していないのがわかる。それでも無免ライダーは深海王に戦いを挑む。渾身を込めた一撃も片手で受け止められ腕を掴まれ何度も地面に叩きつけてゴミでも捨てるように上空に投げ捨てられる。それでも無免ライダーは立ち上がる。

 

 

「期待されていないのは、わかっているんだ…」

 

 

深海王の腕の一振りで無様に地面を転げ回る。

 

 

「俺がお前に勝てないなんて事は、俺が一番よくわかっているんだよっ!!!!」 

 

 

体を振るわせ膝をつきながらも立ち上がる。

 

 

「それでもやるしかないんだ。俺しかいないんだ。勝てる勝てないじゃなく――」

 

 

 

 

――ここで俺はお前に立ち向かわなくちゃいけないんだ!

 

 

 

 

何度も立ち上がる無免許ライダーの姿に触発されたのか人々が彼に声援を送る。それで人間が急に強くなるわけもなく…

 

 

「無駄でしたぁ♥」

 

 

深海王に殴られる無免ライダー。地面へと倒れる寸前に誰かが彼を優しく受け止める。白いマントに黄色いヒーロースーツのハゲ頭の男。サイタマだ。彼は無免ライダーを地面にそっと横たわせると深海王と対峙する。災害レベル竜を倒す男に心配は皆無。深海王は体を巨大化させて襲いかかるも、その拳がサイタマに届くよりも先に深海王の胴体に風穴が空き、そのまま前のめりになって地面にひれ伏す。あれだけ恐怖を撒き散らした怪人の呆気ない最後に呆然とするシェルター内の人間。深海王が二度と動かないことを知ると歓喜の声を上げた。

 

深海王は倒れた。もっとも負傷者は多かったがS級二人を倒したとこを考えて今回の深海王災害レベル竜とまでいかなくとも鬼の上位はあっただろう。

 

 

「…こちらA級の青ジャージ。C級のサイタマが海人族たちのボス――深海王を倒した、ドーゾ」

 

 

シェルター内の人間たちはサイタマが深海王を倒したことは概ね理解しているようだ。

一部の例外を除いてS級ヒーローになるために必要なのは単独で災害レベル鬼の怪人を倒す実力を持っていること、さらに不特定多数の大勢の目撃者が必要。

 

今回の件でシェルター内の人間たちはサイタマが深海王を倒すところを目撃した。束になったヒーローをものともせず、S級すらも返り討ちにした屈強な怪人を、それも一撃で…もはや彼の実力を疑う者はいないだろう。

 

 

「――ヒーロー名乗るならきちんと仕事してほしいよね」

 

 

一人の男の一言でシェルター内の空気が悪くなった。それを否定して擁護する者はいたが、サイタマが一人で解決したのも事実――俺も含めた敗れたヒーローの評価は下がってしまうのは致し方なしか…だからと言って言われる方はいい気分ではないが…これでサイタマをS級にできるなら安いものか…

 

 

――いやぁ、他のヒーローが弱ませてくれたおかげで楽に倒したぜ。

 

 

サイタマが突然そんなことを口にした。聞こえるようにわかりやすくご丁寧に説明して、さらに負傷したヒーローを手当てしろと言い放つ。

今までサイタマに好意的だった視線が侮蔑を含んだ目付きへと変わる。当然だ。反論したところで、もはや市民たちには届かないだろう。

薬の効果が切れたのか俺は眠るように意識を手放した。何であんなクズのために命を張ったんだろうと思いながら……

 

 

 

 

 

 

 

 

怪人たちによる集団襲撃事件から数日後。

 

 

「サイタマのB級への昇格か…」

 

「ああ、彼のインチキ行為とやらに目が向くけど、これは異例の早さだよ」

 

「そういや、そうだったな…」

 

 

俺はJ市の事件で協会から呼び出されていた。相手はいつものメガネ君。もっとも話すことなど殆どないが…

 

 

「例のサイタマ君だよ。彼にはよくない噂が流れてるからね。特に試験のことについてアレコレ聞かれたよ。たぶん君の方にも協会から何か聞かれると思うよ?」

 

「知らぬ存じぬと押し通した方がいいのか?」

 

「たぶん聞かれるのは彼――サイタマ君の不正があったかどうかだよ。全く酷い話だよ。あの場所には僕がいたんだからね」

 

 

不正の噂を肯定するということは、試験を担当した職員たちがその不正を見抜けなかった。――ということを意味する。そんなことを認めた日には協会そのものの権威を失う。噂を流したバカがはたしてそこまで考えてるのか…

 

 

「機械類の細工、測定員の買収、受験者への恐喝、等々…バカとしか言いようがないな…」

 

「測定器は常に点検してるし、測定員を買収できるほど金銭面にゆとりがあるとは思えない。それに彼の容姿で恐喝というのもね? 残念ながら上層部はそこまで考えてないみたいだよ。僕としては残念で仕方がない」

 

「マシな上層部はいねぇのか?」

 

「さあ?」

 

 

メガネの職員は大げさに肩を竦めた。

 

 

「ヒーロー協会が終わるのも案外、近いかもな……」

 

 




 
 (´・ω・)にゃもし。

 ここまで読んでくれて、Thank You

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